民間企業×学校で 誰一人取り残さない学習支援を(東山書房『健康教室』2024年8月号より転載)

担当者:水谷 伊吹

 Ed-tech総研研究員・水谷伊吹が東山書房『健康教室』2024年8月号に「民間企業×学校で 誰一人取り残さない学習支援を」と題し寄稿を行いました。関係者の承諾を得てここに転載します。

 東山書房『健康教室』の詳細はこちら

----------以下転載

はじめに 

 私は自治体からの委託を受け、高校生を対象とした週2回の学習支援教室の運営を行っています。児童扶養手当を受給するひとり親家庭世帯を対象とした学習支援教室では、なかには自傷行為・援助交際・薬の過剰摂取などをする高校生もいます。SNSの普及から高校生たちはそのような行為を知り、自力では立ち直ることができない状態にあります。私たち が起点となり、自治体とともに高校生の進路実現をサポートした取り組みについてご紹介します。

 

歯がゆい思いをした過去

 2年前、毎回教室に来てくれている明るい女子生徒がいました。しかし、ある日を境に突然教室に来なくなり、本人と保護者ともに連絡がとれなくなりました。2か月弱経ったころ、教室に現れ、児童相談所に保護されていたことを知りました。家庭環境が複雑で、今まで我慢してきたことが溢れ、全財産を握りしめて家出をしていたそうです。同じような境遇の高校生とゴミ屋敷同然のところに寝泊まりをしていましたが、全財産がなくなったところで警察に保護され、児童相談所にいたことを教えてくれました。

 「大人は信用できない」とその女子生徒は言っていました。家庭や自分の力のみでは現状からの脱却は難しいですが、周囲を頼ることもできないということです。結果的にその女子生徒は高校を退学し、夜間高校に転校をしました。

 教室で何度も顔を合わせてきたのに、ここまでの事態になるまで気が付くことができなかった自分の無力さと、当時の高校や児童相談所で対応できることには限界を感じました。 

子どもたちのつらい現状の数値化  

 「明るく元気があるから問題ない」そのような間違った認識を持って接していたため、先述の高校生の心の叫びに気づくことができませんでした。

 そこで、大阪府箕面市の子ども見守りシステムを参考に、弊社独自に子どもたちの心の状態を数値化する「Child Support System」 を構築しました(図1)。

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【図1】Child Support System の概要


学習支援教室に通う生徒全員を一覧化し、教室の傾向を読み取ります。生徒ごとのデータでは全 20 項目について、それぞれ偏差値を算出します。特に低く出ている項目について注意し、コミュニケーションに活かします。

 「学力」「非認知能力(レジリエンス)」「健康」「基礎的信頼(ソーシャルキャピタル)」の4項目について、テストおよびアンケートで情報を収集し、独自の判定により子どもたちの心の状態を3段階に分類します(図2)。特に対応が必要と判定された生徒については、自治体とともにケース会議を実施し、対応策やサポート体制の確認を行います。

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【図2】ChildSupportSystem結果シート


Child Support Systemによる声かけ  

 Child Support Systemの分析により5人が特に対応の必要な「要対応者」として分類されました。ここでは実際に対応した1人の高校3年生の女子生徒についてご紹介します。

 彼女は全体的な数値が低いことに加えて、「学校や家庭への信頼度」や「健康・体力」の数値が特に低く出ていました。信頼関係が築かれるなかで、生活習慣の乱れ(夜更かしや安定して食事をとれていないこと)の相談を受けるようになりました。その原因を少しずつ深掘りしていくと、家庭環境が大きく関わっていることがわかりました。幼少期から現在に至るまで壮絶な体験が続き、それが原因で自傷行為・オーバードーズを繰り返していると打ち明けてくれました。一見すると、底抜けに明るい生徒であり、「生活習慣の乱れは今どきの高校生であればありがちなこと」と見逃してしまいます。しかし、Child Support Systemの分析を踏まえれば、その原因が家庭環境にあることを予想しながら慎重に対応することができます。結果として、見た限りでは生活習慣の乱れによると思えても、実はその奥に隠された真因があったと知ることができました。 

