不登校特例校として2021年に開校した草潤中学校。「ありのままの君を受け入れる新たな形」をキャッチフレーズに「学校らしくない学校」の姿を模索し続けています。同校で現在までに進められている数々の取組について、お話を伺いました。
「学校らしくない学校」をつくるために教員の発想を180度変える
JR岐阜駅から徒歩圏内に位置する草潤中学校。「学校らしくない学校」をコンセプトに2021年に開校した、東海地区初の公立不登校特例校だ。1日の行動は生徒自身が個々に決める、取り組みたい学びを好きな場所で学べる、担任を生徒が自分で選んだり変更したりできる、服装や持ち物の規則はなし、修学旅行や卒業式などの行事はやる/やらないも含めて内容は生徒たちが決めるなど、同校の「学校らしくなさ」は枚挙に暇がない。
不登校児童・生徒は全国的に増加しているが、岐阜市も同様の課題を抱えている。特に中学校での不登校生徒の出現率は、全国や岐阜県の平均値を上回り、学校に来られない生徒たちの学びをどう保障するか、早急な対策が求められていた。
2016年に「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(教育機会確保法)」が成立(2017年施行)。その具体的な取組として「不登校特例校」を設置し、不登校児童・生徒の教育機会を確保することが、国と自治体に努力義務として課せられた。岐阜市教育委員会では、県内の通信制高校や他県の特例校の視察などを重ね、2020年に不登校特例校設置準備室が設けられた。当時の準備室の室長、係長を務めていたのが、現・草潤中学校の井上博詞校長と堀場徹教頭だ。
「視察で見えてきたのは、学校が主導権をもつという、今までの学校では当たり前とされてきた仕組みに息苦しさを感じている子どもたちが多いということでした。また、前教育長から、日本の義務教育の仕組みは優れているけれど、その義務教育の枠組みに馴染めない子どもたちもいるという話を聞きました。それなら、子どもたち主導の、従来の学校とはまったく違う『学校らしくない学校』にしようと、コンセプトは早い時期に決まりました」(井上校長)
困難を要したのは、「学校らしくない学校」の具体化だった。目指したい概念ではありつつも、先生たち自身が体験したことのない学校の姿を具体的に描くことは容易ではない。教育課程を検討するにあたり、学校の特徴をイメージできるキャッチフレーズをつくるのに3カ月かかったという。
「当初は出した案のなかに『磨けば輝く』というフレーズがありました。アドバイザーとして関わっていただいた京都大学総合博物館 准教授の塩瀨隆之先生から、『“磨けば”ということはがんばらないとダメということでしょうか?』『努力してがんばって、中学生のうちに“輝かないと”いけませんか?輝くのは5年後、10年後じゃダメですか?』と問われ、穴があったら入りたい思いでした。前教育長からも『今まで学校でやってきたことと真逆のことを考えるように』と言われていたのに、頭の転換がまったくできていなかったのです」(井上校長)
そして議論を重ねて辿り着いたのが「ありのままの君を受け入れる新たな形」という言葉であり、冒頭に紹介した生徒が主導で学ぶ内容や学び方を選べる、多様な取組ができる学校の姿だった。
生徒の主体的で自由な学びを支援する多様な仕組みと学びの部屋
草潤中学校にも学年ごとに基本的な時間割はあるが、1日をどのように過ごすかの日課表は、生徒たち自身が決める。だから生徒の人数だけ日課表がある(図1参照)。学ぶ場所も家庭や校内の好きな場所で良い。教員は基本の時間割通りに教科の授業を行っており、全授業はオンラインでリアルタイム配信している。生徒は全員タブレットを持っているので、教室外で授業に参加したい生徒たちは、好きな場所からオンラインで参加できるのだ。ただし、生徒の安全を確保するために、廊下にある「イマここボード」(写真参照)で名札を自身の現在地に貼っていく。
【図1】生徒自身が決める日課表
基本は登校せず、家庭学習とオンライン学習で学ぶ例。2週間に1回程度学習相談のために登校を促す。
