2020年(令和2年)に教育大綱を改定し、「学校・家庭・地域の誰もが生命の尊厳を理解し、互いに心を開く対話を重ね、一人ひとりが価値ある大切な存在として互いに認め合う教育を推進する」を基本方針とする岐阜市。2023年(令和5年)度からスタートする第4期教育振興基本計画※の検討・作成段階の真っ只中にある水川和彦教育長に、岐阜市のこれからの教育の未来について、構想も含めて想いを語っていただきました。
※取材時、第4期岐阜市教育振興基本計画は2023年1月4日までパブリックコメントを募集中の段階。
「学校とは何か?」を改めて問い直し、子どもたちが明日も来たい学校に
岐阜市が平成27年度に策定した教育大綱を一昨年改定した背景には、令和元年7月に、市立中学校の生徒の尊い命がいじめにより失われるという、大変痛ましい事案がありました。この事案によって、学校が本当に、子どもたちにとって自分らしく学び、楽しく生きていける場所であったのか、という原点回帰をさせられたのです。
我々は事態を重く受け止め、市長は「こどもファースト」の市政理念をさらに深化させることを掲げ、教育大綱には「生命の尊厳の理解」「一人ひとりが価値ある大切な存在として互いに認め合う」という文言を入れました。私は当時、岐阜聖徳学園大学の教授を務めていましたが、教育大綱づくりに関わった一人でもあります。
教育長の立場となり、常に発信しているのが、コロナ禍もふまえた今は教育を大転換する絶好のチャンスだということ。「アップデート程度のことではなく、OSを転換する」ほどの改革をしていかなければ日本の教育は変わらないということです。来年度からの第4期教育振興基本計画の策定にあたり私がベースとして考えたのは、「学校とは何か?」ということでした。子どもたちは何のために学校に来るのか、従来、掲げられている知徳体の習得は何のために必要なのか、それが問われていると感じていたのです。
私が考える、学校に来る究極的な目的は、「子どもたちが自分の未来をつくりに来る」ことです。だから決して子どもたちを傷つけてはいけない。「子どもの未来づくり工房」としての学校はどうあるべきかを、次期教育振興基本計画で具体化していこうとしています。
そのために、市内の学校を廻り、250名の児童生徒に「今日も楽しく、明日も来たい学校とは?」について、教員100名に「理想の学校とは?」について、それぞれアンケートをとり、中学生とはオンライン会議で意見交換を行いました。それらの生の声を受けて、第4期教育振興基本計画の3本柱を立てました。
①子どもを真に学びの主体とする
今までも「子どもが主役」と掲げてきたものの、本当に学校は子どもたちの願いややりたいことを中心に運営されてきたのか、改めて受け止め直す必要がありました。岐阜市は令和3年に、東海地区初の公立不登校特例校である草潤中学校を開校。同校では、自分の担任や学び方や学習内容を生徒自身が選び、ICTを駆使しながら生徒たちが好きなときに好きな場所で学べる体制をつくっています。その根底にあるのは「ありのままの君を受け入れる新たな形」です。それは簡単なことではなく、同校の先生たちが、一人ひとりの生徒の姿を丁寧に見取り、どんな状態の生徒であっても受け止められているからこそ実現できていることです。まさに先生方がOSの転換をされてきたのです。同校の生徒たちは自分なりの学びのなかで、エネルギーを貯めながら一歩ずつ成長する姿を見せてくれています。子ども主体の学びとは何かが、草潤中学校の取組のなかに見えてきます。こうした事例を踏まえて、教育課程を再編成していく考えです。
②デジタルを基に教育をリデザインする
今日のデジタル社会で生きていく力は、デジタルを基準とした教育でなければ育めません。ICTは当たり前にあるものという前提で、学校現場の景色を変えていかなければなりません。
③「オール岐阜市」での教育
自分の未来や生き方は学校の中だけでは見つけることはできません。多様な大人とリアルで関わることで、世界が広がり、夢が膨らんでいきます。地域の方々の力をお借りし、「岐阜市の大人は全員が先生」、「岐阜市の全部が教室」にしていきたい。令和5年度から「ぎふMIRAI’sサポーターズ(仮)」として活動していただける地域の方々のリストを作成中で、1000人以上はご協力いただける算段です。
コロナが明けてもICT利活用の加速を止めないためにできることを
前述のようにICTは最早あることが前提です。
私は、平成29年に東海地方初の義務教育学校として開校した、白川村立白川郷学園の初代校長の任を受けました。白川村では平成27年からICT環境の整備が急速に進み、白川郷学園は開校時からWi-Fiが完備され、コロナ禍で全国一斉休業になったときには、既に1人1台タブレットが配付され利活用が進んでいました。コロナ禍前までは教員によって利活用にはバラつきがありましたが、休業によりオンライン授業の実施を余儀なくされたときに、ICTの利活用能力に長ける若手の先生と、授業技術に長けるベテランの先生たちが協力しあって、ベストミックスな環境が醸成されていきました。その取組については書籍にまとめています(写真参照)。
白川郷学園でのICT授業実践の取組をまとめた『白川郷学園 オンライン教育100日の挑戦』(左)と、岐阜市版ハイブリッド型授業の実践事例集(右)。
