「生徒が主体となる学校」を掲げる学校はたくさんありますが、学校のビジョンづくりまで生徒に委ねようとする取組はまれでしょう。泉大津市立小津中学校(大阪府)では、それをキャッチフレーズに留めず、生徒が中心になって学校のルールやビジョンを決めていく「生徒が創る学校」を実践しています。同校の現在の姿と、そこに至るまでの3年間について、前編・後編の2回にわたってレポートします。
主体性を発揮して学校づくりに取り組む生徒の姿を追った前編に続き、後編では校長、研究主任、学年主任の3人の先生方へのインタビューから、生徒による学校づくりの経緯をたどり、学校運営のポイントを探っていきます。
「生徒に任せてみよう」という決断がターニングポイントに
小津中学校が「生徒が創る学校」を目指して歩み出したのは、2021年、小学校2校との小中一貫教育校を始めるにあたって校区の小中学校3校の教員が話し合い、めざす学校像「みんなが安心・みんなで創る・あなたが輝く学校」を設定したときからだ。とりわけ同校では「みんなで創る」を重視し、授業や学校生活において生徒の主体性の育成に力を入れた。ただ、「口で言うだけでなく実践で表そう」と動き始めたものの、すぐに大きな変化につながったわけではないという。
ターニングポイントとなったのは2022年5月、コロナ禍でさまざまな行事が中止となり学校全体が暗いムードに包まれるなかで、生徒会が「みんなが笑顔になる行事を行いたい」と全校クラス劇イベントの開催を提案したことだった。前年度に決定したスケジュールが既に動いている年度途中に、予定外の大規模な学校行事を入れることには、教員から懸念の声も上がった。しかし、議論してたどり着いた結論は、「やってみよう」「徹底的に生徒たちに任せてみよう」。それから1カ月半後、企画・台本づくり・当日の運営などほぼすべてを生徒が手掛けたイベント「新劇の祭典」は、観覧した地域の人が涙を流して称えるほどの大成功を収めた。
生徒の手で実現させた全校クラス劇イベント「新劇の祭典」
ここからさまざまな学校行事が大きく変化していったと、首席・大達 雄先生は振り返る。
「教員はこの経験によって『生徒に任せるとはこういうことか』という共通イメージをもち、さまざまな場面で生徒に任せる方向に舵を切るようになっていったんです。体育大会では生徒のアイデアで学年縦割りの応援団を結成し、団の結束によってこれまでにない盛り上がりに。また、校外学習の行き先は生徒のプレゼンテーションによって決定し、修学旅行の1日は生徒に委ねるなど、生徒主体の活動があらゆる学校行事に広がっていきました」(大達先生)
現在、首席・研究開発学校研究主任を務める大達 雄先生
生徒一人ひとりが自分で考えて行動できるルールへ
2022年度はもう1つ大きなトピックがあった。それまで教員主導で少しずつ進んでいた校則の見直しを、生徒主体で行っていこうと、認定NPO法人カタリバの支援を受けてルールメイキング・プロジェクトに取り組んだことだ。
合言葉は「生徒の、生徒による、生徒のための校則」。生徒会が全校生徒へ「この学校の校則に疑問を感じることはないか?」と呼びかけ、それに応じて約20人が集まると、彼らがルールメイカーとなり、全校生徒の意見を吸い上げるクラス会議を実施した。そこで出た意見を集約して見直しの対象を「服装のルール」と「生徒用iPadの利用ルール」の2点に決定。見直し案の作成、教員・PTA・学校運営協議会との対話、制服業者など外部との交渉に至るまで、ルールメイカーの生徒が主体となって進めた。生徒を子ども扱いして教員が調整役をするということはなかった。
学校運営協議会で地域の代表の方々と対話するルールメイカーの生徒たち
「服装のルール」見直しの議論からは、新しい標準服と着こなしルールが誕生した。多数派の意見だけでなく少数の意見にも耳を傾け、制服業者や大手衣料品メーカーと交渉しながら検討し、多様性に配慮した選択肢がある。12月には新標準服のお披露目イベント「OZU-COLLE2022 -TALK&DANCE」も企画した。ダンサーやモデル、照明や音響などの裏方には、ルールメイカー以外の生徒も参加。「少しでも良いショーにしたい」と直前まで粘り、それぞれの役割を超えて改善し続ける生徒たちの手によって盛大なショーとなり、教員も驚かされたという。
