「生徒が主体となる学校」を掲げる学校はたくさんありますが、学校のビジョンづくりまで生徒に委ねようとする取組はまれでしょう。泉大津市立小津中学校(大阪府)では、それをキャッチフレーズに留めず、生徒が中心になって学校のルールやビジョンを決めていく「生徒が創る学校」を実践しています。同校の現在の姿と、そこに至るまでの3年間について、前編・後編の2回にわたってレポートします。
前編となる本稿では、次年度(2024年度)の学校のビジョンを決めるために各クラスで行われたワークショップ「おづこれ会議」の様子と、生徒主体の学校づくりの中核を担う「コンパスデザイナー」の生徒たちの語りをお伝えします。
生徒のファシリテーションで、生徒全員が話し合う学校ビジョン
2024年2月のある日、小津中学校の各クラスでは、「コンパスデザイナー」という名の有志生徒のファシリテーションによって、小津中学校のこれからを考える「おづこれ会議」が行われていた。
各クラスで開催された「おづこれ会議」
同校には、生徒が卒業時に目指したい姿として、「学校のコンパス」と呼ぶ3つのビジョンがある。
- 「自芯」をもつ ~「踏み出す」をくりかえして身につけた自信と自分の芯
- 認め合う ~周りを見て考え、人のために行動できる
- やわらかさで0から1を創る ~遊びを学びに・学びを遊びに
これは2022年度、コンパスデザイナーの生徒たちが中心となり、すべての生徒と教員の意見を基につくったものだ。学校運営方針の最上位に位置づけられ、その実現を目指して2023年度、学年混合グループでプロジェクト活動を行う「共創プロジェクト」のスタートや、教科横断・融合や学習者主体の授業、AIツールを活用した学習サポートなどさまざまな取組が行われた。
生徒から募った「学校のコンパス」を表すキャラクター
この日のおづこれ会議のゴールは、次年度(2024年度)の学校のコンパスの基となる具体的なアイデアを全校生徒でたくさん見つけることだ。コンパスデザイナーの生徒が教室の前に立って会議の趣旨や進め方などを説明すると、班に分かれてワークシートを使って話し合いながら進めていった。
各班で、まず学校のコンパスの3つの姿について、この1年間の自分自身や学校はどうだったかを振り返る。次に、今後深めていきたい姿を班で1つ選び、これを深めるためのアイデアを出していく。
学校のコンパスの3つの姿で区切ったYチャートの図に、意見を書いた付箋を貼っていく
コンパスデザイナーが教室内を巡回し、各班の話し合いをサポート
後半は、出てきたアイデアをWell-beingの4段階
- 【個人・今(今が楽しい)】
- 【個人・未来(未来に希望がある)】
- 【社会・今(クラスや周囲の人の幸せを願う)】
- 【社会・未来・持続(学校/この町/世界を良くしたい)】
に分類。その段階をもう1つ上げるにはどうするとよいかを話し合った。
コンパスデザイナーがWell-beingの4段階のフレームについて説明
ある班は当初、「遊びたい」「学校でジュースを飲みたい」など【個人・今】に関するアイデアが多かったが、将来に目を向けるなかで「自分のしたいことにいろいろ挑戦する」といったことも出るようになり、さらには社会へと視点を広げて「無駄な戦争をなくす」という意見にも発展。そこから「戦争ってなんで起きるんだろう?」という問いが発せられ、議論する場面もあった。
アイデアをほかの取組と関連づけながら、Well-beingの段階を上げていく
放課後、各クラスで出た意見をコンパスデザイナーたちがもち寄り、担当教員を交えて今後の展開を確認。全校生徒の声を基にミーティングを重ね、3つの姿それぞれに関する来年度のスローガンへと収斂させていく予定だ。
各クラスで出た意見を概観するコンパスデザイナーたち
後日、コンパスデザイナーがまとめた2024年度の学校のコンパス
仲間や教員と対話しながら、自分を知り、成長していく
「学校のコンパス」の実現のためにコンパスデザイナーとして活動する生徒は現在20人弱。そのうち4人の2年生にインタビューを行った。
写真左から、コンパスデザイナーの森﨑春奈子さん、長嶺佳歩さん、北隅ひなたさん、井上 歩さん
4人とも1年生の時、校則見直しや学校のコンパスづくりを牽引する先輩たちの姿を見て、「思いがあってかっこいい」「面白そう」「今までにないことができる」などと感じ、コンパスデザイナーに手を挙げた。小学生のころからリーダーを務めることが多かった長嶺佳歩さんと井上 歩さんは、コンパスデザイナーになったのも自然な流れがあった。
