リクルートEd-tech総研(東京都千代田区、所長:森崎 晃、以下Ed-tech総研)は、学校での学びと卒業後のビジネスキャリアにおける有用性に関する実態調査を実施しましたので、その結果を報告します。なお、Ed-tech総研では「学ぶ」と「働く」に関する各種調査を実施中で、本レポートはその第一弾にあたります。教科・単元の「知識・技能」とビジネス上必要なスキルとの関係性にフォーカスして取り上げるものです。
調査結果(サマリ)
(1)ビジネスパーソンの約7割が教科・単元の「知識」は社会に出た後に役立つと実感していることが判明(なお、学校での勉強等を通して得られるスキルには「知識」以外にもコミュニケーション能力やチームワーク・集団行動等も挙がるが、もっとも実感値が高いのは「知識」であった)
(2)科目でいえば「数学・算数」「英語」「国語(現代文)」「社会(政治・経済)」で高い実感値が確認でき、実際に高校生までに履修した内容が現在の業務と直結している、あるいは日常的にその知識を使用し業務に取り組んでいるという回答も多くみられた
(3)これらの有用性実感は一過性のものではなく、年齢が上がるにつれまた社会人歴が長くになるつれ高まっていき、またおよそ役職が上がり責任範囲が拡大するにつれ同じく高まっていくことも分かった
調査概要
「勉強って何に役立つの」あるいは「こんなこと勉強して、将来いったい何の役に立つんですか」――教科・単元を学ぶ子どもたちの脳裏にときおり浮かぶこの問いは、いざ答えようとするとなかなかに厄介な問いです。勉強すること自体が、換言すれば努力したり挑戦したりすること自体に、いわばプロセスに価値があるのだという論もたしかに存在しますが、しかしそれでは問いに正面から答えているとはいえないのではないでしょうか。ここで子どもたちが問うているのは、勉強することで身につく教科や単元、すなわち「知識・技能」は将来の仕事や生活に役立つのか、であることがほとんどであるはずです。加えていえば、少なくない割合の大人が、子どものころの勉強は仕事にも役立つのだと感じたことがあるのではないでしょうか。それは「学生時代にもっと勉強しておけば良かった」という声が巷間しばしば交わされることからも推察ができますが、しかし定量的な根拠に乏しく客観的に語ることは難しいのが現状です。
今回、Ed-tech総研では上記の問いに正面から答えることを目指し、教科・単元の「知識・技能」は仕事にも役立つのか、を解き明かすことを目的に、会社員を対象に調査を実施しました。
・調査名称: 学校での学びと卒業後のビジネスキャリアにおける有用性に関する実態調査
・調査目的: 教科・単元の「知識・技能」は仕事にも役立つのか、を当事者の実感踏まえ計測すること
・調査期間: 2024年12月
・調査方法: インターネット調査
・調査対象: 会社員
・集計対象: 400名
回答者プロフィール
■年代と性別
回答者の年代と性別については、大きな偏りが生じないよう事前に対象者の選別を実施しました。
■業種と職種
回答者の業種と職種は下記の通りです(対象者の選別や調整は実施せず、自然回答を得ています)。
■最終学歴と役職および年収
回答者の最終学歴と役職および年収は下記の通りです(対象者の選別や調整は実施せず、自然回答を得ています)。
調査前提と経緯
Ed-tech総研では、「先進事例を発信することで、『悩んでいるのは自分だけではなかった』『このように取り組めばうまく行くのだ』と感じ一歩を踏み出す教員と支援者を、増やしていく」というコンセプトのもと、教育および教育福祉の領域で、主に学習面での情報発信、調査・研究に取り組んでいます。
学習指導や支援の現場からよく聞こえてくる悩みのひとつに、子どもたちが学習に向かうきっかけをつくることが難しい、というものがあります。特に、学習することにどんな意味があるのか、ひいては上述の「勉強って何に役立つの」あるいは「こんなこと勉強して、将来いったい何の役に立つんですか」という問いに答えることが難しい、という声はやはり少なくありません。
