少子化やテクノロジーの進化、そして何より「生きる力」の提唱も背景に、学校教育は従来の画一的な一斉授業から変化しつつあります。教師が生徒に向けて一方的に知識や答えを伝えるのではなく、教師は問いや考えるきっかけを投げかけ生徒は自ら考え、選択し、学んでいく――そんな学びのあり方が広がりを見せています。
参加の仕方も多様化しています。物理的にその場にいなくともオンラインを通して参加する(非対面)、生徒のペースによって学びのタイミングが異なる・教師がリアルタイムで指導するばかりではない(非同期)、といったケースも少なくありません。
本レポートでは、こうした非対面・非同期の学びの先進領域ともいえる通信制高校での取り組みを例に、非対面・非同期の学びにICT教材をどう活用するのがよいかを考察します。
----------目次
【1】通信制高校をとりまく現状
(1)通信制高校の歴史と経緯
(2)通信制高校の教育システム
【2】最新の課題と取り組み
(1)学習「指導」と登校・進路「支援」
(2)ICT・オンライン教材の活用
【3】実践例の紹介
(1)学習・教務シーンでのICT活用法
(2)評価・単位認定の材料としてのICT
【4】考察
(1)生徒の状況に合わせた支援のまなざしを
(2)ICTのつかいどころと可能性
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【1】通信制高校をとりまく現状
通信制高校というものを生徒や保護者の目線で語れば、毎日は登校する必要がなく(教科にもよるがスクーリングは年に数回)、オンラインツールも活用しながら自宅で取り組んだレポート(各単元に合わせた問題プリント)を提出し、学期ごとに学校で行われるテスト(単位認定試験)をクリアすれば単位を積み重ね卒業することができる学校、ということになるでしょう。しかし、通信制高校(正式名称は高等学校通信制課程)が成り立ち現在に至るまでにはそれぞれの時代に込められた意図と変遷があります。
(1)通信制高校の歴史と経緯
通信制高校は戦後まもなく、「教育の機会均等」を実現するための機関として発足しましたが、当初の実態は通信教育であって学校ではなく、高卒資格を得ることもできないものでした。受講生の多くは農家や商工業の子弟で、家事を手伝いながら学ぶ若者たちでした。その後の法改正等により、1960年過ぎまでには学習指導要領の適用や高卒資格の取得が実現し、現在の通信制高校に近い基盤が構築され、高等学校は全日制・定時制・通信制の3種に分かれる体制となったのです。
上記のように当初は勤労若年層を主な生徒としていた通信制高校ですが、近年では働きながら学ぶ生徒の割合が減少し、生徒像は多様化しています。特に、中学校までの期間に、学力不振や不登校といった、学校から遠ざかる経験を持つ生徒が増加したのです。
最新の統計によれば現在、国内に通信制高校は289校存在し、およそ26.5万人の生徒が在籍しています。高校生等の総数がおよそ310万人であることを考えれば、8%から9%程度の高校生が通信制高校を選択しているといえます。なお、中学校卒業時に進学先として通信制高校を選ぶ生徒の割合は5%程度ともいわれますので、途中での転校や入学も相応に多いことがわかります。
ひとくちに通信制高校といっても設立母体や受け入れ地域は様々であり、設立母体には「公立」「私立(学校法人)」「私立(株式会社)」が、受け入れ地域には「狭域(1or2都道府県の生徒のみを受け入れ)」「広域(3都道府県以上の生徒を受け入れ)」が、それぞれ存在します。報道等でよく耳にするのは私立(学校法人)の「広域通信制」高校の話題が多いかもしれません。しかし通信制高校は私立広域通信制がすべてでない、ということは意識しておきたいところです。
(2)通信制高校の教育システム
通信制高校も全日制高校や定時制高校と単位の基準や考え方は変わりません。すなわち、1コマ50分の授業を年間35コマ受けることを標準にして1単位を修得でき、それが74単位以上積み重なることで卒業できる、というものです。
しかし、大きく異なるのは単位の取り方です。通信制高校においては毎日「授業」を受けることを前提とせず、「添削指導」と「面接指導」が定められています。
通信制高校では「毎日は登校する必要がなく(教科にもよるがスクーリングは年に数回)、オンラインツールも活用しながら自宅で取り組んだレポート(各単元に合わせた問題プリント)を提出し、学期ごとに学校で行われるテスト(単位認定試験)をクリアすれば単位を積み重ね卒業することができる」という一般的な受け止めがありますが、「添削指導」はここでいうレポートを、「面接指導」はスクーリングを指しています。学習指導要領には科目ごとの添削指導の回数、面接指導の時間も規定されています。
たとえば、数学であれば1単位の修得にあたっては、年間3回のレポート提出・添削指導と、年間1コマのスクーリング・面接指導とを実施し、テスト(単位認定試験)をパスすればよいう、ということです(実際には数学は1単位分のみが開講されるわけではなく、同時に複数単位分が開講されたり、数学の中でもⅠAⅡBといった形で複数に分かれるため、生徒目線でみたときに、ここに記載の回数や時間が「数学」の上限であるというわけではありませんが)。
