進学校の取り組みから読み解く対面指導とICT教材の柔軟な併用法 〜状況に合わせどう変化させるか&日常的な学習として溶け込ませるためには〜

担当者:松村 悠太郎

高等学校でICT教材を活用しようとするとき、教職員のあいだでよく議論されるいくつかの疑問と懸念が存在します。それは例えば「ICT教材を従来の学習法(紙ベースや対面指導)とどう共存・併用していけばよいのか分からない」「教員たちは何を共通のゴールと置いてICT教材を取り扱えばよいのか」「そもそも生徒の学力が一定程度以上ある中で新たにICT教材を用いる意味がどこにあるのか」等です。これらの問いを考えていくうえでヒントとすべく、本レポートでは千葉県立柏高等学校の2015年度から現在に至るストーリーを紹介します。

1.取組の背景と課題

 千葉県立柏高等学校は昭和45年4月の開校から55年を数える全日制高等学校で、各学年に普通科7クラスと理数科1クラス、全校あわせて24学級・960名の生徒が在籍しています。これまで3期にわたり文部科学省から「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の指定を受けた実績も有し、理数科においてのみならず普通科においても理数教育の盛んな学校です。また、2015年度からは千葉県教育委員会より「進学指導重点校」に指定され、理系コースに限らず文系コースにおいても県内各地より教科指導、進学指導に長けた教員が集まる環境を構築し、着実に生徒の希望進路をサポートし実現してきた経緯があります。

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 そうした実績が上がり続ける中で、ICT教材を新たに導入し利用する必要などあるのだろうか……2015年度当時、校内では、世にはびこり始めた新種のコンテンツであったICT教材たちに懐疑的な声も少なくありませんでした。進学校においてICT教材の果たせる役割などあるのか、あるいはICT教材が得意とする領域は個別最適学習だというがそれをどう全体のカリキュラムの中に溶け込ませていくかも課題なのではないか、と。

 しかし教職員が生徒の目線に立って考えたとき、より希望進路の実現確度を高めるためにも「生徒の自学自習を教員がサポートするにあたって新たな仕組みが必要」「(同校では部活動の加入率が高く、かつ最寄り駅から距離があることもあってか塾や予備校に通いづらい現状もあり)通学時間やスキマ時間を使った学力向上の仕掛けが必要」という、目指す方向性が見えてきたのです。そこで事業者とも協議を重ねつつ、最終的には「講義動画を備えインプットから自学自習に活用できる」という観点が決め手となり、2015年度より学校としてICT教材「スタディサプリ高校講座」の導入に踏み切りました。

 注目したいのは同校がICT教材を当初より、(漠然としたオールマイティーなツールではなく)全体のカリキュラムの中で、このシーンや役割であれば最適なツールであるとあらかじめ位置づけ、いわばビジョンをもって運用を開始したのだということです。つまり、ICT教材の導入ありきでなく、目的やありたい姿から逆算したときに、ICTをひとつの手段として採用したのです。

2.具体的な取組内容とその結果

 2015年度に「スタディサプリ高校講座」の利用を開始以来、同校では生徒をとりまく環境の変化を踏まえ、その活用方法や求める役割を柔軟に変化させてきました。以下期間ごとに、

  1. 個別課題活用期

  2. コロナ一斉休校期

  3. 新学習指導要領対応期

の3期に分けて振り返ります。

(1)個別課題活用期(2016年度~2019年度)

 前述の通り、「スタディサプリ高校講座」の導入を決めた当初の狙いは「生徒の自学自習をサポートする」「通学時間・スキマ時間を活用する」ことにあり、特に問題演習に取り組むのみならず、講義動画を視聴することで単元の再理解や定着を図ることにありました。

 しかし、教材を手にしたからといって、ひとりでに生徒間で主体的な学びが湧き起こるほど現実は容易ではありません。新しい教材が生徒にとって日常的な学習の一部となるには仕掛けが必要です。

そこで、「各生徒の苦手や学び漏れを可視化し最適な取り組み単元を提示すること」そして「それを教員たちが把握し授業設計や課題出しに反映していくこと」を実施しました。まず、活用したのが事業者の提供するツールのひとつである「到達度テスト※」でした。
※到達度テスト:既習範囲を対象とした基礎的かつ網羅的なテスト。生徒一人ひとりのつまずきを把握することができる(テスト結果をもとにした学び直すべき単元が優先順位付けのうえ示される)。また、そのつまずきに連動した課題を個別に配信することができ、効率的な学習につなげうるもの。 

