不登校とICT支援(東山書房『健康教室』2024年7月増刊号より転載)

担当者:森崎 晃

 Ed-tech総研所長・森崎晃が東山書房『健康教室』2024年7月増刊号に「不登校とICT支援」と題し寄稿を行いました。関係者の承諾を得てここに転載します。

 東山書房『健康教室』の詳細はこちら

----------以下転載

【はじめに】

 ICT 教材を活用して不登校状態にある、あるいは不登校ぎみの子どもたちの支援を行う――各現場での要請は高まっていますが、事はそう容易ではありません。

 ICT 教材にはどんな種類や特徴があってどう選べば良いのか、支援対象となる児童生徒の何を見て状態や段階を判断すれば良いのか、そもそも何を目的に ICT を活用するのが良いのか。

 本稿では、ICT 教材を用いた不登校支援の実践者でもあり、研究者でもある筆者が、 これまでの支援経験や事例を紹介することで、「ICT 教材の活用目的」「ICT 教材の種別と選び方」「児童生徒の状態や段階に応じた活用の方向性」といった切り口で不登校と ICT 支援を考えるきっかけを提供することを図ります。

【ICT教材の種別】

 GIGA スクール構想での端末の普及も受け、学校や支援施設で ICT教材が使用される機会は増加しています。しかし、各教材にはどんな特徴があり、不登校支援にあたってどういったコンテンツや機能を有した教材を選ぶのが良いのかについては、まだ十分な情報が流布してはいません。

 ICT 教材を大きく4種類に分類し、捉えてみます。

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 それぞれ、児童生徒たちにとっての使用感はどうでしょうか。ここでは不登校状態にある児童生徒の多くが学習空白期間を抱えていることを前提に考えます。学習体験が演習からはじまる(1)や(2)の教材に取り組むことは、むしろ「解けない」「わからない」という負の体験につながり得ます。(3)の教材も授業や授業に類する説明を受けることなく、まずは問題を解くところからはじめねばならないという点で、(1)や(2)と同様の学習体験につながり得ます。考えてみればこれは、学校に登校している児童生徒が、授業の中で単元の概念を習ってから問題演習へと進んでいくプロセスとは真逆とも言える順序であって、無理があります。不登校状態にある児童 生徒にとって親しみやすいのはやはり(4)の教材で、まずは単元の概念を理解するところからはじめられる、という点が特徴です。 加えて、これは今や大多数の教材に備わった機能ですが、学年をさかのぼって取り組むことができることも、教材を選ぶうえでは外すことのできない観点です。なお、児童生徒に配布されたGIGA 端末に(4)に該当する教材が組み込まれていないといった場合には、たとえば「ICT 教材 eboard」といった無償教材を試行するのも一手と考えます。

【ICT教材を不登校支援に用いる目的】

 ICT教材も用いながら不登校支援を行うにあたって、まず考えたいのは、その目的、すなわち不登校状態にある児童生徒に、ICT 教材を通して学習に取り組むことで、どんな体験や機会を得てほしいのかです。 読者の多くが、特に不登校支援においては、教育福祉的アプローチ(あるべき姿に向かって児童生徒をトレーニングしていくのではなく、まずはありのままの姿を受け入れたうえで一緒に考えチャレンジしていく)を意識していると推察しますが、ICT 教材の活用においても同様です。

 不登校とICT 支援を考えるにあたっては、その目的は学力の補充や学習空白期間の追いつきありきではなく(結果として伴うのは良いことですが)、負い目・引け目を感じることなくさかのぼり学習に取り組み、「できた・わかった」を少しずつ積み重ねることで自信がついていき、学習というひとつの行動やツールを通して、自己肯定感の醸成につなげることであると考えたいところです。また、支援者自身がこうした意識を持つことで、支援者自身、あるいは周囲の支援者を巻き込んで、児童生徒にとって安心・安全な学びの場の形成(たとえば個々の進度や理解度に応じ、大きく学年をさかのぼり過学年の単元に取り組むべきシーンでは、どのような声掛けがあれば児童生徒はプライドを傷つけられにくいのか、恥ずかしいという感情を抱きにくいのか等の工夫と実践)につながります。

 支援者の目線に立てば、ICT 教材を用いることの効能として、科目の教務能力を補い得ること、学習履歴データから児童生徒の学習行動の変化や内面の変容を読み解く材料を得られることも挙げられます。

