「『Chance Challenge Change』生徒にチャンスを与え、チャレンジさせる。そして変わる。」を重点取組として生徒が主役の学校づくりを目指す倉敷市立多津美中学校。それを具体化する例の一つとして、自由進度学習に取り組む技術科の授業をレポートします。
生徒に学びを委ねる自由進度による技術科の授業
「主体的に学び、自らの能力を高める生徒の育成」を目指すために、生徒に委ねる学びが必要だと捉える倉敷市立多津美中学校。山口雅弘校長の学校経営の下、校長が一つのベースと考える授業を実践しているのが、技術科の白神栄治先生だ。白神先生が自由進度学習を取り入れて実践する2年生の授業を見学した。
まず授業の冒頭で前回の宿題チェックをするために、各生徒の席を先生がまわって見ていく。その時間に生徒たちは自身のタブレットに、本時の目標を自分なりに記入していく。自由進度で進み方はそれぞれのため、目標も個々で異なるのだ。単元の内容は、教科書を予め読んでおくことが基本となる。先生は生徒たちの理解を深めるための情報を提供していく。
この日は「エネルギー変換の技術」の単元での最後の学習内容にあたる「安全に電気機器を使用する」について、先生が作ったスライドで説明。先生の自宅のブレイカーやコンセント、実際に電気機器を使っている写真などを見せながら、家庭による契約電流を確認する方法や、ブレイカーが作動する状況、安全な使い方ができているかなどを生徒に問いかけていた。
白神先生の自宅のブレイカーや電気機器の使用状況を見せ、コンセントの定格値を超えた使い方をしてしまっていたことなどから、安全な使い方についてより身近に感じられる解説をしていた。
電気機器の安全な使い方について10分程説明した後は、生徒たちそれぞれの自由進度学習に入った。予め単元ごとに「チャレンジシート」というワークシートをタブレットで配付。この単元では5つの学習内容があり、先生から出された問いやワークに自分のペースで取り組んでいく。教科書を読んだだけでは答えられない問いや、答えが一つではなく自分の考えを述べなければならない問い、自身の家のブレイカーを撮影するワークなども含まれている。
この日の授業の単元用のチャレンジシート。5つの問いが設定され、生徒たちは自分の進度に合わせてそれぞれが違う問いに取り組んでいた。
生徒たちは自分が学びやすいように、席を移動して友達と取り組んだり、一人で黙々と取り組んだり、先生に声をかけて質問しながら進めたりと、それぞれのやり方で学習を進めていた。
友達同士で参考になるサイトを見つけて、問いに臨んでいた生徒たち。
自分たちで考えてもわからないときは先生に質問。白神先生は個別に生徒の質問に答えていく。
日本全体の発電方法比率のグラフを基に、岡山県で最適な発電方法の組み合わせを考えるワーク。自分の意見でよいので正解はないが、その根拠を述べなければならない。
生徒たちが自由進度で取り組んでいる間、白神先生は教室内をまわって生徒たちの様子を観察。わからないことがある生徒からの質問に答えたり、逆に手助けが必要そうな生徒には白神先生から声かけをしていた。
「岡山県ではどんな発電方法の組み合わせが最適か?」という問いに取り組んでいた生徒たちのなかには、「岡山は“晴れの国”と言われているから太陽光発電が多そうだけどどうかな」と言いながら、“晴れの国”が本当なのか、俗説についての根拠を検索で調べたりしていた。
自由進度学習の時間が終わるとこの日の学びについて、シートに記入していく。学習した内容と冒頭に立てた目標に対する達成具合、さらにアウトプットとして振り返った気づきを記入して授業が終わった。
まとめの振り返りを記入する生徒。色つきのセルは、前回までの振り返りに対して先生からの評価を表している(緑はOK、黄色やオレンジがある場合は要検討)。
生徒に「解いてみたい」と思わせる問いを立てることが教員の仕事
自由進度学習を授業に取り入れようと思ったきっかけについて白神先生に伺った。
「それまで一斉授業を行っていましたが、私が説明していることが生徒たちの自分ごとになっていないと感じていたのです。授業のめあても一斉授業のときにはこちらが決めていましたが、受け身のめあてでは生徒たちのモチベーションには繋がりません。個々の生徒が自分でめあてを決めて自分主体で学ぶことで、自分ごとになっていくのではと考えました」(白神先生)