岐阜市では、令和3年8月の緊急事態宣言発令を受け、夏休み明けに「分散登校×オンライン学習支援」(登校する児童生徒と家庭でオンライン学習する児童生徒を、クラスで半々に分ける)というハイブリッド方式で学校を再開することにしました。これにより、常に半数の児童生徒はオンライン学習をしている、つまり若手からベテランまでどの先生もオンライン授業ができるようになる状況をつくりました。この先も何が起きても「子どもたちの命を守りながら、学びを止めない」方法を伝えていくためにも、新しい学びのスタイルの実践事例集を冊子にまとめて情報共有しています。
コロナ禍で一気に加速したICTの多様な利活用方法が、コロナが明けたときに減退してしまわないよう、教育委員会のGIGAスクール推進室を中心に発信を続けています。今後は市の動画サイトなどを利用して、先生方の授業コンクールなどもやってみたいと考えています。
一方で私がジレンマとして感じているのは、現状ではオンライン授業が出席としてカウントされないことです。一方的な動画配信ではなく、リアルタイムでつながり、先生から指名をしたり、ノートの提出もでき、家庭にいる児童生徒の学習状況がわかって定性的な評価もできているにもかかわらずです。こうした制度的な課題については、私たち組織の長が行政や県、国に働きかけを続けていかなければなりません。
デジタルとリアルの往還によって広く深くなっていく学びを目指して
ICTの利活用が進むなかで改めて、リアルな学びの大切さを私自身が実感しています。例えば、岐阜市を流れる清流長良川は誰でも知っています。しかし、その清らかな流れに直接足を入れ、カワヨシノボリを捕まえたり、篝火が水面を照らす伝統の鵜飼を間近に見たり、渓流に育つアマゴの一部が海に下りサツキマスとなり、皐月が咲くころに再び遡上する話を川漁師の平工さんから聞くといった五感を通した学びは、子どもたちに感動だけでなく、長良川のことをもっと知りたいという探究心を強烈に喚起します。その探究を支援するのが、その事実に深く関わり生きる人であり、また、子どもたちの手元にあるデジタル環境であると思っています。
ICTは圧倒的な情報量で、世界中とつながって情報共有ができ、データを蓄積できる便利なツールです。しかし、それらはリアルでの学びに入っていくきっかけであることを忘れてはいけないと思います。来年度の探究学習のあり方として「ぎふMIRAI’s」を構想中ですが、このなかでもデジタルとリアルの往還による学びの施策を盛り込んでいます。例えば、岐阜市は自然や歴史文化に恵まれた地域で、史料館や博物館に歴史的価値がある資料が多々あり、伝統産業に携わる希少な職人の方々もいるのですが、それらが知られていない実態もあります。フィールドトリップを実施することで、子どもたちがリアルな岐阜市について知る機会をさらに増やしたいと考えています。一方で、ネタの宝庫とも言えるこれらの情報は、市の複数の部局が別々に冊子などを作って発信していました。子どもたちを中心に考えて、これらの貴重な教材を教育委員会で一元化してデジタル化し、児童生徒のタブレットから見られるライブラリを構築中です。
このように「オール岐阜市」でのデジタルとリアルの往還を通して、子どもたちが夢を見つけていってくれたらと願っています。学校が夢あふれる場所であってほしい。夢が100個くらいあってほしい。小中学生のうちは何かを体験するごとに次々に夢が変わっていいと思います。デジタルには、体験したこと、そのときに感じたことを写真や動画、文字で蓄積できます。自分の成長ファイルを振り返りながら、夢をつないで自分の生き方を考えられる。学校はそんな場所であってほしいですね。
水川教育長が市内の小学校を訪れ、直接対話して子どもたちの考えや意見を聞いたワークショップ(柳津小学校で)。
Profile
水川 和彦 みずかわ かずひこ
岐阜県内の小中学校での教員、岐阜県教育委員会の義務教育総括監を経て、2017年に東海地方初の義務教育学校である白川郷学園の初代校長に就任。定年退職後、岐阜聖徳学園大教育学部の教授を務め、2021年より現職。
●自治体プロフィール
・人口:40万2736人(2022年12月1日)
・公立小学校:46校/児童数1万9,266名
・公立中学校:23校/生徒数9,800名
岐阜県の中南部に位置する県庁所在地。市内総生産の約9割が第3次産業である商業都市。織田信長が治める城下町として発展した歴史文化とともに、金華山や長良川など自然環境にも恵まれている。現市長の下「こどもファースト」を市の方針として掲げ、子どもと教育を中心とするまちづくりを進めている。
●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/iPad
・児童生徒用はLTEモデルを導入。「金華山の上でも学べる環境を」と、Wi-Fiがなくとも使用できる環境を提供。
・2021年度から各小中学校に1名ずつICT活用推進教師を学校長が任命。教育委員会が年に3~4回実施する研修を受け、授業でのICT利活用方法を牽引する担い手となっている。
発行:2022年12月
取材・文/長島佳子 写真/坂田智子(水川教育長撮影) デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)