主体性の育成に重点を置く島田第二中学校では、ICTを利活用して授業のあり方やデザインが大きく変化しつつあります。その代表例である数学の授業レポートとともに、生徒主体の授業に果敢に挑む先生方の思いをお伝えします。
楠ケ谷智緩(くすがやともひろ)教諭(数学)
教員歴14年目。研修主任。「まず教員の授業観を変えなくてはならない」という山本校長の話に衝撃を受け、同僚教員の実践を参考にしながら、自己調整学習など生徒が主体的に学ぶ授業に挑戦中。
単元マップを基に生徒が自ら見通しをもって学ぶ
「こころざしを持ち自分の道を切り拓く生徒」の育成を学校教育目標に掲げる島田第二中学校。その実現のカギは「主体性」にあると、山本訓之校長は語る。
「主体性とは、自分で考え、選び、決定できる場があるからこそ発揮されるもの。子どもたちが一生懸命取り組んでさえいればそれで良しとするのではなく、あらゆる場面で『生徒が自分で決められる学校』にしていきたいと考えています」
こうした考えの下、同校の授業は今、大きく変わりつつある。そんな変革をリードする1人、楠ケ谷先生による3学年数学の授業を見学した。
この日の授業は、単元「三平方の定理」の5時間目だ。まず前時のポイントを簡単に振り返り、生徒が2人組になって式を声に出す音声計算練習を交互に行うと、PCを使ってスタディサプリで5分間の確認テストを実施し、各自で自身の現状を把握した。
授業開始から約15分、ここで授業が大きく切り替わる。黒板に「単元マップ」を投影して単元全体を見渡し、「ここからは自分で今日の目標を設定して、そこに到達できるようがんばってやっていきましょう」。楠ケ谷先生の呼び掛けで、自由進度による自己調整学習がスタートした。机を合わせて相談を始める2人組もあれば、1人で黙々と取り組む姿も見られる。躓いている箇所のある数人は楠ケ谷先生の近くに集まり質問を始めた。教科書、問題集、PCなど、使うツールは生徒によってさまざま。前章に立ち戻る生徒から、先の章の内容を先取りする生徒まで、進度にも幅がある。
その間、楠ケ谷先生はひたすら机間指導を行う。質問に対応するほか、ネットワーク上にある確認テスト解答状況を見て、正解率の低い生徒には「困っていることはない?」と確認し、1人で取り組む生徒には「どう?」と声を掛けて励ます。
最後は、生徒一人ひとりが「単元マップ」シートの振り返り欄に本時の取組状況や気づき、疑問などを記入する。それを楠ケ谷先生に提出して、授業は終わった。
授業の初めに、単元マップを使って本日の学習について見通しをもつ。
1人で黙々と取り組んだり、数人で教え合いながら進めたり、さまざまな方法で学習。
生徒がそれぞれの学習を進める間、楠ケ谷先生は机間指導を行う。
これまでの成功体験を手放し思い切って生徒に委ねる
このほかにも、教科の特性や教員の工夫によって、生徒が主体となることを目指したさまざまな授業実践が行われている。その動きが活発化したきっかけは、2022年春、山本校長が着任し、未来を牽引する人材育成を見据え、生徒の主体性を軸にした授業改革を打ち出したことだ(図1、図2)。その明確な方針が、授業実践に対してモヤモヤした思いを抱えていた教員たちの背中を押した。現在、楠ケ谷先生と共に自己調整学習を推進する数学担当の蔦山翔吾先生は、「個人で進めるには限界があった。非常にやりやすくなった」。数年前からICT普及後の教員のあり方を探ってきた理科担当の油井和哉先生は、「校長の『やっちゃえ』との言葉で思い切れた」という。
【図1】島田第二中学校の授業改革プロジェクト(MVV)
【図2】二中3原則(=生徒指導提要)
しかしながら、各教員にとって授業スタイルを変えることは簡単ではなかったと、口を揃える。授業観、教育観、子ども観など、授業や教師はこういうものという“観”を、根本から見つめ直す必要であったからだ。「今までは『どうわかりやすく教えるか』を考えてきた」(楠ケ谷先生)。「板書して『どうだ!わかりやすいだろ』とやるのが好きだった」(油井先生)。これまで大切にしてきたものを手放す怖さもあるなか、どのように授業観を変え、授業を変えてきたのか。
楠ケ谷先生は自らを振り返って、従来よりも生徒に委ねる幅が広がったと語る。
「これまでも生徒に自分で見通しをもって学習するよう伝えてきたつもりでしたが、僕が毎時間、『今日はこういうことやるよ』『次はこれをやるよ』と伝えていたので、結局子どもたちは与えられたものをやればよく、自分で考える必要がなかった。僕自身がそうさせていなかったのだと気づきました」
そこで、「単元マップ」によって生徒自身が単元全体の目標やステップについて見通しをもたせたうえで、取り組むべきことを自分で考える自己調整学習をスタート。学習後は「単元マップ」を使って振り返ることで次の学習に向けて自己調整できるようにした。
「その日の振り返りが『友達とおしゃべりしてしまい思うように進められなかった』だったら、それを自分で次にどう変えていけるかが大事。僕が叱って指導するのではなく、生徒自身で気づいて自己調整していくことを促したい」(楠ケ谷先生)
