自ら学ぶ児童の育成を目指し、学び合いや自由進度学習を推進している岐阜市立則武小学校。それらにICTを絡めた6年生の三津橋誠也先生の算数の授業レポートと、授業改革に込められた先生方の思いについてお伝えします。
三津橋誠也 教諭(6年生担任、ICT主任)
教員歴10年目。専門は社会科。多趣味で朝の会で披露する雑学談義が児童たちから好評を得ている。社会科と書道を組み合わせた水墨画の授業など、合科学習をやってみたいと検討中。
教室内のそれぞれの場所で一人ひとり違った学び方や進度で取り組む
岐阜市立則武小学校でこの日見学したのは、6年生の算数の授業。教室に入ると、算数係の児童2名が司会をして授業を始めようとしている。その横に、担任の三津橋誠也先生の姿は見当たらない。
現在学んでいる単元は分数の割り算。司会の児童が始業の挨拶の後、前回の授業を簡単に振り返り、モニターに映し出されたこの日の学習内容の「もとにする量の考え方」について、2つの設問から解説。その後、「ではグループで、前回学んだことを話し合って、5分たったら自分の学びに入ってください」と告げると、それぞれ近くの仲間と前回の振り返りを報告し合っていた。
授業進行の司会は算数係の児童。今日学ぶ内容をモニターで解説。
5分経過した頃、児童たちはそれぞれに違うことを始めた。一人でタブレットに向かって「スタディサプリ」の講義動画を見ている子もいれば、教科書の問いをノートにやっている子もいる。教室の後ろに並べられた6種類プリントの中から、自分にできそうなものを選んで解く児童や、仲間と一緒にタブレット上の問題を解いているグループもいる。一人ひとり学び方の異なる自由進度学習をしているのだ。
ここでようやく、児童たちの間を動きながらそれぞれの様子を見守る三津橋先生の姿を発見(赤いパーカーが三津橋先生)。先生は授業の冒頭で子どもたちの出席確認をした後、進行を児童に任せ、自分は目立たないように座っていたのだ。個別の学びが始まると、三津橋先生は教室内を何周もまわっている。学び方は本人たちに任せているが、思考は深まっているか、つまずいていないか、理解しながら進めているかなど、個々の様子をじっくり見取ろうとしている。先生が近くを通ると質問をしたり、自分が学んでいることを報告したりする児童たち。先生は一人ひとりに声かけしながらも、最前列に座っている子どもたちとの時間に多くを費やしていた。先生と学びたい児童たちがこの席に座っているそうだ。教室内をよく見ると最前列以外では、窓側の席には一人で学んでいる児童、廊下寄りには机の向きを変えてグループ学習している児童とゆるやかに分かれており、それぞれ自分に合った学び方で授業に参加している。
黒板前の最前列は先生と学びたい児童たちが集まり、先生からアドバイスをもらいながら学び進めていた。
窓側は一人で学びたい児童、廊下寄りはグループで学びたい児童の席になっている。
一人ひとりに声かけしながら教室を何周も回る三津橋先生。
一人で学んでいる児童も、講義動画を見た後にドリルを解くなど、時間内に学びが進んでいる様子がうかがえる。グループ学習しながら、タブレット上で自分たちで問題をつくって出し合っている児童たちもいる。やることの指示がなくても、各々が自分のやり方で学習内容を進め、わからないことがあれば仲間や先生に質問したり、前の学年の内容をやり直すなど、全員が授業に真剣に取り組んでいる。
実は、児童たちの机には単元学習計画表が置かれていた(下の写真)。各単元の最初の時間に「単元のめあて」や「学び合いのめあて」を自分で決めて記入。単元を習得する毎時限の学習計画を自分で決めて、振り返りや自己評価を記述する。自由進度のため、単元内での進め方や学ぶ方法は一人ひとり違う。
単元の初めに単元学習計画表を作成して自分の進め方、各回での学び方を決める。この単元は全14時限で、この日は13時限目。
終了時間になると司会の児童から、机を戻すことのみが伝えられる。終始、三津橋先生が児童全員に向けた言葉を発することはなかった。授業の終わりの挨拶はしない。学びの進度が異なり、まだ考えている児童もいるため思考が途切れてしまうからだ。振り返りカードを記入し、仲間と交換して確認しあうことで授業終了の合図としているのだ。自分の学びが終わった児童から、今日の学びを授業支援アプリで共有ボックスに送信する。紙のノートやプリントで学んでいた児童はそれをタブレットで撮影して送り、アプリで学んでいた児童はそのまま送信。先生が個々の進度を確認でき、評価や次の授業での支援につなげられる。また、子どもたちにも共有されるので、友達がどのように学んでいたか知ることができる。
授業支援アプリでその日の学びを提出すると、先生だけでなくクラス全員が友達の学びを共有できる
自ら学ぶ力を育むためにイエナプラン教育を手本とした学びを導入
主導権を完全に児童に託す授業を取り入れている公立小学校は多くはない。岐阜市の中でも特色ある学校づくりをしている則武小学校ならではの取組だ。この授業方法を三津橋先生が取り入れたのは、実は昨年度からだという。
