ICT教材を活用した困窮世帯学習支援は、子どもの生活面・非認知能力観点にどう作用したか

担当者:森崎 晃田中 瑞希

0.要旨

本レポートでは、困窮世帯学習支援の現場において、ICT教材を活用した場合の効果実感について、学習面だけでなく、生活面や非認知能力観点からも検証結果を報告します。

  1. NPO法人エンカレッジ(沖縄県、以下エンカレッジ)は2008年から活動を開始し、2009年以降は沖縄県や各市町村より委託を受け、現在では沖縄県内に24ヶ所の「居場所型学習支援教室」の設置と、2ヶ所の「通塾支援事業」を行っています
  2. その学習支援教室では、2020年度からは、ICT教材(「スタディサプリ小学講座・中学講座」、以下スタディサプリ)も用いながら、子どもの学習支援、自立支援のための取組を実践中です
  3. 本レポートでは、そのICT教材活用の狙いと効果実感を、子どもたちや支援者の皆さまの声そして教材の活用データも踏まえながら、学習面と生活面・非認知能力観点の双方から報告します

1.取組の概要

エンカレッジと現在活用中のICT教材(スタディサプリ)との出会いは2018年にさかのぼります。

スタディサプリの事業開発に携わっていたいち担当者が、自身の幼少期の原体験も背景に「学びの機会に恵まれていない子どもたちに存分に学ぶ機会を届けたい」と、人を介しまた人を介し、エンカレッジの坂晴紀・代表理事(以下坂代表)を訪ねたのが始まりでした。

このとき坂代表が若い担当者に授けた、子ども目線そして子どもたちの(学習だけでなく)自立を支援する考えが、のちに各地域で行われるスタディサプリを用いた学習支援(困窮支援、不登校支援、放課後教室ほか)の基盤となります。

2020年からはエンカレッジが沖縄県内に設置している各学習支援教室においても、スタディサプリの活用が始まりました。2021年度には、18教室で、472名の子どもたち、114名の支援者の皆さまがスタディサプリを利用しました。

【2021年度のICT教材利用状況】20220805_193059

2.ICT教材活用の狙いと効果実感

沖縄県の、いや国内の学習支援事業をリードしてきた存在であるエンカレッジは、どんな狙いをもってICT教材も用いながら子どもの支援に当たることを決めたのでしょうか。また、実際に活用をしてみて、効果実感はどうだったのでしょうか。

ここでは、実際に児童生徒の学習支援に当たる「支援員」と呼ばれる方々にインタビューを実施した際に得た、率直な声を紹介することで考察の材料とします。なお、支援員の皆さまは、学びの場である学習支援教室に通ってくる児童生徒に対し、一人ひとりの性格やその日の様子もみながら、(上から教えるのではなく)横から後ろから寄り添い学習の支援に当たっているほか、学習以外のシーンでもコミュニケーションや活動のサポートなどに当たっている方々です。

(1)従前の課題感
〜自分から発言や質問をしない生徒は、本当に理解できているかがわからなかった〜

スタディサプリ導入前、 不便だったことや困っていたことはありますか?

支援員A:
自分から発言や質問をしない生徒は本当に理解できているか、チェックするすべがなかったことです。あとは、特に低学年の教え慣れていない単元などは、事前に上手な教え方(お手本)を見たいな、と思っていました。

支援員B:
オンラインの場合、紙教材ではそもそも今なにをやっているのか、という共有が難しかったです。生徒がどこに取り組んでいるのか把握することや、生徒と講師が同じページにたどり着くまで、それだけで時間がかかってしまっていました。

(2)活用による変化・実感①
〜物理的な業務の負荷軽減だけではなく、理解度や前後比較の可視化が学習支援の大きなサポートに〜

ICT教材を導入して良かった点や効果はありますか?