新標準服のお披露目イベント「OZU-COLLE2022 -TALK&DANCE」
また、「iPadの活用」については、ルールメイカーの生徒たちは当初、細かいルールをたくさん作ろうとしていた。しかし、市の情報教育担当指導主事などさまざまな大人との対話を通じて、「言われたとおりに使うだけではダメだ。自分はどう使うかを一人ひとりが判断できるようにしよう」と考えるようになっていった。最終的にルールとして設定したのは三原則(①「覚えるだけの学び」を超えて、発想を広げる使い方をする/②自分の身を守れるようになる。自己管理できるようになる/③誰も傷つけない・じゃましない)のみ。それに基づいてどう活用するとよいかについては、全校クラス会議を開催して生徒一人ひとりが考えた。
「当初、教員側には学校が荒れるのではないかと不安感があり、教員が管理しやすい校則を作ろうとする意識もあったかと思います。しかし、生徒たちの対話の様子を見て『ここまで考えられるんだ』と頼もしさを感じ、学校はこうあるべきという考えを手放した先生も少なくなかったようです。そうした教員側の変容が、生徒主体の対話を重視する授業改善やクラスづくりを加速させていったように感じます」(大達先生)
iPad活用三原則を基に実施した全校クラス会議
生徒が中心となった、みんなの思いを込めた学校ビジョンづくり
ルールメイキングの取組は、学校のビジョンを生徒主体で考えるという「ビジョンメイキング」の取組へと発展した。
「もっと学校行事を自分たちでつくっていきたい」「自分たちが受けたい授業を考えてもいいんじゃないか」…と、生徒は当事者意識を高めるなかで、今後も生徒と教員の対話が続く仕組みと、学校づくりの基準となるビジョンの必要性も話題にするようになった。そこで、「自分たちはどんな学校を目指し、卒業時にどんな姿になっていたいか、学校全体で話し合おう」ということになったのだ。
みんなの意見からつくるビジョンを「学校のコンパス」と呼ぶこととし、そのビジョンづくりを推進する生徒「コンパスデザイナー」を募集。彼らが核となり、生徒主体の「学校のコンパス」づくりが動き始めた。
2022年度の12月と1月、コンパスデザイナーが中心となって全校クラス会議「おづこれ(小津中のこれからを考える)会議」を開催。卒業時にめざしたい姿や学校のあり方について、クラスごとに生徒全員が考え、意見交換を行った。また、教員もほぼ同じテーマで「先生版おづこれ会議」を実施した。卒業時にめざしたい姿や学校のあり方について考える「おづこれ会議」
生徒と教員の双方から出てきた意見を基に、学校のコンパスとしてまとめていくのもコンパスデザイナーの生徒たちだ。ミーティングには教員も参加し、段取りや手法の提案や言語化のサポートなどを行うものの、8割方は生徒たちの発言によって進んでいく。
コンパスデザイナーの生徒たちがみんなの意見を集約
コンパスデザイナーの活動を担当する千々石喜一先生は、「任せる」と「サポートする」のバランスが大切だという。
「子どもたちの『やりたい』が中途半端だと、中途半端な活動になってしまいます。まずは子どもたちが自分で考えることで思いを醸成することが重要で、それを後押しすることが教員の役割だと思います。ただし、生徒の好きにさせるだけの放任にならないよう、巻き込めていない生徒への働きかけをサポートするなどのバランスを心掛けています」(千々石先生)
2学年主任 千々石喜一先生
生徒にとって、多様な意見を集約していくことの難易度は非常に高い。議論が硬直化しなかなか進まないこともあったが、教員が投げかけた問いが生徒の思考を広げ豊かな対話につながっていった。
「私も、上から目線ではなく、あくまで生徒と同列にいる一人として意見を出します。その発言が生徒の心に引っかかれば、生徒同士でどんどん対話を発展させていきます。私たち教員も生徒と一緒に考えて、悩み、楽しむことが大切ではないでしょうか」(千々石先生)
そうして生徒の願いを詰め込み、「自芯をもつ」「認め合う」「やわらかさで0から1を創る」の3つの姿を目指す「学校のコンパス」が誕生した。