「それまでは、教材研究を綿密に行い、児童受けするような資料の作成など、いかに“わかりやすく教えるか”を考えていました。しかし、子どもたちの反応は今ひとつでした。一昨年、校内で学び合いによる児童主体の授業を進める先生方の研究授業を見学したのです。楽しそうな児童の様子を見て、面白そうだから自分もやってみようと思いました」(三津橋先生)
児童主体の学び合いや自由進度学習を導入することを提案したのは松岡 猛校長だ。
「コロナ禍で家庭学習を余儀なくされたとき、子どもたちに自ら学ぶ力がついていなかったことを痛感しました。子どもたちは日頃、一生懸命真面目に先生の言うことを聞いていましたが、先生の指示がなくなると学ぶことができなかったのです。従来の教員は、“教える”授業デザイン力の強化に励み、それは認知能力を伸ばすことには有効だったかもしれません。しかし、現代を生きる子どもたちには、見通しをもって自らの進む道を決めるなどの非認知能力の育成も求められています。それは今までのような授業だけでは身につかないのではないか、過去の自分を否定することから始めました」(松岡校長)
そこで松岡校長が参考にしたのが、イエナプラン教育だった。イエナプラン教育では、児童が自ら学習計画をたてて、児童同士で協働して学び合い、異年齢で活動することなどを実践する。則武小学校では「なかよしジャングル」という、異学年合同の遊びや哲学対話なども取り入れている。
「教員主導の授業では、『わかりましたか?』と聞かれると、わかっていなくても『はい』と答えてしまう子どもがいます。でも、子ども同士なら『それわからんから教えて』と本音を気軽に言えるのです。『わからない』と言っていいのだとわかれば、子どもたちは心が解放されて、とことんわかりたいという気持ちがわき上がってきます。そうした授業を取り入れてほしいと提案し、当初2名の先生が先行して始めてくださり、それを見た三津橋先生がすぐに追随してくれました」(松岡校長)
動き回るのも自由。教えてほしい仲間のところに行ったり、友達同士自由に相談したりしている。
グループ学習でも、使用している教材、進度はそれぞれ。聞きたいときに友達に声かけしていた。
振り返りの時は、一人で学んでいる児童も近くの仲間と交換して報告し合う。
学び合いとICTを効果的に融合
児童が自ら発見した利活用法も実践
児童同士の学び合いに興味をもった三津橋先生だったが、導入当初は不安もあったという。
「教員が教えることを手放してしまって本当に子どもたちに力がつくのか、テストの点数は下がらないのかなど懸念はありました」(三津橋先生)
三津橋先生が最初に学び合いを取り入れてみたのは国語の授業だった。読み取りの単元で、以前は先生が教科書を読んで「わかる人?」と挙手をさせていた。それをすべて児童の班ごとに任せてやってみたところ、普段は手を挙げない児童も話し合いに参加し、振り返りではプリントに書く量が急激に増えた。
「面白いほどに子どもたちの反応がダイレクトに表れました。これはいける!と思い、他の教科でもやってみようと思ったのです」(三津橋先生)
この日の算数の場合、単元は14時限で設定。まず教科書を自分で読んで、単元のゴールを確認し、自分がどう学んでいきたいか、学びの計画を単元学習計画表にまとめる。計画は途中で変更してもよいことになっている。
ICT担当でもある三津橋先生は、スタディサプリと授業支援アプリも積極的に利活用している。スタディサプリは自由進度学習に適しており、自分の進度にあった講義動画を個々に視聴。進度が速く、教科書を終えている児童は先に進んだり、確認テストを授業中や家庭学習でも取り入れたりしている。確認テストは全員がやることにしているので、先生側でも各児童の進度・理解度を把握でき、個に応じた問いかけをすることに役立っているという。
授業支援アプリでは、児童同士のノートを共有できたり、今までの学びの蓄積が可能なので、個別に復習ができたり、自分の学びを振り返ることができる。ICTは児童たちの方がむしろ早く使いこなすため、「そんな使い方ができるのか」と教えられることもあるという。
「今日の授業で問題を自分たちでつくって出し合っていた子たちは、授業支援アプリにその機能があることを自分たちで発見して勝手にやっていました(笑)」(三津橋先生)
授業支援アプリの中に、問いをつくれる機能を発見して、独自の設問をつくって出し合う児童たち。
学び合いと自由進度学習を取り入れたことによって、中間層の成績の児童を中心にテストの点数が上がった。算数が得意な児童はほぼ100点を取るため、それ以上は測れないが、どんどん先の単元を個別に進めている。算数の苦手な児童が伸び悩むことが課題のため、そうした児童たちに先生のフォローを厚くできる。教室の前に集めて、理解できるまで丁寧に解説している。
こうした取組を始めて、教員にとっての教材研究の意味がまったく変わったと三津橋先生は感じている。
「今までは資料や指導案を作ることが教材研究だと思っていましたが、今はいかに子どもたちのモチベーションを上げる環境を用意するかを考えています。授業中の個々の児童の見取りに時間を費やしますが、前日の準備は以前に比べてずっと楽になりました。学び合いは教員の働き方改革にもつながると思っています」(三津橋先生)
