児童福祉施設でのICT教材活用 〜学びの力で「レジリエンス」を育み、どんな環境でも輝くことのできる未来があることを伝えたい〜 (テレビ朝日福祉文化事業団×望みの門木下記念学園での取り組み)

担当者:内山 由香梨

 児童福祉の分野で助成事業を行う社会福祉法人テレビ朝日福祉文化事業団では、児童福祉施設で暮らす子どもたちを対象にオンライン学習サービス「スタディサプリ」を活用し、学習支援を行っています。
 同事業団を通して日頃よりICT教材を活用中の、千葉県富津市にある児童心理治療施設「望みの門木下記念学園」での取り組みについて報告します。

(前提)児童心理治療施設とは、児童福祉法43条2に規定された児童福祉施設です。全国に53の施設があり、小・中学生を中心に20歳未満の子どもたちが生活しています。全ての都道府県に設置されているわけではなく、児童心理治療施設がない地域も存在します(東京都もまたその一例です)。そのため、望みの門木下記念学園には県内からの入所だけでなく、都内近郊からの入所児童も多く在籍しています。

 

 施設で働く岩撫さんと吉田さんにお話を伺いました。

 

――望みの門木下記念学園はどのような子が入所するどのような施設なのでしょうか?

 

心に大きなダメージを受けた子どもたち

 

 入所する子どもたちの中で最も多いのは、虐待を受けた子で多岐にわたる発達障害を抱えている場合です。具体的には、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、ASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)などが該当し、虐待によるPTSDや情緒障害を併発しているケースもあります。入所にあたり子どもたちは、心理検査や行動観察を通じて心のダメージの大きさが評価され、心に大きなダメージを受けた状態で児童相談所からの措置によって親子分離・保護をします。

 また、望みの門木下記念学園は、千葉県内で唯一の心理治療施設であり、その存在意義は非常に重要です。施設では、精神科医や臨床心理士が子どもたちの心のケアを行います。自分の気持ちを言葉として表現することが苦手、何か心の中にもやもやした気持ちがあるけれど言葉にならない、というような子が多く存在します。そのような子どもたちには、非言語的な箱庭療法による治療や遊びの中からの会話を通じて自己表現と感情の発散を促しています。また、当施設には千葉県立君津特別支援学校・上総湊分教室が併設されており、学年に応じた教育も提供されています。子どもたちの生活支援、学校教育、医療・心理治療が一体となった総合的な環境療法により、子どもたちの心のケアを図り育成する生活の場であり、いわば入院とは異なる一時的な子どもたちの家となる場所です。

01望みの門木下記念学園中庭

02教室に設置されている箱庭療法用具

施設滞在期間について

 

 子どもたちは家庭に戻ることを目指して治療を受けます。家庭復帰が近づくにつれ、家族との面会頻度も増えます。入所期間は長い子で5年程度、最短の場合は1年程度とその子に応じて様々です。家庭環境が整った時や法的な理由で移動が必要になった場合に、施設を卒業することになります。

 望みの門木下記念学園は、子どもたちに安心して生活できる環境を提供しながら、彼らの心の傷を癒し、健全な成長をサポートしています。子どもたちが家庭や社会に復帰できるよう、専門的な生活支援を続けています。

 

――学習面の課題としてはどんなものがありますか?

 

子どもたちの特徴や生活環境も要因

 

 望みの門木下記念学園に入所する子どもたちは、大きく3つの要因から学習課題を抱えていました。
 1つ目に、子どもたちの特性や心の状態によって学習の空白期間や、学力差が生じていることです。子どもたちはもともと学校の集団生活がうまくいかない事や、家庭環境が原因で学校に行けず授業についていけないことから学習の空白期間が生じている子が多くいます。そのため、同学年内でも学力差が大きく、中には発達障害の特性上学校に通えない子も少なくありません。そのような子どもたちは視覚や映像からの情報であれば理解できる子もいる一方で、傾聴が難しいというのも特徴にあり通常授業の参加が難しい子が多いです。

 2つ目に、学習面の課題には、施設での指導力の問題もあります。小学生から高校生までの生徒に対し施設内の指導員は教員ではないため、どの学年にも対応し教科ごとに指導するスキルが不足してしまいます。

 さらに、ICT教材の導入を検討した際には、併設する特別支援学校のネットワークとICT教材は施設側では使えないというルールがあり、施設職員が子どもたちの学習できる環境整備をする事も必要でした。

 

――なぜ、スタディサプリを使うという選択をしたのでしょうか?