支援員A:
コロナ禍でオンライン授業をすることが多かったので物理的にプリントを配ることができないなか、課題の配信ができたことは大変重宝しました。 スタディサプリに取り組むことでパソコンを使うなど、ICTに触れる機会が明らかに増えたのもとてもいいことだと感じています。

支援員B:
遠隔(オンライン)でも、今どこに取り組んでいるのかがすぐにわかる点は便利です。画面上ですぐに書き込めるのも良いですね。 また、何度でも同じところを配信することもできるので、以前できなかったところを一度解説して、もう一度配信することで、前後の比較ができるようになりますし、理解度がパーセンテージで見えるのが良いです。

業務の負荷軽減にはつながりましたか? 

支援員A:
やはりプリント印刷などの用意の手間が省けたのが大きいです。また、紙だと配布してもなくしてしまうことがよくあったのですが、それがなくなりとても助かっています。

支援員B:
単元ごとに細かくまとめられているので、今学校でどこをやっているかを確認するだけで、該当する宿題が簡単に出せるのは助かっています。以前に比べて、宿題がとても簡単に出せるようになりましたね。
基礎と応用が分かれているので、簡単に生徒の理解度に合わせて配信できるのも良いです!あとは、やはり生徒ごとの個別な苦手箇所を把握するのが簡単になったことです。

 子どもたちの学力や学習意欲に変化はありましたか? 

支援員B:
生徒自身が自分の理解度をパーセンテージで理解し、苦手なところに取り組むようになったので、できることが増えていると感じます。

(3)活用による変化・実感②
〜子どもたちが自分の苦手箇所を認識・言語化し、重点的に取り組めるように〜

ICT教材の導入後、子どもの変化はありますか?

支援員A:
どこがわからないかがわからない状態だった子どもが、自分が苦手な範囲がどこか認識し言えるようになりました。スタディサプリは単元が体系的に細かく分けられているので、子どもたちから「ここがわからない!」と言語化して伝えてくるようになったのはとても大きな変化です。子どもたち自身が認識した自分の苦手なところを重点的に勉強するようになったので、結果として成績も上がっています。

支援員B:
習慣づけ、という面では、支援の合間にスタディサプリの配信をして「1時間の間に3つの講義を視聴してテストを受けましょう」という指示を出しているのですが、確実に3講義を視聴してくれるようになりました。この期間でこの量はやりましょう、というのができるようになったと思います。おそらく、先生が遠隔でもfor Teachers(支援者用管理画面)でチェックできる(見られているという意識)し、できていない場合は先生からも声かけするので、そこが効果的なのかもしれないですね。

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3.生活面・非認知能力観点での影響

今回、Ed-tech総研では、ICT教材の活用、そしてその活用の基盤となる、支援員の皆さまによる子どもへの寄り添いがどんな影響・作用を生むか、(学習面に限らず)生活面・非認知能力観点ではどうか、検証を試みました。

具体的な検証手法としては、下記を実施したものです。

(1)検証の枠組み

学力(認知能力)と対照的・補完的に語られる機会も増えてきた「非認知能力」ですが、「生き抜く力」「生活力」として語られることも多く、その高低が学歴や雇用、収入に影響する、ひいては人生を豊かにするカギになりうる、と論ぜられるシーンも少なくありません。

今回、各種実践例や研究も踏まえながら、「非認知能力」を下記表の通り、8つの力に分類したうえで、各分類についてそれぞれ対応する質問を5ないし6項目ずつ設定することで、全36問のアンケートを作成しました。

なお、8つの力や36問のアンケートを作成するに当たっては、後述の各先行研究・事例(*)を参考にしています。

そのアンケートを、2021年10月(第1回)と2022年3月(第2回)のあわせて2度実施し、その前後比較およびICT教材に蓄積された学習履歴データとも突合せをしながら、どのような傾向や関係性がみられるのか、検証を行ったものです。

【項目一覧】20220805_195856

【アンケート項目一覧】
以下の各項目に対し、「あてはまる」「ややあてはまる」「あまりあてはまらない」「あてはまらない」の4選択肢から回答をする形式を採用しています。
集計は便宜上、順に4点、3点、2点、1点と配点を行い、合計点等での比較を行っています。20220805_203448

