株式会社リクルートでは、全国の自治体から委託を受けて、学習支援事業の運営を行っています。学習支援事業の目的は、単なる学力向上のみではなく、子どもたちの生活習慣の改善などの生活支援を含む、貧困の連鎖からの脱却が盛り込まれていることが多くあります。学習から生活まで幅広く支援を行うにあたり、株式会社リクルートが開発した、子どもたちの支援優先度や支援重要度を数値化する「Child Support System(CSS)」について、開発担当者と現場担当者にお話を伺いました。
株式会社リクルートチームリーダー・木田貴之さん(左)株式会社リクルート担当者・水谷伊吹さん(右)
「Child Support System(CSS)」の開発に至る背景
---はじめに、簡単に自己紹介をお願いします。
水谷さん:株式会社リクルートに入社して3年です。主に困窮世帯やひとり親家庭の学習支援を担当しており、Child Support System(以下:CSS)についても現場での運用を担当しています。よろしくお願いします。
木田さん:株式会社リクルートに入社6年目となります。入社後は学習支援領域の事業運営やスタディサプリ内の授業動画の製作などを担当してきました。CSSのシステム開発も行っています。本日はよろしくお願いします。
---「Child Support System(CSS)」とはどのようなシステムですか。
木田さん:CSSとは、子どもたちの「学力」「非認知能力(レジリエンス)」「健康・体力」「基礎的信頼(ソーシャルキャピタル)」について学力テストやアンケートを行い、独自のロジック分析により支援優先度や支援重要度を数値化するシステムです。これにより、子どもたちの支援内容の方針を決め、問題行動が起きる前に子どもたちの状態を多角的に把握し、早期に支援を届けることができます。また、支援の前と後のCSSを比較することにより、支援の効果検証を行うこともできます。
---CSSの開発に至った背景やCSSを導入する前の学習支援の状況や課題について教えてください。
木田さん:私たちが学習支援を行う中で、問題行動や課題が発生してから対応することが多く、事後対応になりがちでした。これを解決するために、事前に子どもたちの状態を把握し、適切な支援を提供できるシステムが必要だと感じ、CSSを開発しました。
水谷さん:CSSを導入する前は、子どもたちが抱える課題を事前に把握することが難しく、何か事態が起きてからの対応に追われていました。関係性の構築にも一定の時間がかかるため、生活支援の実現までに多くの時間を割く必要がありました。例えば、ある生徒が急に教室に来なくなり、後に家出をしていたことが判明するなど、問題が顕在化するまで気づけないことも少なくなく、「明るく元気だから大丈夫」など、表面的な部分で生徒の状態を判別する(するしかない)こともありました。
「Child Support System(CSS)」開発秘話
---CSSのためにどのようなデータを収集し、どのように分析しているのか教えてください。
木田さん:CSSでは、「学力」「非認知能力(レジリエンス)」「健康・体力」「基礎的信頼(ソーシャルキャピタル)」のデータを収集し、総合判定を行います。学力についてはテストを実施することで把握し、非認知能力や健康・体力、基礎的信頼に関しては80項目以上の質問を用いて把握します。具体的には、非認知能力では自己肯定感レジリエンス、コミュニケーション能力などを評価し、生活習慣に関しては、食事や睡眠の質、運動習慣などを詳しく調べ、総合的な健康状態を把握します。CSSではこれらのデータを組み合わせて分析し、数値化・偏差値化することで、子どもたちの支援優先度を判断しています。
---CSSの設計や開発において、特に工夫した点や苦労した点は何ですか?
木田さん:CSSの裏側にある分析ロジックは、各データの重要度や影響度を評価し、それぞれに適切な重みをつけて総合判定を行うのですが、特に、アンケート結果を数値化し、適切な重みを算出することが大変でした。例えば、「私は自分自身に満足している」の問いに対して、「あまり当てはまらない」と「当てはまらない」の差が数値として表した場合、どの程度にするのが適切なのかということです。ここについては、実際に現場で生徒とコミュニケーションをとっている水谷さんに結果を確認してもらいながら、試行錯誤を重ねることで、精度を高めることができました。
---CSSでどのように子どもたちの学習環境や生活状況を改善するのか、具体的な運用方法を教えてください。
水谷さん:CSSの結果から「要対応者」を特定し、CSS上で設定されている18項目を踏まえ、その子に対して適切な支援を実施します。例えば、基礎的信頼の偏差値が低く、特に家庭と教師への項目が顕著に低い生徒の場合は、学習指導よりも教室に設置しているボードゲーム等での信頼関係の構築を優先する施策を行います。CSSの結果をみることで、学習支援の初期段階から個々に合わせた対応が可能になります。実際にその生徒は支援者に自ら進路の相談を積極的にするようになり、今までは人に相談しづらかった金銭的な事柄についても打ち明けてくれました。
【Child Support System結果シート➀】学習支援に通う全生徒の状態を数値化
【Child Support System結果シート➁】生徒一人一人の情報を項目別で数値化
現場の声とCSSの効果
---CSSを用いた結果、どのような成果や効果がありましたか?
木田さん:CSSを用いることで、問題が顕在化する前に支援を届けられるようになり、事後対応ではなく事前対応が可能になりました。また、数値データをもとに子どもたちの状態を把握し、適切な支援を提供することで、効果的な支援が実現できたと感じています。
---具体的な成果や改善点について教えてください。
木田さん:具体的な成果として、子どもたちの学力向上や生活習慣の改善、自己肯定感の向上、行政連携件数の増加などが挙げられます。また、支援の早期介入により、問題が深刻化する前に対処できるようになりました。一方で、アンケートの設問数や回答の負担を軽減するための工夫がまだ必要であり、改善点として取り組んでいます。
---実際にCSSを導入して水谷さん自身や行政関係者などステークホルダーからの反応はどうですか?