 到達度テストの受験により可視化される生徒一人ひとりのつまずきや学び直すべき単元を起点に、生徒による自学自習や教員によるサポートを進めて行くこととし、実際に教科の枠を超えて教員たちが集まり「振り返り会」を開き、授業内で補うべき点や生徒に渡す課題の方針を協議するといった取り組みも開始しました。ICT教材の導入ありきでなく、目的やありたい姿から逆算したときに、手段のひとつとして活用するのだという思想はこの当時から実践されていたのです。

 これらの取り組みは、生徒の前向きな取り組み姿勢を引き出すことにつながっていき、実際に2017年度から2019年度にかけての経年で比較してみても、

「ICT教材を利用し苦手単元に取り組む生徒が増加」→「生徒間で口コミも含めICT教材の活用風土が醸成され苦手単元に限らず利用が増加」→「基礎学力が向上(4月と9月に実施する到達度テストでの得点変化)」

という変化が現れています。

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(2)コロナ一斉休校期(2020年度~2021年度)

 校内における「スタディサプリ高校講座」の位置づけや活用シーンを定める中で最初の大きな転換点となったのは、やはり新型コロナウイルス感染症の流行による一斉休校でした。全国の学校現場が混乱に陥る中で、ICT教材も活用することで、どうにか生徒たちに学びの機会を継続的に提供すべく、新たなツールの活用へと踏み込んだのです。

「スタディサプリ高校講座」の在宅利用

  一斉休校時には教員がICT教材の「チャット機能」や「課題配信機能」を積極的に活用することで、生徒の学習のペースづくりを行いました。当時の2年生と3年生はもちろんのこと、入学前ではありましたが当時の新1年生にも3月中にICT教材のアカウントを配布しておくことで、最大限、学びを止めることなく学習のサポートを実現することができたのです。

 緊急事態宣言が解除され登校が再開してからも困難は続きます。感染者あるいは濃厚接触者等となった生徒は週単位で欠席をせざるを得ない現状があり、やはり校内での指導だけでは学びの機会を提供しきれないシーンが多くありました。その中でも教員たちは互いに連携しながら当該の生徒一人ひとりに対し個別に課題配信を行う等、学習が遅れないよう、授業から取り残されないよう工夫を重ねていったのです。

「スタディサプリENGLISH」の活用で英会話学習を補う

 登校再開後にも授業運営上の困難はいくつも残りました。そのうちのひとつが「英語の授業内で、発話する行為を制限せざるを得ない」でした。英会話学習にあたって、「話す」「聞く」ができないという困難。

 同校では、制限を守りつつも生徒一人ひとりに十分な英会話学習の機会を届ける手段のひとつとして、「スタディサプリENGLISH中高生英会話コース(※)」の活用を選択しました。
※スタディサプリENGLISH中高生英会話コース:日常英会話シーンを想定した英会話学習教材で、ICTの強みを活かし、個々にリスニング・スピーキングのトレーニングを行うことが可能で当時の「三密回避」にも有効。

 活用を促進するにあたり、教員から生徒に対し、あらかじめ取り組むべきレッスン箇所を指定のうえ、定期テストでその履修内容を出題することで、生徒が日々継続して英会話学習に取り組む気運づくりを行いました。実際に、同校は事業者の主催する「スタディサプリENGLISH」での学習取り組み量を学校単位で競い合うイベント「Eフェスタ」において、全国の高等学校の中でも上位に位置する状況が続いています。

★Eフェスタの結果★

 2021年度から開催し、2022年度からは夏・冬の年2回行われております。平均マスターレッスン数(Eね!)の数で競い合います。同校はEフェスタ中高生英会話コース部門(高校の部)の活用についても全国常連校となっております。

  • 2021年度:夏高1全国2位(31.49Eね!)
  • 2022年度:冬高1全国7位(23.20Eね!)
  • 2023年度:夏高1全国6位(52.18Eね!)、冬高1全国11位(25.40Eね!)

