工業高校での高校生生活にICT教材が果たすべき役割とは。教員一丸でチャレンジした、生徒の「学習における小さな成功体験」実感醸成と取組意欲の向上。

担当者:亀尾 百合香

豊川工科高校(愛知県立)では、2020年度よりスタディサプリ高校講座を活用し、生徒たちの学習支援に取り組んでいます。教員が一丸となって続けるこの取組には、どんな思いやねらいがあるのか、また具体的に働きかけと成果はどうであったのか、以下報告します。

1.取組の背景と課題

工業高校を取り巻く環境の変化と学力の多様化

豊川工科高校の所在する愛知県は製造業の盛んな地域として知られ、実際に、経済産業省が毎年実施する「経済構造実態調査製造業事業所調査」(総務省・経済産業省発表 2023年7月31日)では「製造品出荷額等」において、都道府県比較で45年にわたり全国1位を記録しています(2022年には国内シェア14%を超えるほどでした)。

愛知県下の県立工業高校が“工科高校”として生まれ変わったのは2021年4月。日本のモノづくりを支える人材育成を担い続けていくうえで、産業におけるグローバル化・デジタル化の進展に伴うニーズの変化に対応するためでした。県内にある15の学校では、今後産業界で求められる人材の姿を見据えた、新たな学科・コースの創設、募集単位の見直しが行われました。時代に応じた改革が行われる一方で、全国の都道府県と同様に、愛知県下の工業高校でも公立・私立を問わず生徒募集での苦戦、また入学者の学力の多様化と低下が顕在化し、学校にとって生徒の将来を応援し支援するにあたって深刻な問題となっていました。具体的には、少なくない生徒たちが、小学校で履修する範囲の学習内容に躓きを抱え、以降は学習における「できた・わかった」という経験も少ない、という状態です。毎年学習についていけず、学校をやめてしまう生徒が7~10%程度存在していることや、生徒の習熟度に合わせて授業を易化し運営しているために高卒での就職試験の突破に影響が生じていることも課題でした。

本調査・レポートの舞台となる豊川工科高校では、オンライン学習サービスの1つであるスタディサプリ高校講座を活用し、まずは、既習範囲のなかでそれぞれの苦手を抱える生徒たちに対して、個別最適な学び直しの機会を提供するところから始めました。

“学校は未来を見つけ輝く場所” 高校3年間で専門性を高め、希望進路の実現に必要な基礎学力の定着を

在校生のうちおよそ8割程度が卒業後の進路として就職を選択する生徒たちにとって、高校で過ごす3年間は、社会に出る前に専門性を獲得し、また学び続ける姿勢を習得する期間にあたります。しかし、過去に躓きを抱えていたり、「できた・わかった」という経験の少ない生徒たちですから、容易ではありません。

現状は学習に対し苦手意識をもつ生徒も多いが、「やったらできた」の経験(学習における小さな成功体験)を積み重ねることで、学びを楽しむ生徒層を増やすことができないだろうかー教員間には共通の思いがありました。しかし、一人ひとり苦手な科目、単元、ポイントは異なり、全生徒の実情に合わせた一斉指導を行うことは物理的な困難を伴い現実的ではありません。

そこで、1つのツールとして用いたのがICT教材です。生徒一人ひとりの苦手を可視化し、個別最適な学び直しを実現すること、そのために2022年度よりスタディサプリ高校講座の積極的な活用を開始しました(教材自体は2020年度より導入されていたものです)。加えて、ICT教材の強みとも言える学習履歴データも用い、個々の学習の様子を踏まえたアプローチも合わせて行うこととし、生徒の主体性を伸ばす声かけや施策の検証も開始したのです。

2.具体的な取組内容

実際に取組を行うにあたって、その設計を教務部の職員たちが、運用を学年団の教員たちが、それぞれ担いました。教務部では、スタディサプリを用い行う学習サイクルを、生徒の「小さな成功体験の積み重ね」であると定め、教員の負担を最小限に抑えつつ、取り組む生徒の層を増やすための仕組みを作っていきました。一方の学年団は、仕組みだけではなかなか現実化しない「学習に向かうきっかけ」づくりを実現すべく、取組の校内広報と、実践した生徒に対するポジティブな声かけを実行していったのです。教務部と学年団が両輪で行った取組は、学校全体の取組に昇華していきました。