Ed-tech総研では2023年、取材活動を通し、こうした問いへのひとつの答えを示唆する取り組みにであいました(*)。それは、ある事業会社では顕微鏡の開発と販売を行う部署において、顧客に対し自社製品のスペックに留まらず生物学の基礎知識・前提知識を踏まえたうえで自社製品の活用法や効能を語ることができれば提供価値と業績の向上につなげられると判断し、就業時間内に市販のオンライン学習教材を用い高等学校の「生物基礎」「生物Ⅰ」を学び直すことを推奨している、という事例でした。まさに教科・単元の「知識・技能」が仕事に役立っている実像を目の当たりにしたのです。その後も、マーケティング職のビジネスパーソンからは「数字の全体感をつかむのに、小学校の算数で習った比や割合の考え方が役に立っている」といった声、あるいは美容業界で働く専門職のスタッフからは「複数の染色剤を混ぜ合わせることで狙った色合いをつくろうとするとき、小学校の理科で習った食塩水の知識を活用している」といった声にも触れることができました。
(*)取り組みについては下記レポートで取り上げています
ニコン現役社員が高校生物を学び直し。企業が取り組むリカレントから見る、基礎学習と教養の重要性
今般、こうした声や事例を集めるとともに、果たしてどれほどの割合のビジネスパーソンが教科・単元の「知識・技能」が仕事に役立っていると実感しているのかを定量的に明らかにすることで、指導者・支援者が自信と勇気をもって、子どもたちが学習に向かうきっかけづくりに取り組む後押しをしたいと考え、調査を実施したものです。
調査結果①(学校の勉強が社会に出た後に役立っている実感 知識および各能力)
「学校の勉強で身につけられる「知識」は社会に出た後にどの程度役に立つと思いますか。社会に出た後のご自身の経験に基づいてご回答ください。」という問いへの回答結果は以下の通りで、「とても役に立つ」もしくは「役に立つ」と回答した割合は67.8%にのぼりました。
学校で身につけられる「知識」以外の能力とも比べてみます。「論理的思考力」が社会に出た後に役立っていると感じているのは63.0%(「とても役に立つ」もしくは「役に立つ」と回答した割合、以下同様)、「コミュニケーション能力」は67.5%などとなっており、学校で身につけた各能力のうちビジネスパーソンがもっとも役立っている実感の高いのは「知識」であることが読み解かれます。
調査結果②(学校の勉強が社会に出た後に役立っている実感 年代や役職による差異はあるか)
学校の勉強で身につけられる「知識」が社会に出た後に役立つ、役立っていると感じるビジネスパーソンの割合は、年代や役職、年収によって差異があるのでしょうか。順に確認します。
まず年代別の比較ですが、役立っていると感じている比率(「とても役に立つ」もしくは「役に立つ」と回答した割合、以下同様)は20代・30代では65.6%、40代では67.5%、50代では70.8%と、年齢が上がるにつれまた社会人歴が長くなるにつれ有用性を実感していることが窺われます。
次に役職別の比較ですが、役立っていると感じている比率は一般社員では65.7%、主任・係長クラスでは72.6%、課長クラスでは71.4%、部長クラスでは80.0%と、一部に逆転はあるものの全体としては役職が上がるにつれ有用性を実感していることが窺われます。
最後に年収別の比較ですが、こちらは下記表の通り、正の相関関係も負の相関関係も読み取ることはできなさそうです。なお、1,000万円以上1,500万円未満および1,500万円以上の高年収帯では有用性の実感が90%超と非常に高い数値を示していますが、回答者に占める同年収帯の比率がそもそも少ないこともあり参考値とみなし、考察の材料とはしていません。
調査結果③(学校の勉強が社会に出た後に役立っている実感 科目と具体的な実感シーン)
最後に、ビジネスパーソンたちはどの科目が役立っていると感じているのか、また具体的にどんなビジネスシーンで有用性を実感しているのかを見てみることにします。
まず科目ですが、特に「数学・算数」「英語」「国語(現代文)」「社会(政治・経済)」で高い実感があることが窺われます。
では実際に、ビジネスパーソンたちはどのようなシーンで教科・単元の有用性を実感しているのか、寄せられた声から順不同に拾ってみます。
✓語彙力が上がって横文字の対応力も上がった。(26歳、生活関連サービス業、娯楽業、最も役に立ったと思う科目:英語)
✓栄養について考えたり効率よく仕事をできるようになったりした。(27歳、教育、学習支援業、最も役に立ったと思う科目:家庭科)