換言すると、単位の取り方として、全日制・定時制においては授業中心での学びを起点とした体系が取られている一方、通信制においてはレポートとでの学び、いわば自学自習での学びを起点とした体系が取られているという、学習サイクル上の大きな違いが存在しています。加えて言えば、面接指導も実態として一斉授業というよりは個別指導の形式が取られるケースが多いことも特徴です。
こうした学び方の違いもあって、学校から遠ざかった経験のある生徒にとって、自身のペースでゆっくりと学ぶ環境が実現しやすいという観点で、通信制高校への進学という選択肢が親しみのあるものになっている側面があります。
また、通信制高校の学費はおよそ、公立学校では1単位あたり最高値でも700円程度(年間30単位を履修するとしても2万円強)、私立学校では1単位あたり8,500円程度(同じく年間25万円強)と学ぶペースに合わせた廉価な設計であることも背景のひとつとして挙げられるかもしれません。
【2】最新の課題と取り組み
筆者は不登校を含む個別にサポートを必要とする子どもへの支援の実践から研究活動を開始しましたが、近年では通信制高校の関係者や、通信制高校の設置を検討している学校関係者から相談を受ける機会が増加しています。また、支援活動の中で関わった子どもたちが中学卒業後の進路として通信制高校を選択するケースも増加しています。
ここではそのような活動の中で感じる最新の課題を大きく2点取り上げます。
(1)学習「指導」と登校・進路「支援」
通信制高校の卒業率を算出することは容易ではなく、調査によってその値は上下します。その背景には、入学時と卒業時の母数が同じではないこと(途中で全日制・定時制高校から転校するケースが多い)、生徒によって卒業に至るまでの期間が異なること(通信制高校には最短3年での卒業が認められている学校と同4年での卒業が認められている学校とが存在しますが、あくまで最短(修業年限◯年以上)であってペースはそれぞれです)、があります。とはいえ、およそ4割程度であるとされる通信制高校の「卒業率」は、やはり高い数値ではありません。
不登校経験のある生徒が増加していることに加え、卒業後の進路が描きにくいことも背景にありそうです(実際に、卒業した生徒の中でも就職や進学といった定まった進路のある生徒は6割程度に留まるとも言われます)。
その中で学校や教員間での課題意識として顕在化しつつあるのが、登校や進路の支援に、もっと力を注いでいかねばならないのではないか、というものです。そして、実施をするにあたっても、多くの学校では教職員が潤沢に配置されているわけではなく、既存の教職員のリソースをもって対応する必要があり、学習「指導」と登校・進路「支援」のバランスをどう取るかという課題も同時に発生します。
このバランスの問題は教科指導の中でも生じており、従来の手法や基準では単位を修得することが難しい生徒が現れた際に、たとえば添削指導に用いるレポートの難易度を緩和することで生徒の現状に寄り添うべきか、いやそうではないのか(あくまでルールの範囲内で、という注釈は付きますが)、といった議論もその一例です。
(2)ICT・オンライン教材の活用
通信制というその名が示す通り、通信制高校における学習には通信手段の利用が欠かせません。かつてそれは郵送によるやりとり(教材の授受や添削指導に用いるレポートの往復も含めて)に頼っていましたが、近年の教育現場におけるICT教材の活用により、学習サイクルの中にICT機器や教材が重要な役割を果たしています。
特に、中学校時代までに学校から遠ざかっていた経験のある生徒が増えている現状も踏まえれば、過去の履修単元に対する学び直しが必要となり、そこでICT教材の活用を考えるケースが多く見られます。紙教材に比して、ICT教材には、学年・単元をさかのぼり取り組むことができる、あるいは教材によっては授業動画やアニメーションといったインプットコンテンツ(単元や概念の理解から始められるもの)が備わっているという点で、学び直しのための補助ツールとして利便性の高い場面が存在します。
しかし、ここで重要なのは、ICT教材の位置づけをしっかりと考えたうえで用いるということ、すなわち生徒の利益につながる形で、どのような目的で、どういったシーンでICT教材を活用するのかを事前に設計することです。
いずれの観点も通信制高校における学習サイクル、すなわち自学自習での学びを基本とし、レポートの提出を起点に、添削指導と面接指導を経てテストへと向かう流れの中で、ICTを活用すると有効であろうシーンを検討することから生まれるものです。どの観点を重要視するかによって、使用すべき教材、備わっていてほしい機能やコンテンツも変わってくるでしょう。
なお、B観点については、ICT教材での学習を評価・単位認定の材料の一つとできないかという議論がなされることがあります。これについては下記の実践例にヒントを得ながら、また制度も踏まえつつ後述します。
【3】実践例の紹介
通信制高校の現場では、ICT教材を実際どのように活用しているのでしょうか。ここでは「学習・教務シーンでのICT活用法」と「評価・単位認定の材料としてのICT」の2つの観点から、実践例を紹介します。
(1)学習・教務シーンでのICT活用法
まず多いのは、ICT教材、そのうち特にインプットコンテンツ(授業動画やアニメーション)を、生徒の単元理解促進のために活用しているケースです。