技術科という教科の特性から、教員目線では生活に活かす学びにしてほしいという願いが一番にある。一方で、生徒の本音としてはテスト対策も必要で、苦手なところは深掘りしてわかるまで学びたいし、既に理解していることはそれほど時間をかけずに進みたくなるものだ。自分の進度と興味に応じて自ら計画を立てて学ぶほうが、身につくのではないかと白神先生は考えた。
「それぞれが自分の興味に応じて、自分ごととして好きなことを学んでいけば、気になったことがあればどんどん深掘りする時間も取れます。そこで自分自身の新たな興味を見つけていくうちに、技術科がほかの教科ともまんべんなく関わる教科だと気づいていくと思います。そうした繋がりを感じながら、新たな学びに広がっていくきっかけになっていくのが理想です」(白神先生)
また、技術科という授業数が少ない教科という特性も、自由進度学習に向いていると考えた理由の一つだった。少ないコマ数のなかで講義形式でゼロから知識を入れようとすると、授業内で生徒が思考する時間が取れない。教科書の内容は予め家庭学習で読んでおいて、授業では仲間と共に考える時間に使ったほうが生徒の力を伸ばせると考えたのだ。
技術科の白神栄治先生。教員歴8年目(取材時)。
自由進度学習を始めたばかりのころは、タブレットに小テストやワークシートなどの課題を準備して、単元内の好きな箇所を生徒たちの自由に学ばせていた。生徒たちは好きなように友達としゃべりながら授業をしていたが、先生自身はその様子を見て疑問をもった。
「生徒たちがただ教科書やタブレットの資料を見ているだけで、思考していないように感じたのです。それで、課題の提示を変え問いを立てることにしました」(白神先生)
今日の授業のチャレンジシートのように問いを出すと、生徒たちは必死になって取り組み始めた。「どうやって解くのだろう?」「これはわからないなー」などと言いながら動きが出始めて、生徒同士で教え合ったりコミュニケーションしながら考え始める光景が見えてきた。
「それまで勉強がただの作業だったのが、考える学びになっていったように感じました。いかに生徒に解決してみたいと思わせられるか、そうした問いを設定することが教員の一番の仕事なのだと思います」(白神先生)
生徒がやる気になる問いとはどんな問いなのか、白神先生は「常識だと生徒が思っていることを疑わせるような問い」だという。また、白神先生の授業を共に参観していた山口校長はこう語る。
「今日の授業のチャレンジシートのなかに、岡山県の発電方法の比率についての問いがありました。生徒にとって岡山は自分の住む県で自分ごととして考えられます。しかも比率を考えるときにそれぞれの発電の特徴についても調べなければ答えを出せない。実生活に結びつきながらも、さまざまな知を必要とする問いが、生徒にとっても納得解を見つけられるような良質な問いなのではないでしょうか」(山口校長)
ICTによって個別最適な学び方ができ、教え合いで教室が活気づく
白神先生にとって自由進度学習にICTが不可欠だという。先生は学校のサイト内に技術科のホームページを自ら作成し、そこに授業で使う教材やスライド資料、動画、小テストなどをすべてアップしている。
「どんな学び方をすれば身につきやすいかは生徒それぞれです。教科書を読んでノートにひたすら書くことが向いている子もいれば、動画で見た方が理解しやすい子もいます。どんな学び方にも対応できるように、同じ単元でもさまざまな素材を提供できて、進度も方法も個別最適な学びができるのがICTのメリットです」(白神先生)
そのなかには、今日の授業で使ったような白神先生が自分で撮影した画像や動画もたくさんある。
さらに、ICT上の小テストは間違えた問題に繰り返しチャレンジすることもでき、取組の履歴が残るので、生徒にとっても教員にとっても、成長の様子が確認しやすい。
また、自由進度であっても友達がどのように考えているかの意見をすぐに見られるのもICTの強みだ。
自由進度学習を始めた当初から、自分たちで考える学びの必要性を生徒たちに説明していたこともあり、「面白そう」という声が多かったという。授業アンケートでも8割以上の生徒が「自分のペースで学べる」と好意的に受け止めている。一方で、1割の生徒は「教えてもらう形式の授業のほうがいい」と答えているのも事実だ。そうした生徒には白神先生は申し訳ない気持ちがありつつも、思考力を身につけることの大切さを伝えながら、授業中も特に目をかけるようにしている。また、教えてほしいと考えている生徒と、速い進度の生徒を意図的に組み合わせて、教え合いの環境をつくることもある。