✓パソコンを使う業務に役立つ。(31歳、製造業、最も役に立ったと思う科目:情報)
✓図面を見たときに必要な材料の数量を計算できた。(30歳、建設業、最も役に立ったと思う科目:数学/算数)
✓危険物の判断。(34歳、医療・福祉、最も役に立ったと思う科目:化学)
✓計算力など。積分も習った時には何に役立つか分からなかったが、現在は使用しているため、積分はどういった職や身近な判例も併せて教える必要はあるかと。(47歳、情報・通信業、最も役に立ったと思う科目:数学/算数)
✓社会保障の知識が今の仕事に繋がっている、(31歳、運輸業、郵便業、最も役に立ったと思う科目:政治・経済)
✓メールや文書など文章を読む機会は絶対にあるので、読解力は役に立った。(33歳、製造業、郵便業、最も役に立ったと思う科目:国語)
✓小売業で原価率などの計算をするのに数学が役に立った。(34歳、卸売業、小売業、最も役に立ったと思う科目:数学/算数)
✓化学や生物など理系の学科が検査や監査の仕事に役に立っている。(32歳、学術研究、専門・技術サービス業、最も役に立ったと思う科目:化学)
✓地理は世界的、日本的にも常識的な場所や特産物などを知っていると会話が進むのに役立つ場面がある。(35歳、製造業、最も役に立ったと思う科目:地理)
✓業務で画像処理を行うとき、数式を取り扱うから。(42歳、情報・通信業、最も役に立ったと思う科目:数学/算数)
✓測量の仕事で三角関数を使う。(41歳、不動産業、物品賃貸業、最も役に立ったと思う科目:数学/算数)
✓人生の全般に於いて判断に有益です。(56歳、金融業、保険業、最も役に立ったと思う科目:日本史)
調査に対する「リクルートEd-tech総研」所長 森崎晃の見解
学習指導要領に学習評価の3観点として「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」が定められ数年が経過しました。どの観点も学習を進める中で重要な視点であることに異論はありませんが、現場の実感として「知識・技能」に対してはやや使い古されたような、旧来からアップデートされていない印象を持たれることがあります(むろん誤解も含めてではありますが)。まるで、「知識・技能」は他の2観点に比べれば、もうこれからの社会では役に立たなくなっていくのではないかという捉え方です。
「勉強って何に役立つの」あるいは「こんなこと勉強して、将来いったい何の役に立つんですか」という問いは世代を超えて多くの子どもが想起した疑問と思います。効率やタイパを問う昨今では、その風潮はひょっとすると強まってさえいるかもしれません。
本調査は、ビジネスパーソンたちの実感と生の声を集めることで、これらの疑問に真正面から答えることを目指し、開始しました(もちろん前述の通り、企業における学び直しの取り組みに触れる中で様々な声をいただき、ヒントとさせてもいただきました)。
調査の結果判明したことは主として、(1)ビジネスパーソンの約7割が教科・単元の「知識」は社会に出た後に役立つと実感していること、(2)科目でいえば「数学・算数」「英語」「国語(現代文)」「社会(政治・経済)」で高い実感値が確認できること、(3)これらの有用性実感は一過性のものではなく、年齢が上がるにつれまた社会人歴が長くになるつれ高まっていき、またおよそ役職や上がり責任範囲が拡大するにつれ同じく高まっていくこと、です。また実際に、教科・単元の「知識・技能」が仕事に対峙する上でどのように役立っているかのエピソードや具体例も多く集まりました。
今回の結果を、Ed-tech総研は、教科・単元を通して得る「知識・技能」はまったくもって捨てたものではないし、いやむしろ卒業後のビジネス人生において有用であり、大いに学ぶべき価値のあるものであると捉えます。「勉強って何に役立つの」、「こんなこと勉強して、将来いったい何の役に立つんですか」への答え方は指導者や支援者によって様々ですが、実際にこれだけ多くのビジネスパーソンが有用性を実感しているのですから、いやちゃんと役立つのだと、我々大人は自信をもって伝えていってよいのではないか、と考えています。
もしその材料のひとつとして本調査結果が活用される機会があれば調査・研究機関としてこの上ない喜びです。