週に数日登校と家庭学習を組み合わせる学びの例。ウォームアップとクールダウンはオンラインも利用。
毎日登校して学ぶ例。登校はしていても自分のクラスの教室以外で学んでもよい。
生徒たちは自分の決めた時間に、好きな場所で授業を受けられる。生徒の安全確保のために自分の居場所を知らせる「イマここボード」。教室外に行くときは、自分の名札を学校のフロアマップに貼っていく(名前は加工処理で伏せています)。
生徒の主体性や自由度を重視しているとはいえ、決して放任しているわけではない。不登校生支援として、生徒たちの学びに寄り添う仕組みも徹底している。それが、毎朝の「ウォームアップ」と一日の終わりの「クールダウン」だ。「ウォームアップ」では生徒が自分で選んだ担任の先生とその日の学習の予定を確認し、「クールダウン」で一日を振り返る。家庭学習を選んだ生徒はオンラインで行うことにしている。
また、同校では、音楽室は「Musicルーム」、家庭科室は「Cookingルーム」など、一般的な学校とは異なるネーミングの教室も多数ある。独自に設けている部屋も多く、例えば「ギフティッドルーム」は、声や音を出しながら学んでよい部屋だ。一人で学習に取り組むだけでなく、先生を呼んできて質問しながら学んだり、友達と楽器を弾いてもよい。壁にぐるりと設置された棚には、教科ごとにさまざまなレベルのプリントが収納されている。自分の段階に合ったプリントを選んで自由に学び直しもできる場だ。一方で、「Eラーニングルーム」は音を出さずに静かに学ぶための部屋だ。パーティションで個室のように区切られている。
「9つのブースを設置して、当初は足りないのではと思っていましたが、稼働率は4割くらいに留まっています。この部屋に来るより、誰かと一緒に学ぶことを望む生徒の方が多いのです。不登校の子どもたちのなかには、学校や教室に本当は行きたかった生徒たちが多かったということでしょう」(堀場教頭)
生徒たちが自分の好きなことを見つけられるように、普段は接することが少ないさまざまな大人と出会える機会も準備している。例えばプロとして活躍するイラストレーターを招き、校舎内の壁をキャンバスとして作品を描いてもらっている。クリエイターの仕事をリアルで見る貴重な体験を喜ぶ生徒が多いという。
ICTの利活用で学びの選択肢が広がり他校の不登校生にも学びの機会を提供
生徒の「ありのまま」を受け止め、好きな場所で自由に学べる仕組みづくりには、ICTの利活用が不可欠だ。学習支援担当の横井貴範先生は、担当教科の授業をする際に、教室でリアルに授業を受けている生徒も、別の場所からオンラインで参加している生徒も、同じように感じてもらえることを意識しているという。
「紙のプリント配付の代わりにOneNote上で設問を送信できるので、教室にいる子もいない子も、同時に記入したり答え合わせをしたり、シェアもできます。あくまでリアルタイムの授業なので、一方的な動画配信のようにならぬよう、オンライン参加の生徒にも話しかけて双方向のコミュニケーションも心掛けています。すると生徒は理解できるとスタンプで『いいね!』と返してくれたりします。スタンプだけでも応えてくれると、こちらも反応がわかって安心できますね」(横井先生)
横井先生が課題と感じているのは、教室外で学ぶ生徒がタブレットを使用する際に、授業を観るモニターとノートなどの筆記用具やプリントに書き込むツールとしての2つの役割をうまく切り替えて授業をすることだ。生徒がオンラインでもよりリアル感のある学びを得られるような工夫をしていきたいと語る。
学習支援担当の横井貴範先生。理科教員で学校ですっぽんを飼育している。
教員は学校の基本の時間割に従って教室で授業を実施。すべての授業はオンライン配信されており、生徒は教室外や家庭でも授業に参加できる。
オンラインで授業を受けている生徒のタブレットのイメージ。授業をする先生の姿を見ながら、OneNoteで送信されるプリントに取り組む場合もある。