一方、森﨑春奈子さんは「元々は積極的なタイプではなかった」という。
「私はずっと誰かが作ったルールを何も疑わず受け取り、周りに流されるばかりでした。そんな自分を変えたかった。自分で考える力を養いたい、と思って参加しました」(森﨑さん)
北隅ひなたさんは1年生の時は不登校傾向があり、そんな自分を変えるきっかけを求めていた。
「どうして学校に行けないんやろ?と、自分がイヤで惨めで仕方なかったんです。先生から活動を紹介され、『自分から見て少しでもマシな自分になれるならちょっとやってみよう』という気持ちで始めました」(北隅さん)
コンパスデザイナーはおづこれ会議の企画・運営、生徒や教員の意見の集約、自校やこれからの社会の分析、分析を踏まえた具体的なビジョンの文言づくりなど、学校のコンパス実現のためのさまざまな活動を行う。この日終えたばかりのおづこれ会議のファシリテーションに対しても「うまく対応できなかった」「もっとこうすれば良かった」など反省の声が挙がるように、コンパスデザイナーの活動の難易度は高いが、生徒たちはやりがいをもって楽しんでいる。
「自分たちで学校を創っているというわくわく感があります。今、人生100年時代と言われていますが、世界のニュースを見ていると、50年後に僕らは本当に生きているんだろうか?と疑問に思うようなことが起こっています。そういう社会問題も考えながら、僕たちの一番身近な学校をどうしていくとよいか、みんなと意見を交わすのがめちゃくちゃ楽しいです」(井上さん)
井上さんは現在、生徒会副会長も務める
森﨑さんは当初、コンパスデザイナーの活動は「みんなのため」と思っていたが、実際に活動するなかで、むしろ「自分のため」の活動と捉えるようになったという。仲間との対話が自身の成長につながっている実感があるからだ。
「制服に関するルールを変えようというとき、『色』について対話をしたことが印象に残っています。私は最初、地味な色という縛りがあったほうがいいと考えていましたが、まったく逆の意見も飛び交い、一人ひとりにいろんな思いがあり、それを認め合うことが良い社会をつくることにつながるのではないか、という話になっていきました。あぁ自分はこれまで人に意見を押しつけていたのかもしれない、と多様性を認める大切さに気づいた気がします。以前は空気を読めず思ったことをすぐ言ってしまうタイプでしたが、最近は相手の話を聞いて、それを受け入れたうえで自分の考えを言うことができるようになりました」(森﨑さん)
「仲間に自分のことも受け入れてもらえている実感がある」という森﨑さん
北隅さんは、対話を重ねるなかでの自身の変化をこう語る。
「最初は恥ずかしくて自分の考えを押し込めてしまうこともありました。でも、自分の発言を聞いてもらう、受け入れてもらうという対話を何度も行うなかで、自然と自分を出せるようになっていきました。先輩たちが認め合いの土台をつくってくれ、その流れを汲みつつ、自分たちで新しく積み上げてきたコミュニティという感覚があります」(北隅さん)
また、北隅さんはコンパスデザイナーの活動を足掛かりとして、自分の好きなことを活かす機会を得たという。
「私は小学校のころからカメラがすごく好きで、今、コンパスデザイナーの活動や学校行事や生徒活動のときのカメラマンをさせてもらっています。小津中の先生方は、私たちが『やってみたい』と言うことについては、『いいやん、自分で責任もってやれるという自信があるなら応援する』と肯定してくれます。挑戦できる環境を先生方がつくってくれるから、私は好きなことがもっと好きになって、今は将来カメラに携われる職業に就けたらいいなという理想を抱くようになりました」(北隅さん)
北隅さんは現在、休むことなく通学している
長嶺さんは自分の得意を見つけることができた。
「小学校のころから勉強は得意でしたが、ほかの人に比べて突出しているものがあるかと言われると、答えに詰まってしまうところがありました。でも、コンパスデザイナーなどの活動で、全校生徒に向けて文章を書いて情報発信する機会をもらって、文章で表現することがすごく好きだと気づくことができたんです。自分から立候補して原稿作りを担当するという回数を重ねるなかで、ちゃんと書けるなという自信がついてきました」(長嶺さん)
長嶺さんは最近、SDGsに関して世界を動かす仕事が気になっている
