【戸田市立戸田中学校】不登校生徒の可能性を広げる、“チーム学校”で取り組む居場所づくり

学習支援の取組
授業実践(中学校)

小・中学校における不登校児童生徒数は約30万人、10年連続で増加し過去最高を更新しています*。全国的に早急な対策が求められるなか、戸田市(埼玉県)では現在、誰一人取り残さない教育の実現を目指す「戸田型オルタナティブ・プラン」に取り組んでいます。その一環として、すべての戸田市立中学校にて運営されているサポートルーム「さわやか相談室」。そこではどのような場づくりがなされているのでしょうか。戸田中学校の「さわやか相談室」を訪ね、利用している生徒や教職員、また戸田市立教育センター所長にお話を伺いました。

*文部科学省「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」

教室に入りにくい、悩みがある…誰でも利用できる相談室

戸田中学校の校内に設置されている「さわやか相談室」は、やわらかい日差しが入り込む明るい空間だ。入口近くのデスクには相談員が常駐。悩みや気になることを聞いてほしい生徒や教室で学ぶことに難しさを感じている生徒などが訪れ、それぞれの時間を過ごすことができる。

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談話スペースの奥には広々とした学習スペース。机は適度な間隔で配置され、周囲を気にせず学習に集中することもできる。生徒が数人、教科書や参考書を読んだり、スタディサプリの講義動画を観たり、それぞれの方法で学習を進めている。高校入試が近いこの日は、市のスクールサポーターが訪問し、1対1で受験勉強をサポートする場面もあった。

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室内には本やカードゲーム、パズルも置かれ、一人でのんびり過ごしたり、生徒同士や相談員とゲームを楽しんだりできる。ふらっと立ち寄って相談員や友達と話す生徒もおり、昼休みや放課後はにぎやかだ。

3年生のKさんは、1年生のころから「さわやか相談室」を利用している。当初はまばらな登校状況だったが、3年生になった今は毎日通っている。「ここはめちゃくちゃ楽しい“自分の居場所”」。そう笑顔で話すKさんは、自分で決めた高校の受験にチャレンジする。3年間の成長ぶりを間近で見てきた相談員は、「進学後はさらにステップアップできるのではないか」と楽しみにしているという。

Img_03523年生のKさん、岡﨑相談員

学ぶ場を多様な選択肢から選べるように、市を挙げて取り組む

この「さわやか相談室」は、戸田市が推進する「戸田型オルタナティブ・プラン」の一環として全市立中学校にて運営されている。

戸田型オルタナティブ・プランは、不登校児童生徒の増加に対応して2022年に立ち上がった、誰一人取り残さない教育の実現に向けた取組だ。戸田市立教育センター所長の伊藤和三氏はこう説明する。

「この取組は3つの柱から成っています。1つ目は『不登校を支援する』こと。具体的には、多様な学びの場の選択肢の拡充に力を入れています。2つ目は『不登校を科学する』。教員の経験と勘と気合に頼るのではなく、データを根拠に分析などを行い、児童生徒の実態等を科学の視点で捉え、不登校対策や支援に活かしています。そして3つ目は『不登校を理解する』です。不登校は『心が風邪を引いた状態』と捉え、保護者や地域と同じ方向を向いて温かい支援を行っていきたいと考えています」

Img_0301b戸田市立教育センター所長 伊藤和三氏

戸田型オルタナティブ・プラン開始前から、中学校の「さわやか相談室」は県の施策として開設され、また、市の教育支援センターには学校へ通いたくても通えない事情のある児童生徒のための教室「すてっぷ」があった。これらに加え、2022年度からすべての市立小学校に戸田型校内サポートルーム「ぱれっとルーム」、県と市の連携により県立戸田翔陽高校内に不登校生徒支援教室「いっぽ」を開設。オンラインを活用した児童生徒等の居場所として、認定NPO法人カタリバとの連携によるメタバース空間の不登校支援プログラム「room-K」の活用も始めた。産官学とのさまざまな連携によって、スピード感をもって取組を進めてきた。

「小学校においても教室に入りたくても入れない子どもたちの居場所をきちんとつくり、不登校の芽に早期から対応していく必要があります。また、どのような学びの場がフィットするかは、一人ひとりの児童生徒によって異なります。選択した学びの場でうまくいかなかった場合は、そこで支援が終了するのではなく、別の選択肢を試すことができることも大切でしょう。校内の別室からメタバース空間まで、多様な学びの場の選択肢を用意し、子供たちと相談しながら一緒に考えていきます」(伊藤所長)

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戸田市教育委員会資料より

戸田型オルタナティブ・プランが目指すのは、「校内復帰」だけではなく「社会的自立」だという。

「まずは、それぞれの場で、自分のペースで活動し、心の栄養を十分に取り戻してほしい。その結果、教室で学ぶようになる場合もあるし、進学するなど次のステージに進む場合もあるでしょう。大前提として『行きたい』と思える魅力ある学校づくりを行い、そのうえで多様な学びの場を用意し、子供たちの社会的自立に向けた支援を行っていきたいと考えています」(伊藤所長)

「できたこと」を見つけて言葉をかけ、自信を育む

このような市の方針に基づく「さわやか相談室」(以下、相談室)は、具体的にどのように運営されているのか、戸田中学校のケースを見ていきたい。

同校の相談室には、さわやか相談員の岡﨑太一氏のほか、ボランティア相談員が交替で常駐し、多様な生徒の居場所をつくり、また悩みや気になることがある生徒の相談に乗っている。ニーズや状況に応じて、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーが来校し対応することも可能だ。

