病気を抱えていても、子どもらしく毎日を過ごせる社会へ 〜小児慢性特定疾病児の学習支援にICT教材はどう役立つことができるのか〜

担当者:内山 由香梨

1. 『小児慢性特定疾病』とは

日本には、『小児慢性特定疾病』というまだ一般には聞き慣れない病気のカテゴリーがあることをご存じでしょうか。

このカテゴリーには、白血病やリンパ種などの16疾患群788疾病(包括的病名を除く)の病気に罹患した子どもたちが含まれます(※1)。

その症状は多岐にわたり、健康な子どもと変わらずに学校へ行き、友達を作り、進学し、就職する子もいれば、何度も入退院を繰り返す子もいます。また、そのどちらでもなく、入院するほどではないが学校へ行きたくとも行くことができない病気を抱えている子も少なくありません。

※1:小児慢性特定疾病一覧

【小児慢性特定疾病医療費助成制度について】
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2. 小児慢性特定疾病を抱える子どもの学習環境

小児慢性特定疾病を抱える子どもたちの学習環境はどのようなものでしょうか。入院中、退院後、それぞれについて考察します。

(1)入院中の子どもたちが通う院内学級

院内学級とは、学校教育法でいう病弱にあたる子どもたちが、入院中に治療をしながら通い学習をすることができる病院の中にある学級です。ただし院内学級は、どの病院にも併設されている訳ではなく、全国に2497ある小児科一般病院の中に小学校119学級、中学校80学級が存在します(※2)(※3)。

院内学級の役割は、生徒の病状や能力に応じて、基礎学力の充実に向けたサポートを行い、また生活リズムを乱しがちな子どもたちに精神的にも寄り添うことです。退院後の学校生活にスムーズに戻ることができるよう指導を実践しています。

※2:厚生労働省 医療施設調査
※3:全国病弱虚弱教育研究連盟 令和3年施設数調査

学校とは別の指導要領の下、学習の機会が提供されており、ベッドサイドでの学習、ワークショップ、またイベント等では著名人の慰問などが行われる場合もあります。

しかし一方で、実際には病院内に所在する院内学級に参加するにも、検温や採血の結果を踏まえた主治医からの条件がつくシーンも多く、学んでいる最中に具合が悪くなり看護師が迎えに来る、というケースも少なくありません。入院することで学習に遅れが生じたり、他者とのコミュニケーションを図る機会が失われ友達を作ることが困難であったりなど、子どもとして生きていくうえで必要な機会や環境が奪われているという現状も存在しています。

さらに、白血病や骨肉腫といった病気を抱える場合には、長い治療の道のりの中で入退院を繰り返す子どもも珍しくありません。

(2)在宅療養のため学校へ通うことのできない子どもたち

例えば白血病等の治療を経て復学する子どもは、『易感染状態』のため治療的観点から退院後数カ月のあいだ集団生活を送ることが難しい状況にあります。

このように、退院後にも在宅療養を要する場合、学校で行われる行事にも参加することが叶わず、子どもたちは入院時よりも過酷な環境に置かれているともいわれます。日々の生活は、自宅で一人でもしくは保護者とだけ過ごし、家にこもってその日家でできることだけを家の中で行い、コミュニケーションの範囲も家庭内に限られてしまいます。

このようななかで、小児慢性特定疾病児に対する学習支援や相互交流支援はなかなか実践例がなく、またあったとしても多くの家庭・子どもたちには届いていないのが現状です。

3. 小児慢性特定疾病児とICT教材

(1)居場所づくりでのオンラインツール活用

上記のような現状のなか、一般社団法人miraii(以下miraii)は小児慢性特定疾病を持つ子どもたちの居場所支援・学習支援・就労支援を行っています。miraiiの支援活動の一例と、支援を通して受け取った実際の声を紹介します。

miraiiの支援活動に参加した小児慢性特定疾病児の声

miraiiは2022年12月から、小児慢性特定疾病児が全国どこからでもつながり、参加できるように『リモート居場所づくり』を始めました。ここには全国から病気に苦しんでいる、苦しんだ経験のある子どもたちが集まってきてくれました。そして、口々に
「学校へ行きたいけれど、体力の問題で学校へ行けない」
「通学だけで精一杯になってしまい、体調を維持できない」
と打ち明けてくれました。

「誰かと話したいけど、この時間はみんな学校だし、家族もいない」そんな会話も飛び交いました。そんな会話の後に続く、自分の好きな芸能人の話や、今後の進路の話に子どもたちの目が輝いていたのは言うまでもありません。

そこに参加してくれた一人が、北海道在住の再生不良性貧血に罹患してしまった高校3年生の女子です。高校在学中に治療に励み、移植を受け、無事に退院することができ、当時は大学受験に備え浪人生活を送っていました。「家族以外の人と話したい」そう言って彼女は、『リモート居場所づくり』の常連になりました。

