【今治市教育長】GIGA端末は「希望の玉手箱」一人ひとりの子どもたちの学びの可能性を広げていく

教育長インタビュー

瀬戸内の「へそ」に位置し、愛媛県で2番目の都市である今治市。「子どもが真ん中で輝くやさしいまち」づくりを目指し、学校教育の充実にも力を入れています。そんな同市において、2020年2月より教育長として尽力してきた田坂 敏氏に、これまでの取組を振り返り、子どもたちへの思いや学校現場に向けたメッセージを語っていただきました。

現場で培った思いと経験を教育行政に活かす

三十数年前、子どもたちと直接ふれあう学級担任の仕事に憧れて、中学校教員になりました。思い描いていたのは、当時人気のあった学園ドラマに登場するような、熱い思いをもって子どもたちに接する教師です。そんな人間味のある教師になるためには、幅広い視野と多様な経験が必要だと思い、大学卒業後すぐには教職に就かず、約3年間海外を放浪しながら山に登りました。単独行で険しい山に挑み、命の危機危険を感じる死に直面するという経験を通して生きるとは何かを自問自答したこと。そして、命からがら下山して、麓で家族連れのキャンパーの声を聴いた瞬間、我に返り命あることの素晴らしさや生きていることの喜び、幸せを実感したこと。また、幾重にも重なる尾根・峰を前にどんなに険しく、困難な道であっても歩みを止めることなく一つの尾根、峰を越えることで、異なった景色を目にできること。つまり、前を向き努力し困難を乗り越えることで、新たな世界、可能性が広がるということなど、多くの教訓と学びを得ました。教員になってからは、そうした経験を交えながら、苦しくても努力することの大切さや「無用の用」という言葉を用いて、どんな努力、苦労も無駄なものはなく、自分の成長に必ず役に立つこと。また、新しいことに挑戦する大きな力になることなどを子どもたちによく語って聞かせていたものです。

教師の仕事が好きだったので、2020年の教育長就任の際には、現場に対して後ろ髪を引かれる思いがあったのも事実です。しかしながら、頂いたご縁が自分の天命であると考え、微力ながら自分の経験と思いをできる限り形にしていこうと、大任を拝することを決意しました。教育長に就任したのは、まさにコロナ禍の始まりで学校現場が大混乱に陥ったときでした。ほかにも35人学級の拡大や教科担任制の導入、働き方改革などの課題が山積していていましたが、まずはコロナ禍でも子どもたちの学びを止めないことを最大の目標として、現場の先生方と協力しながら必死に取り組んだことが思い出されます。

GIGA端末の可能性を信じ対面とオンラインのベストミックスを目指す

そのなかでGIGAスクール構想が前倒しされ、本市でも学校のICT化を重要課題として取り組みました。ICT機器を使いこなす技術、情報活用能力は、もはや基礎的なスキルです。この流れにうまく乗って、今治の子どもたちが他地域、あるいは世界に出て同じ土俵に立って活躍していけるよう、最低限のスキルをもたせたいと考えました。

先生方に最初にお願いしたのは、「まずは使いましょう」ということです。PCやタブレットは、いわば“知識の泉”や“持ち運びできる勉強机”であり、“夢を創り出す玉手箱”。早さや便利さだけでなく、学び方を変える大きな可能性があります。その良さを先生方ご自身が実感して前向きになることが第一歩だと考えました。

そして、次の課題は、「どのように効果的に利活用するか」でした。2021年10月に策定した教育大綱に盛り込まれたように、現在、対面での授業や校外での体験を大切にしつつ、対面型学習とオンライン型学習のベストミックスによる「今治型教育モデル」を確立して、授業の質の向上に努めることを大きな目標としています。今まで先生方が培ってこられた授業づくりのノウハウを基盤として、さまざまなICTツールを活用しながら、今治市ならではの個別最適な学びと協働的な学びの一体的充実を実現していきたいと考えています。

また、ICT環境は、さまざまな事情で登校することが困難な子どもにとって大きな助けになると期待しています。私は教員時代、すべての子どもたちに満足する教育の機会をもたせたいとの思いで、不登校支援に力を入れていました。まだICT環境が整備されていない時代に、教室に入れない生徒のために教室と別室をオンラインでつないで勉強できるようにしたりもしました。だからこそGIGAスクール構想によって、そうした取組がより簡単にできるようになったことを、個人的に非常に喜んでいます。学校には来られない子どもも、オンラインで自宅や自宅近くの公民館、図書館などで授業が受けられる。そんな、学校以外にも学べる場所をたくさん整備することで、個に応じた学びの機会・場所の確保・拡大に努めていきたいと考えています。

ICTを利活用して取り組む今治版「ふるさとキャリア教育」

現代社会に目を向けると、さまざまな問題の答えを予測することが難しい時代となり、これまでと同じ考えや行動のままでは活躍が難しくなっています。そんな社会を生きる子どもたちに育みたい資質・能力のなかでも、私が特に大切だと思うのは、変化対応力や忍耐力、前向きに取り組む姿勢です。これらの力を備えることで、たとえ環境が変化したり困難にぶつかったりしても、柔軟に対応し目標に向かって歩んでいけると考えるからです。

また、子どもたちには、自己理解を深めるとともに、今治に愛着と誇りをもった地場産業を担う人材、さらには日本や世界を舞台に活躍することができる人材に成長してほしいと願っています。そのための具体策の1つとして、「ふるさと学習」と「キャリア教育」を合体させた「今治版ふるさとキャリア教育」という新しい取組を始めました。教室での学びに加え、地元企業との協力による社会見学や体験活動を実施し、子どもたちが今治市の魅力を再確認したうえで、地域課題の解決策を考えるというプログラムです。それによって子どもたちの勤労観・職業観を養い、地元に愛着をもって暮らし続けたいという子どもを育むことを目指しています。2022年度は中学校5校において試行的に実施し、2023年度からは市内全小中学校での実施へと拡大する計画です。