「得意な子にとっては教えることでさらに自分の学びにもなり、その価値に気づいていきます。生徒にとっても私に質問するより友達同士のほうが圧倒的に聞きやすいですし、教え合うことで教室に活気がでてくるのです。子どもたちが本来もっている力を信じて任せればこちらの予想以上にうまくやってくれます」(白神先生)
お互いを認め合う風土のなかで、自由にチャレンジして成長していく
さまざまな他教科につながる学びをしている技術科担任として、今後は教科横断でPBLもやってみたいという白神先生。山口校長は、それを可能にするためには学校全体でPBIS(Positive Behavioral Interventions and Supports=ポジティブな行動支援)の基盤づくりが重要だと唱える。
「本校は『一人一人が主体的に正しく判断し、行動できる生徒』を教育目標として、『主体的に学び、自らの能力を高める生徒の育成』を重点取組としています。それは白神先生の授業のように生徒に学びを委ねることですが、そのためにはどのクラスも生徒同士、先生と生徒の関係性が良好でなければなりません。安心安全な空気が教室になければ委ねても好き勝手をするだけです。学校のもう一つの重点取組として『互いの良さを認め合い、高め合う生徒の育成』を掲げていますが、来年度はそれをまずベースにして先生方には教室づくり・授業づくりをしてもらいたいと考えています」(山口校長)
多津美中学校の2024年度(令和6年度)のグランドデザイン(左)と重点取組(右)。緑地の「互いの良さを認め合い、高め合う生徒の育成」が、ピンクの「主体的に学び、自らの能力を高める生徒の育成」のベースとなっている。
生徒にPBISを行うには、まずは教員同士がポジティブな関係性でなければならない。山口校長は学校のグランドデザインのなかで教員の姿勢として「認め合う組織、支え合う組織、高め合う組織、上機嫌は職務」を盛り込んだ。そこに向かう具体策の一つとして、「GOOD BEHAVIORカード」という、相手の良い所を書いて渡す取組を行っている。強制ではなく誰かの言動に感心したときに渡すカードだ。
「私自身は全教員に渡しましたし、生徒にも200人以上渡しました。先生同士でもやってもらっていて、褒められたら嬉しいもので、ほかの先生からもらったカードを職員室の机に飾っている人もいます」(山口校長)
生徒たちもやっているが、書いて渡すことよりも、相手の良い所を見つける視点をもつことの大切さに気づくための取組だ。山口校長自身、以前から言葉にして褒めることを意識してきたが、「書く」ことにして初めて、美点凝視の必要性に気づいたという。
「100%褒める覚悟がないと書けないのです。そういう視点で人を見るようになると、『〜ねばならない』という考え方がなくなってきます。『こうでなければ』ではなく、『より良くするにはどうしたら良いか』を考えるようになる。価値づけがリフレーミングされる感じです」(山口校長)
山口校長が実際に書いて生徒たちに渡したGOOD BEHAVIORカード。朝の挨拶が元気だったり、参観した授業での発表が良かったりしたときに書いている。
褒め合う風土によって、教員も生徒も自己有用感が上がりお互いを信頼することで自由進度学習のような授業が成り立っていく。教員に対しても極力指示をするのではなく、先生たちの自由に任せている。自由があるから責任や道徳が生まれ、指示に従うだけでは道徳は生まれないと山口校長は考えている。そして、先生たちが自由に自分のやりたい教育ができるよう、結果よりも過程を重視していることを常に伝えているという。若い先生が安心してチャレンジできる学校が、山口校長の目指す姿だ。
「重点取組の冒頭にある『Chance Challenge Change(生徒にチャンスを与え、 チャレンジさせる。そして 変わる。)』は、先生方にも言えることです。チャレンジして成長しようとする教員集団であり、学校でありたいですね」(山口校長)
山口雅弘校長。「Chance Challenge Change」は前任校時代から常に先生たちに説いてきた。
【学校データ】
多津美中学校(岡山県・市立)
1962年開校/生徒数613名/倉敷市東部の市の中心地からほど近い場所に位置し、「『よりよく生きる子ども』の育成」校区の教育目標都市、幼小中連携教育を行っている。校舎は、全国でも珍しい教科教室型システムを取り入れている。
発行:2024年3月 ※先生の所属・学年などは取材時のもの
取材・文/長島佳子