【今治市立桜井中学校】 生徒の「楽しい」「わかる」を引き出す授業で、誰一人取り残さない教育実践を目指す

授業実践(中学校)

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生徒の多様化が進むなか、肩肘張らないICT利活用によって、誰一人取り残さない授業実践を目指す今治市立桜井中学校(愛媛県)。2年生地理の授業レポートとともに、同校のICT利活用の推進の仕方や、先生方の思いをお伝えします。

煎餅、鍋、スプーン…実物から出発する問いを、多彩な情報を駆使して探っていく

中学2年生地理の授業の冒頭、蟹江浩之先生は持参した袋から煎餅、鍋、レトルトご飯、スプーンを次々と取り出していく。生徒の視線が先生の手元に集中する。「これらには共通点があります。何だかわかる?」。蟹江先生が質問を投げると、生徒は一様に考え込む表情を見せた。

Imabari1鍋やスプーンを手に生徒に問いかける蟹江先生

この日のテーマは「北陸地方の産業の特徴を理解する」。蟹江先生が持ち込んだ新潟県の特産品を入口として、なぜ北陸地方でこれらの産業が盛んになったかについて、水田の面積や気候の特徴などから考えていく。教科書や地図帳のほかWebサイトやGoogle Earthなどさまざまな方法で情報を集め、時には周囲の生徒との意見交換を行う。

例えば、教科書にある北陸の雨温図を見たとき生徒から「冬の降水量が多い」という意見が上がると、「それはどういう状況なのか調べてみよう」と蟹江先生が問いかける。生徒がそれぞれのタブレットで「新潟・12月・画像」で検索すると、画面が雪景色の画像ばかりで埋め尽くされた。「うわあ!」「めっちゃ雪積もっとる!」と教室が沸く。温暖な地域で暮らす生徒たちにとっては新鮮な景色から、雨温図が示す冬の降水量の多さの意味に思いをめぐらせた。Imabari23_2「実は、さっき確認した米づくりと冬の気候が、この鍋やスプーンの産業につながります。どうつながるのか、わかりますか? さあ、みんなで頭を使って考えてみましょう」(蟹江先生)

教室内で自由に生徒同士で話し合ったあと、生徒から出る意見をつなぎ合わせていく。雪解け水を活用した水力発電によってアルミニウム工業が発展したことを、アルミニウムの精錬過程を紹介する理科の学習用動画を視聴し、映像として印象づけた。最後はその日の学習内容を蟹江先生が黒板に整理して振り返り、「北陸で地場産業が発展した理由」について生徒一人ひとりがノートやタブレットに自分の言葉でまとめ、それをクラス全体に共有した。Imabari45_3

学力の底上げを目指し、ICTを利活用した授業改善を推進

愛媛県今治市の東端に位置する桜井中学校。「豊かな自然や歴史的な文化遺産が多いという教育環境に恵まれ、明るく素直な生徒が多い」と木村晴彦校長は胸を張る。一方、生徒の多様化が進むなかで、学習面には課題もあるという。

「すべての生徒が学びに向かえる授業づくりは大きな課題です。教員が一方的にしゃべるだけの授業では、興味をもてなかったり途中で飽きたりして置き去りになる生徒もいるでしょう。苦手意識のある生徒も『楽しい』『わかる』と実感できる授業によって、学力の底上げを図ろうと、学校全体で授業改善に取り組んでいます」(木村校長)

Imabari6t_7今治市立桜井中学校 校長 木村晴彦先生

この日授業を行った蟹江先生は、若手のころから教員が一方的にしゃべる授業に疑問をもち、「生徒が楽しいと思える授業にしたい」と、生徒の反応を見ながら授業方法を変えてきた。

「生徒はきっと、教え込まれるより、自分で考えたり発見したりできたほうが楽しいはず。さらに、それを周囲の友達と共有することで、自分と違う意見に触れ、教科書にない言葉が出てくる楽しさも知ってほしいのです。また、文字情報だけでは理解が難しい場合もあります。本日の授業の煎餅や鍋のように、実物に触れて質感も味わうなど五感に訴える、僕自身も面白いと思えるような授業づくりを心掛けています」(蟹江先生)