卒業時に目指したい姿が表現されている「学校のコンパス」
興味ややりたいことを基に、誰でもリーダーになれるプロジェクト学習
同校は「学校のコンパス」を最上位の学校の運営方針に位置づけ、これを基に2023年度のカリキュラムを設計。新たな具体策として、総合的な学習の時間を進化させた学校設定科目「共創プロジェクト」、教科横断・融合や学習者主体の授業、AIツールを活用した学習サポートの時間などを導入した。
なかでも「共創プロジェクト」は大きな挑戦となった。これは前期と後期の年2回、それぞれが希望するプロジェクトに参加し、1回あたり約10コマを使って学年混合のグループで取り組むというもの。プロジェクトのテーマは、教員のアイデアや地域からの要請などを基に設定したものもあるが、生徒が提案することも可能だ。興味のあることや解決したい課題がある生徒は、自ら企画書を作成し、集まってきた仲間を率いてプロジェクトを推進する。
「プロジェクトを立ち上げれば誰もがリーダーになれます。やりたいことをやる代わりに責任をもって取り組むことを、プロジェクト数が増えるほど多くの生徒が経験し、成長のきっかけを掴んでいます。また、ほとんど10人以下の少人数プロジェクトなので、誰かの企画に乗っかるだけとはいかず、当事者意識をもって取り組んでいます」(大達先生)
後期は前期と比べてプロジェクト数が3倍近く増加。紛争地域への国際支援、小物やお菓子などのものづくり、好きなカルチャーの魅力についての個人研究、ダンスイベントやショーなどのイベント開催、学校をより良い環境にするための改善など、多彩な内容の65件が稼働した。
2023年後期のプロジェクト例
2024年2月に開催された共創プロジェクト発表祭では、展示あり、ゲームイベントあり、ラップバトルあり…各プロジェクトの成果をのびのびと披露する生徒たちの姿があった。
地域の人も参観した共創プロジェクト発表祭
高まる当事者意識や自己効力感。学力の向上も顕著
こうして一歩ずつ生徒が主体となる場面が増えてきたなかで、教員は大きな手応えを感じている。
「自分たちで実際にやってみた経験が自信になり、『どうしたらもっと面白いことができるだろう』『学校をより良くするためにはどうしたらいいだろう』『将来に向けてこの課題を探究してみたい』と自ら考えを発し、挑戦しようとする生徒が増えています。また、授業中などの日常においては、『自分さえ良ければいい』ではなく、困っている生徒には手を差し伸べるなど、しっかり周囲を見て行動する生徒が多くなりました」(千々石先生)
「生徒は主体性を発揮しているという実感をもって活動しており、そのなかで、自分たちで学校や社会を変えていくことへの当事者意識や、それができるという自己効力感が高まっている。それは生徒アンケートの結果からわかりますし、生徒の姿からも実感しています」(大達先生)
生徒の学力にも変化が見え始めた。大阪府チャレンジテストや全国学力テストの標準化得点の3年間の推移を見ると、全教科において学年が進むにつれ上昇している。その理由は、学校のコンパスに基づくカリキュラム改革や、定期テストの廃止と授業内の評価・単元テストの導入などの施策以外にもありそうだ。
「学習においても自分の興味が広がり、主体的に学び取ろうという意欲が高まっていると思います。また、先生や友達など周囲との関係性が良くなったことで、相手を信頼して質問したり、支え合ったりするようになったことも、学習成果につながっているのではないでしょうか」(大達先生)
2021年度から校長を務める高橋敏也先生は、生徒の将来について、「自分の考えを主張しつつ相手も認めることのできるリーダーシップを発揮して社会を担う大人になっていくのではないか」と期待を寄せている。
「まずやってみよう」とスピーディーに実行可能な教員体制
「生徒が創る学校」という未知のものに挑戦してきた同校教員には、不安感も大きかっただろう。そのなかで、わずか3年でここまでの変容を可能とした背景には、教員組織の3つの特徴が見えてくる。
1つ目は「まずやってみる」だ。同校では生徒企画の「新劇の祭典」や生徒主体での校則見直しについて、懸念や困難がありつつ、「やってみる」という選択をした。
