小学1年生から中学3年生の不登校の子どもを対象に、ある自治体が運営している適応指導教室で、学習支援スタッフとして勤務しているリクルートの社員たちがいます。学習支援スタッフが担う役割や、日々現場で感じていることについて、スタッフの皆さんにお話を伺いました。
座談会参加者(写真左より):宮野千恵さん、小野寺正美さん、水野裕香子さん、大宮美千代さん
学習支援スタッフとしての皆さんの役割と、普段の活動内容について教えてください。
水野さん:
もともとの役割は、『スタディサプリ』をご利用いただいている適応指導教室で、タブレットの操作方法を指導したり、『スタディサプリ』での学び方のアドバイスをしたりすることでした。実際には、市の職員として勤務されている相談員の方々とほぼ同じように、学びタイム以外の時間でも(図1参照)子どもたちと接しています。相談員の方々は教員経験者なので、私たちスタッフは保健室やお母さん、親戚のおばちゃん的な役割で寄り添っているイメージです。相談員さんたちから「一つのチーム」とおっしゃっていただけています。
(図1)
時間帯 | |
9:30〜10:00
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であいタイム・フレンドリータイム |
10:00〜10:40
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学びタイム |
10:40〜12:20
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フレンドリータイム |
12:20〜12:40
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昼食 |
12:40〜13:10
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フレンドリータイム |
13:10〜13:50
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学びタイム |
13:50〜14:40
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フレンドリータイム・わかちあいタイム |
『スタディサプリ』などを使用しての学習時間は「学びタイム」だが、朝と帰りの集いの「であいタイム」「わかちあいタイム」や、自由に楽しむ「フレンドリータイム」でも学習支援スタッフは子どもたちと過ごしている。
小野寺さん:
学習支援スタッフの募集の際に、「子どもに寄り添う」という文言がありました。以前、高校教員として勤務しており、また自分の子育ての経験もあるなかで、「寄り添う」とはどういうことだろうと考えていた時期でした。それが知りたくてこの仕事に就き、相談員の方々がどのように子どもたちに接しているのかを日々観察して、学ばせていただいています。
水野さん:
学習支援スタッフを始めた当初は、学校に行けてない子どもたちに「勉強させてあげなきゃ」と思っていたんです。でも適応指導教室では「勉強しよう」というところまで気持ちが上がっていない子どもたちもいます。相談員さんたちが、「固くなった心をまずほぐしていかないと、勉強しようとは思えない」とおっしゃっていて、ああそうだな、と。だから、学び以外のフレンドリータイムなどの時間で子どもたちに寄り添って、信頼関係をつくっていくことの大切さを感じるようになりました。
とりまとめ役でもあるキャップスタッフの水野裕香子さん。以前は、リクルートの高校支援統括部で、高校生の進路選択サポート職に従事。社会人と大学生の2児の母。
キャップスタッフの小野寺正美さん。公立高校で保健体育教員として従事した後、子育てをしながら経理事務を経験し現職。大学生の1児の母。
大宮さん:
私は勉強や学力を重要視するのではなく、寄り添いを通して子どもたちの居場所をつくれる仕事がしたいと思っていました。私自身、自分の子どもが不登校を経験したことがあるので、そうした子どもたちの居場所をつくってあげたいと。私たちと一緒にいたりおしゃべりすることで、この空間が居場所になればいいなと思っていました。けれど、仕事をしていくうちに、学びが自信につながっていくことを目の当たりにしたのです。自分の子どもの例でしか考えていなかったので、学校に行っていない子どもたちが学びたいと思っているとは思いもよりませんでした。結果として、学びも学び以外の時間も、両方大事であるという、水野さんと同じ結論に達しています。そして、子どもたちには多様な大人が関わっている方が健全だと思いますので、元教員である相談員の方々とは違う存在意義が我々にはあるのだと思います。
宮野さん:
そうですね、子どもたちにとって遠すぎず近すぎず、上下でも横の関係でもない、斜めの関係性のような感じですね。私はどちらかというと学習がメインのイメージでスタートしました。でも、心に余裕がないと勉強できないということを強く感じています。傷ついた心をもった子どもたちとどう接するかは、今も悩みながら日々対応しています。関わりは一度きりではなく続いていくことなので、何度も接していくうちに少しずつ関係性を築いていけたらと思っています。
大宮美千代さん。保育士として社会人スタート。子育て期間中に子どもの不登校を経験。学習支援スタッフの仕事を知り、不登校児育児に希望を見出せたと語る。社会人1児の母。
宮野千恵さん。夫の仕事で転勤を重ねるなか、子育てをしながら通信添削の仕事を経験し現職。高校1年生と双子の中学1年生の3児の母。
『スタディサプリ』+学習支援スタッフの存在で、子どもたちの学びにどんなメリットがあるのでしょうか?
