高校の授業がどう変われば生徒は自ら主体的に学びだすのか 〜教科の授業も先生に「教わる」から自分で「創る」へ〜

担当者:亀尾 百合香

0 概要

 少子化を背景とした生徒数の減少、様々な背景をもつ子どもへの支援も含めた学びの多様化が進む中、多くの高等学校では教育目標をあらためて定める、あるいは見直す、すなわち学校としての「ありたい姿」や「育てたい生徒像」を明確化し、内外に打ち出すことが求められています。しかし規定するだけに留まっていては実効性がありません。その教育目標は在校生たちの実情に沿ったものなのか、教員たちにとって納得感のあるものなのか、何よりその目標を実現するための具体的な施策や取り組みが連動して動いているのか。これらが実現せぬまま進行し、学校目標と生徒指導や教科指導との結びつきに苦戦する学校現場も少なくありません。なかでも特に教科指導は各教員にとってはある意味で聖域であって、同じ教科を担当する教員同士であっても足並みを揃えることが容易でないのが実態です。
 そんな中、学校として「最上位目標」を設定し、教員が一体となって生徒を巻き込みながら、生徒指導や教科指導を連動させている学校が、1939年に設立され80年以上の歴史をもつ大同大学大同高等学校(愛知県名古屋市、以下「同校」)です。同校では「すべての生徒に<汗と愛>の経験を」を学校としてありたい姿として、また「自律した学習者」を育てたい生徒像としてそれぞれ設定し、授業の変革も含めた新たな取り組みにチャレンジしています。本レポートでは、教育目標の設定から指導への落とし込みに至る過程、また具体的な取り組みとその効果について概観します。

1 学校全体で「自律した学習者」という目標を設定

 同校では2022年、学校全体で教育目標、すなわち学校としてのありたい姿や育てたい生徒像を言語化するプロジェクトを始動しました。在籍するすべての教員が「強み」「ありたい姿」「育てたい生徒像」の各テーマにてディスカッションを行うという、時間も労力も要するがしかし参加教員たちの熱意によって実現した機会でした。
 様々な議論を経て生まれたのが、「すべての生徒に<汗と愛>の経験を」という最上位目標です。生徒たちには、自己肯定感を土台とし、自律すること、他者を尊重することを通じて適切な知識・技能を身につけていってほしい――そのために高校生活の中で様々な経験を積んでいってほしい、<汗と愛>の経験が必要なのだ、と。(<汗と愛>はかつて東海地方を襲った伊勢湾台風の際に、当時の在校生たちが地域の復興のために活動したことにも由来するものです)


■学校として目指す理想の状態
大同大学大同高等学校の最上位目標である、「すべての生徒に<汗と愛>の経験を」を実現するために、以下3点を状態目標とする
1 学びを楽しむ土台を作るために、学習に対して「出来た、わかった」経験をしている状態
2 1を実現することで、主体的に学ぶ生徒が増えている状態
3 2を実現することで、生涯学び続ける姿勢を身に着けて卒業出来ている状態
上記3点を通じて生徒1人1人が希望進路実現に向け、自分に合う学びを計画→実行→振り返り→改善出来ている状態を目指す


 そして次なる議論は、目標の実現に向けた具体策をどうするか、です。ここでは教科指導、中でも英語科を舞台とした取り組みを取り上げます。上述の、最上位目標の実現に向けた取り組みとして英語の授業ではどんな取り組みができるのか、また英語科の教員としてどんな機会や支援を生徒たちに提供することができるのか――議論の末、2023年度から大きく2つのチャレンジを開始しました。それは「ICT教材を活用した学び直しと学習習慣の定着」、そして「PBL(プロジェクト・ベースト・ラーニング、課題解決型学習)を取り入れた授業づくり」だったのです。

2 英語科での取り組み 〜PBLの手法を取り入れ授業は先生から「教わる」から自分で「創る」へ

 まずPBL(プロジェクト・ベースト・ラーニング、課題解決型学習)とはどういったものなのか――いわゆるアクティブラーニングの手法の一種で、複数の答えのある課題に対して生徒が仮説立て・検証を行う指導法で、近年の「総合的な学習(探究)」授業の一般化に伴い、実践される機会も増えているものです。
 とはいえ、PBLは「総合的な学習(探究)」においてはよく取られる手法ではあっても、英語を含む従前から存在する教科・科目とは縁遠い存在で、結びつけられて語られたり、まして実践されることはほとんどないものでもありました。同校英語科では、ここにチャレンジすることを決めたのです。
 では、なぜ英語の授業にPBLの手法を取り入れるという判断に至ったのでしょうか――それは下記のようなものでした。

(取り組み1)英語科としての目標を定める

 学校全体での目標とその実現に向けた教員の役割が定められたうえで、知識技能の補填・学習サイクルの定着のためにICT教材である「スタディサプリ」の導入が行われました。いわばゴールとその補助ツールが与えられた状態です。では、これらを教科指導とどう紐づけるか――授業をどうデザインするか、あるいは評価をどのような基準で行うか、様々な問いに議論を尽くしながら教員たちは検討を進めていきました。
 その結果として定めた目標が下記です。

■英語科としての目標(2023年度)
1 自律した学習者になろう
2 中学校での既習事項の学び直しをしよう
3 新しい英文法・表現を学び、実際の状況で使えるようにしよう

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(取り組み2)授業ルールの設定とグラウンドデザイン

 次に定めたのが授業のルールと流れです。

■授業ルール
・スタディサプリで中学の学び直しと知識技能の定着を行う
・学んだことを活かしてプロジェクトに取り組む(学期ごとに1プロジェクト)
・学習 PDCA を生徒自身が決める
■授業の流れ(「英語論理表現Ⅰ」を例に)
・一方的なティーチングの廃止
・定期考査の範囲に沿って自分のペースで動画学習を行う
・授業の半分は協業プロジェクトに取組む
・授業後には振り返りを行う(自ら考え学ぶ時間20分・他者と協業して作品を作る時間25分・振り返りを行う時間5分)