(3)新学習指導要領対応期(2022年度~)

 次の大きな転換点は学習指導要領の改訂でした。教科名や単元内容の変更に加え、観点別評価の導入がなされる等、大きな変化を伴う改訂です。授業運営に対しても「主体的で対話的な学び」が求められるようになり、同校では新学習指導要領への対応を行わねばならないという側面と、一方で進学指導重点校として難化・複雑化していく大学受験制度への対応をせねばならないという側面と、そのバランスをどう取っていくべきか、という課題に直面することとなりました。

 そこで、特に授業運営に関し、「スタディサプリ高校講座」の新たな活用法を見出し実践したのです。従来は「授業の補填」としてICT教材を活用してきたのですが、今後は授業は授業でなければできないことを担い、その分ICT教材が知識技能のインプットや履修内容の定着確認を担う、という役割分担を設定し次々と実施していったのです。

 これもまた、状況に合わせその活用法を変化させ、カリキュラム全体の中で既存学習法にうまくICT教材を溶け込ませた一例といえます。以下に具体例を挙げます。

国語科での紙テキスト活用

 国語科では1、2年生を対象に、ICT教材に紐ついた「テキスト(紙教材)」を副教材として採用しています。その狙いは生徒が書き込みを行う機会を増やすことにあり、長期休み期間等には、教員がICT教材上であらかじめ指定した単元について、生徒は講義動画を視聴しながら同時にテキストに書き込みを行うことを実践しています。長期休み期間明けには教員がそのテキストを回収し、生徒個々の学習過程や理解度を把握し、声かけ等に活かしていく取り組みも行っています。

数学科の単元テストの配信

 数学科では定期テスト前の定着確認として単元テストを配信し、自動フォローアップ配信機能を活用いただくことで正答率に応じ生徒が理解できていない単元の動画を促すようにしています。また理数科を有するなど数学を受験で活用する生徒が多いため、3年生になってからも数学Ⅲ・数学Cの範囲の学習を行います。授業での定着度のスピードを上げ、受験勉強に向けた演習問題に取り組むため、基礎の部分は先生から配信を行うなどスタディサプリを活用しています。

★2021年度~2023年度のスタディサプリ講義動画視聴時間推移★

 生徒をとりまく環境に柔軟に対応し、ICT教材の浸透ができている姿をスタディサプリの講義動画視聴時間から見取ることができます。

 下表は2021年度〜2023年度のスタディサプリで講義動画を視聴した時間の推移です。下表からわかるのは、「コロナ一斉休校期(2020年〜2021年度)」「新学習指導要領対応期(2022年度〜)」において先述の通り活用の仕方に変化がありつつも、スタディサプリの講義動画の視聴時間はほとんど変化していないということです。

 一般に、2021年度のコロナ休校の際、スタディサプリを利用する多くの学校において、講義動画が活用されましたが、対面授業が再開した2022年度以降、講義動画の活用が減り、結果としてスタディサプリを用いた講義動画の視聴時間が減少する傾向がありました。

 一方、県立柏高等学校ではほとんど変わらず、スタディサプリの講義動画が活用されています。これは、ICT教材を一過性のものとするのではなく、何のために、どのように活用するべきなのか目的から逆算し、その時々において柔軟に活用の姿を変えることで日常学習に溶け込ませることができている証です。

 また、レポート時点の2024年6月現在、2024年度4月の視聴時間が2529時間、5月は3576時間と例年の同月と比べても増加傾向にあります。2024年3月に卒業した3年生の活用の成果を受け、さらに学内に浸透していっています。

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3.関係者の声

 こうしたICT教材「も」活用した学習、そして指導の取り組みについて関係者はどう捉えているのでしょうか。生徒、教員それぞれの声を紹介しながら、これまでと今後を考えてみます。

★生徒の声★
先生の授業と課題+スタディサプリ+過去問で国立難関大学に合格(Aさん)

 1、2年生の時から先生から配信されたスタディサプリの課題を確実にこなし、自分でも配信された講座よりも高いレベルの講座を受けるなどして活用していました。3年時は共通テスト対策から、合格大学の二次試験対策まで活用し1年間で約200時間視聴しました。スタディサプリENGLISHは眠くて勉強の意欲が湧かない日でもこれだけは頑張ろうと思い取り組んでいたおかげで共通テスト英語のリスニングの基礎が築けたと思います。

★教員の声★
幅広い活用方法の可能性を秘めた効果的な学習支援教材(進路指導主事 武田泰彦先生)

 この間の本校における生徒・教員の利用状況を踏まえて、スタディサプリを誰かに紹介するとすれば、「幅広い活用方法の可能性を秘めた効果的な学習支援教材」となるでしょう。アンケート等を通して集めた生徒の言葉に目を通してみると、あらためてその利用者のニーズと創意工夫を受け入れるキャパシティの広さを感じます。宿題・定期試験対策から始まり、英検・共通テスト・記述式の難問・小論文・面接対策から一般教養まで、授業の復習・予習から学年を越えた先取り学習まで、見る時には姿勢を正して必ず机の前でという子から、朝食をとりながら・電車の中で・お風呂の中で・寝る前にベッドでという使い方まで…。先生方には、こんなニーズに私たちがすべて人力で応えようとしたら何人いれば足りるかわかりませんよと言っています。そして保護者会では、端末を使う時間が長いからといってダメになるわけではありません、端末を遊びに使うか、学習に使うか、そこが運命の分かれ道なんです、と。

