県民所得、失業率、子どもの貧困率…多くの経済指標で全国ワースト1位を記録することも珍しくない沖縄県。子ども自身の力ではどうにもならない、そうした様々な事情から勉強を諦め、夢や目標をもつことのできなくなっている子どもが多く暮らしています。そんな沖縄県において、行政との連携により無料の居場所型学習支援教室を展開しているのが、「NPO法人エンカレッジ」です。同法人を立ち上げた坂晴紀理事長と、事業の企画運営を担う村濱興仁さんに、設立の経緯や取組内容、教室での子どもたちの姿などを伺いました。
負の連鎖を解消するには、教育の力が必要
―――2007年にNPO法人エンカレッジを設立した経緯についてお教えください。
坂 理事長:エンカレッジ設立の10年前、沖縄市で学習塾「意伸学院」(編集者註 いしんがくいん)を立ち上げました。「悩む君を一人にしない」というキャッチコピーを掲げ、勉強に悩みを抱えている学力下位の子どもたちを対象にした塾です。開設から16年ほどで約900人の子どもが集まるまでになりました。そのなかで、お金がないから入塾できない、また授業料滞納で退塾せざるを得ない子どもの多さを目の当たりにし、「困窮世帯の子どもたちが望む教育を受けられない現状をなんとかしたい」と考えるようになったんです。
あるとき、経済的理由で通塾することができなかった中学生が高校受験に失敗してしまい、お母さんは自責の念にかられ、涙ながらにこう言いました。「私に学がなく、お金がないから、娘がこんなことになってしまった」。そのことをきっかけに、困窮家庭の子どものための行動を起こそうと決意をしたのです。
また、企業の社会的責任として永続的に価値提供していくためには、地域の子どもたちが大人になったときに自分の子どもを意伸学院に通わせられる経済力をもっている必要があります。地域の幅広い子どもたちに教育投資することで、意伸学院の永続性とともに、地域全体の永続性も図りたいと考えました。
そうした、教育の機会均等と、自社や地域の持続性。この2つの問題意識から、困窮家庭の子どもが無償で塾に通うことのできる仕組みづくりを目指し、エンカレッジを設立しました。
―――エンカレッジのミッション「負の連鎖を解消する」には、どのような思いが込められているのでしょうか。
坂 理事長:沖縄県は経済面や教育面などで多くの“全国ワースト1”を抱えています。社会・経済的な課題によって教育の均等化を図れず、高校進学率や進路未決定率に影響を与えている。その教育的課題が社会・経済的課題につながる…という、「負の連鎖」が続いている状況です。この負の連鎖を断ち切るためには教育に力を入れるべきだと、私たちは考えています。
沖縄にはワースト1ばかりではなく、ナンバー1もあるんです。沖縄の子どもたちは相手を安心させたり笑顔を引き出したりする力があり、人との関わり方のうまさは間違いなくナンバー1ではないでしょうか。これは社会に出た時に最も大切な素養の一つです。その良さにきちんと光を当てながら、子どもたちが夢と希望をもてるように応援していきたいと思っています。
NPO法人エンカレッジの理事長を務める坂 晴紀さん。9歳より沖縄在住。サービス業を経て教育業界に転身し、1996年意伸学院を設立、2007年NPO法人エンカレッジを設立。
居場所型の学習支援教室を25カ所運営
―――エンカレッジでは具体的にどのような活動に行ってきましたか。
坂 理事長:最初に行ったのは、沖縄市内の就学援助児童生徒が既存の学習塾に無償で通えるようにする「通塾支援」です。企業から寄付を募って授業料に充て、市内の塾に交渉して子どもを受け入れてもらいました。
しかし、希望する子どもの数が支援可能数を上回るようになっていったこと、また塾と子どものミスマッチで通塾困難な例が発生したことなどから、塾に通えなくなった子どもたちをエンカレッジの事務所でみるようになったのです。そこから発展して、「居場所型学習支援教室」という新しい形をつくり、県内各地で展開するようになりました。
―――「居場所型学習支援教室」とは、どのようなものですか。
坂 理事長:学習支援のみならず、生活支援や食事提供、進路指導、キャリア教育なども行っています。知識も大事ですが、その前に生活面やコミュニケーション面に不足がある子どもたちが多いので、そこを足すことが大切です。まずは子どもたちの話をしっかりと聞いて寄り添い、“居場所”となることを目指しています。行政からの委託事業として運営しており、困窮家庭の子どもたちが無償で通うことができます。現在、独自事業と合わせると25教室を運営しています。
―――沖縄県外の自治体では、困窮家庭支援を行う際に「本当に必要な人に支援を届けるのが難しい」という声も聞かれます。支援が必要な子どもにどうアプローチして教室につないでいるのでしょうか。
村濱さん:基本的には、保護者が役所で福祉の手続きを行うなどする際、支援対象となる子どもがいる場合は職員が声掛けをするという流れです。加えて、最近は子どもや保護者の口コミで広まるケースが増えています。寄り添う支援を受けたことによって自身の中にも寄り添いの気持ちが芽生えるのか、同じように困っている子がいたら声をかけるという行動につながっているようです。
