実践を通じ得た、ICT教材を活用した不登校支援の考え方

担当者:森崎 晃

 ICT教材を用いた不登校支援の取組と筆者との関わりは長く、民間事業者に籍を置いて2015年から約10年間、大学教員としては2021年から約3年間、現在に至るまで実践と研究を重ねてきました。支援者として関わった児童生徒の数はのべ1000名ほどを数えます。また、筆者自身、学齢期に不登校を経験した当事者でもあります。

 本レポートでは、これらの実践を通して得た、ICT教材を活用した不登校支援の考え方について、事例も交えながら以下の流れで論ずることとします。

 

----------目次----------

1ICTを不登校支援で活用する目的は

 (1)教具としての役割、しかし学力補充に偏重せぬよう留意を

 (2)「できた・わかった」の積み重ねと自己肯定感

2】結局、どんなICT教材が良いのか

 (1)インプット/理解のためのコンテンツ

 (2)学年を超えたさかのぼり学習への対応

3】一人ひとりにとって最善の支援を考える

 (1)段階・状態別の使い分け

 (2)効果検証は内面の変容を問う

4】ツール紹介・その他

 (1)ゆびでなぞる単元チェックシート

 (2)出席扱いと評価と評定

----------目次----------

 

【1】ICTを不登校支援で活用する目的は

 2019年に文部科学省の提唱したGIGAスクール構想は、将来の産業人材育成を視野に入れる経済財政界からの後押しも受け、そしてコロナ禍の一斉休校時に「学びをとめない」ための手段としても存在感を増し、その進行も加速しました。現在ではほとんどすべての学校現場において「11台の端末」と「高速ネットワーク」が整備済みです。

 この恵まれた環境は、(良きにつけ悪しきにつけ)不登校状態にある児童生徒の支援にあたってもICT教材を活用せよ、という強い要請につながっています。支援者である読者は、こうした「声」に真摯に応えようと努めながらも、しかしコトはそう容易ではありませんから、どう実践を開始してよいか、思案してしまうシーンもあるのではないでしょうか。

 まず考えたいのは、そもそも、不登校の児童生徒を支援するにあたって、ICT教材をなぜ用いるのか、ということです。

 (1)教具としての役割、しかし学力補充に偏重せぬよう留意を

 ICT教材には「効率的な学習」に役立つ機能が備わっていることを考えると、また支援の現場には各教科の教員が出揃うわけではないことを考えると、不登校支援にあたってICT教材を学習補助ツール、いわば教具であると捉えがちです。いや無論それは間違いではないのですが、不登校状態にある児童生徒に提供すべき「学習機会」は効率的なツールの下で学力を向上させることなのでしょうか。私は、ほとんどのケースにおいて、そうではないと考えます。

 そう考える背景には、不登校ゆえに抱える負い目・引け目の存在があります。実際には学校に行きたくともそれぞれの事情で行かれない、好きで不登校になっているわけではないのですが、しかし周囲からは、サボっているんじゃないか、精神や肉体が弱いんじゃないか、と思われているのではないかという恐怖を大なり小なり抱えているのが実態です。

 そういう児童生徒に提供すべき「学習機会」は、学力補充のための短絡的な効率学習ではなく、自らが選択し主体的に取り組み、ひいては自信につながるような、もっと複合的な学びの機会と体験なのではないでしょうか。

 (2)「できた・わかった」の積み重ねと自己肯定感

 支援現場での実践を通しても、また私自身の不登校経験を振り返っても、「学習機会」を通して得る経験のうち、本人にとってもっとも大きな恩恵をもたらすのは「できた・わかった」という経験です。

 この「できた・わかった」を詳述すれば、自らの意思や選択で学習に取り組み、知らなかった/わからなかった単元や概念がわかるようになった、解けなかった/取り組んだことのなかった問題が解けるようになった、というものです。この体験は、短絡的な効率学習よりもはるかに、自信や自己肯定感の醸成という点で、精神衛生の良化にもつながります。

