【岐阜市教育委員会】ICTを授業だけでなく、学校が子どもたちの心にも寄り沿うツールとしても活用

教育委員会の取組

柳津小学校での「GIGAびらき」でタブレットのデモンストレーションを行う大学生。

2021年に着任した水川和彦教育長のリーダーシップの下、授業や校務、児童生徒とのコミュニケーションツールとしてICTの有効活用を進める岐阜市。ICTの利活用を前提とした教育への舵を切る同市の多様な取組について、教育委員会のGIGAスクール推進室の方々にお話を伺いました。

子どもたちがデジタル・シティズンシップを理解しながらICTを利活用していく

岐阜市教育委員会では、2022年度からGIGAスクール推進室を設置。それまで市のデジタル部門の全体を統括していた吉元一弘氏を室長とした5人体制で、学校教育に特化したデジタル推進部門として学校現場の授業支援、ICT環境整備などに注力している。

同市のICT環境は、1人1台タブレット端末(iPad)を2020年9月末までに配備。「持ち帰りを前提とするだけでなく、金華山の山頂でも自在に使えるように」と、Wi-Fiの有無に左右されないLTEモデルを採用した。

「いつも携帯することで、なくてはならない日常の文房具として子どもたちが自在に使いこなせることを目指しています」(GIGAスクール推進室 主幹 栗本光彰氏)

児童生徒が持ち帰る場合の課題となるのが破損対応だが、賃貸借契約とすることで破損補償を契約に入れている。また、貸与されたものであっても自分の道具として子どもたちが大切に使う心を養うため、小学1年生の児童に最初にタブレットを渡す日を「GIGAびらき」と位置づけている。この日は、基本的な使い方を説明するとともに、「タブレットってこんなこともできるんだ!」と子どもたちがポジティブに受け止められるようなデモンストレーションを行っている。それを一部の学校では、教育実習を経験した大学生たちがカリキュラムの一環として実施予定。そして、一人ひとりの児童に先生からタブレットを贈り物のように、声をかけながら手渡しする。

また、『タブレット端末の責任ある活用』というデジタル・シティズンシップについて解説するマニュアルを児童生徒にデジタルブックとして配信し、ICTを利活用することで、学びがどのように変わるか、そのために注意しなければならないことは何かを学ぶ機会を設けている。その最後にワークシートが添付され、子どもたち自身がデジタル・シティズンシップについて理解ができたか確認、振り返りをするとともに、保護者の署名欄が設けられている。タブレットを子どもが持ち帰ることで、不安を感じる保護者もいるため、保護者にもデジタル・シティズンシップについて理解してもらう狙いがある。


(左)GIGAびらきで先生からタブレットを受け取る児童。(右)子どもたちはすぐにタブレットを使いこなしていた。

OSを転換するほどに、教育を変える。
そのための多数の学校支援施策

2021年に水川和彦教育長が着任以来、「GIGAスクール構想は教育のOS転換である」と一貫して発信している。
これまでの教育をアップデートするのではなく、OSを入れ替えるように学びを転換し、チャレンジしていかなければならないということだ。

「教育長が言うOSの転換とは、単に黒板やノートをデジタルに置き換えるということだけではなく、教員が教えて子どもたちが覚えるという授業から、子どもたち自身が課題を見つけて自分らしく探究していく学習に転換するなど、授業や学校のあり方の転換でもあります」(栗本氏)

栗本氏自身も、算数・数学の教員として学校現場で教壇に立ってきた。岐阜県中学校数学研究会(以下、中数研)で、10年以上前からコンピュータ委員会(現ICT委員会)の代表を務め、授業にICTを利活用することで、生徒が解き方を自分で見つけたくなるような好奇心を刺激する授業などを提案、実践してきた。

中数研での取組は全国の学会などで発表する機会もあったが、当時は「それで本当に学力がつくのか」など批判的な意見も少なくなかったという。それがコロナ禍で一気にICT利活用が進んだことで、10年で環境がガラリと変わったと栗本氏は感じているという。そして、コロナ禍で灯ったICT推進の火を消さず、さらに推進し続けられるよう、岐阜市では2021年度にすべての公立小中学校にICT活用推進教師を置くこととした。任命は各学校長に任せており、年齢も立場もさまざまだ。それまでも各学校には情報主任はいたが、情報主任が端末やネットワークの管理を担当する一方で、ICT活用推進教師は授業での利活用を研究し、学校内に広める役割を担っている。