宮野さん:
適応指導教室は自習の場で、『スタディサプリ』は授業動画を一人でも見られるのですが、「一人で学べる」のはかなりレベルの高い子どもだと思います。つまずきポイントは自分ではなかなかわからないので、そのサポートも私たちの役割の一つです。どこまで遡って学び直せば理解できるようになるのか、水野さんは素晴らしい声かけをしています。大事になるポイントの間ごとに質問するような姿勢を真似しています。
水野さん:
とても記憶に残っている子どもがいて、教室に見学に来たときは嫌がって泣き叫んでいた中学1年生の男の子がいたんです。泣いている目の奥には怒りのようなものもありました。でも自習室に勉強に来るようになって、分数にひっかかっているなと思ったので「ちょっと前に戻ってやってみようか」と。小学4年生の算数からずっと遡る勉強を毎日継続していたら、「自分でもできる」と自信がついてだんだんと笑顔が出てきたんです。お友達と運動したり交流できるようになり、卒業するときは希望の進路に進めていました。
大宮さん:
子どもたちは誰かに認めてほしいと思っています。ドリルで100点を取っても誰も見てくれなければ自己肯定感はなかなか上がらないと思います。それを見た誰かにほめてもらうことで、自信につながるのだと、子どもたちの喜びを見て実感しました。
小野寺さん:
学びタイムとは「学びをツールとした交流の時間」だと感じるようになりました。その一部が『スタディサプリ』です。例えば「サプモン」というゲーミフィケーション要素も入っていて、勉強に入る前の交流のきっかけになったりしています。また、「未来事典」といういろいろな職種について知ることができるコンテンツもあるので、勉強に気が向かない子どもたちには「未来事典を見て感想書いてみて」と声かけしてみたりしています。学びの過程でいろいろ質問してくれる子どももいるので、「質問してくれてありがとね。私も一緒に勉強になったよ」と言うと、喜んでまた質問してくれたり。『スタディサプリ』と声かけで、子どもたちとの交流が次につながっていく工夫をしています。その子の特性を知ることで、何に困っていてどういう支援が必要か日々考えながら対応しています。
水野さん:
タブレットを渡してただ学ばせるだけでなく、学習している子どもに寄り添う存在から生まれる信頼関係が大事なのではないでしょうか。信頼から安心感が生まれて質問や相談もしやすくなります。安心感がある場がその子たちの居場所になっていくのだと思います。
水野さん(左)の声かけの仕方にいつも刺激を受けているという大宮さん(右)。
学習支援スタッフをやっていてよかったと思うのはどんなことですか?
水野さん:
やっぱり子どもたちの変化を見られることが何より嬉しいですね。先ほどの分数でつまずいていた男の子もそうですが、ほかにも起立性調節障害の中学3年生の女の子がいました。朝起きられないことで学校から足が遠のいてしまったのですが、適応指導教室に来てタブレットで授業動画を見られることをとても喜んでくれたのです。「久しぶりに授業を見ました!」と感動している様子を見て、「こういう子どもたちのために『スタディサプリ』があってよかった」とこちらが嬉しくなりました。学校には行けなくても勉強は嫌いじゃなかったんですね。この教室を卒業するころにはとても明るくなって、通信制の高校に進学していました。
宮野さん:
私も記憶に残っている、当時中学2年生の男の子がいます。小学校のときに勉強で馬鹿にされたトラウマがあり、ここに来た当初は、個別スペースのパーテーションも閉めきって、5分に1回は誰も見ていないかを確認するほど勉強する姿を見られたくない様子でした。1ケタ+1ケタの計算から学び直したのですが、それで自信がついてくるとみんなの前でアピールし始めました。勉強のほかにも、学びタイムが終わると、みんなの机から消しゴムのカスを集めて片付けてくれるんです。「ありがとう」と毎日言われ続けたことが成功体験になったのか、卒業後の進学先でもボランティアの掃除係になったと報告に来てくれました。ここで居場所を見つけただけでなく、次に行った先での居場所づくりにつながっていると知って、この仕事や適応指導教室の存在がとても誇らしくなりました。
小野寺さん:
元気に通所しているようでも子どもたちの心の中はわからないもので、パタリと来なくなる子もいます。それも自分を守った選択だと捉えていますし、来るのも来ないのも自由なのですが、朝来てくれて顔を見たときに「今日も来てくれてありがとう」という気持ちになります。そして、卒業した後に、元気な姿で遊びに来てくれたときが嬉しいですね。ここが本当に居場所だと思えたから来てくれるので。この教室で出会った友達の現状も教えてくれたりして、ここでのつながりができていることも嬉しいです。
大宮さん:
もともと人が好きな子はだんだんと友達と仲良くなって、卒業してからもそんな姿を見せてくれたりします。一方で、やっぱり一人が好きという子もいて、そういう子は卒業後は来ないのですが、自分の好きな道を歩んでいるんだなと思えるようになりました。最初のうちは、友達とつなげようと思ったりしたのですが、みんなが同じにならなくていいんだということを、私が日々学ばせてもらっていて、その時間をとても幸せに感じています。
子どもたちの変化や卒業後にも訪れてくれることに日々喜びを感じているという宮野さん(左)と小野寺さん(右)。
適応指導教室で仕事を始めてから、皆さん自身に変化はありましたか?
