【倉敷市立下津井中学校】授業や宿題のあり方を問い直し、生徒が成長を実感できる学校づくりへ

授業実践(中学校)

Imgl3023_2

岡山県や倉敷市の教育委員会で、学力向上、授業改善を歴任してきた赤﨑哲也校長が指揮をとる下津井中学校。県や市全体の授業改革を推進してきた立場と、小規模校の校長としての双方から、ICT利活用の可能性について伺いました。

Imgl3190_2学校から瀬戸大橋が見える高台にある下津井中学校。

小規模校ならではの学力のバラつきには、「スタディサプリ」の講義動画が有効

下津井中学校は瀬戸大橋を臨む風光明媚な高台に位置し、江戸時代に港町、宿場町として栄えた町並みが保存地区として残される歴史ある町にある。学校がある児島地区は国産ジーンズ発祥の地であり、現在も制服の製造を中心とする繊維産業が盛んだ。しかし、少子高齢化により、倉敷市内でも真備地区に次いで人口減少率が高い地域となっている。現在の同校の全生徒数は53名で各学年1クラス編成だ。
学校課題も生徒数の少なさに起因する学力のバラつきにあると、2022年度から校長を務める赤﨑哲也先生は語る。
「生徒数の母数が多ければ、生徒の学力は正規分布しますが、母数が少ないと学年によっては二極化したり極端に偏ったりします」(赤﨑校長)

Imgl3083_2_2下津井中学校・赤﨑哲也校長。津山市立津山西中学校、岡山大学附属中学校を経て、2013年より岡山県教育委員会で学力向上を担当し『岡山型 学習指導のスタンダード』を策定。2015年より倉敷市立味野中学校教頭時代に児島地域の授業改善に取り組む。その後、倉敷市教育委員会指導課を経て2022年より現職。

学力が正規分布する場合は、教員が演習のプリントなどを平均に合わせて提供することが多い。しかしバラつきが多い場合は実際に平均の学力の生徒は少なく、プリントの内容が上位の生徒には簡単すぎ、低位の生徒には難しすぎて、どの生徒にも合わないことになる。赤﨑校長が前任の倉敷市教育委員会で管理職に就いていたとき、デジタルのドリル教材を市全体に導入していたが、中学校での活用率がなかなか上がらないというジレンマが生じた。
「ドリルを一生懸命活用しようとすると、生徒たち個別の質問がバラバラに先生のところに来ます。先生たちは喜んでその質問に対応してくれますが、負担も当然増え、同じプリントを配付する方が効率は良くなるのです。個別最適な学びを教員の負担を増やさずに、ICTを使って進める方法を模索していました」(赤﨑校長)
そのときに紹介されたのが「スタディサプリ」だった。単元ごとに講義動画が見られるスタディサプリなら、生徒たちが先生に質問せずともそれぞれ自分のつまずいた単元を見られる。学力にバラつきのある学校の課題を埋められると考え、2022年から導入した。

定期テストの振り返りレポート作成に、スタディサプリを利用

取材当日は、2学期の中間考査のテスト直しにスタディサプリを利用した、数学科の友田修平先生の授業を見学した。
友田先生の担当クラスでは考査ごとに、生徒に答案を返却した後に「テスト直しレポート」を作成している。間違えた問題を再度解いてみて、「なぜ間違えたのか、何が理解できなかったのか」を書き出したうえで、今回のテストの振り返りと次回のテストに向けてどうしていくかをまとめるレポートだ。スタディサプリの動画を活用し、個々の生徒が自分の間違えた問題と関連する単元の動画を視聴しながら、レポートを作成する。生徒が関連動画を探しやすいように、テストの各問題と動画の対応表を配付している。
生徒たちはそれぞれ動画を見ながらレポートをまとめ、動画を見てもわからない場合は、先生や周りの生徒に声をかけて教えてもらっていた。レポートを早く作り終えた生徒は、スタディサプリで次の単元の動画を見て予習に当てる。