GIGAスクール推進室では学校支援のために、ICT活用推進教師対象に年間3〜4回研修を実施するほか、任意の希望者が参加できるICT活用研修も年4回開催している。

また、2021年8月の緊急事態宣言を受け、岐阜市では夏休み明けの対応について、登校する児童生徒と家庭でオンライン学習する児童生徒を、クラスで半々に分ける「分散登校×オンライン学習支援」というハイブリッド方式で学校を再開。教員は通常の時間割通りに授業を実施するが、常時半数の児童生徒がオンラインでの参加になる。
コロナ禍以外でも不測の事態が起きた場合に対応できる授業力を、すべての教員に共有するために、各学校の実践事例集を冊子にまとめて情報共有している。


全児童生徒に配付された『タブレット端末の責任ある活用』(画像は小学校高学年〜中学生用)。ワークシート(右)には保護者の署名欄もあり、保護者にも読んでもらい、ICT利活用の意義の理解を促している。

児童生徒の心の状況を把握し、フォローするための独自のアプリを開発

児童生徒や保護者とのコミュニケーションツールとしてのICT利活用も進んでいる。2022年6月からは学校と保護者間の連絡や検温報告、お便りの配付をスマートフォン上でできる「スマート連絡帳」を導入。

また、現在岐阜市と(株)文溪堂と共同開発・実証事業を進めているのが「ここタン」という児童生徒の心と身体の健康観察を行うアプリの導入だ。朝の会と帰りの会で、児童生徒が体調や心の状態を5段階で選び、先生に相談したいことがあるときは、その気持ちを伝えることができる。相談相手は担任以外の先生からも選べるようになっている(下記参照)。アプリ上に、体調や心の状態の記録が蓄積され、教員が児童生徒の状態と心の変化を把握することができ、相談を受けた場合は、学校がチームとなって、悩みを抱えている子どもへ、すぐに対応できることを目指しているのだ。

「毎日2回入力することで、教員と子どもたち自身が心の状態を把握することと、自分の気持ちを発信する目的があります。データとして蓄積された子どもたちの心理状態は教員間での共有だけでなく、個別懇談で保護者と話す際の情報源にもなります」(栗本氏)

こうした取組の背景には、2019年に市立中学校の生徒の尊い命がいじめにより失われた事案がある。この事案を非常に重く受け止めた岐阜市は、翌年、教育大綱を改定し、「学校・家庭・地域の誰もが生命の尊厳を理解し、互いに心を開く対話を重ね、一人ひとりが価値ある大切な存在として互いに認め合う教育を推進する」を基本方針とした。

この基本方針の下、2021年度には東海地区初の不登校特例校である草潤中学校を開校。同校では「ありのままの君を受け入れる新たな形」をキャッチフレーズに、生徒たちが1日の行動を自分で決め、取り組みたい学びを教室以外の好きな場所で学べるなど、徹底的に生徒ファーストな学びを実現している。それを可能にしたのもICTがあってこそだ。教員は決められた時間割通りに授業を行っているが、すべての授業はオンラインでもリアルタイムで配信している。生徒たちは教室以外に設けられたさまざまな部屋や、登校できない子どもは家庭でもタブレットを使って授業を受けられる。そうした自由度の分、毎朝の「ウォームアップ」と一日の終わりの「クールダウン」で、生徒が自分で選んだ担任の先生と、その日の学習の予定を確認したり、一日を振り返ることを徹底したりするなど、一人ひとりの生徒の状態を丁寧に見取っている。

「草潤中学校では、時間や場所を選ばず人と人を結びつけることができるICTの特性を効果的に活用しています。教室にいなくても授業に参加している感覚をよりリアルに感じられるように、バーチャルで草潤中学校のような取組ができないかも現在検討中です」(栗本氏)