ICT環境の整備は、そうした工夫を大きく進めた。授業で使う教材の選択肢が増え、「授業方法はガラっと変わった」と蟹江先生は言う。

例えばこの日の授業では、雨温図を見るだけでなく、Web検索して画面一杯に並ぶ雪景色の画像から、北陸の冬の生活に対する生徒の想像をかき立てた。また、アルミニウムの精錬過程の動画によって、雪の多い気候とアルミニウム工業の発展のつながりについて視覚的な理解に導いた。いずれも蟹江先生ならではの教科書の枠組みに縛られない学びだ。

Imabari7t_2蟹江浩之先生(社会科/教員歴23年目)

ほかにもICT環境が授業改善のきっかけになっている教員は多い。英語科の大澤尚子先生は、教科書に登場する海外の場所やシーンについて、関連する画像や動画を探して授業で取り上げるようになった。例えば、「geyser」(間欠泉)という単語が登場したときは、イエローストーン国立公園の間欠泉が噴き出す動画をスクリーンに投影して言葉にリアリティをもたせる。また、シーフードチャウダーのレシピを扱う単元では、英語の料理動画を見ながら文化・環境の違いも含めた理解を促す。

「特に英語の学習では、教科書の中だけの情報では実感を伴った理解がしにくい面があります。海外の情報に簡単にアクセスできるというICTの良さを生かし、本物に触れて、手段としての英語を身につけてほしいと考えています」(大澤先生)

「できることからやっていこう」と、実践例の共有に注力

これまで今治市はGIGAスクール構想の下、タブレットの1人1台体制や電子黒板などハード面と、デジタル教科書やスタディサプリなどソフト面、両面の拡充を図ってきた。そうした動きに教員は当初、戸惑いもあったという。

「初めは『すべての授業にタブレットを使わなければならない』という意識が強く、なかなか思うようにいきませんでした。しかし『できるところに使えばいい』と考えるようになり、今は気負わず取り組んでいます」(蟹江先生)

木村校長は決してICTの使用を強いることはせず、教員が自ら取り組もうとする流れを重視している。

「タブレットを使うという“手段”が授業の“目的”になっては本末転倒です。先生方には、最終的な授業のねらいを達成するため、従来の授業デザインも大切にしつつ、そこにICTをどう利活用していくかを考えてみようと呼び掛けています」(木村校長)

教員自らのICT利活用を後押しするため、木村校長が力を入れているのは実践事例の共有だ。

「各教員が一から新しい授業を作るのは大変です。ほかの先生の良い実践をどんどん真似てほしいと思います。私も積極的に授業見学して面白い手法を見つけたらほかの先生方と情報共有し、取り入れるかどうかは本人に任せています」(木村校長)

校内で良い実践が広がる条件に、木村校長は教員の仲の良さを挙げる。同校は学校経営方針のなかで教育活動の基盤として「教職員同士の和」を位置づけており、校務分掌や役割分担ではベテランと若手が組むことによってお互いの経験や知恵を交換しやすい体制づくりを行っている。そのなかでICT利活用についても、若手が仕入れた新しい手法やベテランが校外の研修会で学んだことを基に会話する場面は珍しくないという。

「英語科ではいち早くデジタル教科書を導入していますが、少人数授業で同じクラスを担当している先生とは、お互いの得意を生かしてアイデアを出し合ってより良い活用方法を模索しています。うまくいかないこともありますが、失敗も共有し、ほかの先生やICT指導員にも相談しながら取り組んでいます」(大澤先生)

Imabari8t_2大澤尚子先生(英語科/教員歴17年目)

CBTシステム構築や授業事例集発行など、県や市の支援が大きな追い風に

同校のICT利活用を支える県や市の取組にも触れておきたい。

愛媛県教育委員会は現在、第4期愛媛県学力向上推進3か年計画の中で「伝統ある愛媛教育と適切なICT活用のベストミックス」を掲げて授業力強化を推進中だ。各校で行う定期テストや日々の小テストやドリルなどをCBTで実施し採点・集計・分析もできる独自CBTシステム「EILS」を立ち上げ、2022年度から県内の全公立学校で本格運用を開始するなど、先進的な取組を行っている。授業デザインのヒントとして、県内の各学校種で実践された140以上のICT活用授業実践をまとめた事例集を発行しているほか、ICT教育に関する情報を集約したWebサイトでも随時最新情報を発信している。

