「総合的な学習の時間」に1人1台端末を使って調べ学習をした内容を友達と共有する、中央林間小学校4年生の授業。
「未来を切り拓いて生きていく力を育む学校教育」を基本理念に掲げる大和市(神奈川県)。これからの学力とは時代と自分に適した「学ぶ力」と捉え、個別最適な学びを自ら選び取る子どもたちを育むためのさまざまな施策に取り組み、ICTの利活用も教育委員会の支援の下に進められています。同市の取組やその背景について、教育委員会 教育部 指導室 指導主事の佐久間 厚さんにお話を伺いました。
多様な住民が暮らす地域で、家庭環境が学力格差を生まないまちづくりを
神奈川県のほぼ中央に位置し、首都圏への交通アクセスの良さなどから人口は県で8番目に多い大和市。縦に細長い地形であることから、南北で地域の特色が異なっている。南部には多数の外国籍の住民が暮らしており、2022年末では82の国と地域の7500人以上が住民登録する多文化共生の地域だ。一方、東急田園都市線が通る北部は都心部通勤世帯のベッドタウンとして開発が進んでいる。
「家庭環境が学力格差を生まないまちづくりが本市の目標の一つでもあります。『スタディサプリ』を導入した背景も同様です。一人だけでドリルをやっても学習内容がわからないときにサポートする役割を、これまでは学校以外では塾や家庭教師が担っていましたが、さまざまな理由から、そうしたサービスを利用できない子どもたちも、スタディサプリの講義動画を視聴することで、どの子も等しく学べるように役立てています」(佐久間氏)
スタディサプリのようなICT教材の利活用以外に、等しい学びにつながる施策として「放課後寺子屋やまと(以下、寺子屋)」がある。これは大和市が放課後学習支援事業として市内の全小学校で実施している2施策のうちの一つだ。教職員経験者で構成される「コーディネーター」と教員免許をもった「学習支援員」のサポートの下、宿題や予習復習など児童が家庭学習でする学びを、大人たちに見守られながらできる。もう一つの施策が「放課後子ども教室(通称:ひろば )」。ひろばでは、地域の方や保護者が務める運営スタッフの下、校庭遊びや室内での工作や読書などを行う。寺子屋もひろばも週3回ずつ行われており、毎日必ずいずれかの活動があり、週1回は両方行っている日がある。寺子屋で学んだことをひろばで実践的に生かすなど、連携的な取組もあるという。
放課後に帰宅せずに学校から直接参加ができ、学びや遊びを通して異なる学年の児童や大人たちと交流できることが特徴だ。
「家庭によっては塾や習い事を複数やっている子どももいるため、放課後学習事業のニーズにも地域による違いがありますが、どの学校でも特に低学年の利用率が高いです。寺子屋で学習習慣や自分に合った学習方法を身につけ、学年が上がるにつれて自分で家庭学習ができるようになっていくのが理想です」(佐久間氏)
市では放課後寺子屋プログラミング教室も実施しており、ICT支援員からプログラミングを学んだりと、放課後学習事業でもICT教材の利活用は進んでいる。
寺子屋で学習支援員と関わりながら宿題や予習復習に意欲的に取り組む子どもたち。
宿題のプリントをやったり、端末でスタディサプリをやったりと、寺子屋での学びは子どもたちが自ら選択している。
子どもたちが自分に合った学び方を選べるよう、教員のあり方にも変化が求められる
市の特徴と課題に合わせた取組を進める大和市。「未来を切り拓いて生きていく力を育む学校教育」を基本理念に、基本目標のキーワードにも「未来に向かうこどもの学びと歩みを支える」があり、“未来”を意識している。
「Society5.0の未来は予測不能で、子どもたちに必要な力を予測することも難しい時代です。例えば、ひと昔前の自動車教習所では、マニュアル車の運転免許を取得するのが主流だったのに対して、現在では市場に出ている乗用車のほとんどがオートマチック車となり、クラッチ操作などは運転のために必須ではない技術になりつつありますよね。同様に、今当たり前に求められるスキルでも将来は不要になるものも出てくるはずです。そう考えたときに、今後必要となるスキルは、どのような時代が到来したとしても自分に適した学び方で、自分自身をブラッシュアップし、リスキリングできることではないでしょうか。本市で育てたいのはそれができる子どもたちで、これからの“学力”とは“自らの学びをデザインする力”だと考えています」(佐久間氏)