また、草潤中学校は岐阜市の不登校支援の中核的機能も担っており、他校に在籍している不登校生徒に対しても「Onlineルーム」から授業を配信している。
「在籍校に籍がありながら、学校に行けない生徒に対して週に1、2回ずつ、リアルタイムで1対1の授業を行っています。なかにはオンラインでも顔を見せたくないという生徒もいるので、カメラはオフで音声のみで会話しながら授業をしたり、相談に乗ったりするケースもあります」(Onlineルーム担当・高見幸弘先生)
「Onlineルーム」で高見幸弘先生が行っているのは、他校に在籍している不登校生徒に向けた1対1のオンライン授業。他校の生徒にとっても、草潤中学校のオンライン授業が学びの選択肢の一つとなっている。
【草潤中学校の「学校らしくない」教室の数々】
ギフティッドルーム
一人でも、友達や先生を呼んで声を出しながら一緒に学んでも、自由な学びができる部屋。棚にはさまざまなレベルのプリントが置かれ、自分でやりたいものを選んで学び直しもできる。
アクティブルーム
ランニングマシンや卓球台があり、体を動かしたいときにいつでも使える。昼休みにはお昼寝ができるソファもある。
図書室
2000冊の蔵書があり、ハンモックやテントの中で、好きな読書に集中できる。
Eラーニングルーム
ビジネスパーソンのワーキングスペースのように、一人で静かに学びたいときに利用できる、ブースに区切られた部屋。
看板
学年ごとの教室の名前は「森」「川」「海」。教室の看板もイラスト入りでポップに仕立て、学校らしくない。
評価しづらい学校だからこそ一人ひとりの生徒を丁寧に見取る
「学校らしくない」さまざまな取組を進めている草潤中学校。しかし、開校までに現在の仕組みのすべてが整っていたわけではなく、開校後に生徒たちの意見を聞きながら変えていった部分も多々あったという。
「不登校だった生徒たちにとって、本校の取組がベストチョイスだとは思っていません。ましてや、従来の中学校の仕組みを否定しているわけでもありません。ただ、今までの学校の仕組みは画一的だった側面は否めません。生徒は多様で、従来の学校の仕組みに馴染めなかった子どもたちに、大人になっていく学びの道筋にはいろいろな選択肢があることを知ってもらいたい。草潤中学校は学び方の選択肢の一つとして、仕組みを提案していると考えています」(井上校長)
公立中学の枠での不登校特例校としては、気になるのが評価の方法だ。
「基本は学習指導要領に則って評価していますが、評価の方法をA、B、Cの3パターン用意しており、生徒自身が教科ごとにどの評価パターンにするかを自分で選ぶことができます」(井上校長)
Aタイプは観点別に評価をしたうえで5段階で評価。Bタイプは文章でのコメント評価。CタイプはAとBの両方を組み入れた評価だ。例えば得意な教科はAタイプで、苦手な教科はBタイプにするなど、生徒自身が選ぶので、一人ひとり評価様式が異なる。この評価は生徒自身に渡すもので、高校に送る調査書は通常の中学校と同様にAの評定が必須となる。
「毎日登校して教室で授業を受ける生徒がいる一方で、家庭学習中心の生徒もいます。オンラインのみで生徒の学びに向かう姿勢を測るのは正直、とても難しいことです。それは生徒のせいではなく、教室外での学びを測る仕組みを見出せていない我々の責任だと思っています。だからこそ、評価は丁寧にしなければならないと考えています。評価しづらい学校だからこそ、評価の妥当性については丁寧に点検を重ねています。一人ひとりの生徒の全教科の評価について、教科を受けもつ全教員と教頭、私が参加して、確認する会を毎期設けています。『本当にその評価でいい?』と我々が尋ねますので、他の先生が受けた指摘を聞いて、自分がした評価を見直す先生もいます」(井上校長)
多様な生徒の可能性を広げる場として学校は常に変化が求められている
2021年度に転入学してきた1期生たちは、草潤中学校での学びをどう捉えたのだろうか。それを表す一つが登校スタイルの希望を尋ねた図2のグラフだ。転入学前では「毎日登校」(45.0%)よりも「週数日登校」(52.5%)と答えた生徒が多かったが、入学後1カ月で「毎日登校」と答えた生徒が67.5%と過半数を占めた。