「相談室を利用する生徒のゴールは生徒によって異なります。一番大事なのは、生徒自身がどうしたいか。例えば『教室に復帰したい』のなら、そのためにどうしたらよいかを自分で考え、一つずつステップを踏むというプロセスを大切にしています。私たちはあくまでそれをサポートする役割です」(岡﨑相談員)

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さわやか相談員 岡﨑太一氏

岡﨑相談員は、相談室を訪れた生徒とはひと言でも話をすることを日課にしている。特に、生徒のがんばりを見つけて褒めることを心掛けているという。

「できなかったことは本人にもよくわかるのですが、できたことは人から言われないと気づかないことがあるので、小さなことでもその子なりにできたところを見つけて『ナイスチャレンジだったね!』と伝えるようにしています。それが自信につながると、少しずつほかの生徒に話しかけるようになります。最初は相談員や先生がほかの人との関係づくりを導いていたのが、最近は生徒同士で広げていくようになってきました」(岡﨑相談員)

小学校の学習から学び直せる、スタディサプリを活用

不登校から、相談室への登校、登校回数の増加、所属クラスの教室へ…とステップを踏んでいくにあたって、ネックになりやすいのが学習の遅れだ。

相談室での学習は、以前は担任が提供するプリントが中心だったが、昨年度より講義動画で学ぶことができる「スタディサプリ」を活用している。導入を推進した教頭の藤田政貴先生はこう話す。

「プリントに自力で取り組もうとしてつまずくと、それは“失敗体験”として心に残ります。そもそも教室で習っていないのですから、自分で解くのは難しいことが多いのです。それが日々積み重なると、相談室や学校に来る意義を感じられなくなってしまう可能性があります。しかしながら、教員だけでサポートするには限りがありますので、そこをスタディサプリならカバーすることができると考えました」

スタディサプリには小学校からの学習コンテンツがあり、不得意な科目や単元については学年を遡って学習することが可能だ。生徒はそれぞれ学習プランを設定し、自分のペースで学習を進めている。

3年生のKさんは、以前は数学が「ダメダメでどうしようもなかった」と言う。しかし、スタディサプリで学習するうちに「結構できるようになってきた」との手応えから受講時間が増加。今では「数学は好きの一歩手前」という状況だ。

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スタディサプリは相談室以外でも全校生徒が利用している。基礎からわからないが「今さら質問できない」という場合も、自分でスタディサプリを活用して遡って学習することで、より自信をもって授業に臨む生徒は少なくないという。

教職員間で連携し、多面的に生徒を支援

学校の一部である相談室は、ほかの教職員や活動といかに連携するかも大切だ。岡﨑相談員は相談室の中に閉じこもることなく、積極的にほかの教室の授業や学校行事などを見に行く。

「相談室の生徒と担任の先生との間に立って調整することが多いので、先生方が普段見ている景色を知って学校全体を俯瞰し、視点が偏らないようにしています」(岡﨑相談員)

藤田教頭は相談員と毎日、朝・夕に必ず短い対話の時間をもち、オープンに話すことで困りごとにも素早く対応している。相談室で過ごした生徒の様子について相談員が記入する報告書は、管理職が毎日確認し、気になることがあれば一緒に知恵を出し合う。

また、校内の教育相談部会や生徒指導部会などでは岡﨑相談員に相談室の様子を頻繁に伝えてもらい、ほかの教職員との連携につなげている。相談員が個別の生徒について気になることがあれば、担任にアプローチし情報交換や対応の依頼をする。こうした日常的なコミュニケーションから幅広い教職員に相談室の様子が伝わり、教員が相談室を訪れ生徒と言葉を交わすことが増え、誰一人取り残されない教育実践に「チーム学校」で取り組む体制ができてきた。

「管理職としては、教職員が安心して生徒と接することができるマインドを支えたいと思っています。教職員が安心することで生徒に笑顔で接することができ、それが生徒の笑顔にもつながるのではないでしょうか」(藤田教頭)

Img_0416b教頭 藤田政貴先生

最近の相談室について、藤田教頭は「どんな生徒も気軽に訪れる相談室になってきた」と言う。例えば、昼休みや放課後、通常学級や特別支援学級の子どもたちがしばしば息抜きにやってきて、相談員と言葉を交わしたり、軽く愚痴を言ったりして元気をもらっていく。相談室で過ごす生徒にとっては、さまざまな生徒との関わりが増え、社会性の醸成にもつながっている。

「相談室という場でも生徒たちは学び、成長できる。学校内外のさまざまなところとつながって、一人ひとりの生徒たちの確実な成長を支援していこうと考えています」(藤田教頭)

今後もさらなる相談室の学びの充実に取り組んでいく方針だ。

「中学校卒業は義務教育が終わる重要なタイミング。次のスタートラインに立つ準備として、人とコミュニケーションをとる機会や、キャリア教育の視点で生き方を学ぶような環境をつくり、生徒がよりよく生きていくために相談室の一層の充実を図っていきたいですね」(藤田教頭)


Toda

戸田市立 戸田中学校
1947年創立/生徒数660人/
埼玉県南東部の荒川を境に東京都と接する地域に位置し、歴史と伝統のある戸田中学校。全国的に知られるボートコースに隣接し、校章はボートのオールをかたどったもの。学校教育目標は「自主協調」。
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発行:2024年3月 ※先生・生徒の所属・学年などは取材時のもの
取材・文/藤崎雅子 

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