「オール岐阜市」での教育を目指し、児童生徒が夢を見つけられる学校に

草潤中学校の学び方は、不登校特例校に限らず岐阜市が目指している学びのあり方の一つの形だ。児童生徒が自分の学びたいことを見つけ、学びたい形で実現できる学校こそが、真に生徒主体の学校と捉えているからだ。

「水川教育長は『子どもが中心の学校』『子どもが明日も来たいと思える学校』を目指すと発信し続けています。学校の中心は授業です。子どもたちが明日も学校に来たいと思えるように、わくわくする授業を、現場の先生方と共に創り上げていかねばと考えています。それを学校だけで完結させるのではなく、地域の方々の力を借りながら『オール岐阜市』で取り組もうとしています」(栗本氏)

子どもたちの夢ややりたいことは、閉じられた学校の中だけでは見つけられない。ICTが時間や場所を超えて世界の多様な人々とつながれたとしても、それは広い世界を知るきっかけにすぎないからだ。リアルな体験をしたときに、子どもたち自身のなかから、もっと知りたいという深い興味や好奇心が喚起される。ICTの利活用が進めば進むほど、リアルな学びが重要となるが、子どもたちがさまざまなリアルな体験ができる自然・歴史・伝統・文化・産業・くらしなどの資源やプロフェッショナルな人々が、岐阜市には多数存在する。

「こうした地域の財産を教育に活用した探究学習『ぎふMIRAIʼs(みらい)』に2023年度から取り組めるよう、現在構想中です」(栗本氏)

構想段階中の「ぎふMIRAIʼs(みらい)」は、小中の9年間をかけて「自分が育つリアルな『岐阜市』について深く知り、主体的に人・もの・ことに関わることを通して、自分の生き方をつくり出す子」の育成を目指している。「地域の大人は全員先生」という考え方のもと、学校教育を応援してくれる人材バンクを構築。また、「岐阜市の全部が教室」として、フィールドトリップも増やしていく予定だ。また、GIGAスクール推進室で進めているのが、市のあらゆる課が発行する刊行物をデジタルブックにして、児童生徒がタブレットでいつでも閲覧できるようにすることだ。例えば観光コンベンション課、歴史博物館、環境政策課、防災対策課など、市庁の中の部局にはそれぞれの立場で岐阜市の魅力を発信する発行物がある。それらは教材として子どもたちが地域を知るためにも有効な資源と考えられる。さらに市の動画チャンネルをつくり、全小中学校をオンラインでつないだ一斉授業も計画中だ。

「こうした地域資源とICTをフル活用しながら、教科横断的のみならず、庁舎横断的な学びを実現していきたいと考えています」(栗本氏)

デジタルを駆使しながら、リアルな体験の大切さを第一と考え、子どもたちが夢を見つけられる学校になるよう、岐阜市のOS転換は続いている。

Interview


▲岐阜市教育委員会のGIGAスクール推進室の皆さん
(写真右から)室長 吉元一弘氏、主幹 栗本光彰氏

岐阜市全体のデジタルを推進してきた吉元氏と、教育現場で20年以上前からICTを使った授業を実践してきた栗本氏がタッグを組んだGIGAスクール推進室。


●自治体プロフィール
人口:40万2736人(2022年12月1日)
公立小学校:46校/児童数1万9,266名
公立中学校:23校/生徒数9,800名
岐阜県の中南部に位置する県庁所在地。市内総生産の約9割が第3次産業である商業都市。織田信長が治める城下町として発展した歴史文化とともに、金華山や長良川など自然環境にも恵まれている。現市長の下「こどもファースト」を市の方針として掲げ、子どもと教育を中心とするまちづくりを進めている。

●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/iPad
・児童生徒用はLTEモデルを導入。「金華山の上でも学べる環境を」と、Wi-Fiがなくとも使用できる環境を提供。
・2021年度から各小中学校に1名ずつICT活用推進教師を学校長が任命。教育委員会が年に3〜4回実施する研修を受け、授業でのICT利活用方法を牽引する担い手となっている。


発行:2022年11月
取材・文/長島佳子 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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