しかしながら、支援を受ける術を知らない家庭も多く存在し、まだアプローチしきれていないと感じています。県や市の支援員とも連携し、学校を訪問して「勉強が苦手で学校に来られなくなった子はいませんか」「最近連絡がつかない子はいませんか」などと具体例を挙げながら、支援が必要な子どもとつないでもらう努力をしています。
NPO法人エンカレッジ ソーシャルビジネス事業部で法人事業推進を担当する村濱興仁さん。飲食店経営を経て、2017年にエンカレッジに参加。
社会に出てさまざまな経験を積むキャリア教育にも注力
―――居場所型学習支援教室では、学習面をどう支援していますか。
村濱さん:集団学習というよりは、少人数制の個別学習というイメージです。子ども4~5人に対して支援員1人がつき、個々の進度に合わせた課題に取り組んでいます。課題にはプリントを配付するほか、スタディサプリを活用する場合もあります。スタディサプリは、学習に遅れがある場合やどんどん先に進みたい場合など、個別対応が必要なときに非常に有効です。活用状況は教室によって異なるのですが、遠隔地などで支援員の確保が困難な教室では特に役立つツールだと感じています。
―――学習以外の面についてもお伺いします。社会で必要な姿勢を学ぶステップを示した独自の「自立プログラム」を作成していますが、どのように使用していますか。
村濱さん:もともと、支援を行う中で、子どもたちの変化を支援員たちが把握したり、あるいは子どもたち自身が成長実感や変化実感を持つことのできる仕組みが必要だと考えたことから作成に至りました。その「自立プログラム」に沿って、子どもたちに目標レベルを示したり、何かを課したりしているわけではありません。普段接しているなかで子どもが自ずと成長していき、その状態は自立の階段のどのあたりになるかを確認するときの目安のようなものとして使っています。実際の対応は本当に個々に行っています。
坂 理事長:その対応方法は、教室ごとにさまざまな特色が見られますね。ある教室では「エンカレッジ通貨」という教室内だけで通用するお金を作り、学習量や生活面の向上、自発的に行ったことなどに応じて付与するという取組を行っています。子どもたちは獲得したエンカレッジ通貨で、教室に寄付された文房具や衣類などと交換することができます。これがモチベーションになり、自発的な学びが活発になってきています。また、当初はエンカレッジ通貨をもらったらすぐ使っていた子が、計画的に貯めて欲しいものに使うようになるなど、生活面の学びの効果も感じています。
―――現在、居場所型学習支援事業全体として力を入れている活動があれば教えてください。
坂 理事長:学習支援と居場所支援によって子どもの変容に一定の手応えはありますが、世代を超えた負の連鎖の解消には、まだちょっと足りないと感じています。保護者以外の大人と接していないなど、社会と接する経験が乏しい子どももいるからです。そこで近年、社会への接続を図る活動、いわゆるキャリア教育に力を入れています。企業と連携し、社会に出てさまざまな大人とふれあい、多様な仕事を体験する機会の拡充を図っています。
村濱さん:例えば、県内5つのホテルに協力をいただき、1日体験プログラムを年6回実施しています。従業員の方の職業講話、ベッドメイキングやバーテンダーの仕事体験、そしてランチやアクティビティも提供いただいています。このほかにも、各教室が地元の企業や店舗と連携し、仕事体験プログラムを提供しています。
沖縄県労働金庫の協力によりANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾートで実施した社会的・文化的体験プログラム。
―――委託事業の支援対象は小中学生ですが、高校生を対象に行っていることはありますか。
坂 理事長:委託事業とは別の自主事業として、一部の教室で高校生の居場所づくりに取り組んでいます。また、2021年から通信制高校のサポート校も運営しています。企業と連携して探究活動を中心に行い、社会で活躍する人材育成に取り組んでいるのが特徴です。
心の成長から学力向上へ。周囲を巻き込みながら成長する子どもたち
―――各教室でのさまざまな学びや体験を通して、子どもたちにはどのように変容しているのでしょうか。
村濱さん:まず、挨拶ができるようになる、時間に合わせて行動できるようになる、約束を守れるようになる…など、生活力や人間力の向上が目立ちます。それに伴い、自然と成績も上がっていく傾向が見られます。心の成長が学力に影響するのだと思います。
成長が感じられるのは学力面ばかりではありません。具体的なエピソードを1つ紹介させてください。高校生教室に通う生徒が、コロナ禍を経て復活した文化祭を経験して、その楽しさを後輩たちにも伝えたいと考え、小学生のための文化祭を企画したことがあります。「文化祭を通してお金の流れを楽しんで学んでほしい!」をコンセプトに、展示ゲームで得たエンカレッジ通貨を使って駄菓子屋や屋台で買い物ができるようにするなどの工夫があり、とても盛り上がりました。エンカレッジの教室で自身が体験を学びに変える後押しを受けてきたからこそ、ほかの誰かのために後押ししようという意識につながったのではないでしょうか。