下記の毎月発行の会報誌には、彼女がこの居場所に参加し、仲間や支援者と出会い、どう感じ変わっていったか記載されています。

【再生不良性貧血で入院していた高校生が寄稿したmiraii通信5月号】
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 (2)学習支援の必要性とICT活用の可能性

居場所づくりを進めるなかでも、寄り添いを行うなかでも、やはり欠かすことができないのは学習支援です。

学習機会を提供することは、将来的な学校生活への復帰や進路の選択にあたっても必要ですし、何より治療を受けている最中の子どもたちの精神的負荷を和らげるうえでも大切な取組です。

学習が学校に通う同級生たちよりも遅れていくことは、彼・彼女たちの心の中では、薄い膜が澱のように重なり、負い目や引け目といった形で蓄積していってしまうのです。

学習機会は、退院後かつ回復後であれば学校や塾・予備校などを通して機会を得ることも可能かもしれません。しかし、特に入院中の小児慢性特定疾病児にとっては自ら機会を得ることは容易ではありません。

miraii理事長である加藤めぐみ氏は、2005年の小児慢性特定疾病に関する定義の発足(※4)以前の子ども時代にご自身も病気により学校へ行けなかった期間があります。その原体験とmiraiiにかける想いをお聞きしました。

※4:小児慢性特定疾病 沿革

加藤めぐみ氏へのインタビュー

筆者:
どのような想いでmiraiiを作ったのでしょうか?

加藤氏:
私自身子どものころから発熱や腹痛を繰り返していました。ですが、病名がなかなかつかず、体調の良いときは水泳やバレーボールに打ち込んでいました。勉強も努力が順位として出るから楽しくて、学校自体も大好きでした。友達とも遊びたかったし、今ほど携帯端末やSNSが発達していなかったのでコミュニケーションするためにも学校に行きたいと思っていました。

ただ、体調や通院のせいで学校に行けない日が続くと、出席日数の問題もあり保健室登校をすることも多くありました。ですが、保健室登校は勉強をする場所としての機能や、友達とコミュニケーションを満足に取れないなど、当時から限界を感じていたのです。

病気を抱える子どもでも、自分の意思で家から出られる場所があって、友達を作ることができて、自分のやりたいことができて、もちろん勉強もできる。でも体調が悪い時は横になることもできて、誰かと会話する場所が欲しかった。だから思い切って自分で作ることにしたのです。

筆者:
加藤さん自身のご経験が具現化されているのですね。
普段のmiraiiハウスでは通所者の皆さんはどんな過ごし方をされているのでしょうか?

加藤氏:
miraiiハウスでは、子どもたちは勉強だけに限らず、友達や職員と話をしたり、ゲームをしたり、趣味を極めたりしています。植物を育ててみてもいいし、絵を描いてもいいし、子ども自身がやりたいと思えることをそれぞれの体調やペースによって行っています。

真夏には水風船で爆弾ごっこをしてびしょ濡れになったり、レジンでアクセサリーを作るはずが着色料で手が真っ赤になったり。小さな子たちとはおもちゃの魚を釣ったり、一緒にお昼寝をしたりもしています。 

【miraiiハウスでの様子】34

筆者:
とても楽しそうですね。miraiiは他の都市にも赴いて支援をされていますが、それについてお話しいただけますか。

加藤氏:
miraiiは愛知県名古屋市を拠点にしていますが、小児慢性特定疾病を患い支援を必要としている子は全国にいます。私やmiraiiだけの力では全国の子どもたちに支援することは難しいですが、各地でさまざまな方のご協力をいただきながら、

  • どうにかまずは世間の人に小児慢性特定疾病児がいること
  • そういった子に今支援が足りていないこと
  • そういった子が将来納税できる大人になるためにも子どものころから成人後まで継続的な支援が必要であること

を知ってもらい、一緒に活動をしていってもらえる仲間を増やしています。
そして、小児慢性特定疾病を持った子やご家族にも、こういった活動があることを知ってもらえるように『出張!子どもの居場所』として飛び回っています。ぜひ私どもの活動に興味がありましたらどんな方でもご連絡いただけると嬉しく思います。

筆者:
加藤さんも子どものころから難病と共に生活を送り、学校へ行きたくても行けない彼・彼女らと同じ想いや、通学の大変さも感じてきたのですね。それでも、勉強がしたかったときに利用したのは、『スタディサプリ(当時:受験サプリ)』とのことですが、当時のことや、miraiiハウスで利用することに至った経緯をお聞かせください。

加藤氏:
私自身、学校に行けない期間に当時の『受験サプリ』の関 正生先生の英文法の講義動画に魅了され、英語が好きになりました。そんな経験が忘れられず、「学校へ行けない子どもたちにも、恩師を持ってほしい」「楽しい授業を受けてほしい」という想いがありました。