一つのことを学び取るために、講義形式で学ぶことが向いている人もいれば、自分で書籍を読む方が向いている人、動画で学んだり人から直接聞いた方がよい人など、自分にフィットした学びは大人でも人それぞれだ。それを選び取ることが個別最適な学びということだ。学び方だけでなく、ICTも含めて学習材の選定も子どもたち自身が主体的に選んで学びに活用できるようになることを理想としている。それは小中学生にとっては簡単なことではない。
「これまでの学校教育は、小中学校、高校までは学校のカリキュラムや学習指導要領に従う受動的な学びで、大学生になった途端、シラバスに基づき自分で講義を選んで学習スケジュールをデザインする能動的な学びが求められていました。令和の日本型学校教育で個別最適な学びの充実を求められているということは、小学1年生段階から学齢に応じた能動的な学びを提供しなければならないことを意味します。これからの先生方に求められる指導力は、一律的な指導方法を押し付けるのではなく、児童生徒が『どう学ぶか』という学習設計を自ら行うために、さまざまな方略をアドバイスできる、インストラクショナルデザイン(学習者に最適な教育効果を上げる方法の設計を行うこと)の力です。小学校のうちから学習方法を選んだり、それを考えるトレーニングをしておけば、大学だけでなく、常に選択を迫られる社会に出てからも役に立つと思います」(佐久間氏)
児童生徒が自ら個別最適な学び方を選び取れるようになるには、それらの選択肢を与えることが教員に求められてくる。
「授業スタイルも画一的なものから脱却していかねばならず、指導の個別化が求められています。今先生たちはまさに、マインドチェンジと授業のブラッシュアップのさなかにいると思います」(佐久間氏)
変化が求められる教員のために、教育委員会ではきめ細かなサポートをしている。ICTを利活用した授業事例や最新の情報提供のために、各小中学校から選定されたICT活用推進教諭と定期的に会議で情報共有し、各校にフィードバックしてもらっている。また、複数のICTの教材会社などによる、教材の利活用法のオンライン研修を実施。さらにICT支援員を各校に配置し、現場で教員の相談に乗ったり授業での使い方のサポートをしたりしている。
ICTが子どもたちの潜在能力を引き出し、思考の相互触発につながっている
ICTの利活用による現場の変化にも手応えを感じていると佐久間氏は語る。
「まず、子どもたちはICTが文房具の一つとして使うことが当たり前になっています。授業でもICT活用推進教諭の皆さんが尽力してくれた成果が出ていて、紙のツールの代替としてではなく、ICTを使わないと実現できない授業デザインに変わってきています」(佐久間氏)
その顕著な例が、子どもたちが意見を共有する場面だ。授業支援ソフトを使えば、全員の意見が一度に共有でき、これまで挙手が苦手で意見を言えなかった子どもたちも自分の考えをクラス全員に伝えることができる。また、一瞬の操作でできるため、生み出された時間を話し合い活動など子ども同士の交流にあてられる。ICTでの共有とリアルの交流の相乗効果で考えが深掘りされていくことを佐久間氏は期待している。
ある小学校では3年生の国語の時間に、授業支援ソフトの思考ツールを使って考えをまとめる授業を行っている。自分の言いたいことを言葉にしにくい児童が、思考ツールのなかで使いやすい図を選んで何かを作り、それを共有すると、ほかの児童から「○○さんの言いたいことはこういうことなのでは?」と思考の相互触発が見られた。
中央林間小学校4年生の総合的な学習の時間の様子。それぞれ自分の端末でテーマについて調べることから、集めた情報をまとめて資料を作り、友達と共有することまで、1台で情報収集、資料作成、共有までを当たり前のように行っている児童たち。
また、大和市に多く在籍する外国につながりをもつ子どもたちにとっても、ICTは学びの一助となっている。学習の理解力が高くても漢字を読めなかったり、日本語を上手に書けなかったりすることがハンディキャップになってしまう子どもたちも、ICTを使うことで辞書や翻訳機能を使って読めなかった文章の意味を理解でき、文字を書かずともテキスト入力で自分の考えを表現できるようになった。文字だけでなく描画ソフトなどを使ってさまざまな表現ができるので、母語を問わず成果物のクオリティを上げることに役立っている。
「ICTを使うことで、外国につながりをもつ子どもたちが母語での思考では多くのものごとを理解し、考えをもっていることを日本人の子どもたちが知るきっかけにもなります。すると今までは『助けてあげなければ』と思っていた日本人の子どもたちと対等な関係性になっていくのです。今後は外国につながりをもつ子どもたちからの発信で、発想や文化の違いを学び合える多様性が教室に生まれ、地域性を生かした学びがより充実することを期待しています」(佐久間氏)
