千葉県の船橋市では2022年度から、ひとり親家庭の高校生を対象に、「スタディサプリ」を活用した学習支援と、多様な内容のキャリアイベントによるキャリア支援を組み合わせた事業である「Bridge」を行っています。「Bridge」の運営は、リクルートへ委託をする形で行っており、民間企業であるリクルートと連携したこの取組について、背景や参加した高校生の変化など、船橋市とリクルートの各担当者にお話を伺いました。
船橋市こども家庭支援課のこども支援係長・菊池佳祐さん(左)、リクルートの担当者・水谷伊吹さん(右)
家庭環境によらず、高校生たちが自分の可能性を広げて積極的な進路選択ができる支援を。
---船橋市で実施している学習・キャリア支援事業「Bridge」とはどんな活動ですか。
水谷さん:対象としているのは「児童扶養手当を受給しているひとり親家庭」の高校生と、高校生年代の子どもたちです。事業の中身は、大きく分けると「学習支援」と「キャリア支援」で構成されています。
学習支援の方法は2つあって、1つは市が設置した2カ所の学習支援教室に来て参加してもらう方法です。それぞれ週に2回、2時間ずつ実施しています。教室は「スタディエリア」と「コミュニティエリア」に分かれており、スタディエリアではICT教材である「スタディサプリ」を活用しながら学習を進めます。コミュニティエリアでは子どもたちの非認知能力の育みにつながるボードゲームを常設していて、ゲームをしながら論理性や思考力を鍛えたり、学習支援サポーターとコミュニケーションをしたりすることで、ソーシャルスキルが自然と身につくような仕掛けをしています。学習支援サポーターは主に、子どもたちと同じようなバックグラウンドをもっていたり、子どもとの信頼関係をつくったりすることが上手な大学生を配置し、子どもたちに寄り添って日常生活での不安や悩みについての相談も行っています。
もう1つはオンライン学習型で、学習支援教室には参加しないけれど、アプリでの家庭学習希望者に「スタディサプリ」のアカウントを配付し、家庭での学習環境をサポートするものです。
一方、キャリア支援については、年に約20回実施しています。さまざまな講師の方を招き、高校生が今知っておきたい、考えておきたいことをテーマとしたキャリアセミナーやイベントを行っています。例えばロールモデルの獲得のために、大学生に大学生活だけでなく高校生時代の体験を語ってもらい、子どもたちが自分の今と将来をつながりあることとして考えられるイベントや、奨学金について専門家から基礎知識を学び、自分に最適な進学資金調達ができるようになるセミナー、高校生が巻き込まれやすいトラブルを法律の観点から弁護士の先生と一緒に学ぶセミナー、地域企業へのインターン型イベントなどを行っています。どのイベントも講演を聞くだけといったスタイルではなく、大学生とグループワークを行い、子どもたちが自身の考えを深めることができる工夫をしています。
---船橋市が「Bridge」のような学習とキャリア支援を併せて行おうと考えた背景にはどんなことがありましたか。
菊池さん:市や国で行ってきた調査で、家庭の環境によってこどもたちの進学の希望や、自己肯定感、将来の進路への考え方について影響があるということがわかっていました。ひとり親家庭の保護者の方々は非常に多忙で、お子さまと進路についてじっくり考え、語り合う時間も少なく、子どもたちの進路選択が狭い範囲のなかで消極的になる傾向があるという課題も調査で見えてきました。そのため、家庭環境に関わらず、子どもたちが自分の可能性を広げて進路を積極的に選択していけるような取り組みを行わなければならないと考えてきました。
本市では2016年ごろから低所得世帯の中学生対象の学習支援は実施していました。中学生の場合は進路というと、ほとんどの生徒が高校進学という同じ目標があるのですが、高校生の進路は大学や専門学校への進学、就職などさまざまです。自分の可能性を広げ、自身の進路について積極的に考えるようになることで、学習効果ややる気の向上にもつながると考えます。そのため、学習支援のみならず、相乗効果が見込めるものとしてキャリア支援も組み合わせて実施することにしたのです。
「スタディサプリ」の活用で、子どもたちがいつでもどこでも、自分のレベルに合わせて学べる。
----リクルートにはどんなことを期待されたのでしょうか?