 どうでしょうか。学力補充(換言すれば、酷な表現にはなりますが、大人が子どもにどうあってほしいかというレッテル)にとらわれるのではなく、「できた・わかった」体験(その子どもはどんな困難を抱えていて、この機会を通してどう感じるのかという子ども目線)を意識することで、ICT教材の使い方も随分と変わるのではないでしょうか。

(筆者自身の経験についてはこちら)不登校新聞 552号 2021/4/15

 

【2】結局、どんなICT教材が良いのか

 では、不登校支援には、どんなICT教材が適しているのでしょうか。具体的に考える前に、まずは世のICT教材を特徴別に分類してみることにします。

 ICT教材は機能に着目し大きく4種類に分けることが可能です。オンラインドリル(自動採点機能実装)、AIドリル(AI機能を搭載し、児童生徒個々に最適な出題を自動実施)、解説動画付きオンラインドリル(問題の解説・解法を説明した動画を備える)、理解コンテンツ付きオンラインドリル(単元の概念から説明する動画を備える)、です。中には複数にまたがりカバーする教材も存在していますが、およそこの4分類が有効と感じています。

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 不登校支援で用いる教材としてもっとも有効なのは「理解コンテンツ付きオンラインドリル(単元の概念から説明する動画を備える)」であるというのは論を待たないかもしれませんが、なぜそう考えるのか、以下に整理します。

 (1)インプット/理解のためのコンテンツ

 不登校状態にある児童生徒は多くの場合、学習空白期間を抱えています。いや登校していないのだから当然だろう、という向きもあるでしょう。しかし支援現場/シーンでの学習「指導」のあり方をみたとき、自習形式、それもまずは問題を解いてみて解答や解説を読みながら学ぶスタイルが中心である事実を目の当たりにすると、我々支援者はそのことを忘れてしまっていたのではないかと思い至ります。そのことというのは要するに、校内や授業内での学びにおいては「インプット(説明による単元理解)→アウトプット(解法解説や問題演習)」というサイクルを実践しているのに、不登校支援の現場においては「いきなりアウトプット(問題演習)」である、という学習者にとっての理不尽さです。

 無論これには各種の事情があるのであって、各教科の教務能力を有した大人が揃っているわけではないという背景もあるのですが、しかし、だからこそICT教材の良さを活かして補うべきポイントでもあると考えます。

 ですので、教材選びにあたって意識したい1点目は、「インプット/理解のためのコンテンツ」は備わっているか、です。動画やアニメーション等で、問題の解説・解法だけでなく、そもそもの単元理解のための説明を果たしているかどうかに着目する必要があります。

 (2)学年を超えたさかのぼり学習への対応

 意識したい2点目は、その児童生徒自身の学年にとらわれず、他学年の学習にも取り組むことのできるコンテンツであるか、つまり「学年を超えたさかのぼり学習」が可能なつくりか、です。

 今や多くのICT教材では多学年の学習コンテンツにアクセスすることが可能ですが(これは紙教材での学習よりもICT教材での学習がフィットするシーンの一つでもあります)、しかし細部へのチェック、例えば「コンテンツのすべてを利用できる契約を交わしているか/申し込みを行っているか」や「小学校低学年といった市場の小さな領域にも十分なコンテンツを備えているか」といった観点にも着目する必要があります。

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 【3】一人ひとりにとって最善の支援を考える

 これまでに述べた、学力補充や効率的な学習といった考えにとらわれず、一人ひとりの子どもの目線に立って「できた・わかった」体験のための学習機会を提供しようと考えたとき、当然ながらICT教材の活用法も一律というわけにはいきません。

