リクルートは行政と連携をし、困難な状況にいる子どもたちを対象とした、学習・キャリア支援に取り組んでいます。民間企業が行政と手を組み、事業として支援を行うなかで感じる、「民間企業の介在価値」や「やりがい」について各地域の責任者とチームリーダーに実情を聞きました。
座談会参加者(写真左より):自治体の学習支援教室の責任者である田中瑞希さん、水谷伊吹さん、チームリーダーの木田貴之さん。
友達でも先生でもない「ナナメの関係」で、子どもたちが自分のペースで学習とキャリアを考えられる場をつくる
———担当している地域での学習支援事業の具体的な活動について教えてください。
田中さん:『スタディサプリ』をご利用いただいている都内のA区で、中学生を対象とした放課後学習支援を行っています。学校内で実施している事業なので誰でも参加できる前提ですが、基本的には生活困窮世帯やひとり親世帯など、経済的に厳しく塾に通えなかったり、学校の授業についていくことが難しかったりする子どもたちが対象です。区内の6校を担当しており、各校で週に1回、45分を2コマずつ実施しています。リクルートの指導員が各校を担当し、私は指導員をまとめる責任者の役割です。学校のような授業ではなく、子ども一人ひとりに寄り添い、個別最適な学習支援を通して、子どものやりたい学びを応援する場と位置づけています。勉強を無理にさせるのではなく、子どもたちが指導員とコミュニケーションを取りながら、学校の宿題や授業の予習復習に取り組んだり、日常生活についての相談をしたりしています。
水谷さん:私が担当しているB市の対象は高校生と、高校生年代の子どもたちで、「児童扶養手当を受給しているひとり親世帯の生徒対象」と明確に打ち出している事業です。市が学校とは別に設置している2カ所の学習支援教室で、それぞれ週に2回、2時間ずつ行っています。子どもを支援する学習支援サポーターについては、別の団体と連携し、各施設に4名ずつ配置しています。学習支援サポーターに求められるのは、子どもたちに寄り添い、子どもにとってのロールモデルになることです。そのため、学習指導ができることはもちろん、子どもたちと同じようなバックグラウンドをもっていたり、子どもとの信頼関係をつくったりすることが上手な大学生を主に配置しています。
高校生を対象としているため、キャリア支援に重きを置いています。他の自治体でも学習やキャリアを支援する事業は行われていますが、「キャリアを実現するために学習支援による基礎学力の向上も行っている」点が、大きな特徴だと感じています。
———B市ではキャリア支援としてどのようなことをしているのですか?
水谷さん:キャリア実現のための学習支援では、学習支援教室を物理的に「スタディエリア」と「コミュニティエリア」に分けて実施しています。スタディエリアではA区と同様に生徒のつまずき・苦手の克服、学校の授業や定期テストに向けた予習・復習などをICT教材である『スタディサプリ』活用しながらを実施しています。コミュニティエリアでは子どもたちの非認知能力の育みにつながるボードゲームを常設していて、ゲームをしながら論理性や思考力を鍛えたり、学習支援サポーターとコミュニケーションをしたりすることで、ソーシャルスキルが自然と身につくような仕掛けをしています。その他、日常生活での不安や悩みについての相談もコミュニティエリアを活用して行っています。
また、キャリア支援については年に約10回、さまざまな講師の方を招き、高校生が今知っておきたい、考えておきたいことをテーマとしたキャリアセミナーやイベントを行っています。例えばロールモデルの獲得のために、大学生に大学生活だけでなく高校生時代の体験を語ってもらい、子どもたちが自分の今と将来をつながりあることとして考えられるイベントや、奨学金について専門家から基礎知識を学び、自分に最適な学資金調達ができるようになるセミナー、高校生が巻き込まれやすい闇バイトの危険性を弁護士の先生と一緒に学ぶセミナーなどを行っています。どのイベントも講演を聞くだけといったスタイルではなく、大学生とグループワークを行い、子どもたちが自身の考えを深めることができる工夫をしています。
都内のA区で責任者を担当する田中瑞希さん。2022年にリクルートに入社。前職では建築関連会社の営業職を経験。
B市で責任者を担当する水谷伊吹さん。2022年にリクルートに入社。前職では不動産会社の営業職を経験。
専門性をもったプロフェッショナルたちを巻き込み、スピード感をもって子どもたちに向き合えることが民間の良さ
———こうした学習支援事業は行政やNPO団体が行っている場合もあると思いますが、リクルートのような民間事業会社が参画することでどんな良さがあると思いますか?