Imgl3020_2「スタサプを有効に活用してレポートを作成する」と、今日の授業のめあてが示されている。

Imgl3000_2各生徒が自分の間違えた問題の関連動画を見ながら、なぜ間違えたのかを考えてレポートにまとめていく。

Imgl3053_4教室のあちこちで生徒同士が声をかけ合って教え合う姿も見られた。

「テスト直しにスタディサプリを利用してみたのは今日が初めてでした。普段は生徒同士で教え合ったり、わからなければ私に質問したりして進めていますが、スタディサプリも使うことで、学ぶ手段を増やし自分に合った理解の仕方を見つけてくれればよいと思いました」(友田先生)
普段の授業では、答えが一つではない図形の証明問題などで授業支援ソフトを利用して、クラス全員の考え方を共有することなどにICTを活用している。
「ICTの良さは生徒全員の考えを瞬時に共有できることと、データとして残っていくことですね。共有することで、手を挙げて発表することが得意でない生徒の考えも知ることができます。また、たとえ間違っていても自分だけではないという安心感にもつながり、間違っていても発表してもいいんだという自信にもなります。データが残ることは教員にとっても生徒にとっても、成長の過程が見られるメリットがあります」(友田先生)

Imgl3151_2数学科の友田修平先生。(教員歴12年目)昨年度まで校内のICT推進担当として、教員へのICT機器や教材の指導役を担っていた。
ICTの利活用について「とにかくやってみることが大事」と語る。

ただ、小規模校ならではのICTのメリットの効果が出にくい点も友田先生は感じている。生徒の意見を共有するのも、少人数の場合はICTを使うより、リアルで発表し合った方が早い場合もある。また、友田先生の授業では生徒同士の教え合いや協働して学ぶ風土が根づいている。授業中にわからなければ「わかりません」と声を出してもいい雰囲気ができあがっているので、この日のテスト直しでも、スタディサプリを使うよりもいつものように生徒同士で教え合った方が早かったかもしれないと感じたという。
「スタディサプリの良いところは、自分の速度にあった単元を学べること。予習に使ったり、復習で前に戻って学ぶことができるので、家庭学習により有効だと考えています」(友田先生)
「友田先生にはスタディサプリをはじめICTを活用した家庭学習の推進も担ってもらっています。新たな可能性を見出しチャレンジしていってもらいたいと思っています」(赤﨑校長)
実は家庭学習に、下津井中学校のみならず、かつて倉敷市は課題を抱えていたと赤﨑校長は語る。
「倉敷市は家庭学習、つまり宿題の多さがいわゆる“中1ギャップ”の原因の一つになっていたのです」(赤﨑校長)

宿題を成績に反映させる評価方法を転換。生徒たちが成長を実感できる自主学習へ

担任制の小学校では、全教科の宿題の量を担任がコントロールできる。しかし教科で担当教員が異なる中学校では、教科ごとに宿題の量や取り組む期間、提出日もバラバラで、それを生徒自身がマネジメントしなければならない。そのため、小学校までは宿題提出率はほぼ100%だったのが、中学1年生の1学期の終わりには、7割程度に下がってしまっていた。
赤﨑校長は教頭職として児島地域の授業改善担当をしていた当時、この課題を解決するために「宿題一覧ボード」の導入を始めた。各教室に、その週に出されている各教科の宿題と提出日を記入し可視化することで、生徒自身がやるべきことを自覚しやすい。それだけでなく、クラス担任をはじめとする各教科担任にも、生徒が抱える宿題の全体量を把握してもらい、多すぎる場合には量を減らすなどコントロールしてもらえるようになった。
「生徒たちは宿題をこなすことで精一杯で疲弊し、宿題をやっても成績になかなかつながらない負のスパイラルになっていたのです。生徒に真に学ぶ力をつけるためには、思い切って宿題を減らすことも必要だったのです」(赤﨑校長)