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(取り組み3)評価基準の明確化

 新しい手法を取り入れるからこそ、教員・生徒・保護者とも迷わず進むことができるよう、期初の段階で評価基準を明確化することにもこだわりました。具体的には観点別評価のそれぞれの項目に対しどのように評価するのかを明記し、教員のみならず生徒・保護者にも共有したのです(ときに曖昧になりがちな観点Ⅲについても、振り返りの粒度や記入項目・記入量を設定することにより評価者である教員と生徒とが目線を同じくして取組む仕組みを作るという徹底ぶりでした)。

 これらを議論し定める過程で、「総合的な学習(探究)」においては一般的であったPBLの手法を参考にした面もありながら、英語科の教員として最善の機会や支援を生徒たちに提供することを突き詰めていった結果がPBLに通念する思想や手法と一致していた(特に生徒が自身で学習内容を決め、そして自ら学習サイクルを回していくのだという観点で)とも言うことのできるものでした。

3 生徒の変化 〜授業が変わることで、生徒たちは自ら主体的に学びだしたのか

 科目の授業にPBLを取り入れたこのチャレンジを、生徒はどう受け止めたのでしょうか――生徒が回答したアンケートや学習状況の変化から読み解きます。

■生徒の回答したアンケートより

 年度末に生徒が回答したアンケートでは、「中学校で英語に苦手意識が強かったが、繰り返し動画で見る事でわかるようになって嬉しかった」、「覚えた表現・フレーズをプロジェクトで実際に使うことで理解が深まったなどわかることで学習が楽しくなった」、「自分自身で学習サイクルを回せるようになった」、「一緒に学び合いが出来て理解が深まった」といった回答が多く寄せられました。

 以下に主要な項目と回答結果を引用します。いずれも60%以上または70%以上が効果やポジティブな変化を実感している様子が窺われます。

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 上記の他にも、「動画学習でわからない部分についてはもっと先生に教わりたい」、「難しい演習にもチャレンジしたい」など学習意欲の高まりの窺うことのできる声が集まっています。
 影響範囲は英語だけに留まりません、英語以外の教科の予復習でICT教材を積極的に活用する生徒も現れ、なかには年間100時間を超えて講義動画を視聴するなど、教員たちにも想像できなかった変化が生じています。
 
 また、変化が起きたのは生徒だけではありません、新たなチャレンジは教員の業務にも大きな変化をもたらしたのです。

■教員の変化

 本取り組みは、じつは教員の業務にも大きな変化をもたらしました。従前は指導/教授が教員の主たる業務であると捉えられていたのが、次第に教員の役割は支援/伴走なのだと変化していったのです。授業準備や課題を集め切る指導にかけていた時間を、生徒の成果物や観点Ⅲの振返りの評価に充てることもできるようになりました。実際に教員からは「教えるのをやめたら、生徒から質問してくるようになった。ICT教材で学んだことをノートにまとめて自主的に提出する生徒が出てきた」「教えたい、という気持ちをいったん飲み込んで生徒から質問が来るのを待つことで生徒の学びたい意欲を感じることができた」といった声があがっています。

4 本件から学ぶべきこと 〜何が成功のエッセンスだったのか

 本件の成功要因を考察すると、以下の3点が挙げられそうです。

 1つに生徒が自身で学習サイクルを回すのだということにこだわり、取り組みやすいテーマや既習範囲の復習から学習を開始したということ。具体的には学期ごとに以下のプロジェクトに取り組んだものです。

(1学期)他己紹介やシチュエーション会話をグループで作成 /学んだ英文法・表現をグループで使ってみる・作ってみる経験を積む期間
(2学期)テーマ・表現方法は自由で動画作成 /1学期より自由度の高いプロジェクトで生徒の思考力・表現力・発想力を磨く期間
(3学期)自分と英語を繋いで作品を作る /グループでの活動や学んだことを表現することに慣れたので自分自身の興味関心を英語で表現する期間

 2つに授業ルールや流れを言語化し、評価基準についても透明性したこと。細部の授業デザインは教員によって異なる部分があり裁量を残しつつ、根幹となる共通部分を定めることで、教員にとっても取り組むうえで迷いのない体制が構築されていました。

 そして3つに最上位目標という共通言語を校内でしっかりと定めたうえで、教科指導に対して目標設定と具体的な授業デザインを作っていったこと。キャリアを通し様々な指導法を確立している教員たちが、各自の強みを活かしながらもひとつの共通の目標に向けて進むうえで、共通言語は大きな役割を果たしたと感じます。

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5 終わりに  

 この取り組みを通じて感じたのは、同校の教員のみなさんの根底にある、生徒にとって最適で最善な支援をしたいという強い思いです。(授業中、自由にタブレットを触ってよいとしてしまうと、生徒はそのタブレットを勉強以外のことに使ってしまうのでは)あるいは(教師がすべてを教える体制をとらなければ、生徒は履修内容が身につかないのでは)――そんな固定観念を捨て、学校として「育てたい生徒像」を定めたうえで授業のデザインまで変えることで、教員のみなさん自身もまた、ありたい姿について考える機会を持つことができたのです。
 2024年度、今年度には普通科だけでなく工業科の英語コミュニケーションⅠや生物をはじめとした、新たな教科・科目でもPBLを取り入れたチャレンジ、授業改革が始動しています。同校の、最上位目標、授業デザイン、そして教員一人ひとりが「ありたい姿」を紐づけながら押し進む取組みは、これからも続いていきます。

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