 

学習することで未来の選択肢を広げてほしいという想い

 

 このような学習面の課題を解消するため、望みの門木下記念学園ではスタディサプリの導入を決定しました。

 学習の空白を全て埋めることは難しいですが、少しでも学習に興味を持ち、取り組んでみようとするきっかけを提供したいという想いがあります。スタディサプリは、視覚や映像からの情報を取りやすい子にとって非常に有効であり、通信制高校への進学など子どもたちの未来の選択肢を広げるツールとしても期待しています。子どもたちが学習に取り組むことで、自信をつけ、将来の夢や目標に向かって前向きに進んでいけるようサポートするために、スタディサプリを活用していきたいと考えています。

 

――ICTを活用する際、どのように子どもたちのモチベーションを上げているのか活用の工夫などを教えてください

 

子どものモチベーションの上げ方・活用の工夫

 

 望みの門木下記念学園では、子どもたちの学習モチベーションを高めるためにスタディサプリが効果的に活用されています。まず、子どもたちが学習に興味を持ちやすいように、タブレットやパソコンを使い動画視聴からします。視覚的な情報を活用することで、子どもたちはより集中して学習に取り組むことができます。また、トークンエコノミーというシステムを導入し、日々の少しの頑張りでポイントが貯まる仕組みを作っています。これにより、子どもたちは自発的に学習に取り組む意欲を持つことができています。

03日頃の子どもの風景

 

千葉県立君津特別支援学校・上総湊分教室の学習との違い

 

 千葉県立君津特別支援学校・上総湊分教室では、通常の学校のカリキュラムに沿った授業が行われていますが、朝から登校し1日学校に居られる子はほとんどいません。1時間目だけで帰ってくる子や、午後から登校する子など様々です。そんな子どもたちの心と体力に合わせて、生活の場である施設でもスタディサプリを利用することで、個々の子どもたちの学習進度に合わせたサポートが行えています。学校に行けない事や授業でカバーできない遅れなど、個別の学習に応えるためにスキマ時間を利用してスタディサプリを活用しています。また、学校に通えない子どもたちにとっては、家庭学習の一環としてスタディサプリを利用することは、生活の中で学びを継続する手段ともなっています。

 

(写真)千葉県立君津特別支援学校・上総湊分教室内

  

04_2小学2年生教室(後ろには横になったり、自由にできるスペースがあります)

05_2小学3年生教室(少人数制で半円形の座席設置にしています)

 

子どもたちからの実際の声

 

 実際にスタディサプリを利用している子どもたちからは、「自分のペースで学習できるのが嬉しい」「動画を見ながら学ぶのが楽しい」という声が多く聞こえます。また、問題が解けるようになったり、学校のテストで丸が増えたりすることで、自信を持つ子どもたちも増えています。そして、学習することで、高校進学や将来の夢に向けての意欲が高まっている子がいる事も変化のひとつです。

06子どもたちからのメッセージ

 

――最後に、岩撫さんと吉田さんが願う子どもたちの未来について教えてください

 

今後の展望

 

 子どもたちが自己肯定感を持ち、将来に向かって前向きに進んでいく姿を期待しています。具体的には、困った時に困ったと言える力や、助けを求める力を身につけ、自分自身の目標に向かって努力できる子どもたちを育てたいと考えます。そのためにまずは、子どもたちがどんな生活を送りたいか具体的なイメージをもって子どもたちが“目標をもつ事が目標”だと思っています。時には、地域の子と比べられるような環境に直面する場面があると思いますが、「施設にいたから勉強ができなかった」という言い訳をしてほしくない!そこでだって勉強もできる!という事を証明して成長してほしいです。

 そのため、施設での学習においてはまず、スタディサプリを使える子どもを増やし、子どもたちが学びの楽しさを感じ自信を持って将来に向かって進んでいける環境を提供していきたいと考えます。

 子どもたちがどんな環境でも勉強できるということを証明し、彼らの未来を広げるためにそれに向かって努力する姿を見守りながら、彼らの成長をサポートしていきます。

 

担当者として感じたこと 〜望みの門木下記念学園を取材して

 

 今回の取材を通じて、児童心理治療施設におけるICT教材活用の重要性と、その影響力を強く感じました。ここに暮らす子どもたちは、同年代の友達と関わりながら成長する明るい子が多く、一見すると通常の学校に通い生活をする子と同じように見えます。しかし、実際は虐待や心の傷を抱えながらも学ぶ機会を求めていて、困難な状況にある子どもたちへの学習支援がいかに重要かを再認識する機会となりました。

 特に印象的だったのは、「施設にいたからできなかった」という言い訳をさせたくない!という職員方の熱い想いでした。子どもたちが自分のペースで学ぶ楽しさを見出し、少しずつ自信を取り戻していく姿を守るには、またその未来が明るくそして選択肢が広がっていくためには、我々支援者による取り組みの継続が重要で、共に手を差し伸べていく必要があります。「どんな環境でも輝くことのできる力」を育む支援を共に続けて参ります。

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