 これらから読み解くことのできる現場実感として、以下が挙げられると考えます。

ICTはあくまでツールのひとつ、目的と状況に合わせ活用法は変化させていけばよい 

 同校では当初よりICT教材の役割を定め、計画的な活用を実践してきました(狙いは「生徒の自学自習をサポートする」「通学時間・スキマ時間を活用する」でした)。これらを教員間で共有し取り組みを重ねながらも、しかし一方で環境の変化に柔軟に対応することで、ICT教材の役割も変化をさせてきたのです。大きな転換点だけでも、一斉休校、学習指導要領改訂が挙げられますが、ここに挙がらない現場々々での様々な変化があり、都度柔軟な変化を施していったことで、活用法は最適化されていきました。

教員が生徒目線で考え実践する→生徒の反応や声が生まれる→さらに良い実践につながっていく、という循環

 学校としての取り組み、いいかえれば教員同士が連携して行う取り組みが、単発で終わってしまうのか、あるいは継続的に循環し続いていくのかの分岐点は、生徒の声や反応を教員自身が実感する機会に恵まれているか、にあるのかもしれません。日常業務の中で生徒の変化を目の当たりにする機会は決して多くはないかもしれませんが(そもそも可視化することが難しいですが)、ICT教材を活用することで、あるいはそれに付随する検証を行うことで、変化を定量的にも定性的にも知る機会を増やすことが可能です。

4.取り組みを通し見えてきたことと今後の展望

 これまでの取り組みと効果を踏まえると、状況に合わせ、柔軟にICT教材を活用することによって、ICT教材が生徒の日常における学習の一部を担うことができたと言えます。そして、ICT教材を導入する当初のねらいのキーワードでもあった、「自学自習」について、単なる学習量の増加にとどまらず、生徒自身の希望する進路の合格という形でも効果が出ています。

★2024年3月卒業生スタディサプリデータ(1~3年生での活用)×進路先データ★

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 上表より、3つの特徴があります。

  • スタディサプリの講義動画の視聴時間の上位者に、一橋大学・法学部などの難関国公立大学に進学する生徒がいる
  • 入試種別が一般だけではなく学校推薦型選抜(指定校・公募制)などで進学する生徒もスタディサプリを多く活用している
  • 視聴時間だけでなく平均初回正答率も見てみると60%〜70%台が多い

 特徴を踏まえると、決して最初に問題が解けなくても何度も動画を見たり、そこで自分で苦手を特定して復習したりするなど、個人に合った使い方で最終的に希望する進路先を実現できていると推察することができます。

今後の展望

 2024年3月、進路の決まった高校3年生が高校1、2年生に受験体験について語る合格報告会に参加し、スタディサプリの利用について高校3年生へインタビューを行いました。生徒の負担にならないよう時間の都合が良いタイミングでお願いをしたところ、ありがたいことにたくさんの生徒がスタディサプリが役に立ったこと・活用できたことを自ら話してくれました。そして、気づけば約2時間もの間、途切れることなくインタビューをしていました。

 2024年4月、入学したばかりの高校1年生にスタディサプリの使い方の説明会を行い、そこでインタビューで伺った先輩エピソードを共有しました。3年生から1年生の担当になられた先生も多く、私の説明の後、希望する進路の合格を掴み取った生徒のエピソードについて先生から補足もいただきました。さらに、これまでの進路のストーリーがまとまった約150Pにもわたる「進路の手引き」が生徒に配布されました。

 県立柏高等学校では、スタディサプリを単なるICT教材としてではなく、希望進路の実現確度を高めるための「生徒の自学自習をサポートする新たな取り組み」といったビジョンを持ち、目的やありたい姿から逆算し、状況に合わせながら日常的な学習に溶け込ませる工夫を行っています。

 その結果、上記のように、生徒自身がスタディサプリの有用性に実感を持ち、効果的に活用することができているため、スタディサプリの活用が学校全体の取り組みの一つとなっているのです。そして、このような気運や動きは年々、深化しています。

 今後もこれまでの成功体験や事例を様々な場面で共有、活かすことで学校内での文化が醸成され、時代やニーズに合わせたICT教材の活用がさらに進んでいくことが期待されます。

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