未来の教育「学習者自らが学び続ける教育」を実現させる町 〜高知県梼原町(第三回)

担当者:安藤 崇敬

『未来の教育「学習者自らが学び続ける教育」を実現させる町 〜高知県梼原町』の最終回として、今回は「梼原町が取り組む教育DXについて」をお届けします。

梼原町が取り組む教育デジタルトランスフォーメーション(以下教育DX ※1)は、こども園、小学校、中学校、高校の壁を越えて「教育のあり方を学習者中心の学び」にすることを主眼に置いています。そのために最適な学習サイクルとして、授業では主体的・対話的で深い学びを積極的に取り入れながら、子どもたち一人ひとりの学び方については、学習データ(各人の学習履歴および学力推移)に着目し、ICTを活用した非認知能力を高める個別最適化学習「称賛する学びのエコシステム」を取り入れています。
その結果、非認知能力が高まった児童・生徒においては、3倍以上の学力伸長の効果を示すことができました。

梼原町における教育DXの取組

梼原町は、一貫教育における教育DXの定義を「ICTを活用して教育のあり方を変える:学習者中心の学びを実現させる」とし、2019年度から埼玉県版学力学習状況調査を取り入れています。埼玉県版学力学習状況調査は、2016年度から埼玉県全域(さいたま市除く)で小学4年生から中学3年生を対象に年間30万人を対象にしてきたパネルデータ型の調査です(※2)。児童・生徒一人ひとりの1年間の学力レベルの伸長が毎年わかるだけでなく、その学校の学級経営、学習方略、そして児童・生徒の非認知能力の状況と結びつけてどのように一人ひとりの学力伸長に寄与しているかも把握できる調査です。

その調査結果として明らかになったのが「児童・生徒一人ひとりの非認知能力(特に自己効力感)を高めることができると学力伸長にプラスの影響を与える」というエビデンスでした。梼原町ではこちらを基に教育DXを推進することにしました。

「称賛する学びのエコシステム」で学力伸長効果が3倍以上に

梼原町では小学5年生から高校2年生まで、2018年度から町が費用負担しオンライン学習サービス「スタディサプリ」を町立学校・県立学校に在籍する全児童・生徒が利活用できる環境を整えています。
スタディサプリは、小学生向けには4教科(国語、算数、社会、理科)を、中学生向けには5教科(英語、国語、数学、社会、理科)を教科書に準拠した形で講義動画とWEBドリルを利用して基礎と応用を学ぶことができます。

さらに梼原町ではスタディサプリと連動した「到達度テスト」という習熟度診断ツールを採用して、一人ひとりの苦手や定着具合を把握し、どのような学び直しをすれば効果的か自動で課題を算出し配信しています。

梼原町ではこれらのツールを活かして、小学校と中学校段階での「一人ひとりの学力伸長:非認知能力を高めて学力伸長を実現する」を実現するため、先生のサポートの下、学習者自らが学び続ける仕組み「称賛する学びのエコシステム」を導入することにしました。

児童・生徒はテストを受けてもやりっぱなしで終わってしまうことが多々あります。このシステムでは、ICTを活用することで先生の負担を抑えながら児童・生徒自らが学び直しに取り組めるようにしています。

また、ここで重要になるのが、非認知能力を高める称賛をプロセスに組み込むことです。ICTを使えば理論上、称賛のプロセスがなくても学び直しができることになりますが、埼玉県版学力学習状況調査によるエビデンス「児童・生徒一人ひとりの非認知能力(特に自己効力感)を高めることができると学力伸長にプラスの影響を与える」に着目し、この観点を組み込むことにしました。

称賛の方法としては、年間を通して毎月スタディサプリに多く取り組んだ児童・生徒を学年ごとに上位5名、学校全体で上位3名を選出し、表彰状を授与することにしました。結果、年間で表彰状を取得している者と取得していない者において、埼玉県版学力学習状況調査での1年間の学力伸長状況を確認したところ、効果に3倍以上の差が生まれることがわかりました。

表彰状の獲得者は必ずしも学力が高い児童・生徒ばかりでなく、特別な支援が必要な児童・生徒もおり、一例として、表彰状を獲得した中学3年生の学習ログを確認したところ、数学は小学4年生の算数の基礎から、国語は中学1年生の内容にさかのぼり、自分に合った学びに取り組んでいることがわかりました。つまり自己効力感が高まる学習プロセスであれば誰でも主体的に学び、学び続けられる可能性があることがわかりました。

最後に

梼原町の一貫教育・教育DXの取組結果から、ICTを活用することで学力伸長を実現することは可能と言えます。しかし、子どもたち一人ひとりの学力を伸ばすことがゴールではありません。今の子どもたちには、必要な知識を習得することにとどまらず、次の時代を創っていく力が必要なのです(※3)。

教育関係者はそれぞれの地域で、学習者を中心としたどのような教育を実現しようとするのか目指す世界観(ビジョン)・そのために果たす役割(ミッション)・大切にする価値観(バリュー)を定義し、保護者ならびに地域の皆さんと対話しながら学びをシフトしていくことが重要であると言えるのではないでしょうか。


※1:デジタルトランスフォーメーションの語源は、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授エリック・ストルターマンが提唱した仮説「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」です。コンピュータやインターネットなどのデジタル技術の急速な進化によって、ビジネス、教育、そして社会が大きく変わっていく現象です。教育にデジタルトランスフォーメーションを取り入れることで、より柔軟で効果的な学びが可能になり、生徒や教員の意識や学習環境が変わり、新しい学びが創造されることが期待されています。
※2:同じ対象者に対して一定期間ごとに調査を行い、時間の経過とともに変化する傾向を把握する方法です。例えば、ある中学校の生徒に対して、1年生の時に調査を行い、2年生、3年生と同じ生徒を対象に調査を繰り返し行い、変化する様子を観察することができます。
※3:合田哲雄氏著『学習指導要領の読み方・活かし方 - 学習指導要領を「使いこなす」ための8章』より)

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