田中さん:私たちの学習支援グループでは、それぞれの担当について当事者意識を強くもって進めています。グループ内で上司に報告、相談しながら進めていますが、我々現場の担当に任せられている裁量が大きく、スピーディーに物事に対応できる良さがあると思います。行政が主動の場合は確認を取るべき段階が多いため、やりたいと思ったことを実現するまでに、民間と比較すると時間がかかってしまうことがあると思います。
水谷さん:民間にはそれぞれの専門性をもった人材を集めて事業をつくれるメリットがあります。行政が民間に任せると決めたら、業務委託していけばさまざまな事案にスピード感をもって対応できると思います。私が担当しているB市では、我々がやりたいことを考え、弊社だけではできない部分は知見をもった6〜7社の他団体さんに声をかけて業務委託や連携をして一つのB市案件をつくりあげています。
木田さん:私自身は実は大学時代に学習支援のNPOを立ち上げて活動していました。NPOなので完全なボランティアとは違って寄付金をいただいてそのなかで実践していたので、ビジネスライクな部分はありましたが、利益を目的としていないため、人の採用などは難しかった印象があります。特に、ボランティアとして人を集めることが多かったため、クオリティの担保が課題として常にありました。この会社に入社して民間企業で学習支援に携わることで大きく異なると感じたのは、使えるリソースが圧倒的に多いことです。そのため、民間企業による学習支援だと水谷が言ったように、各領域のプロを集めて子どもたちに支援を行うことができる強みがあります。
学習支援グループでチームリーダーをしている木田貴之さん。2018年にリクルートに入社。
教職大学院を経て前職では教育企業で教室運営やマーケティング業務を経験。
原点は「家庭環境や経済状況によらない学びの機会」を実現したい思い。子どもたちに寄り添い、可能性を広げる仕事がしたかった
———皆さん転職でリクルートに入社されてこの仕事に就いていますが、きっかけは?
田中さん:新卒で前職に入社した日に、高卒で入社した同期の男性が私に「大卒なんだ、いいなー」と言ったんです。その人は大学に行きたかったけれど、家庭の経済的な問題で諦めたと。恥ずかしながらその時に初めて、自分が親のすねをかじって生きてきたことに気づき衝撃を受けたのです。言語化はできませんでしたが、そのことがずっと心に引っかかっていました。前職での営業の仕事は楽しかったのですが、会社の方向性と自分の将来にギャップを感じて転職を考えていたときに、今の仕事の求人を見たのです。「教育格差をなくし、平等な学びの機会を提供」といった内容で、「あの時の衝撃を解決できる仕事なのでは」と考えて応募しました。
水谷さん:私は大学時代に塾講師のアルバイトをしていた経験から、人のターニングポイントに関わる仕事に就きたいと考えていました。それで、新卒では不動産会社を選んだのですが、営業は楽しくても業界が自分に合わないと感じ始めていました。その時に、自分の原点に戻って塾講師のアルバイト時代のことを思い起こしたのです。当時印象に残っていた中学3年生の女の子がいまして。夏期講習ですごく成績が伸びたのに、母子家庭だったので塾を続けられないと悩んでいました。けれど彼女は自分が勉強を諦めたくなくて、10年ぶりくらいに父親に会いに行って塾の費用を直談判して、最終的に受験終了まで見届けることができたのです。その経験から、田中さんと同様に、経済的な理由で教育格差を強いられている子どもたちに寄り添える仕事ができそうだと思ってここに転職しました。
自分が成長できる環境を活かし、本当に子どもたちのためになる支援の実現へ
———学習支援事業を担当していて良かったと思うのはどんなことですか?
水谷さん:一つは、現場で直接子どもたちに会って、自分たちの学習支援や『スタディサプリ』に対する反応を体感できることです。リクルートは『スタディサプリ』のような教材を販売している会社ですが教育機関ではないので、実際の利用者である子どもたちと触れ合える機会が通常はありません。でも学習支援事業を担当することで、『スタディサプリ』だけでなく自分たち自身が子どもたちの役に立てていることを感じられます。
もう一つは先ほど田中さんが民間の良さで言ったことと同様ですが、自分が現場で感じた課題感をすぐに解決できたり、企画をスピーディーに行動に移せたりする環境が整っているところです。それはこのグループの良さでもあります。B市での取組はステークホルダーが多かったり、複雑なことが多いのですが、チームリーダーの木田さんが毎日定例でミーティングしてくれて、自分の考えを伝えると「やってみよう!」とすぐ言ってもらえたり、迷えば選択肢を与える形でアドバイスももらえる。そうした日々の関わりから、想像していた倍くらいのスピードで自分が成長できていることを実感できています。
田中さん:本当にそうですね。それはこのグループのメンバーの思いがみんな同じで、平等な学びの機会を提供するという一つの方向に向かっていけているからだと思います。子どもたちのために必要だと思ったことは、何でもやらせてくれます。私一人ではできないことは会社としてすぐ動いてもらえるのがありがたいですね。前職では若手の自分が何か提案したところで、組織が動いたり変わったりすることなどないだろうと思っていました。それがこのグループでは企画したことをすぐ実践させてもらい、改善してまた企画してと責任ある仕事を任せてもらえて、私も自分自身がこの1年半ですごく変われたと感じています。
———逆にこの仕事で大変だと思うことは?