学校・自治体との連携体制

 全体的に数値が低く出ていた彼女ですが、「教師への信頼度」だけはかなり高く出ていました。本人に確認をしたところ、「学校の 先生はとても信頼でき、保健室で養護教諭の先生によく話を聞いてもらっている」とのことでした。そのような背景もあり、我々は学校との連携を決めました。

 彼女が通う高校を訪問し、学年主任・担任・養護教諭・スクールカウンセラーの先生方との打ち合わせを重ね、学校・自治体・リクルートの役割分担や連携体制の確認を行いました。各々ができることを確認し、「どこに行っても信頼できる大人がいる環境を作ること」を目指しました。また、オーバードーズによる依存症状がかなり出ていたため、入院措置をとり、病院の先生を交えた意見交換の場も設けました。

マイナスからプラスへ  

 1年を通して様々なサポートを受け、最終的に彼女は看護の専門学校への進学を果たし ました。当初から看護系に進学したいと話していましたが、それは親に言われたものであ り、自分の意思ではありませんでした。しかし、彼女自身が様々な経験をしたことや、多くの大人に支えられたことで「自分も誰かの役に立ちたい、困っている人や辛い状況にある人に寄り添うために改めて看護師になりたい」という目標ができたそうです。自傷行為を完全にしなくなったわけでもなく、薬物依存症治療回復プログラムに通っている最中ですが、とても大きな一歩を踏み出してくれたと思います。 

リクルートの役割  

 学校・自治体・リクルート(民間企業)にはそれぞれ強みがありますが、反対にできないこともあります。リクルートで言えば、Child Support Systemのようなシステムの構築や学校・自治体・病院を巻き込んだ連携体制の提案は可能です。しかし、子どもとの接触時間が限られており、保護者との接点を持つことが難しいことも事実です。また、子どもへの対応については、専門家ではありません。

 今回の事例では、リクルートが作ったノウハウをもとに、それぞれの強みを活かして高校生のサポートができました。仮に、進路決定の過程で、我々が彼女の家庭環境や抱える問題に向き合えていなかったとしても、彼女は看護系の専門学校へ進学したかもしれません。しかし、目的や意志を持たない進路選択では、道半ばで挫折する未来が待っていたことも考えられます。学校も我々も、生徒1人に使うことができる時間は限られています。Child Support Systemを活用した声かけや、その子に関わる大人たちの連携を強化することで「誰一人取り残さない学習支援」を実現することが、私たちの役割だと思っています。

私が大切にしていること  

 「この人は今までの大人とは違うかもしれない」と思ってもらうことです。2023年度の 学習支援教室においては、様々な機関との連携を行い、先ほどのような生徒の対応を5件ほど行いました。1つの教室に25名程度通っており、週2回、1回2時間しか教室の時間はありません。

 限られた時間の中で、私はChild Support Systemを通じて、1人ひとり異なるコミュニケーションを行うことを心がけています。その中で大切にしていることは2つです。

 1つ目は「どんなに忙しくても生徒の話を要約しない」こと。どんなにつたなくても、その子の言葉を大切にしてコミュニケーションをとります。2つ目は「共感しない」ことです。私には「家に帰ったら母親に暴力を振るわれ、弟が食事中にダイニングテーブルをひっくり返す」経験はなく、それが日常的に続くことの辛さは決してわかりません。その辛さや生徒の心に寄り添うことは専門の方にお任せすれば良いと考えています。私にできることは「ありのままの子どもの声を聞き、わかったふりをしない」ことで、「この人は今までの大人とは違うかもしれない」と感じてもらうことです。そして、心を開いてもらい信頼できる大人となることだと思っています。

まとめ  

 生活困窮者自立支援法にもとづき、全国的にも民間企業による学習支援は定着しつつあります。学習指導や進路支援は行われていますが、それだけでは将来的に子どもが自立で きるのかどうかについては懐疑的です。現状、負を抱えている子どもたちは多くおり、根本 的な原因にアプローチをかけなければ、その子たちが目標を持って、将来に希望を抱くことは難しいと思います。しかし、どこの現場でも人手が足りているとは言えず、なかなか 子どもと向き合う時間がとれていないのが現状です。

 Child Support Systemを通して現場で負と向き合う方の負担を軽減し、学校や自治体、民間企業が垣根を越えてそれぞれの強みを活かすことで、「誰一人取り残さない学習支援」の輪を広げていきたいと考えています。

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