高校生が企画・実施したエンカレッジミニ文化祭
―――エンカレッジの精神を、子どもたちが受け継いでくれています。
村濱さん:はい。エンカレッジの教室で支援を受けていた子が高校進学後、教室に来て後輩の子どもたちに勉強を教えるなど、支援する側に回ることもあります。なかには「エンカレッジのように困窮する子どもたちのために活動したい」との思いで、自分たちでボランティア団体を立ち上げた例も複数あります。実は先日も、そうした団体に対して申請手続きの助言を行ったのですが、それが無事に受理されて一緒になって喜んでいたところです。
世代を超えた負の連鎖を断ち切るには、支援を受けた子ども本人が豊かになるだけで十分とは言えません。その子が周囲まで巻き込んでみんなで幸せになろうという気持ちをもつことが、非常に重要です。エンカレッジで支援を受けた子たちには、そういう思いが着実に育ってきている手応えを感じています。
揺るぎないビジョンの下、子どもを主語に議論し学び合う組織
―――エンカレッジ内の組織体制についてお伺いします。子どもたちに対する支援の質を維持・向上させていくために、どんなことを大切にしていますか。
坂 理事長:まずもって、どんな方に支援員として加わっていただくか、がすごく大切ですね。採用面接では、こちらからエンカレッジの理念や取組、今後の展望などをじっくり話し、それに共感してもらえているかどうかを見ています。とても根気強く子どもと関わる必要があるので、共感がないとなかなか難しいと思います。
今後については、退職された校長先生など学校経験者を積極的に採用することで、教育面の充実させるとともに、多彩な経験値を活かして組織の一層の強化を図っていきたいと考えています。
―――子どもたちへの接し方について、講師の先生にどんなことを伝えていますか。
坂 理事長:第一に、子どもたちに対する傾聴ですね。「2つ聞いて1つ話そう」と呼びかけています。先生という職業には自分が話して教えることが好きな人も多いですが、それでは逃げてしまう子どももいるんです。教えるより、子どもたちの話を聴く姿勢が大切ですね。
また、「エンカレッジ」という名称のとおり、「勇気づける」ということも重視しています。いくら叱ったとしても、最終的には勇気づけて、夢や希望をもてるようにしたいのです。先生方もよく理解して対応してくれていると思います。
―――各地に教室を展開し、大勢のスタッフを束ねていくにあたって、意識していることや工夫していることがあれば教えてください。
村濱さん:ひとつ挙げるとすれば、子どもたちに対して行っているように、スタッフ同士においても傾聴を大切にしていることでしょうか。相手のやりたいことを否定せず聞き、そのうえでこちらの思いを伝えています。思いのぶつけ合いのようになることもあり、それがお互いに学びになっています。そのように切磋琢磨できるのは、「自分が~」ではなく、「子どものためにこうしたい」「この子にはこうしたい」などと子どもを主語にして話すことが、暗黙の了解となっているからかもしれません。
坂 理事長:エンカレッジがモデルとなって社会に取組を波及させていくという社会的責任を感じ、この数年は妥協せず内部体制の構築に努めてきました。一方で、仕組みだけに頼るのではなく、スタッフ一人ひとりとの血の通った付き合いにもっと力を入れていく必要も感じています。ただ、そのすべてを私がやり続けるのはちょっと違うなと思っています。現在のエンカレッジには力のある人材がたくさんいるので、次世代が活躍できるようしっかり磨いていきたいと思っています。
村濱さん:坂理事長が常に夢を語り、そのためのアイデアを率先して出すことが、スタッフには大きな刺激となってきたことは間違いないです。アイデアは多岐にわたりますが、沖縄の子どもたちを応援していこうというぶれない芯を感じます。それが組織を束ねる大きな力になっているのではないでしょうか。
新しい学校づくりへの挑戦に意欲
―――最後に、今後の課題や、次に取り組みたいことについて教えてください。
村濱さん:沖縄では今、日本語がわからない外国籍の子どもが増え、学校の授業についていけないケースも目立ちます。また、なんらかの理由で学校を一定期間休むと、リカバリーが困難な状態になってしまいます。そういった現在の学校制度から漏れてしまった子どもたちを、従来の学校とは異なる仕組みですくい上げることはできないか、組織内で議論し始めています。
坂 理事長:具体的には、民間の学校を作りたいと考えています。目指すのは、国が定めて子どもに求める教育ではなく、社会が求める教育です。
エンカレッジの教室には頑張りたい子のほか、やんちゃな子、人と話そうとしない子など、多様な子どもたちが集まりますが、みんなが楽しく学ぶことを目指して活動しています。誰かが成長する姿がほかの子どもの気づきや学びになり、お互いによい影響を与えるような家族的な一体感が醸成されてきています。そんな寄り添いの姿勢や、社会とつながるキャリア教育の手法を活かすと、新しい学校の形が見えてくるのではないでしょうか。10年以内の設立を目指し、準備を進めていきたいと思います。
―――今後の挑戦からも目が離せません。本日はありがとうございました。
取材・文/藤崎雅子