学校復帰を目的としない不登校生徒支援として、学びの多様化学校を開設
多様性を受け入れる取組として、大和市では不登校児童生徒支援にも力を入れてきた。従来は児童生徒の学校復帰を目的とした教育支援教室「まほろば」で学習支援やカウンセリングを行ってきたり、スタディサプリを個別学習支援としても活用してきた。そして、2022年度には、学校復帰を目的としない学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)として、引地台中学校分教室「WING」をスタートさせた。
教室らしくない空間をコンセプトにしたWINGには、ハンモックのある部屋や、パーティションで仕切られた半個室空間の部屋などがあり、生徒たちは好きな場所で学んでよいことになっている。教員と生徒はオンラインでも交流できるので、登校しない日に自宅から学ぶこともできる。
特筆すべきは「総合的な学習の時間」と「特別活動(学級活動)」の時間の合科による「教養科」を新設していることだ。各教科の内容を合科的に取り入れ、生徒たちの興味に応じて学びを創る学習活動を行っている。
定員は30名で現在は22名の生徒が所属。登校を必須としていないにもかかわらず、多くの生徒が登校しているという。
「先生方が子どもたちの想いをしっかりと傾聴し、自己有用感が高まるような関わり方をされている成果だと思います。今まで不登校だった生徒たちが、自分たちでも夢を叶えられる道があると感じられているのではないでしょうか」(佐久間氏)
自律的な学習者を育む教育現場の土壌づくりを支援
ICTの利活用について教育委員会として今後注力したいことの一つが、教員の負担軽減だ。ICTは授業改革だけでなく、教員の働き方改革にも結びつくべきだが、過渡期である現状では、デジタル教科書・教材・ソフトなど次々と新しいコンテンツが導入される。ソフトごとに設定が異なるなど、良質な教材であってもそれを探したり選んだり使いこなしていくことが教員の負担増につながってしまっている。
「必要なデジタルコンテンツは学校やクラス、授業によって異なるので、学校ごとに整理した方がよいと思っています。数が多すぎると整理自体も負担になると思いますので、今後は、先生たちが必要なデジタルコンテンツを、使いたいときにすぐ引き出せるような仕組みを、教育委員会から提供していきたいと考えています」
また、高校の教育課程に2022年度から「情報Ⅰ」が必修化されたことを受け、大和市の子どもたちが高校入学時に無理なく「情報Ⅰ」の学習についていける情報活用能力の育成について、学校現場の支援をしていくことも検討し始めている。
「ICTが先生たちの教具としてではなく、未来を生きる子どもたちのための日常の手段として、子どもたち主体でどう利活用すべきかを考えています。ICTに限らずですが、主体的な学びのためには動機が必要です。低学年のころにはご褒美など人から与えられた報酬動機でもよいのですが、動機づけ自体も自分でコントロールできるのが自律的な学習者の姿で、それが子どもたちに目指してほしい最終目標だと思います。
そこに辿り着くまでには、いろいろな学び方を試して、成功体験を積んでいくことが必要です。自分に合った個別最適な学びを見つけるには何度も試して、ダメだったらほかの方法を試し続ける心の強さ(レジリエンス)も必要ですね。子どもたちの心が折れないように寄り添いながら選択肢を与えていくのが、これからの教員のあり方ではないでしょうか」(佐久間氏)
Interview
▲大和市教育委員会 教育部 指導室 指導主事 佐久間 厚氏
大和市内の小学校で16年間教員として勤務した後、2020年より現職。神奈川CST(コア・サイエンス・ティーチャー)として理数科教育の推進も担う。
【about 大和市】
●自治体プロフィール
公立小学校 19校 児童数1万1,778名
公立中学校 9校 生徒数5,669名
神奈川県のほぼ中央に位置し、東は横浜市、北は相模原市、東京の町田市、西は座間市、海老名市、綾瀬市、南は藤沢市と多数の市に隣接した立地を生かし、近隣の自治体の企業や人材などの資源を教育に取り入れている学校も少なくない。
●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/Chromebook
・児童・生徒用はWi-Fiモデルを導入。
・Google for Educationのほか、講義動画の「スタディサプリ」、授業支援ソフトなどを導入。
発行:2024年3月 ※取材対象者の所属などは取材時のもの
取材・文/長島佳子