芦屋町教育委員会の研究指定校として「自ら学ぶ子どもを育てる算数科学習指導」を実践してきた芦屋町立芦屋東小学校。研究主任を務める秋吉真奈先生の授業と、同校で積極的な児童を育んできた児童会活動についてレポートします。
秋吉真奈 教諭(5年生担任・研究主任)
教員歴13年目。同校が芦屋町の研究指定を受けて取り組む算数科の研究主任。児童会の担当も兼任し、授業だけでなく特別活動での児童の育成についても中心的な役割を担っている。
仲間の考え方に耳を傾けながら
正誤は問わずに考え方を積極的に伝え合う
授業の終了時に、「えー、やめたくない!」「もっと問題を解きたい」と次々と声をあげる児童の姿が強く印象に残ったのは、5年生担任の秋吉真奈先生が実施した算数の授業だ。
3学期の中旬に行われたこの日の授業のめあては、5年生の復習として、「平行四辺形の土地の中にある畑の面積を工夫して求めよう」。平行四辺形の土地に、十字型に道路があり、道路以外の畑(4つの台形)の面積の総和の求め方を考える。長さが示されている場所とそうでない場所があり、習っている公式だけでは単純には求められず工夫が必要だ。問題は予め児童のタブレットに送られており、おのおのが解き方を考えて先生に提出している。前回の授業でめあてと問題、解き方のヒントとしていくつかの「見通し」を例示しており、児童は自分の解き方について「○○する方法」と見出しを付けて提出していた。
授業の冒頭で先生から、みんなの解き方がさまざまであったことが告げられ、いくつかの解答例を一つずつスクリーンに投影。その解答者が自分の考えを説明していった。最初に説明した児童の解き方は「①、②や③、④を合わせて平行四辺形にして求める方法」(数字は写真の畑の箇所)。児童が式の意味を説明した後、先生はみんなに「これでいい?」と尋ねると、多くの児童が「いいです!」と声をあげる。解き方は自分と異なっていても、面積の答えが同じだった児童が多かったようだ。しかし先生が「本当に?」と聞くと、数名の児童が「大丈夫じゃない…」とつぶやいていたが、理由は自信がなさそうで言えずにいる。先生が「最初の式の9÷3はどういう意味?」とみんなに尋ねると、挙手をした児童が「(9mとわかっている土地全体の)高さを3等分するという意味だと思います」と答えた。「なぜ3等分したの?」という先生からの質問に答えられる児童はおらず、教室はモヤっとした空気に包まれた。
最初の児童の方法について正誤は明らかにしないまま、先生は次の児童の方法を投影した。その児童の解き方は「分けて、付け足す方法」。4つの台形の畑がそれぞれ長方形になるように、①と③の畑から分けた(削った)部分を、それぞれ②と④に付け足して計算した方法だ。長方形にしたときの高さの求め方については、最初の児童と同様に土地全体の高さを3等分している。するとある児童から「3等分になっているとは限らないかも。(3m幅とわかっている)道以外のところは2.9mと3.1mかも」という声があがり、教室はざわついた。
その後、「長方形にして求める方法」や「合体方法」という、道の部分を除いた4つの畑を合体させた形にしてから解いた児童が、自分の考えを解説。前述の発表と同様に他の児童の意見を聞きながら、先生は見通しのなかの「ずらす」を使った解き方であることを確認して進めていた。
秋吉先生の授業では、誰かが発表しているとき以外は自由に声を出せる雰囲気がつくられている。先生や友達が発言しているときは、発言者の方に体を向けて真剣に耳を傾け、声が小さい友達が発言するときにはそばに寄って聞こうとする。先生から「これはどう思う?」と問いかけられ挙手で発言するときには、自分の考えを言った後に「どうですか?」とみんなに問いかけることが習慣となっているようだった。すると他の児童は「いいと思います」と返したり、自分の考えを思い思いに口にしたりするなど、授業でお互いの意見をやりとりすることを楽しんでいるように見える。
そして次に先生が指名したのは「全体から道をひく方法」で解いた児童だった。児童が解説した後に、同じ方法なのに答えが違っていた解答例を紹介し、2人の児童の解答を並べた。「方法は同じなのになぜ答えが2種類に分かれたのか、どこが違うのか、各自で考えて3分後に提出してください」と指示を出し、児童のタブレットにも同じ画面を送信。みんな一斉にタブレット上で違いを探し始めた。3分後に先生から「近くの友達と話し合ってみましょう」と声かけされると、自分の考えを言いたくてたまらない様子の児童が話し合いを始め、教室中が盛り上がっていった。この話し合いの中で、児童はどちらが正解かを発見していった。
先生は、みんなの解き方の中から代表的な4つを示し、仲間分けができないか問いかけた。いろいろな解き方も似たような方法ごとに分類できること、どの解き方が正確で速く解けると思うか共有したところで、改めて今日のめあてを問いかける。