教務部ではこう使った~年間の学習スケジュール設計と課題配信、テスト結果の分析~

取組を開始する際、その中心を担った教務部では、これまでも生徒に課してきた「工業科目の実習レポート」や「長期休み課題」と、スタディサプリとの位置づけの違いを明確に定めることとしました。

すなわち、実習レポートでは提出することに重きを置いており、その背景には、生徒たちには卒業後、期限を守ること・わかりやすく正確な報告書を書くことが当たり前にできる人材となってほしい、という教員たちの願いがあります。一方で、スタディサプリを用いた学習においては「できた」「わかった」の経験を通じて小さな成功体験を積み重ねてほしい、というのが主なねらいです。「やり切らせる」ことよりも、「やってみる」機会を提供する目的であり、この趣旨を踏まえたときに、これまで高等学校、特に工業高校の現場ではたびたび行われてきた「取り切り指導」を行わないという大きな決断を下しました。なお、「取り切り指導」とは、生徒を授業時間外の教室等に集め、課題に取り組ませ、提出するまで帰らせないことで、いわば強制力をもって課題の提出率を高める指導法です。

大きな決断と試行に対し、教員間では当初、「取り切り指導を行わなければ生徒は取り組まないのでは?」や「教員の負担が増えるのでは?」など不安の声があったのも事実です。教務部の職員たちは、こうした声にも耳を傾け、工夫を重ねました。教員の負担増を防ぐべく、また施策が単年実施で終わってしまわないよう、年間スケジュールや課題の選定、配信作業を設計し担当。加えて、取組の開始時、夏休み用の配信課題には中学校範囲の中でも取組やすい、易しい問題を選択することで、実施の障壁を低くしました。学習の動機づけを行うためのチラシ配付も行い、生徒たちのなかに「やってみる」層を増やす仕掛けを作り、一人ひとりの習熟度を測る「到達度テスト」受験後に個々に合わせ配信される「連動課題」については定期考査の期間に重ならないよう少量ずつ配信する工夫も施しました。生徒目線を考え実践していったこうした小さな積み重ねは効果を生み、以前よりも生徒たちの学習量や課題への取組状況が好転したことを示す、一連の学習データを集計・分析し、教務部から教員宛てに連携することで、教員からの協力を得やすい体制も構築することにつながったのです。

学年団ではこう使った~学習状況の確認と生徒への声かけ~

前述の「取り切り指導」に象徴されるように、従来、教員は生徒に対し「課題をやり切らせること」に意識が向かいがちです。しかしながら今回の取組は、期日までに課題を提出させること以上に、生徒の学習意欲を高めること、引いては主体的に学ぶ生徒たちを増やしていくことをねらいとしています。

教員たちはまず、声かけを変えることにしました。具体的には、ICT教材を用い課題を配信した際には、担任から生徒に対し、課題を配信した事実だけでなく、取組の背景やねらいについても丁寧に説明し伝える体制としました。そして課題に取り組んだ生徒に対しては、ポジティブな声かけを行っていきます。

生徒の目線からすると、教科の枠を越え担任が自身の学習状況を網羅的に把握してくれている、そして結果だけでなくプロセスにまで目を配り褒めてもらえる、という状況ができあがったわけです。それまで学習面で褒められる経験の少なかった生徒にとって、教員からのポジティブな声かけは心に響くもので、内発的動機を促すものになりました。また、担任教諭が1人で抱え込むのではなく、学年会で教員らが集まり、実施状況の確認や声かけ方法の共有等をすることで、チーム・組織で施策を実践していったのです。

3.学習取組量の増加と学力定着度向上における検証結果

ICT活用のねらいと検証項目

前述の事項と重複しますが、豊川工科高校では学習における小さな成功体験を主たる目的とし、ICT教材の活用に取組ました。高1の7月から高2の4月にかけて、中学校範囲のテスト(国数英)と前後学習を行うことで点数の変化を分析しました。具体的な流れは以下の通りです。