本格実施に向けて、昨年、「ふるさとキャリア教育」の教材として、今治の歴史や文化、産業、仕事などの情報を集めたWebサイト「今治じてん/Bari-pedia」を作成しました。冊子ではなくWebサイトにしたことで、印刷や配付にかかるコスト・手間が削減できるとともに、資料やデータなどを常に新しいものに差し替えることが容易になり、子どもたちが手軽に、いつでもどこからでも最新情報を得ることができる環境が整いました。

子どもたちは、こうしたデジタル教材や地域での体験、専門家の話などをもとに地域課題解決学習に取り組み、学習のまとめとして、「今治の未来を考える」をテーマに、行政に対して提案発表を行います。先日、先行実施5校をオンラインでつないで開催した発表会に、市長と共に私も参加しました。子どもたちが興味関心をもって地域を見つめ、自分たちなりの課題を見つけ、「もっと住みやすい町にするためには」「より活気のある町にするには」などについて真剣に語る様子に、熱い魂を感じました。とても嬉しかったですね。


小学生対象の「今治じてん」と中学生対象の「Bari-pedia」を「ふるさとキャリア教育」で活用。

これからの社会の担い手の育成のために求められる授業改善と、教師のあり方は

子どもたちを社会の担い手として育んでいくためには、今後さらなる授業改善に取り組んでいく必要があります。例えば、一時間あるいは一単元のなかに個別学習の時間と協働的な学びの時間を計画的に設定することで、自分自身の考えや価値観などを明らかにしたうえで、多様な見方、考え方、個性をもつ他者と力を合わせて課題解決に取り組む力を育てていきたいと考えています。

そうした授業改善の推進において、ICTの利活用は不可欠です。うまくICTを取り入れることで、これまで先生方がやりたかったことに着実に近づくことができるのではないかと、大きな希望をもっています。教育委員会としては、各先生方がそれぞれの場に応じたアプリ・ソフトを効果的に活用できるよう、さまざまな支援を行っていく予定です。具体策として、「スタディサプリ」を小中学校に導入し、個別学習の充実を図る計画が進んでいます。家庭におけるタブレット使用も、健康面に支障が出ない対策とともに推進していきます。また、各校でのICT活用の情報を収集し、実践事例集を作成して全教職員で共有するといった支援のほか、多忙を極める先生方の負担が過大にならないよう、ICT支援員や学習アシスタントの増員も図っていく考えです。

こうしてICT化と相まって授業が変化する今、改めて「教師とは?」を考えさせられます。さまざまな仕事がAIやロボットに取って代わられると言われていますが、教師という仕事は本当に残るのでしょうか。遠隔操作ロボットやメタバースを活用した授業、VRを使った疑似体験による学びなどが日常化すると、必要な教師の数や役割、仕事内容も変わっていくのではないでしょうか。

しかし、AIやロボットに“人の心”は育てられません。情操教育や道徳教育を通して、感情や情緒を育むとともに、豊かな心や人間性を育てることができるのは、人の心をもった人間だけができることです。これからは、まさにその領域の指導力が、教科指導力以上に重要になるのではないでしょうか。教育とは、子どもたちが教師から離れたあとに、学び取ったことが活きるかどうかが問われるもの。何年後かに教師の言葉を思い出してがんばることができたら、それこそ人である教師にしかできないことです。今後、ICT教育の推進や小学校高学年への教科担任制の導入、働き方改革などをはじめ、ますます教育界は変化、進歩していくことでしょう。しかし、決して変化を恐れず、子どもたちを第一に考え、柔軟かつ臨機応変に対応していただきたいと思います。何より、教育に愛情と情熱をもち、心の教育を含めた人間教育を大切に考え、常に実践できる先生になってください。これが、この春に教育長の任期を満了する私から、現場の先生方への最後のメッセージです。


小学校や中学校で「ふるさとキャリア教育」に取り組む様子。


Profile

田坂 敏 たさか さとし
今治市の小中学校および中等教育学校の教員、上島町教育委員会の指導主事、今治市立中学校の教頭および校長、今治市学校教育課長などを経て、2020年2月今治市教育委員会教育長に就任。


●自治体プロフィール
・人口:151,421人(2023年1月31日現在)
・公立小学校:26校/児童数6,893人
・公立中学校:15校/生徒数3,409人

愛媛県の北東部・瀬戸内海のほぼ中央部に位置し、中心市街地がある平野部や、緑豊かな山間部、そして、瀬戸内しまなみ海道、安芸灘とびしま海道が架かる島しょ部からなる。松山市に次ぐ県下第2の都市。瀬戸内海の景観と村上海賊の海城址などの歴史遺産をもつ観光都市として、また、造船・海運都市として発展。

●GIGAスクール環境
・小学校・中学校/Chromebook
・2021年2学期よりタブレットの持ち帰り、およびオンライン授業を各校で実施し、新型コロナウイルスによる休校時や、自宅待機を強いられた児童・生徒に対して、オンラインを活用して授業を実施。
・不登校で別室に待機している生徒に対して、Google Meetを利用して、授業の中継を視聴したりして学習に取り組むことができる体制を整備。


発行:2023年3月 ※所属等は取材時(2023年2月)のもの
取材・文/藤崎雅子 写真(1、2ページ教育長)/岡田悦紀 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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