「『工夫して求めよう』の“工夫”って何だろう?」「ずらすこと!」「1つの図形にまとめること」など声があがったところで終了の時間が来た。先生は演習問題を準備していたが時間切れになってしまったことを伝えると、冒頭のように「やめたくない!」「続けたい!」という声が次々にあがったのだ。
予め子どもたちのタブレットに送信され、各自の解き方を提出していた問題と学習のめあて。
解き方の例として先生が投影した解答をみんなの前で説明する。
友達の発表に意見があったり、先生からの問いに答えるために他の児童が前に出ることも自由だ。
自分の解き方との違いや似ている点を確認しながら、他の児童の発表を聞く児童。
同じ解き方なのに答えが異なる2人の解答を比較して、どこが違っているのかを考える。
児童の実態に応じて、先生が声をかけて思考を促していた。
2つの解き方の違いについて、自分の意見を友達と共有。
友達の考え方に、興味津々な様子で耳を傾ける児童。
授業支援アプリの一覧性、同時性を活用し児童の思考を深める授業デザイン
この日の授業では、秋吉先生は事前に児童の解答を分類。めあてである「工夫」(解き方の違いや類似点)について、子どもたち自身が気づいていけるような段取りを組むなど、綿密な準備をしていたことが感じられた。
「授業支援アプリの活用で、子どもたちの解答を一覧にして見ることができ、比較したり分析したりするなど、プリントで提出させていたころと比べて授業準備はかなり効率的になったと思います。子どもたちも他の子の意見を見られるので、いろいろな考え方があることを知ったり、自分が間違っていたとしても同じ間違えをする仲間もいることがわかって安心できたりと、ICTによって考え方の視野が広がっているように思います」(秋吉先生)
ICTの利活用については現在も模索中と秋吉先生は語るが、授業中に考えを送信させることで、その時点での児童の理解度を把握することができるのも利点と捉えている。また、この日の授業の後半で、同じ解き方の2つの解答を並べて比較したように、解き方の例を示すだけでなく、考え方をさらに深めることができるのもICTならではだという。
「タブレットが入る前、同じ単元の授業は、解き方の例示までで終わっていたところが、1時間の授業の中でもう一度考えさせることができます。速く進むというだけでなく、学びを深められます」(秋吉先生)
授業を参観した校長の坂口博章先生も同様に語る。
「深い学びの実現には、教員の発問内容と、新しい観点の提示が重要です。今日の授業ではタブレット上で2つの解答を比較して違いについて考えることで、子どもたちに新しい観点を提示することができていました。発問でも2つの違いの意味を子どもたちが考えられるように、秋吉先生は『答えの違いは何が原因か?』と問いかけていました」(坂口校長)
授業の中でこんなシーンがあった。2つの解き方の比較をしたとき、「鳥肌が立った!」と声をあげた児童がいた。2つのうち正解だった方の解答をした児童だ。最初は自身ももう一方の解き方をしていたが、途中で間違いに気づき修正していたのだ。自分が辿った思考の経緯と同じことが問いとされたことで、鳥肌が立つほど嬉しかったそうだ。
2つの違いを発見した児童の代表が、気づきについて発表。この解き方で気をつけるポイントが理解できていた。
例示された4つの解き方のどれとどれが似ているか、気づいた点を発表。
安心・安全の場と、児童会の取組により学びに向かう姿勢が積極的に変化
秋吉先生のクラスの児童は、とても積極的に授業に参加しているように見えた。自由に発言できる雰囲気があるとともに、誤答でも自分の考えを伝えたい、仲間の考えを聞きたいという熱量が高い。
「私のクラスに限らず、本校では『間違ってもよい』という空気があります。人が間違えたことを笑うこともありません。『間違えて考えることも学びになる』ことを先生たちがずっと伝え続けているので、子どもたちが安心して自分の考えを発言できるのだと思います」(秋吉先生)
そしてもう一つ、同校の特徴として、児童会や委員会活動の活発さが、授業に臨む姿勢にもつながっているという。
「5年生は6年生をサポートしながら、児童会や委員会活動において全校児童の前で活動する機会が多々あります。そのときに、低学年の児童から『楽しかった』とか『ありがとう』と感謝されることが成功体験につながっています。自分の行動で他者が喜んでくれる体験が、児童会活動以外の意欲にもなり、授業にも積極的に取り組むようになってきたのです」(秋吉先生)