授業後、楠ケ谷先生は生徒が記入した振り返りを読んでコメントなどを記入するとともに、生徒一人ひとりの理解状況を把握。多くの生徒が躓いている箇所や、面白い視点や気づきがあれば、次の授業で解説や共有を行う。
「授業準備の方法も変わってきたように思います。今は教材研究中心ではなく、生徒の自己評価に対して全体あるいは個別にどんな打つ手が必要か、振り返りコメントに見られた良い視点や気づきをほかの生徒にどう伝えていくかなど、生徒の状況に合わせた準備を大切にしています」(楠ケ谷先生)
評価については、何のためにあるのか、どう評価すればいいのかなど、「指導と評価」ではなく「学習と評価」の視点で、生徒が成長するためにあることを再認識し、「子どもたちが本当に主体的に学習に取り組む態度を育てるビジョンが見えてきた」と手応えを感じているという。
「単元マップ」のシートに本日の振り返りを記入。赤字は先生からのコメント。
ICTも、教員も、生徒が主体的に学ぶための“環境”
また、油井先生はこれまでの授業について、「生徒が教員のフィルターを通してしか学んでいない感覚がぬぐえなかった」と振り返る。転機になったのは、ある単元の最後の授業で、その単元の内容をまとめるスライド作りのパフォーマンス課題を生徒に課したことだった。油井先生の予想を超えた成果物ができ、「はっとした」という。それからは単元全体を通して、生徒自身が単元の学習内容とゴールの見通しをもったうえで、自由な方法で調べたり話し合ったりし、学習内容をスライドにまとめていくという方法を始めた。「生徒たちは思いのほかやれる」。当初は要所の問いだけは提示したが、それが受け身の姿勢を招くことに気づき、現在は問いの設定も生徒に委ねている。
「最初は生徒も様子見で、どうするのが正しいのか、こうしたら怒られないかと、教師の存在を気にしてチラチラうかがう様子もありました。そこで私は『授業は自分たちのものだぞ』と言ってなるべく存在感を消すようにしていたところ、半年ぐらい経った今は生徒も慣れていきいきと取り組むようになりました」(油井先生)
授業改革が進んだ背景として、GIGAスクール構想があったことも大きい。同校は1人1台体制を有効に活用するため、スタディサプリをはじめとする講義動画やAIドリル教材を、受益者負担で導入した。
「生徒が自ら目的をもって動く環境の一つとして、ICT利活用には大きな価値を感じています。例えば授業で聞き逃したりわからないことがあったりした場合もスタディサプリの講義動画などで復習ができるなど、学びの選択肢が広がります。動画で確認する、友達に教えてもらう、教師に質問する…子どもが自分で選べばよいのです。教師もまた、子どもが学ぶ環境の一部なのだと実感します」(蔦山先生)
このように教員が「生徒が学ぶ環境の一部」となったとき、教員のやりがいは「教える喜び」から何に変わるのか。
「生徒に任せるようになって教師が机間指導する時間が増えたことで、生徒が話し合っていること、考えていることが前よりわかるようになりました。すると、とても良い問いや発見を発している場面にも遭遇するんです。しかし、本人たちは、その価値に気づいていないことが少なくありません。子どもたちが見つけた教科の学びの発見をすくい上げてクラス全体に共有することで、それにどういう意味があるのかを価値づけてあげることが、教師の存在意義ではないかと今は思っています」(蔦山先生)
「当初、このままでは教師としてのやりがいが失われてしまうと不安に思ったこともあります。しかし、こちらが用意した環境のなかで生徒がいきいきと学び、時には私の予想を超えて学ぶ姿を見て、『よっしゃ!』と思えるようになってきました。ここまで授業を変えるのは大変でしたが、変えてみてよかったと思います」(油井先生)
取材した数学の授業中、1人で集中して取り組んでいた佐藤煌大さんは授業後、「1人のほうが自分のペースで取り組める。今日は『よくできた』という手応えがあった」と語った。
「先生の解説だけでは理解できない部分もあるが、今はスタディサプリの授業動画で確認したり、友達と話し合って解決したりもできる」(植田夢来さん/写真右)
単独で入試問題にも挑戦していた天野高志さんは、「前回授業が終わったとき『次はここまでやりたい』と思った範囲までできた」という。
ほかの生徒に教える場面もあった白岩夢翔さん(写真左)は、「教えたほうが、相手のためにもなるし、自分のためにもなる」と考えている。
教科の学びで生活の課題をも解決する面白さを実感できる授業へ
では、このような授業の変化を、生徒たちはどう感じているのだろうか。冒頭に紹介した数学の授業のあと、自己調整学習の感想を生徒に尋ねたところ、「自分のペースで進められるのでよい」「自分に合うレベルに取り組める」「Chromebookで好きなだけ問題演習ができる」など好評だった。また、教科の得意・不得意にかかわらず、授業始めに各自が決めたことに対して「計画どおりできた」「満足できる内容だった」といった自己評価もできていた。そんな生徒の反応が、教員の挑戦を後押しする。