水野さん:
日々学ぶことが多い仕事ですが、自分の子育てを反省することもあります。自分の子どもたちには「勉強しなさい」など厳しく接していたので、我が子にももっと寄り添えばよかったと。今はもう社会人と大学生なので手遅れですが(笑)、子どもたちの現在の仕事や勉強で大変なことを聞いてあげるなど、許容範囲が広くなった気がします。子どもからは「この仕事はお母さんに合ってるね」と言われます。また、私自身はまったく漫画を読んでこなかったのですが、教室の子どもたちと仲良くなるために最近漫画を読むようになりました。
宮野さん:
私は長女から変わったと言われます。昔はもっと厳しかったと。長女は小さいころから怒りのエネルギーが強くて負けず嫌い。人とぶつからないようにという親心で、結構叱ったり厳しく接してきたのです。学習支援スタッフには自治体の研修を含め、勉強会がたくさんありまして、精神科医の先生など専門家とお話しする機会も多いのですが、「怒りも一つのエネルギーだから押さえつけてはいけない。別の発散をすればそのエネルギーは素敵なパワーになる」と聞いて、私は娘になんてことをしてきてしまったのだろうと反省しました。そういう学びがたくさんあるので、教室ではもちろん、我が子への接し方も考えるようになりましたね。娘からは「以前は私のすることをママが判断したり意見してたけど、それがなくなったね」と言われました。
大宮さん:
私も勉強会で伺う内容がいつも胸に突き刺さっていて、だからといって我が子への対応を変えられてはいないのですが、それでもすごく楽になった気がします。教室に来る子どもたちの日々の変化を見せてもらっていると、「大丈夫なんだ」「信頼しよう」という気持ちになれるのです。「大丈夫」を見せてもらっているというか。人にはいろいろな背景があって今の姿があると考えられるようになって、子どもたちだけでなく大人の人間関係でも、以前はカチンときていたようなことでも許せたり面白がれたりするようになりました。大げさですが生きるのが楽になりました。
小野寺さん:
私が教員だったのはずっと以前のことですが、そのころの自分の意識や対応は違っていたという思いがあります。当時は生徒全体がうまく動けるように先取りして計画するという意識が強く、今のように生徒に寄り添うという考え方は少なかったと思います。それが自分の子育てにも影響して、我が子にも失敗させないように転ばぬ先の杖のようなことをしてきました。でも今は、失敗も経験と思えますし、我が子の行動も見守り、許せるようになりました。それは子どもにだけでなく自分に対してもです。皆さんと同様に勉強会などでグサッと刺さることがあっても、過去の自分は許してその経験を今からこの教室で活かせばいいなと。そして私のテーマである「寄り添う」ことについては、子どもたちに対して「どういう状態でもいいんだよ」と感じてもらえればいいと思っています。言葉通りとにかくそばにいて、隣にいるだけで温かみと嬉しさを感じてくれることが、我々に求められている「寄り添い」なのかなと思っています。
学習支援スタッフの仕事を通じて、自身の生き方や家族への接し方も変わってきたというスタッフの皆さん。
取材・文/長島佳子