水谷さん:行政関係者の方にはCSSの詳細なデータ分析結果に驚かれ、信頼感を持っていただけました。行政との連携もスムーズになり、適切な支援を迅速に提供できるようになったと思います。実際に行政担当者の方と実施したケース会議では、具体的なデータをもとに議論が進むため、より効果的な支援策を検討することができ、問題が発生してからの対応が減ったと思います。
---CSSを使ったことで、どのようなポジティブな変化が子どもたちに見られましたか?
水谷さん:支援者間での打ち合わせでは、「明るいから大丈夫」ではなく「明るいけど、『朝の過ごし方偏差値』が低いからコミュニケーションに混ぜていこう」という共通認識をもつことができるようになりました。それにより、とある生徒において、同様の経験のある支援者を担当にし、共感から入る支援を行うことで、生徒の生活習慣の改善がみられました。また、授業中に眠たくなることが少なくなり、集中力も持続するようになりました。
学習支援における課題と解決策
---子どもの貧困をテーマとした学習や生活、キャリア支援における効果検証の重要性と課題について教えてください。
木田さん:子どもの貧困解決には、効果的な支援と効果検証をすることが重要です。特に、出席率や満足度だけでなく、子どもたちの状態を多角的に把握し、適切な支援を提供することが求められます。それには多角的な観点での効果検証が必要です。そのためには、学力だけでなく、自己肯定感や生活習慣など、総合的な視点から子どもたちの状態を評価することが必要だと思います。しかし、従来の方法では、子どもたちの状態を十分に把握することはできず、適切な支援が提供できないことがあると思っています。また、支援の効果を適切に評価する仕組みが不足していることが課題だと考えています。
---CSSがこれらの課題をどのように解決し、より効果的な支援を提供できると考えていますか?
木田さん:CSSは、子どもたちの状態を多角的に把握し、適切な支援を提供するためのツールです。数値データをもとに、支援方針をあらかじめ協議できる点も大きいです。また、総合的な観点と項目別観点を組み合わせながら支援にあたることができる点も効果的です。総合的な観点では「問題なし」と判定されていても、項目別観点をみてみると、1つの項目だけ極端に低い数値になっている場合があります。そういった生徒にピンポイントで支援をすることができるのも、強みだと思います。
お2人が考える今後の展望
---今後のCSSの展開や改良について、どのような計画がありますか?
水谷さん:CSSの項目をさらに精緻化し、より多くのデータを収集・分析することで、支援の精度を高めたいと考えています。具体的な改良点としては、アンケートの設問数を見直し、回答の負担を軽減することを考えています。また、AIを活用してデータ分析の精度を高めたり、支援の効果をリアルタイムで評価する仕組みを整えたりすることを目指しています。また、より多くの子どもたちに効果的な支援を提供できるよう、他の自治体や支援団体にもCSSを導入し、広く活用してもらいたいです。CSSはシステム構築不要でexcelベースで手軽に始められるもので、使いたいという自治体や支援団体があってコンセプトに共感いただけるようであれば無償で提供するつもりです。
---将来的に目指すべき「教育」の姿や、子どもの貧困解決に向けたビジョンについてお聞かせください。
木田さん:CSSを通じて、子どもたちの問題を早期に把握し、適切な支援を提供することで、子どもの貧困解決に貢献したいと考えています。また、支援者がより効果的に支援を提供できるよう、支援の質を向上させるためのツールや仕組みを整えていきたいです。例えば、学習支援だけでなく、生活習慣やメンタルヘルスのサポートも含めた総合的な支援を提供することで、子どもたちの未来を支えたいです。具体的なビジョンとしては、子どもたち一人ひとりが自分の可能性を最大限に発揮できる社会を目指しています。そのためにも、学習支援だけでなく、生活習慣やメンタルヘルスのサポート、キャリア支援など、総合的な支援を提供することが必要だと考えています。
---このプロジェクトを通じて得られた個人的な学びや感動したエピソードがあれば教えてください。
水谷さん:CSSを通じて、子どもたちの問題を早期に把握し、適切な支援を提供できたことが多くありました。特に印象に残っているのは、支援時の印象とCSSの分析結果に大きな乖離があった子のサポートです。将来の夢があり黙々と努力を続けている生徒でしたが、CSSでの判定は「要対応者」でした。信頼関係を構築しながら、パーソナルな話をしていると、ヤングケアラーであり、限界寸前であったことが判明しました。負担を軽減するために、行政とも連携してサポートを行いました。結果として、以前より明るく、前向きに学習に向かうことができるようになりました。まさにCSSの威力を実感しました。
木田さん:私自身も、CSSを開発する過程で多くの学びがありました。特に、データを活用することで、子どもたちの抱える問題をより深く理解し、適切な支援を提供できるようになることの重要性を実感しました。これまで感覚的に行っていた支援が、データに基づくことで、より的確で効果的なものになりました。また、実際に支援を受けた子どもたちからの感謝の声を聞くことで、このプロジェクトの意義を再確認しました。具体的には、ある中学生の男の子が、家庭の事情で学校に行けない状態が続いていましたが、CSSを通じて彼の状況を把握し、適切な支援を提供することで、再び学校に通うことができるようになりました。彼は非常に感謝してくれて、「学校に行けるようになったことで、将来の夢を持てるようになった」と話してくれました。このエピソードは、CSSが子どもたちの未来を支える大きな力になることを実感させてくれました。