 不登校状態にある児童生徒は、そのきっかけや理由はさまざまですが、皆エネルギーが低い状態にあります。その状態に合わせて、ICT教材の用い方、ひいては学習機会の届け方も使い分けていくことが有効であり、結果としてその児童生徒にとっての最善の利益になります。あわせて、支援を進める中で児童生徒のどんな変化を見取り、アセスメントをしていけばよいか、という点についても整理します。

 (1)段階・状態別の使い分け

 エネルギー/意欲の状態によって、同じICT教材であってもその活用の仕方は使い分けることが有効であると、実践を通し実感しています。

 それぞれの段階・状態における、目指す姿とICT教材の活用例は表の通りですが、学習という行為もまた自信や自己肯定感、ひいてはエネルギーを取り戻すためのアプローチの一つである、と意識し取り組みたいところです。

 特に、エネルギーの状態がまだまだ低く、「学習以前」の段階にある児童生徒に対しては、そもそも無理に学習への取組やICT教材の利用を提示しないことも含めて広く検討すべきであると考えます。

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 (2)効果検証は内面の変容を問う

 不登校支援、特に学習支援を行う中で、効果検証を行う必要性に直面しているケースも少なくありません。次年度以降もツールの継続利用を申請すべく費用対効果を計測する必要性もあれば、支援自体の有効性を可視化すべく定点観測を行うという必要性もあろうかと思います。

 ここで考えたいのは、児童生徒の心のうちの状態、いわば内面の変容を推し量るには、どのような聞き方をするのがよいのか、という観点です(支援自体に対する満足度、支援の場への参加頻度、ICT教材を用いた学習量といった、直接的に取得が可能な項目はここでは取り上げません)。

 ここでは筆者が携わった、ある支援現場で実際に使用していたアンケート項目から一部を、その意図とともに紹介します(支援現場ではこれらを総称して、自己肯定感の高まりにつながる行動のあらわれ、と呼んでいました)。

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 実際に、これらの「自己肯定感の高まりにつながる行動のあらわれ」にあてはまると回答した児童生徒ほど、「できた・わかった」を伴う学習行動を取っていた、ということも過去の効果検証から明らかになっています。

 

【4】ツール紹介・その他

 (1)ゆびでなぞる単元チェックシート

 支援者が児童生徒に対し、さかのぼり学習を提案する、あるいはさかのぼり学習にいざなうにあたって単元系統表を現場で使用することは有効です(積み上げ型の教科であるとされる算数や数学においては特に)。

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 加えて、この単元系統表は、点線部をあみだくじのように指でなぞり、有効な戻り先を支援者と児童生徒とで視覚的に合意する使用法にも有効です(例えば、二次方程式で詰まった場合に、履修時期ベースで学年の最初の単元から学び直すといった形ではなく、関連性のある連立方程式に戻り、そこで学習した内容を踏まえてまた二次方程式に戻ると理解が進みやすくなり「できた・わかった」実感を得やすい)。

 (2)出席扱いと評価と評定

 ICT教材を用いた不登校支援をとりまく課題として、学習履歴データ等を用いた出席扱いや評価・評定をどのように運用するか、あるいは運用しないのか、が挙げられます。出席扱いについては広く実践がなされつつありますが、評価、ましてや評定についてはまだまだ今後の検討課題であると感じています。これについては、本レポートではなく、別途行う調査やレポートにて論ずることとします。

 

【5】まとめ

 以上をまとめると、実践を通じ得たICT教材を活用した不登校支援の考え方は下記です。

 1点目、ICT教材は4分類されるが、不登校支援にあたっては「理解コンテンツ付きオンラインドリル」がフィットすること。

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 2点目、その先の教材選定にあたっては、「インプット/理解のためのコンテンツは備わっているか」「学年を超えたさかのぼり学習が可能なつくりか」を意識したいこと。

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 3点目、児童生徒のエネルギー状態によって、同じICT教材であっても使い分けをすべきであること。

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 Ed-tech総研では引き続き、ICT教材「も」用いた不登校支援の実践と研究に取り組んでまいります。

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