【図2】開校1年目(2021年度)の生徒の登校スタイルの希望の変化
「登校させることが本校の目的ではありませんが、『この学校なら通ってもいいかな』と思ってもらえた安心感の表れだったと思います」(井上校長)
しかし、井上校長は、登校している・していないというデータだけでは、生徒の心の変化は読み切れないとも語る。1年目の登校率が20%未満だった生徒のうち、2年目の登校率が飛躍的に上がった生徒もいるからだ。
「1年間休んでゆっくりエネルギーを貯めて、2年目には学校に行く意欲が湧いたとも考えられます。家庭学習中に個人でスタディサプリを契約して動画で学んでいた生徒もいます。登校しなくてもよいという安心感のなかで、意味のある1年間を生徒なりに過ごしていたのかもしれません。生徒アンケートのコメントでは、『みんなで一斉にやらなければいけないことが少なくてよい』とか『教室にいなくても、自分のペースで学べるのが嬉しい』という声もありました」(井上校長)
開校時に3年生だった1期生15人の生徒たちは、全員が進学し、11人は通信制高校に入学した。卒業後のあり方も多様でよいと草潤中学校の先生方は考えている。
「本校で見つけた好きなことや、やってみてよかったことが、高校で続けることが難しく、なかには行き詰まりを感じている生徒がいるのも事実です。しかし、高校がゴールではありません。好きなことを好きなように学んでよいという本校の願いを生徒たちが理解してくれていたら、将来の学びにつながるのではないかと期待しています」(堀場教頭)
1期生の卒業生たちは、卒業式をやると決めた後に、さまざまなことを自分たちで企画した。その一つが卒業証書だ。証書の用紙は自分たちで紙すきをして製作。文面の定型文は印刷したが、生徒の名前の箇所は、生徒自身が選んだ先生に依頼して書いてもらうことにした。なかには4人の先生に一文字ずつ書いてもらった生徒もいた。
卒業記念品には古酒を選んだ。もちろん卒業時の15歳で飲むためではなく、20歳になったときに集まって飲む目的だ。だから学校で大切に保管されている。ラベルは自分たちで描き、5年後の自分へのメッセージを綴った生徒もいた。それよりも前の卒業3年後に、同窓会で集まることも決めている。その名も「あつまれ 草潤の森」。
「そのときに、彼らが大学に進学しているのか、社会に出ているのか今から楽しみです。ICTの普及でまったく学校に来なくても生徒たちなりの学びはできますし、インターネットだけでも学べる時代です。そのなかで『学校』とは何かを考えたとき、多様に変わっていかねばならない存在だと思います。一人ひとりの意志に合った学びを提供し、卒業後の進路もそれぞれでよいのですが、生徒たちが願う姿に成長して社会で生きていくために必要な力はつけてあげたい。子どもたちの可能性を広げる学びの場として、さまざまな方法を今後も模索していきたいです」(井上校長)
2022年に卒業した1期生たちの卒業記念品。20歳になったときに集まって飲むことを想定した古酒が学校に保管されている。ラベルは生徒たちの手描き。
草潤中学校の設立準備から共にしてきた、井上博詞校長(右)と堀場 徹教頭(左)。
「やると決めたらやりきるために必死になる性分でした。前教育長から『今までと真逆の発想で取り組めばいい』と、不登校特例校設置準備室長を任ぜられました」(井上校長)
岐阜市立草潤中学校
2021年創立/生徒数43名(男子12名、女子31名)/東海地区初の公立の不登校特例校。統廃合によって使われなくなった旧・徹明小学校の校舎を再利用している。同校以外に在籍する生徒に向けたオンライン授業や通級による個別学習支援、同校主催で市内の不登校生徒向けの通信制高校の説明会を実施するなど、岐阜市の不登校支援の中核的機能を併せもっている。
発行:2022年11月
取材・文/長島佳子 写真/坂田智子 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)