子どもたちが家から出られなくても、病院からだったとしても、勉強ができてコミュニケーションを図ることのできる方法を考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのはやはりスタディサプリだったのです。

リクルートへ連絡して我々の想いを共有し、スタディサプリも活用しながら子どもたちへの支援を行っていくことにしたのです。

筆者:
子どもたちを支援するにあたって、スタディサプリのようなICT教材に期待していることや活用できると感じたポイントを教えてください。

加藤氏:
学習支援のツールとして、またコミュニケーションを図るツールの一つとして私たちが大切にしたいこととして、

  • miraiiハウスへ物理的に通うことのできない子どもであっても利用できる
  • リモートでのつながりであっても、きちんと個人のペースで学ぶことができる
  • 病気によって遅れてしまった学年の学習単元までさかのぼって取り組むことが可能
  • 体に負担がかかりにくく、検査や治療の妨げにもなりにくい(例えば講義動画も5〜7分といった短尺で構成されている)
  • miraiiハウスでの対面での支援においても、学習ボランティアと子どもが一緒に向き合いながら利用できる(同時に、学習ボランティアが子どもの疑問を解決しながら進めやすい)

などがあります。いつも通りの会話ができたり、大勢で集まってわいわい盛り上がることのできる子どもたちの居場所としてに加え、スタディサプリを利用することで、勉強においても子どもたちとつながりを強めることができ、miraiiハウスはこれ以上ない環境を作ることができていると感じています。

【一般社団法人miraii理事長 加藤めぐみ氏プロフィール】
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幼少期から発熱と腹痛や頭痛などを定期的に繰り返すも、不定愁訴や精神的なものと言われ30歳を過ぎるまで病名がつかないまま毎日を過ごすが、『家族性地中海熱』という日本で300人ほどしかいない病気であったことが発覚。大学受験期に『スタディサプリ(当時:受験サプリ)』と出会う。不動産会社勤務、公務員勤務を経て、家庭教師・水泳教室を開講。2022年6月に自身の経験を活かしたいという想いから一般社団法人miraiiを設立する。

4. 小児慢性特定疾病をめぐる支援制度と活用上の課題

小児慢性特定疾病に罹患する子どもたちに関連した課題として見過ごすことのできないことは、支援制度設計と制度を活用するうえでの問題です。

多くの自治体では、15歳もしくは18歳まで小児医療費助成制度が存在し小児の医療費は無償です。そのため、小児慢性特定疾病児を抱える保護者の多くが小児慢性特定疾病医療費受給者証の取得を行わない現状が存在します。
(なお、小児慢性特定疾病医療費受給者証を取得した場合には、医療費の助成と入院中の食事代の補助が受けられます。そして、その受給者証を所持することにより、国や自治体が小児慢性特定疾病児の数を把握することができます)。

しかし、多くの自治体で

  • 子どもの医療費が無償であること
  • 障がい者手帳のように施設等での減免などを受けることはできないこと
  • 1年に1回は医師の作成する意見書を取得のうえ、役所へ出向き手続きを行わなくてはならない

などの理由から、小児慢性特定疾病医療費受給者証の取得が非常に少ないのが実態です。その結果、国も自治体も小児慢性特定疾病児の正確な人数の把握ができず、小児慢性特定疾病児を対象とした補助制度はなかなか拡充されないまま、障がい児のような手厚い支援は受けられる状態にはまだありません。(※5)(※6)

※5:小児慢性特定疾病児患児数 推移
※6:小児慢性特定疾病医療費受給証所持者と罹患者の乖離に関する資料
(小児期・移行期を含む包括的対応を要する希少難治性肝胆膵疾患の調査研究 小児慢性特定疾病児童等データの現況値と全国登録推定値)

5. miraiiとスタディサプリの今後

miraiiとスタディサプリの出会いは、加藤氏から「病気で苦しむ子どもたちに、ICTのもつ力を活用することで、より多くの学ぶ機会を届けることができないか」とご相談をいただいたことがきっかけでした。

加藤氏のお話を伺うなかで、小児慢性特定疾病という病気を抱え学校に行きたくとも行くことができない子どもたちの現状に触れ、子どもとして生きていくうえで必要な機会や環境を提供したいという想いに共感し、現在の取組に至ります。

現在は、リクルートも実際の支援現場にも出向き、子どもたちの安心できる居場所づくりの一環として、ICT教材をツールの一つとして活用できるようお手伝いしています。一人でも多くの子どもたちが、病気を抱えながらであっても、前を向き生きていく、子どもらしく毎日を過ごすことのできる社会の実現を願い、取組を続けていく所存です。

【出典】
小児慢性特定疾病情報センター
小児慢性特定疾病児童等自立支援事業 情報ポータル
小児慢性特定疾病児童等の自立支援に資する研究

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