三津橋先生は社会科でも自由進度学習を取り入れ始めている。6年生の歴史では、知識はスタディサプリで学んできてもらい、授業は主に議論の時間。わからないことがあればすぐに手元のタブレットで調べられるので、議論では本質的な意見交換ができる。ICTを利活用することで、児童が思考する質量とも格段に増えていると感じている。
「社会科は暗記科目と思われがちですが、大事なのは知りたいという気持ち。小学生のうちは単語など覚えなくてもいいから、好奇心を育みたいと考えています」(三津橋先生)
【それぞれの方法、進度で自ら学ぶ児童たち】
教科書の内容を復習しながら、応用問題に取り組む児童。
講義動画を見る児童。この児童は2倍速で視聴していた。
難易度別のプリントから、自分に合ったもので取り組む児童。
スタディサプリの確認テストにチャレンジする児童。
児童ががらりと成長するのは「授業の威力」
授業を変えれば児童が自ら変わっていく
取組を始めてわずか2年で児童の成長という結果を出してきた三津橋先生だが、松岡校長は学び合いを導入すればすぐに結果に結びつくわけではないと警鐘も鳴らす。
「三津橋先生はすべての児童の個性を認め、安心・安全の場をまずつくっていました。みんなが違っていて当然でお互いが認め合う存在だということを、先生が示したことで、子どもたちが心を落ち着けて学びに取り組めていると思います。三津橋先生のクラスには、成績だけでなくリーダーシップなどで劇的に成長している児童もいるのです」(松岡校長)
三津橋先生自身は、自分が変えたのは授業だけだと語る。
「何をおいても授業の威力、学び合いの威力のすさまじさを感じています」(三津橋先生)
評価については、松岡校長も三津橋先生も、学び合いの授業を行うことで、教員が一人ひとりの学びの様子をしっかり捉えることができるようになり、学びに向かう姿勢や思考力なども含め、児童の実態に合った評価ができるようになったとのこと。
「学び合いを行ったからこそ、個々の児童がどのように思考しているのかが見えてきました。教員が前に立っているだけでは子どもたちの思考は見えてきません。板書の授業をやっていたときにどうやって評価していたのか、もう思い出せないほどです」(三津橋先生)
同校では、三段階評価では伝えきれない児童の成長について、三者懇談会で本人と保護者に伝えているという。
三津橋先生が今後やってみたいことは、教科を超えた合科授業だ。
「子どもたちは、あれもやりたい、これもやりたいと、授業でやりたいこと、学びたいことがあふれ出てきている状態です。目の前の児童たちの状況に合わせて、彼らの望みを教科の枠を超えて叶えていきたいですね。教員は陰に徹し、子どもたちが主役として学校生活を送れるようサポート役を続けていきたいです」(三津橋先生)
校長の視線
学校の最上位目標のビジョンをシンプルに児童が意思決定できる場面を多様につくる
私は2020年度のコロナ禍の始まりに本校に着任し、前述のように子どもたちに自ら学ぶ力を育めるよう取組を進めるとともに、学校の教育目標を練り直しました。それが「自律・共生・創造」です。通常は学校の目標の下に、学年や学級の目標を立てますが、ビジョンをシンプルに一本化することで、迷ったら最上位目標に立ち戻るということを、先生たちに求め続けています。「自律・共生・創造」を育む9項目の重点を設定しましたが、その1番目に「学び合い・自由進度学習」を立てました。
学び合いは児童たちに浸透してきており、前の学年で学び合いを経験した子どもたちが、次の学年で講義型の授業を受けたときに、「学び合いをやってもいいですか?」と先生にお願いしたクラスも出てきたほどです。児童の変化を目の当たりにして、衝撃を受けた先生たちも変わろうとしてくれています。わからないことがあったら友達に聞いて、聞かれたら一緒に考える学び合いの素地ができたことで、自由進度学習へ進めました。自由進度学習は5・6年生で取り組まれており、現在は4年生も実施し始めています。
ありがたいことに本校は、自ら成長しようとしたり、校長がビジョンを示せば形にしてくれる先生方が多くいらっしゃいます。徹底的に児童が主役の学校を目指し、子どもたち自身が意思決定をして、自身で考えたことを具現化できる体験をできるだけ多く積ませてあげたいと考えています。子どもたちが夢や希望を、職業ではなく、生き方や社会のあり方で答えられるようになることを願っています。
岐阜市立則武小学校
松岡 猛 校長
岐阜市立則武小学校
1873年創立/児童数556名(男子300名、女子256名)/「自律・共生・創造」を教育目標とし、①学び合い・自由進度学習、②教科等横断的な学習、③異年齢による学び、④自治活動の充実、⑤ActiveChildProgram(遊びで運動量の確保)、⑥遊び(学び)を通した人間育成、⑦教育DXの充実、⑧教育相談・三者懇談・いじめ対応、⑨教科担任制・半年担任制の9つに重点を置いた教育活動を実施している。
発行:2022年11月
取材・文/長島佳子 写真/坂田智子 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)