実は取材に訪れた日に、全校の児童集会が実施されていた。2022年度の児童会の取組に関する成果と課題報告をする会だった。1年生にもわかりやすいプレゼンシートによる児童会役員の発表や、的確な質問をする児童、発言する児童に全員が体を向けて耳を傾ける姿なども圧巻だったが、さらに驚くべきは報告の内容だった。児童自身が立てた「目指す学校の姿」に向けて具体策として何を計画し、どう取り組んできたか、取組によって同校の児童がどのように変化したかについて児童会がアンケートをとって分析。残された課題を次年度に引き継ぐという内容だったのだ。児童自身が、自分たちの学校を良くするために主体的に取り組んできた姿を目の当たりにした。
見通しをもたせ、小さな達成感の積み上げで児童は自ら動けるようになっていく
芦屋東小学校の児童会を活発化させたのが、校長の坂口先生だった。
「本校に着任する際に、児童の現状について分析し、何を重点課題として取り組むべきかを検討しました(4ページ「校長の視線」参照)。教員がやるべきことだけでなく、子どもたちの自主的・実践的な活動とすることで、主体性や自己有用感なども身につけられるのではないかと考えました。それを児童会で取り組んでもらうのです。どんな学校にしたいか、そのために何に取り組めばよいかを子どもたち自身に考えてもらい、学校経営構想としての教育目標や重点課題と関連させながら進めることとしたのです」(坂口校長)
坂口校長が着任した2020年度の児童会役員の6年生は、初めての取組に戸惑いながらも、先生たちの伴走で少しずつ、目指したい学校への取組を計画し、進めていった。
「児童に任せるといっても、最初からすぐにできるようにはなりません。スモールステップでよいので、小さな結果を教員が見取りほめてあげることで、達成感が次のやる気につながり、半年後には自分たちで動けるようになっていました」(坂口校長)
6年生の姿を見ていた当時の5年生たちは、翌年自ら動きだした。児童の自治的活動による目指す学校づくりの素地ができあがっていった。
「見通しをもたせて任せれば、子どもたちにできないことはないという可能性を見せてくれています。児童会が活発になるとともに、授業に取り組む姿勢も積極的になり、自ら学ぶ力が育っています。そのサイクルを途切れさせないよう、教員の人材育成にも力をいれていきたいです」(坂口校長)
秋吉先生に、今後やりたい授業について聞いてみた。
「自分で考えたり、話し合って意見をまとめたりする力がついてきたので、子ども同士の双方向のやりとりにICTを取り入れた授業をやっていきたいです。今日の2つの意見を比較する授業は算数以外でもできそうなのでやってみたいですね」(秋吉先生)
児童の主体性の育成とICTの利活用が両輪となっていくことで、子どもたちが主語となる授業が実践されていくだろう。
児童会役員たちの成果発表について、真剣に耳を傾ける児童たち。
発表のプレゼンシートも説明原稿も台本もすべて児童が作成。質問や感想も聞きながら進行していった。
児童からのアンケートによって、成果を分析。PDCAのサイクルをきちんと考えた取組だった。
校長の視線
児童会で日常の課題解決力を育成し自己有用感が自ら学ぶ姿勢につながる
2020年に校長として本校に赴任するにあたって、児童の実態についてデータ分析したところ、主体的に課題解決を図ることや挑戦意欲、好ましい人間関係の構築力、基本的な生活習慣などに課題が浮かび上がってきました。そこで、本校の教育目標を「自ら学び、心豊かでたくましく生きる子どもの育成」と定め、その達成に向けて、「見通しをもって、よりよく課題解決を図る力の育成」を重点目標とし、「自ら学ぶ力の育成」「望ましい人間関係形成力の育成」「基本的な生活習慣の確立」の3本柱を具体的な取組としました。それを子どもたちが自身に働きかけながら身につけることはできないかと考えたときに、児童会活動と関連づけようと思ったのです。そもそも子どもたち自身が感じている目の前の課題とは、教科よりも生活の中で起こることであり、一番の関心ごとは子ども同士の人間関係です。人間関係を良くすることを学校全体で取り組むことで、横だけでなく縦のつながりもできます。つまりそれは児童会活動でできることです。
児童は自分たちの目指す学校づくりに取り組み、全校アンケートにより結果を実感することで、自己有用感が高まっていきました。それが自ら学ぶ姿勢にもつながっています。こうした学校文化を継承していくことで、教科でも真の意味で子どもたちが主語の授業が実現していくのだと思います。
芦屋町立芦屋東小学校
坂口博章校長
芦屋町立芦屋東小学校
1974年創立/児童数187名(男子96名、女子91名)/福岡県の北部に位置する遠賀郡芦屋町。茶釡「芦屋釡」が有名。子ども自身が目指す学校の姿に向けて取り組む児童会活動を推進し、児童の主体性が高まっていることで注目されている。
発行:2023年3月
取材・文/長島佳子 写真/原 謙三 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)