井上さんは活動のなかで学んだ先進的な視点を、将来も活かして仕事をしたいと考えている。
「経済協力開発機構(OECD)で世界の教育課題に取り組む海外スタッフなど、社会で活躍する方との対話で大きな刺激をもらいました。これからも世界の最先端の動向を見つめていきたいです。将来の夢はまだはっきりしていませんが、時代の波に乗っていくなかで見えてくるんじゃないかなと思っています。自分で楽しむのもいいし、誰かを楽しませるのもいい。不確実な世の中であったとしても自分が後悔しない人生を切り拓いていきたいと思います」(井上さん)
「自分たちで学校や社会を変えられる」という生徒が8割超
このように仲間との対話や自分の好きに気づきを活かす機会は、コンパスデザイナーだけではなく、すべての生徒にある。
学校のコンパスを踏まえて2023年度にスタートした「共創プロジェクト」は、そのような経験ができる代表的な取組だ。前期と後期の年2回、生徒はそれぞれが希望するプロジェクトに参加し、学年混合のグループで取り組む。生徒がプロジェクトテーマを提案することもできる。2023年度後期は、紛争地域への国際支援、小物やお菓子などのものづくり、好きなカルチャーの魅力についての個人研究、ダンスイベントやショーなどのイベント開催、学校をより良い環境にするための改善など、多彩な内容の65件のプロジェクトが実施された。
「それぞれやりたい活動ができ、同じプロジェクトのメンバーと対話を重ねながらテーマを深めていきます。テーマについてそれぞれが考え、メンバーと意見を認め合い、また地域の方などから意見を頂いて改善することが自分の自信につながります。この経験の積み重ねが、学校のコンパスの実現に近づいていくと思います」(長嶺さん)
後期の共創プロジェクト実施後の生徒アンケートによると、「プロジェクトの方向性、活動内容を決めることなどを生徒に任されていた」と認識する生徒は約95%。また、別の質問では、生徒の参画度合いの上位に回答が集中。自分たちで主体性を発揮して進めているという強い実感をもちながら取り組んでいることがわかる。
「共同エージェンシーの太陽モデル」(OECD)を基にした生徒アンケート結果より
こうした経験は、学校や社会に対する当事者意識や自己有用感に影響していると考えられる。同校の全生徒を対象に行った令和5年度学校教育自己診断では、「自分は責任ある学校や社会の一員だと思う」という生徒は約81%、「自分たちで学校や社会は変えられると思う」という生徒は約78%。似た質問を行った国際調査での日本の平均値*と比べると、驚異的な高さだ。
*「自分は責任がある社会の一員だと思う」48.6%、「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」26.9%(日本財団「18歳意識調査 第46回-国や社会に対する意識」より)
生徒は自分たちが主体となってつくる学校の中で、それぞれがやりたいことに挑戦し、学校のコンパス「自芯をもつ」「認め合う」「やわらかさで0から1をつくる」の姿に向けて着実に歩んでいる。
このように生徒が学校づくりに参画することに意味はあるのか、コンパスデザイナーの4人に問うと、全員が「ある」と力強く答えた。
「学校のメインはやっぱり生徒。私たち自身が行きたいと思える環境にどんどん変えていきたい」(北隅さん)
「次の世代を担うのは、大人ではなく、私たち子ども。大人に頼ってばかりではいられない」(長嶺さん)
4人が将来やりたいことは多様だが、理想の大人像には「小津中の先生たちのような大人になりたい」という共通点がある。「生徒のことを信頼してくれる」「否定せずやってみたらとチャンスをくれる」「こういう大人になりたいという理想のイメージ」…そんな教員との関係性の下、生徒はのびのびと成長している。
コンパスデザイナーの皆さん
*
後編では、このような生徒がのびのび育つ環境はどのようにつくられてきたか、先生方のお話をご紹介します。
泉大津市立 小津中学校
1977年創立/生徒数453人/
大阪府南部の海沿いに位置。2021年度から小中一貫教育校。2022年度に生徒主体の学校のビジョン「学校のコンパス」を策定。2023年度より文部科学省「研究開発学校」の指定を受け、「生徒の願いで創る『共創』カリキュラム」について研究している。
発行:2024年4月 ※先生・生徒の所属・学年などは取材時(2023年度)のもの
取材・文/藤崎雅子