【支援の実践例】

1)取り組みの概要

 筆者が実際に関わった、ある自治体での ICT 教材を活用した支援例を紹介します。不登校状態にある小中学生の通う、学校外の支援施設(適応指導教室/教育支援センター)での取り組みです。当該施設では、児童生徒に対し、ソーシャルスキルを育む機会に加え、一人ひとりのペースで学習を進める学習機会を提供してきました。この学習時間では従来、持ち込みあるいは施設に備え付けの紙教材を利用する形で、問題演習を中心とした自習形式での学習を実施していました。しかしこの学習スタイルには課題もあり、たとえば「理解の前に演習から開始するため、学習空白期間を抱える児童生徒にとって厳しい」「学年をさかのぼっての学習がしにくい(保護者が児童生徒に持たせる教材はどうし ても自学年のものであることが多い)」「学習の記録を取ったり理解度を経過観察したりすることが難しく、学習に連続性を持たせにくい」といった点です。そこで学習体験の改善を図るために、ICT教材の活用を開始しました。用いた教材は「スタディサプリ小学・中学講座」で、選択の理由は多くの ICT 教材と異なり「(問題ではなく)授業動画が中心の教材である」こと、そして「その授業動画は(問題の解法だけでなく)単元の概念から教える構成である」ことでした。 また、支援の開始にあたっては、その目的を単なる学力補充ではなく、「児童生徒が自身の学習上のつまずきを知ること」「学校に行きたくとも行かれず、自分は勉強をしていないのだという感情に起因する負い目・引け目を和らげること」「学習を通し主体的な姿勢を身につけ、自己肯定感の向上につながるきっかけとすること」と設定しました。従って、ICT 教材を使用する、しないは児童生徒の自由であって、自主性の原則にもとづいた学習機会の提供を行うとともに、ICT 教材の存在が児童生徒にとって学習の強要につながるプレッシャーとならぬよう細心の注意を払い、支援者らによるアセスメントを踏まえ、学習刺激に耐えられると判断された児童生徒に対してのみ提供する学習機会であるという位置付けとしたものです。取り組み初年度である 2017 年度には 80 名程度の児童生徒が ICT 教材を活用し学習に取り組む形で開始し、2023 年度時点では 100 名程度の規模にまで拡大しています。

2)児童生徒の反応と変化

 実際に取り組んだ児童生徒の反応はどうだったでしょうか。アンケート結果から読み解きます。

 2018 年 11 月当時、ICT 教材を用いて学習に取り組んだ児童生徒 78 名のうち、アンケート調査期間に 55 名より回答を得ました。各項目への満足度を調査したもので、その結果は表1の通りです。

 満足度は高く、教材全体に対する満足度は 100%でした。各機能、コンテンツに対する満足度も高く、授業動画への満足度は 94.6%、ドリルへの満足度は 80%、一方でゲーミフィケーション要素である「サプモン」については、利用者の満足度は高いものの、約半数は使ったことがないという結果でした。このように「スタディサプリ全体への満足度」は高い数値であり、ICT 教材を用いたこの学習法は、児童生徒の間で、ひとつの有効な方法として受容されたと言えそうです。 同アンケートでは、学習体験を通して、児童生徒の学びに向かう姿勢はどう変化したかについても調査を実施し、表2に示した通り、いずれの項目においても、およそ7、8割の児童生徒が該当すると回答しました(とてもあてはまる、および、あてはまる)。 「勉強が楽しくなった」や「自分にあった勉強のやり方を見つけた」「勉強に自信がついた」、また「勉強する時間が増えた」の値がとてもあてはまるとあてはまるをあわせると72.7%から87.3%と高い数値であり、本件の ICT 教材を用いた学習は、児童生徒の学習意欲を向上させ、学びに向かう姿勢を醸成することにつながったと言えそうです。

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3)学習履歴データの読み解き

 ICT 教材を用いた学習体験を通して学びに向かう姿勢が育まれた児童生徒は、ところで、どのような学習行動を取っていたのでしょうか。学習行動とアンケート結果とを突き合わせる中で、学習履歴から得られた ICT 教材を用いて学習する際の「単元移動」、どの単元から学習を開始し、その次には他のどの単元に移っていくのかという学び順に見られる特徴的な動きと、アンケートから得られた「学びに向かう姿勢」との間には関連性があると確認できました。アンケートで回答された学びに向かう姿勢と、学習履歴から得られた単元移動の仕方とをかけあわせた分析結果を表3に示します。アンケート結果から学びに向かう姿勢が育まれたと推察される児童生徒は、単元移動において、「1単元先へと移動し、 学習を積み重ねていく」あるいは「1~2単元前へと移動し、周辺単元を周遊しながらさかのぼり学習を実施している」姿が浮かび上がりました(ICT 教材の利用が自主性の原則にもとづき運用されていることは既に述べた通りですが、その利用法についても同原則は有効であり、学び順についても児童生徒の自由意志によるものです)。調査結果からは、学び方の変化が自己肯定感の醸成につながったのか、あるいは逆 に、自己肯定感の醸成が学び方の変化につながったのかまでを読み取ることはできません。いわば相関関係はあるものの、因果関係は不明であって、「にわとりたまご」 状態にあります。しかし、支援の現場においては、それで良く、学習履歴データを読み解くことで、児童生徒の行動の変化や内面の変容を知り、声掛けや支援段階の変化に活かすことができれば十分と考えています。

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【おわりに】

 あらためて、不登校とICT 支援を考えるうえで大切にしたいのは、その目的は学力補充ではなく負い目・引け目を和らげ、ひいては自己肯定感の醸成へとつなげることです。また支援者にとっては、学習も寄り添いやコミュニケーションのきっかけやツールのひとつとして捉え活用していくことです。 不登校状態にある児童生徒を支援するにあたって、担任教諭だけがその任にあたるのではなく、チーム学校、ときには学校外の支援者の協力も得て取り組むことは、徐々に実践に移りつつあります。その中でも、児童生徒の内面の変容を見取る、寄り添う、というシーンで、養護教諭だからこそ果たすことのできる役割は少なくありません。読者のみなさんが、こうした視点に立ち、取り組むことで、一人でも多くの児童生徒にとって安心・安全な学びの場が増えることを願っています。

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