菊池さん:学習支援については「スタディサプリ」のような動画講義があることはもちろんです。オンライン学習アプリなら、動画講義を視聴して子どもたちがいつでもどこでも学べるメリットがあります。特に高校生の場合は教科科目が多岐にわたるため、集合型の学習教室で講師がすべての生徒のニーズに応えるのは難しいですし、全教科の講師をそろえることは市の取組としては現実的ではないため、アプリで全教科科目の単元ごとの動画があるのはありがたいですね。
また、多様な世代のキャリアサポート事業をされている企業さんなので、高校生に対しても効果的なキャリア支援の知見をお持ちであることに期待しました。
水谷さん:ありがとうございます。「スタディサプリ」は動画講義だけでなく、大学や専門学校の情報や、いろいろな職種の社会人の経験談を集めたコンテンツなどキャリア支援の専用サイトもあり、子どもたちが自分の興味関心から学部や職種などの進路選びもできます。
また、さまざまな専門性をもったパートナーさんとの連携も我々の強みであり、それらを総動員することでクライアントさまのニーズにお応えしてきた実績もあります。船橋市さまの事業では4つの団体との連携で取り組んでいます。
菊池さん:「スタディサプリ」では進路や受験のことが最新の情報やトレンドに常にアップデートされるメリットもありますね。また、子どもたちが自分のレベルに合わせて学習に取り組めるAI機能も効果的だと考えています。
水谷さん:AI機能によって、苦手克服のために今やるべき単元に戻って学び直すことができます。「スタディサプリ」なら戻ろうと思えば小学校1年生から学び直すことも可能です。
※「スタディサプリ」のAI機能は、学校種を超えての単元のリマインドはありません。(例:高校の単元を学習した場合、高校1〜3年生の単元の中でリマインドがされる)
キャリアイベントに参加することで、一気に進路選択の視野を広げ、主体的に将来を考え始める。
----実施してみて感じている、参加者の変化について教えてください。
菊池さん:複数回参加してくれている子どもたちは、回を重ねる毎に明らかに表情が変わっていくのを感じています。最初はコミュニケーションが苦手そうだった子どもも、後半になってくると積極的に自ら働きかけるようになったりと。アンケートでも「自分で主体的に考えるようになった」や「自分の将来を自分で考えるようになった」という声が多く、こうしたことを目の当たりにすると、もっと多くの子どもたちに参加してほしいと思います。
----子どもたちにとって、何がよかったとお考えですか?
菊池さん:子どもにもよると思いますが、勉強するところと思って来てみたら「コミュニティエリア」で気軽に話ができたり、継続的に通うことで学習支援サポーターとの関係性ができていくなかで、家庭や学校、日常生活等に関するさまざまな相談ができるようになったりすることもよかったと思います。それと合わせてキャリアイベントに参加して視野を広げられたことも影響していると思います。
----新しい「居場所」ができて安心感を得たのですね。
水谷さん:家庭と学校とは違った「ナナメの関係」的な居場所の役割が非常に大きかったと思います。高校生は活動範囲が限られていますが、学校とは違う場所で行うキャリアイベントによって、普段顔を合わせている人とはちょっと違った人たちと出会うメリットもあるかと。学校の友達の前ではなかなか気恥ずかしくて自分の将来のことなどは言いづらいこともあると思いますが、この教室に参加していて、同じことに興味を持っている仲間には話しやすいようで、グループワークでは想像以上に盛り上がっています。その居場所が子どもたちの将来にとってもプラスになる場所になればさらによい影響になると考えています。
また、去年の高校3年生には卒業時に修了証のようなものを贈りました。正直、それで高校生が喜ぶとは思っていなかったのですが、保護者の方から「ありがとうございます、すごく喜んでいました」とご連絡をいただき、その子にとっての居場所になっていたんだなと感じています。