夏休み(事前課題:全員同じ)→9月(1回目のテスト)→10月中旬~(連動課題/週末課題)→冬休み(1回目テストで学年全体が苦手だった内容から事前課題)→1月(2回目のテスト)→春休み(連動課題)→4月(3回目のテスト)

※『スタディサプリ』学校向けサービスには到達度テストが2回付いている
※到達度テストは既習範囲の学力定着度を網羅的に可視化できるアセスメントテスト
※今回は1回目・2回目は同問題、3回目は同範囲の別問題で検証
※連動課題は到達度テストで間違えた問題のうち優先度の高いものから個別最適に復習課題(講義動画+確認テスト)を配信できる機能

その結果、生徒はどう反応し、変化したのか、また教員も一丸となって取り組んだこの試みの成果はどうであったか、を知るために検証を実施しています。

具体的な検証項目としては以下を設定しました。

  • 任意課題に対する生徒の取組率
  • 得点の変化
    ・全体の偏移(1回目~2回目)
    ・数学における点数と特定単元の伸び率
  • 学習時間の経年変化

①任意課題に対する生徒の取組率

今まで学期中の課題をほとんど出したことがないなかで半数程度、冬休み課題には6割を超える生徒が取り組んでくれました。取り切り指導を行わなければ、生徒は取り組まないという声を聞くことがありますが、実施目的の明確化(チラシ配付と説明)や担任からのポジティブな声かけにより、生徒の取組率を上げることに効果的だと言えます。

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②得点の変化:全体の偏移(1回目~2回目)

次に、学習に向き合った結果がテストの点数に反映されるかを検証しました。1回目と2回目で点数を比較すると、3教科合計で7割、数学単体で8割弱の生徒が点数向上する結果が出ました。先生からの声かけが生徒の学習意欲につながり、継続学習が点数向上につながる結果となりました。

20240305_221702_2※検証人数:182人/191人(1回目・2回目のテストを受験した生徒数)

②得点の変化:数学における点数と特定単元の伸び率

次に、特に点数の伸びが見られた数学で検証しました。単元ごとの正答率で比較すると、工業高校の専門科目につながる数学で顕著な結果が出ました。1回目・2回目は同問題ですが、3回目は同範囲の別のテストを受験して定着度を図ったところ正答率の上昇が見られました。また事前事後学習で課題配信した範囲(赤枠で囲った単元)は正答率の上昇が見られました。

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③学習時間の経年変化(各年度1年生の7月~1月で比較)

最後にICTツールの利用頻度と学習量の経年変化を比較しました。取組を開始する前の2021年と比較して、2022年、2023年は利用生徒層・学習量共に増えている結果となりました。

20240305_223337※アクティブ生徒率:スタディサプリで何らかの学習を行った生徒の割合

 以上の検証を踏まえて、任意課題であっても先生方からの目的共有、ポジティブな声かけを継続して行うことで生徒の学習量につながることが見えてきました。また一連の活動がテストの点数向上にもつながる結果が出ました。

4.今回の施策を通し見えてきたことと今後に向けた取組について

今回の取組を通して見えてきたことの1つが、ICT教材も有効に活用することで、教科学習が得意ではない生徒にとっても「やった→わかった→できた→もう一度やってみる」という、いわば学習のPDCAサイクルを構築し浸透させることができる、ということで、これは教員間にも実感されています。

併せて、卒業後の進路として進学でなく就職を見据える生徒たちを対象としたとき、「希望進路の実現に必要な学力の定着」につながる実変化を、学習の取組量の増加と学習定着度、という切り口から可視化することができました。

とはいえ、まだまだ取り組むべき事項、施策の伸びしろも少なくありません。例えば本取組の次の段階としては、「1日に5分でもよいので授業に紐づく学習を主体的に行う」ためのチャレンジが豊川工科高校では既に開始されています。また、「社会に出た後も学び続ける工業人を育成する」べく、学んだことを振り返り言語化する取組の実践も検討中です。加えて一連の取組が生徒の内発的動機を促すかを検証する必要もあります。

これらの根底にあるのは、やはり教員間で確かに共有された“学校は未来を見つけ輝く場でありたい”、そんな思いであり、現場それぞれで意見を出し合い有効な使い方を施すことでICT教材もその大きな一助になるのだと言えます。

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