Imgl3031_2下津井中学校1年生の「宿題一覧ボード」。今出されている全教科の宿題が一目でわかる。

ではなぜ、倉敷市では宿題がそれほど多かったのか。倉敷市のみならず岡山県では、評価の3観点の「主体的に学習に取り組む態度」に宿題の提出状況を反映していたからだった。しかし、教員によって授業スタイルが異なるため、宿題の成績への反映度にもバラつきがあった。岡山県教育委員会で学力向上担当をしていた赤﨑校長は、他県の先進校に視察に行ったときに、宿題を成績に反映せず、その日に学校で学んだことから家庭での自主学習を生徒自身がコントロールして取り組むなど、岡山県の常識とは異なる事例を多々見てきた。それらの経験と、キャリアが異なる教員でも授業スタイルをある程度揃えられる指標として策定していた『岡山型学習指導のスタンダード』を基に、さまざまな学校の校内研修で県外の好事例を紹介するなど説明をして回ったのだ。
 『岡山型学習指導のスタンダード』では、授業全体の組み立てをする際に大事な3つの視点(児童生徒の学力・学習状況の把握と課題の明確化、課題改善を図る徹底指導の連続、学習基盤の確立)とともに、1単位時間でやるべきことを『授業5(ファイブ)』として設定している。①めあて(目標)を示す、②自分で考え表現する時間を確保する、③目標の達成度を確認する、④学習内容をまとめる、⑤授業の振り返りをする、の5項目だ(※現在は増補版として改定されている)。
「ポイントは、先生が一方的に話す授業ではなく、生徒が自分で思考したり、仲間と協働したり、表現する時間を取りましょうということと、生徒が自分の学びの進み方を自ら確認することを重視したことです」(赤﨑校長)Photo_2県の教育委員会時代に赤﨑校長が2014年に策定した『岡山型 学習指導のスタンダード』(左・中)と、2019年に改訂された増補版(右)。

『岡山型学習指導のスタンダード』導入から徐々に、宿題の位置づけが、提出率によって成績に関わるものから、自分の成長を実感するための自主学習へと変わっていった。下津井中学校では現在、自主学習で生徒自身が授業のまとめを作成したノートを持ち込み可としたテストの実施も始まっている。
「知識とともに思考力が重要視されている時代です。思考力を測るテストで、考えはあるのに知識が不足していることで書けないのであれば、知識の部分は持ち込んでもよいと考え、先生方にそうしたテスト方法もお願いしています」(赤﨑校長)
「私の数学のテストでも前回のテスト直しのレポートは持ち込み可にする場合もあります。国語科や社会科の先生たちも各教科の特性に応じたやり方で持ち込みテストを始めています」(友田先生)

ICTで授業の風景や教員の役割が変わっても、学校教育の存在意義は変わらない

『岡山型学習指導のスタンダード』の導入によって授業改善が進むなかで始まったGIGAスクール構想。現在はICT利活用による授業の好事例を倉敷市全体で集めている段階だと赤﨑校長は語る。例えば、音楽や英語の教員たちから、パフォーマンステストに有効という事例が挙がっている。教室でみんなの前で行う発表では緊張してうまくいかない生徒でも、クラスメイト同士でなら堂々とパフォーマンスできる場合がある。それこそが本来の技量であると考え、生徒がそれぞれ動画撮影したものを提出する取組が広がっている。
下津井中学校のような小規模校としては、学校の外の人々とのつながりをつくりやすいことにICTの可能性を見出している。人口減少が続く地域で育つ生徒たちは、狭い人間関係の中で、リーダー役もいつも同じ生徒が担うような環境にいる。オンラインで距離や時間の関係なく外部とつながることができるICTなら、価値観が固定化してしまいがちな状況から、新しい価値観に触れる機会を提供してくれることを期待している。
そして、授業や学校のあり方の変化とともに、教員の役割も変わっていくと考えている。
「これからの教員に求められているのは、単元の内容よりも学び方を教えることです。私がイメージしているのはIB(国際バカロレア)校の先生たち。一人ひとりの学びをどう個別にプログラムすればその子の力が伸びるかを考える、ファシリテーターやプログラマーとして存在しています。知識・技能を教えるのはスタディサプリでいいのかもしれません。また、不登校生徒の中には、教室では授業を受けられなくてもオンラインでなら参加できる生徒もいます。教員側でも、生徒の前に立つのは苦手だけれど、ファシリテーターやプログラマーとしての能力はあって、オンラインでなら授業ができるという先生も出てくるかもしれません。学校の目標は、生徒が自分で力がついたと実感できる教育を提供すること。教員の役割が変わりICTの利活用が進んでも、それは変わらないと思います」(赤﨑校長)

Imgl3155_2積極的に新しい試みに取り組む友田先生に期待しているという赤﨑校長。


【学校データ】
倉敷市立下津井中学校(岡山県・市立)
1947年創立/生徒数53名/倉敷市南西部の児島地域、瀬戸内海を臨む場所に位置し、全校生徒が53名、1学年1クラスの小規模校。

Imgl3171

発行:2023年12月 ※先生の所属・学年などは取材時のもの
取材・文/長島佳子 写真/児玉有希子

の記事 記事一覧へ の記事