Imabari910_3『令和3年度ICT活用実践事例集』の一部。愛媛県教育委員会事務局指導部高校教育課のWebサイトよりPDFファイルにアクセス可能(https://ehime-c.esnet.ed.jp/koukou/ict/ict.html

また、今治市教育委員会が愛媛大学の協力の下、上島町と合同で取り組んでいる教科研究会でも、ICT利活用は大きなテーマとなっており、各校が実践例に学ぶ貴重な機会となっている。

教員のICT活用指導力に関する全国調査を見ると、愛媛県は前年度から数値を大きく伸ばし、すべての指標において愛媛県が全国トップとなった(図)。こうしたデータにも表れている県全体の機運の高まりが、同校のICT利活用の進展に追い風となっているようだ。

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出典:文部科学省「令和3年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)(令和4年3月1日現在)

「わかる授業」の生徒評価が9割超。家庭学習や別室登校も充実化

ICTによって授業が変化したことで、「生徒の活動量が増え、教え込むというより生徒自ら広げる学習につながっているのではないか」と蟹江先生。「ICT利活用とともに、どの生徒も取り残さない授業は着実に増えている」と、木村校長も手応えを語る。2023年度1学期の学校評価アンケートでは「基礎・基本を大切にしたわかる授業」に対する生徒の肯定的な回答は9割を超え、現在の授業に対する満足度の高さがうかがえる。

今では授業以外のさまざまな場面でICTツールの利活用が広がっている。昨年度、基礎学力定着のためにスタディサプリを導入。朝の基礎学習の時間での利用から始め、現在は宿題配信機能を使って家庭学習や、別室登校の生徒の自習にも活用するようになった。「生徒自らが学習習慣を身につけるのに役立つ」「苦手なところは学年を遡って授業動画を視聴するなど自分のペースで学習できる」「書くことが苦手な生徒でもどんどん学習を進められる」と、教員からは好評の声があがっている。

また、登校が困難な状況にある生徒には、定期的にGoogleMeetをつないで学校での出来事を伝えたり『あなたは今日どんなことしていたの?』と聞いたりするなどし、生徒と学校とのつながりを保っている。

「タブレット端末は新しい文房具のようなもの。最初はおもちゃで遊ぶような感覚でもいいので、生徒が学びに向かう後押しになれば、誰一人取り残さない教育の実現に一歩ずつ近づいていくのではないでしょうか」(木村校長)Imabari1112_2

今後も現場主導で進展が期待される授業改善

今後挑戦したい授業について聞くと、先生方は熱い思いやアイデアを語ってくれた。

社会科の蟹江先生は、「知識だけで頭でっかちになるのではなく、実体験に基づいてわかるともっと楽しいのでは。新しいICTツールも取り入れながら、体験して感じることから学びを深める授業を模索していきたい」と、さらに五感を刺激するための工夫を重ねていく考えだ。

また、英語科の大澤先生は、「例えば日本語を学習している海外の子どもたちとオンラインでつなげ、お互いの言語を教え合いながら交流する機会を設定してみたい。また、海外の中学校とつながり、お互いの学校や住んでいる場所を紹介し合うなど、双方向での活動も行うことができるのではないか」と、教員個人の取組ではなく市や県を巻き込んだ持続可能な仕組みにしていきたいという意向を語る。

木村校長は、こうした教員の挑戦意欲を今後も力強く後押ししていく方針だ。

「学力の底上げという成果が出るまでに3年はかかるでしょう。しかしながら先生たちは非常にがんばっており、この1年半の間にも着実に授業改善が進んでいます。これはきっと結果につながっていくと信じています」(木村校長)


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今治市立 桜井中学校
1947年創立/生徒数222人(男子115人、女107人)/歴史的な文化遺産や自然の景勝地が多い今治市東部に位置。校訓「立志・敬愛・奉仕」の下、教育目標に「たくましく生きる生徒の育成」を掲げて実現を目指している。

発行:2023年12月 ※先生・生徒の所属・学年などは取材時のもの
取材・文/藤崎雅子

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