(2)検証結果

検証対象は10名に留まり(ICT教材での学習実績があり、かつ2回のアンケートに回答した児童生徒)、明確な傾向や相関関係を示すには検証数がまだ足りないのが実態です。理論化・体系化は2022年度以降に譲りますが、そのなかでも読み取ることのできた傾向の兆しを紹介します。

【観点1】非認知能力スコアの前後比較

まず、第1回と第2回の結果を比較したとき、スコアが上昇した児童生徒が5名、スコアが低下した児童生徒が5名でした。

上昇した5名では、全8分類(①〜⑧)について分類内平均スコアが上昇したこと、また低下した5名にあっても、8 分類のうち社会的能力(⑥)については上昇が確認できました。この社会的能力(⑥)についてはスコアが上昇した5名にあっても伸び幅がもっとも大きかった分類で、10名全員を通しても低下した児童生徒のいない結果となりました。

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検証対象人数が少なく、また児童生徒によって通室頻度や取組状況も異なるため、詳細な分析は現状では実施しにくいものの、大きな全体傾向として、学習支援教室での支援はやはり社会的能力(⑥)の醸成につながっている姿が浮かび上がります。これは、ただ教材を渡すだけではない、そして孤独に自学自習を行うだけでもない、コミュニケーションと寄り添いを伴う学習支援教室の効能を示すものといえそうです。

【観点2】ICT教材を用いた学習の取組状況と、非認知能力スコアの変化との関係性

次に、各児童生徒、特にスコアの上昇したケースにおいて、どのような学習行動が、非認知能力を測る指標のうちどの項目と関係性が強いのか分析すべく、以下考察を実施しました。

着目したのは、ICT教材のうち、ドリルへの取組方、具体的には、どれだけ多く問題に取り組んだか(「確認テスト取組数」)、どれだけ正答したか(「初回正答率」)、やりなおし・間違い直しの状況(「リトライ率」)、正答できるまで取り組んだか(「リトライ&コンプリート率」)の各項目と、非認知能力各分類のスコア前後比較との関係性です。

具体的には、検証対象となった児童生徒10名のうち、スコアが上昇した5名についてその上昇幅順に並べたうえで、それぞれの学習行動(「ドリルへの取組方」)を比較しています。なお、児童生徒Eについては問題取組単元数が8と少なすぎること、かつ初回正答率が94%と高すぎその後のドリルへの「取組」行動フェーズに移行していないことを踏まえ、比較対象から外して考えることとします。
20220805_195712Ed-tech総研で事前に立てた予想は、下記のようなものでした。

 (1)生活面・非認知能力観点のスコア増減と、当初の子どもの学力(例えば初回正答率)とのあいだに、相関関係はおそらく存在しないであろう

 (2)それよりも、不正答後のチャレンジ行動(リトライ率やリトライ&コンプリート率)の積み重ねこそが生活面・非認知能力観点のスコア上昇、なかでもレジリエンスの獲得(③持続力・忍耐力・GRIT、④自制心・我慢する力など)につながるのではないか

実際に上記の表をみると、どうでしょう。

(1)については予想通り、特段相関関係がないように読み解かれます。一方で(2)はどうか。リトライ率がA:66% → D:65% → B:50% → C:51%とおおよそ段を順に成しているようにも見えます。しかし有意な差とまでは言われず、やはり今後のさらなる検証が必要そうです。

「問題に粘り強く取組むことで、学習面だけに閉じず、生活面においても持続力や自制心といった力強さが加わっていく」、これは、支援に当たるいち担当者の視点で見たときにも実感と一致するものであり、今後も継続して実践と検証をしていく予定です。

4.今後の展望

上記で紹介した検証結果は、検証対象とした児童生徒の人数もまだまだ少ないもので、ICT教材の活用と、生活面・非認知能力観点での影響や作用との相関関係を示すことができた段階にあるものではありません。2022年度以降も、継続して支援の実践と研究に当たってまいります。

参考資料

8つの力や36問のアンケートを作成するに当たって参考にした各先行研究・事例

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