「予め教科書にある問題の解答は配布していますが、それを見て写すだけという生徒はいません。やっぱり子どもたちは自分で考えたいんだと実感したことが、授業を変える力になっています」(楠ケ谷先生)
「こちらからのポイントの提示や誘導が多くなると、子どもたちは待ってましたと言わんばかりに指示を欲しがるようになります。しかし、我慢して待っていると、子どもたちは自分でやります。子どもたち同士の関わりのなかで動きが変わってくることもあり、面白いですね」(油井先生)
授業改革が大きく進んだ2022年度を振り返り、各教員は次のステップを見据えている。
「数学を使って数学の問題を解決するだけでなく、社会の課題解決にも数学の見方・考え方が使えるということも生徒に知ってほしい。単元のゴールに、身近な問題を数学で解決するよう課題を設定し、その課題解決を目指して単元の学習に取り組んでいくスタイルをさらに強化していきたいと思います」(楠ケ谷先生)
「中学生は成績とテストの点数に囚われて教科の面白さを感じにくい時期。自分たちで立てた問いを自分たちで解決したと感じられる授業を行うことで、もっと点数や成績ではないところで教科の面白さを感じてほしいと思っています。子どもたちがこれから生きていくなかで壁にぶち当たったとき、自ら問いを立て、教科の考え方を活かして解決していってくれたら嬉しいですね」(蔦山先生)
「私たちが授業を変えているのは、成績のためではなく、生徒の資質・能力を磨いて実生活で使えるようにするためです。教科の学びが大切だと実感できるような授業ができることを目指して取り組んでいきたいと思います」(油井先生)
岩尾秀幸教頭は最近、職員室で交わされる会話に、授業方法のアイデアの共有や相談など、生徒の主体性を育む授業改革に向けた内容が増えたと感じているという。
「生徒が主体的に個別最適な学びを選び取るためにどうするか、教員もまた主体的に選んで取り組んでいます。そうしてまず教員が自己実現できる学校になると、きっと子どもたちにも良い影響があるのではないでしょうか」(岩尾教頭)
教員の授業観から着実に変化している同校。生徒を主体的な学習者として育む学校へ、大きな一歩を踏み出したといえそうだ。
岩尾秀幸教頭(教員歴27年目)
「学校は『幸せになる』ためにある。生徒も、教員も、主体性をもって自己実現し、幸せになれる場にしたい」
蔦山翔吾教諭 1学年担当/数学(教員歴16年目)
作成した指導案やツールは、ほかの先生方と積極的に共有。「共に高め合っていきたい」
油井和哉教諭 2学年担当/理科(教員歴12年目)
約5年前からいかに生徒の自己調整を働かせるか試行錯誤し、今年度は大きく授業実践を変えた。
校長の視線
「大人が教えない限り子どもは学ばない」のか?
今こそ、教員は自身の「観」を疑ってみてほしい経済産業省が提言する未来人材ビジョンでも指摘されているように、新たな未来を牽引する人材は、「育てられる」のではなく、ある一定の環境のなかで「自ら育つ」ものです。我々が今取り組んでいる授業改革は、その環境を学校現場に落とし込む作業だと言えるでしょう。
しかしながら、教員が「大人が教えない限り子どもは学ばない」との感覚でいては、授業は変わりません。子ども観や授業観、教育観など、教員がこれまで携えてきた“観”を疑い、大きく転換する必要があります。非常に難しいことですが、先生方にはこれまでの成功体験を手放す勇気ももってほしいのです。
今、GIGAスクール構想やオンライン学習サービスの充実によって、授業を変えられる環境が整ってきたことは、大きなチャンスです。家庭学習においても、従来のように一律の宿題を課すのではなく、生徒自身が必要なものを考えて必要なだけ取り組む方法が可能になりました。デジタルのマイナス面に目を奪われて制限するのではなく、デジタル・シティズンシップを学んだうえで自由に情報活用させていきたいと考えています。
社会は今後さらに変化していくでしょう。時代が変わっても学校は変わらずにここまで来てしまいました。そのことを反省し、私たち教員がリスキルを含め自らをアップデートさせていくことで、未来を生きる子どもたちを育んでいく。そのことを、楽しくやっていきたいと思います。
島田市立島田第二中学校
山本訓之校長
島田市立島田第二中学校
1958年創立/生徒数558人(男272人、女286人)/静岡県中部の大井川両岸に位置し、江戸時代には東海道の宿場町として栄えた島田市において、6校ある市立中学校のうち最大規模。これからの社会を見据えて、学校教育目標「こころざしを持ち自分の道を切り拓く生徒」の実現を目指している。
発行:2023年2月 ※先生・児童の所属・学年などは取材時のもの
取材・文/藤崎雅子 写真/宮内誠理 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)