田中さん:子どもたちに寄り添うといっても、人はみんな違うので同じ対応では通用しません。一人ひとりと向き合いながら「これで良かったのかな」といつも考えています。自分に心を開いてもらえたと思ったときは嬉しいですが、それが正解ではないかもしれないので、日々悩みながら対応しています。
水谷さん:仕事自体は日々楽しくて仕方がないのですが、担当するB市の学習支援教室に通ってくれている子どもたちが抱えている問題の深刻さがあります。自傷行為やオーバードーズ、家庭内暴力など、昨今のニュースで話題になるようなことを経験している子どもたちが少なからずいるのです。現場の学習支援サポーターと信頼関係ができるとそれを打ち明けてくるのですが、スピード感をもって対応するための支援体制がまだ完璧にはつくれていないことが課題であると同時に、難しさを感じています。
———学び以外に子どもたちが抱える問題の支援も学習支援事業の範囲なのですか?
木田さん:そもそも我々がB市から受託している事業は学習とキャリアの支援なので、水谷さんが話したようなテーマの問題にまで対応範囲を拡げることは求められていません。しかし、この事業が子どもの貧困をテーマとしており、その解決のためのアプローチとして学習やキャリア支援をしているわけで、自傷行為や保護者との不和などを解消することも一つのアプローチです。それは学習やキャリア支援以前の問題であって、何よりも大切な支援であると思っています。心身の安心安全がなければ学習支援もキャリア支援も意味がありませんから。最大の目的である子どもの貧困の解決のためであれば、行政からの仕様書外であっても、行政と密に連携を取り、我々にできることをやっていくべきではないかと考えています。
水谷さん:なので、木田さんにも相談しながら、家庭児童相談所や学校、病院など関連する機関と連携を取りながら、役割分担して解決にあたろうとしています。子どもたちは今まで言えなかったことを、我々を信頼して、この教室ならなんとかしてくれるかもしれないと期待感をもって打ち明けてくれているはずなのです。そうした意味で、子どもたちの居場所として機能してきているので、スピーディーにより良い解決に結びつく体制づくりをしていけたらと考えています。
やりがいを糧に、困難な状況に置かれた子どもたちの支援のデファクトスタンダードとなることのできる仕組みづくりを
———ご自身の成長を実感されているようですが、周りから変わったと言われることはありますか?
田中さん:パートナーから「毎日楽しそうだね」と言われるようになりました。前職でも今の仕事でも残業して帰ることがあるのですが、「同じ時間に帰ってきても前とは全然違うね。多分仕事が充実しているからなんじゃない」と言ってくれています。
水谷さん:私は家族やパートナーから「普段の会話のなかで仕事の話が増えた」と言われます。前職の頃は仕事の話はほとんどしなかったですね。詳細を話せなくても今は、子どもたちに変化が表れたり、家庭児童相談所の方から「◯◯さんが『学習支援教室が良かった』と言っていましたよ」と連絡をくださったときなど、嬉しいことがあると話しているみたいです。
———今後、学習支援事業に携わるなかでチャレンジしたいことや、個人としての展望は?
田中さん:個人的には、恵まれている仕事の環境や機会を最大限に活かせるよう、先輩たちの知見などを聞いてそれを自分も実行しながら、もっと成長していきたいです。A区での学習支援事業では、水谷さんのB市のように仕様書を超えるようなことはできていないので、学びだけでなく、子どもたちの居場所になれるような環境づくりもしていきたいです。そして、学習支援の機会を必要としている子どもたちは非常にたくさんいることを痛感しています。我々以外にも世の中全体で学習支援事業を提供する機会が増えることを期待したいです。
水谷さん:まずはB市の取組をしっかり整理して、他の自治体や同じように学習やキャリア支援をしている団体に「真似してください」と言えるような型をつくれればと思っています。学習とキャリア支援の並行と、前段階の生活での問題のケアを同時に行っている例はあまりないと思いますので、困難な状況に置かれた子どもたちへの支援のスタンダードになれるような仕組みづくりをしていきたいです。
取材・文/長島佳子