大きく2つのパターンがあり、面接指導(スクーリング)の直後に、授業の中だけでは理解の追いつかなかった部分や学び直しが必要である部分に対し使用する(復習用教材として)、そして欠席者が補填的に学習するために使用する(補充用教材として)ものです。
いずれも、教員が生徒に対してICT教材の該当箇所を指示する運用が多く見られます。
(2)評価・単位認定の材料としてのICT
次に、ICT教材での学習履歴を評価や単位認定の材料としているかという観点ではどうでしょうか。
こちらは通信制高校の学習サイクルである「添削指導(レポート)」、「面接指導(スクーリング)」、「テスト(単位認定試験)」のうち、「面接指導(スクーリング)」の代替手段として採用しているケースが多く見られます。つまり、対面出席の代わりとして認めている、ということです。
ただし、認定するにあたっては、確かに生徒本人が学習に取り組んだことを担保する意味でも一定の要件を課す学校が多く、たとえば、「ICT教材の授業動画やアニメーションを50分間視聴すること」に加えて「100文字程度の視聴メモを記載し提出すること」で出席と認定する、といったケースが多いようです。
【4】考察
ここまで、非対面・非同期の学びのエッセンスを得るべく、通信制高校の成り立ちや現状、そして実践例を見てきました。本セクションでは、これらをもとに、ふたつのテーマで考察を行います。
(1)生徒の状況に合わせた支援のまなざしを
通信制高校においても、学習「指導」に加えて、登校・進路「支援」の必要性が増しています。不登校支援、いわゆる教育支援や適応指導と呼ばれる領域で支援者が実践するまなざしが、やはり必要だと考えます。
そのまなざしを、ここでは「福祉的捉え方」と呼ぶことにします。すなわち、まずは生徒のありのままの姿を受け入れたうえで、今後どうしていくかを一緒に考えていく、よりそいのまなざしです。対比するものとしては「教育的捉え方」、目標やありたい姿に向けて生徒が変わっていくための指導やサポートを行うものです。無論、どちらかのまなざしがいつも絶対的に正しいわけではなく、状況に応じた使い分けが必要です。
ではどう使い分けるのか。ひとつ考えたいのは、生徒は一人ひとり個々に異なるという前提に立ちながらも、「レポートの提出ができているかどうか」そして「スクーリングができているかどうか」を軸にすることで、およそ必要な支援別に分類することができます。
上記のグループに分けてみたとき、どうでしょうか、それぞれのグループにいま行うべき支援の内容はやはり異なってくるのではないでしょうか。
たとえば、1グループの生徒に対しては心理支援よりも、主体的に学習を続けられるツールを提供することが適しているかもしれません。あるいは2グループの生徒に対しては、登校支援を行うことで学校への安心感や帰属意識を持ってもらうことが必要かもしれません。また、3グループの生徒に対しては、最終的には1グループの状態へ移行することを目指しつつ、まずは4グループに近づけるように登校支援から始めるのが良いかもしれません。
いずれにせよ、支援のまなざしは一律でなく、生徒の状態に合わせて柔軟に対応していく必要があります。
(2)ICTのつかいどころと可能性
最後に、ICT教材のつかいどころとその可能性について考察します。
前述の観点を踏まえつつ、ここでは新たな視点として、ICT教材での学び(生徒のがんばり)を評価や単位認定の材料として認める可能性を考えます。
まず制度面から考えてみます。通信制高校における単位認定は、添削指導(レポート)、面接指導(スクーリング)、テスト(単位認定試験)から成り立ちます。これらのどこかでICT教材を有効活用できないか、あるいはその材料とできないかを検討します。
文部科学省の定めたガイドラインにその基準が示されています。
まず、面接指導(スクーリング)については、要件を満たす多様なメディア(≒オンライン学習教材)を用いることで、スクーリング回数の10分の6まで、特別な事情が認められるという条件付きではあるが複数の教材を組み合わせることで同10分の8まで、免除することが現行制度上可能で、こちらは実際に多くの学校現場で実践されています。
一方で、添削指導(レポート)、面接指導(スクーリング)についてはどうでしょうか。同じく文部科学省の定めたガイドラインにその基準が示されています。
これらを踏まえると、添削指導(レポート)、テスト(単位認定試験)についてICT教材をそのまま用いることは少なくとも現状では難しいと言わざるを得ません。全面的に用いるのではなく、材料のひとつとして用いる、評価の参考として用いるといった形であれば可能性はあり、各学校現場の中には取り組んでいるケースもある、というのが現実です。今後、現場での需要や要請も踏まえつつ、しかしガイドラインの精神に則る形で、良い運営法やルールの改善がなされることを望みます。
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参考文献:手島 純 編著『改訂新版 通信制高校のすべて』
参照資料:文部科学省「学校基本調査―令和5年度」
引用資料:文部科学省「高等学校学習指導要領」
引用資料:文部科学省「高等学校通信教育の質の確保・向上のためのガイドライン」