----「自分の将来を主体的に考えるようになった」のは何が影響したとお考えですか。
菊池さん:キャリアイベントで自分たちの一歩先を進む大学生や社会人などと交流できたことが大きいと思います。それまで進路選択が消極的だったのは、自分の可能性を狭めて考えていたり、そもそも選択肢を知らなかったりということが原因だったと思います。それが身近なロールモデルと交流することで、狭い視野ではなく俯瞰で自分の将来を見られるようになっていったのではないでしょうか。
----伺っていると、生徒の変化にはキャリアイベントの効果が高そうですね。
水谷さん:そうですね。参加者には当初「どうせ自分は駄目だ」など自己肯定感が低かったり、将来なりたいものの理由を聞くと「親に言われたから」という子どもたちが多かったりします。それが教室で徐々に変わっていくというより、スポットのキャリアイベントでガラッと主体的に変わる子が圧倒的に多いと、この2年間で感じました。
菊池さん:学習支援ではもちろん学力が上がる効果はあると思いますが、学習だけでその子の将来への考え方が変わるかというと、それは難しいのかなと思います。でも、キャリアイベントに参加して子どもたちに新しい視点が生まれていることは本当に実感しています。進路選択の視野を広げるために、自分で主体的に考える力を重視しているキャリアイベントはかなり効果的なコンテンツだと思います。
水谷さん:学習支援をされている自治体さんは多いと思いますが、キャリア支援はまだあまり聞きませんので、実施されることを強くお薦めします!
より多くの家庭と子どもたちに周知していき、1人でも多くの人に体験してもらいたい。
----実施に際し、苦労されたことや工夫されたことはどんなことですか?
水谷さん:参加してもらわないと意味がないので、高校生たちに興味をもってもらうことです。工夫したことの1つは、周知のためのチラシづくりです。いろいろなパターンを作って、参加者の意見も聞いて、高校生が読んでみたくなるチラシになったと思います。
もう1つはイベントの設計です。年間約20回行うのですが、最初は子どもたちが誰でも興味をもつような、奨学金のことや、進路選択のポイントなどからスタートし、そこから総合型選抜入試対策や、高校生が知るべき法律など、徐々に深い内容に進めるようにしています。
また、イベントの開催日について、初年度は普段の教室とは別の土日に設定したらほとんど来なかったという苦い経験をしました。高校生たちは部活やバイトで忙しいので、教室とは別の日は難しいと考え、学習支援を実施している時間の中で設定したところ参加者が急増しました。
菊池さん:「キャリア支援」と言葉で聞いても、何をやるかイメージできる高校生は少ないと思います。そこはやはり高校生たちの興味を引くイベントの設計や周知はリクルートさんに期待するところですね。参加いただければ子どもたちにいい影響を与える事業だと実感しているので、もっと多くのご家庭に知っていただき、参加者を増やしたいと考えています。
----今後、さらにやってみたいことがあればお聞かせください。
菊池さん:現状ではひとり親家庭に限定した事業となっていますが、本来は誰でも学習ができたり、キャリアを考えられたりする場所があるというのが理想的だと思います。所得が高くても、ひとり親家庭でなくても、家庭や学校の状況によってはキャリア選択の考え方に触れる機会の少ない子どもたちいると思うので、1人でも多くの子どもたちが将来の進路選択を自分で考えて、自分で積極的に選んだと思えるような場をつくれたらいいなと、個人的には考えています。
水谷さん:運営上、定員を決めざるを得ないのは仕方がありませんが、船橋市内でひとり親家庭の対象世帯は約1,000世帯あるので、少しでも多くの家庭にリーチして参加者を増やせたらいいですね。また、他の自治体さんにも具体的におすすめできるように船橋市での効果検証もデータベースでしていきたいです。
取材・文/長島佳子