「実際に生徒に委ねてみると、意外と心配していたようなことは起こらず、『生徒はこんなにできる、もっと任せていいんだ』と実感することができました。ひとまずやってみて、そのあと細かい改善をしていけばいいのだと、次の挑戦への大きな後押しになりました」(大達先生)
2つ目は、スピード感のある学校意思決定システムがあること。かつて月1回の職員会議が唯一の意思決定の場だったころは、何かを提案して実施に至るまで数カ月かかることもあった。現在、意思決定の場は、チームコミュニケーションツールSlackと週1回の夕礼の2つ。アイデアや意見をSlackのチャット上で発信して異論が出ないとき、あるいは夕礼で提案して承認を得られたときは実行してよいこととし、改善や新しいことを始めるスピードが格段に速まった。一方、月1回の職員会議だった時間は、ワークショップ形式の研修として活用している。
「研修は講義を聞くだけではなく、例えば、共創プロジェクトでどう生徒をサポートするかについてのシミュレーションや、授業の単元計画を作ってみるなど実践型です。明日からの改善につなげられるよう学び合っています」(大達先生)
そして、3つ目は教員同士の活発なコミュニケーションだ。同校の職員室は席を固定しないフリーアドレスになっており、別の学年や担当の教員とも自然と会話し、いろんな視点やアイデアを交換しやすい。
「スピード感が求められる世の中、学校だけ取り残されることのないよう、旧来のシステムにこだわらず取り組んでいきたいと思っています」(大達先生)
ワークショップ形式の職員会議
生徒を教員の理想にはめこまない、楽しい学校を目指して
こうした教員の体制・文化の醸成には、校長のリーダーシップも不可欠だ。高橋校長は学校を自動車に例え、「私は改革を推進するためのエンジン」と言う。生徒や教員が存分に挑戦できるよう環境を整え、3年間ノーブレーキで学校を駆動させてきた。
「生徒同士のつながりや、教員と生徒のつながりのなかで学校が進んでいくことが大事です。『校長が言うから』とトップダウンの強制力が働かないよう、私が表立って動かすことはしないよう意識してきました。教員と生徒のつながりで大切だと思うのは、まず生徒を信じきることです。また、教員も生徒も最上位目標に向かうというベクトルを揃えることにも心を砕いてきました。あとは、生徒が踏み出す勇気をもてるようにすること。中学生段階の失敗は自分の糧になるぐらいの気概で、挑戦していってほしいと思っています」(高橋校長)
校長 高橋敏也先生
3年間、みんなで試行錯誤しながらがむしゃらに走り、「生徒が創る学校」のかたちが見えてきた。しかし、まだ粗削りの状態で課題も多いという。次年度はポイントを押さえて一つひとつを丁寧に実践し、取組を一層深めていく方針だ。
「教員主導の学校運営は、ともすれば教師の理想に生徒をはめこもうとしてしまいます。旧態依然の硬直化した枠にはめようとするから、生徒は息苦しさを感じて枠からはみ出そうとするし、やりたいことができないジレンマやイライラが出てくる。やらされていると思って、勉強がつまらなくなる。もっと生徒がのびのびできる楽しい学校にしていきたいですね」(高橋校長)
多様な人と対話しながら主体的に活動するなかで、得意や好きを見つけ、自ら学ぼうという意欲を育み、力を伸ばしていく生徒たち。その姿を後ろから見ていて「楽しくて仕方がない」と言う高橋校長。「ほかの教員も同じ気持ち」という確信もある。
「生徒による学校づくりは、一部の学校でしかできない特別なことだとは思いません。ごく標準的な本校でも、3年でここまでできるのです。生徒にとっても、教員にとっても楽しい学校が、全国各地に広がっていくことを願っています」(高橋校長)
泉大津市立 小津中学校
1977年創立/生徒数453人/
大阪府南部の海沿いに位置。2021年度から小中一貫教育校。2022年度に生徒主体の学校のビジョン「学校のコンパス」を策定。2023年度より文部科学省「研究開発学校」の指定を受け、「生徒の願いで創る『共創』カリキュラム」について研究している。
発行:2024年4月 ※先生・生徒の所属・学年などは取材時(2023年度)のもの
取材・文/藤崎雅子