【稲沢市教育委員会】“答え”を知ることはスタート。授業の転換を支援し自ら考え行動する子どもを育てる

教育委員会の取組

小学校23校、中学校9校を設置する中規模都市の稲沢市。
全市を挙げた学校教育ICT化推進計画にどのように取り組み、さらにどう進めていこうとしているのか、教育委員会事務局の方々にお話を伺いました。

失敗から学びながら自らの考えを伝え合える授業改善を促進

愛知県の尾張地方に位置し、名古屋都市部へのアクセスも良い稲沢市。次世代を担う子どもたちが「自らの知性、感性、道徳心や体力を育み、人間性豊かに成長し、生涯を通じ、あらゆる場で学び、支え合えるようになる」ことを目指し、積極的な教育行政に取り組んでいる。稲沢市教育委員会事務局・指導主事を務める伊藤 実氏は、学校教育に対する思いをこう語る。

「各校の先生方とよく話しているのは、自ら考え、主体的に行動する子どもたちを育てようということ。そのためには、子どもたちが考えたこと・できたことを他者に伝え、それを認め合い、学び合える学校づくりが非常に大切だと考えています」

小学校・中学校の授業における近年の課題は、いかに主体的・対話的で深い学びを推進していくかだ。これまでの取組で「主体的」の部分は進展が見られることから、2022年度は「対話的」を重点テーマに設定。「主体的と対話的の両方をかみ合わせて深い学びを実現し、思考力の育成につなげていきたい」(伊藤氏)というロードマップの下、各校が授業改善に取り組んでいるところだ。

そうした授業改善において不可欠と位置づけられるのがICTの利活用だ。2019年度に「稲沢市学校教育ICT推進計画」を策定し、コロナ禍による端末配布の前倒しや、オンライン授業を想定した対策など、実態に応じた修正を図りながら推進してきた。2020年度末には1人1台の環境が整い、2021年度から学校現場での利活用が本格的にスタートした。

教育委員会では、校長会議や教務主任会議などの場で導入端末の機能や使い方の紹介、授業への利活用方法の共有などを進め、各校が「まず使ってみよう」と思える環境整備に努めてきた。そのなかで教育委員会は早い段階でオンライン会議の試行に取り組んだ。

「突然の休校時に向けた準備の意味もあり、大人数が同時接続するオンライン授業を想定して、教員研修会をオンラインで実施しました。その結果は、トラブルが続出。しかし、だからこそ気づけたことがあり、通信環境整備の加速などにつながりました」(伊藤氏)

また、学びを止めないために市全体でスタディサプリを導入。端末持ち帰りを可能にするとともに、家庭学習も促進する体制も整えた。同教育委員会の事務方としてGIGAスクール構想を担当する岩田晃宏氏は、「ハード面の環境整備は一段落ついた。現在は授業にどう活かしていくかというフェーズ」と言う。

学校現場に合わせて柔軟に到達ラインを示し教員間の学び合いを促進

各校のICT利活用の促進にあたって教育委員会が留意しているのは、学校訪問を通じて現場の状況を把握し、実態に合わせて目指す到達ラインを示すことだ。例えば、小学校低学年は鉛筆でしっかり書く学習も大切な時期であり、授業へのICT利活用にジレンマを感じている教員が多い。そのなかで端末使用を強いるのではなく、同市独自の放課後安全サポート・学習活動支援「プラスワン活動」のなかでタブレットを取り入れることで児童が自然にICT機器に慣れるようにするなど、授業以外の場面も含めて、できることから取り組んでいる。

「学校規模や教員集団が多様なので、一律のレベルを求めるのは困難です。本市は小学校23校、中学校9校というほど良い規模なので、しっかり現場とコミュニケーションを取りながら1校1校の実情に応じて支援していきたいと考えています」(伊藤氏)

また、教員同士が自発的に学び合うことでICT利活用が推進されるような働きかけにも力を入れている。ある小学校では、教育委員会からのちょっとした声かけが基となり、職員室内の休憩スペースにICT利活用に関する情報交換を行う掲示板が設置された(写真)。


ある小学校で導入した情報交換の掲示板。

「困ったことやわからないことを掲示板に書いておくと、わかる先生やICT支援員が休憩時にアドバイスや回答をしてくれるという仕組みです。また、ご自身が実践して良かった授業の工夫を報告することもできます。忙しくて話し合う時間が取りにくいなかでも手軽に相談や情報交換を行うことができますし、ICTに不慣れな先生であってもリアルなコミュニケーションがあることで取り残されずに済むと思います。過渡期である現在、このような方法も有効ではないでしょうか」(伊藤氏)

教育委員会による学校訪問はコロナ禍により最小限にとどめていたが、2022年度は通常実施できるようになった。そのなかで伊藤氏は「1学期と2学期を比べてもICT利活用がかなり進んだ」と手応えを感じている。

一例を挙げると、1学期にも授業の中でタブレットを用いて児童・生徒の気づきや考えの集約が行われていたが、そこまでで終わる授業が目立った。しかし2学期は、集約した意見からさらにクラス全体の意見を導き出すなど、一歩進んだ活動が増えている。ほかにも、SKY MENU Cloudの発表ノートを用いて、個々の意見を種類別に色分けしたシートに記入することで視覚的に傾向がわかるようにするなど、さまざまな工夫が見られる。体育では運動する様子を録画して客観視する方法を一歩進め、例えば跳び箱なら「手のつく位置」「着地点」などのチェックポイント別にカメラを設置し、各自が感じている課題に応じて自分でコースを選んで練習する授業もあった。「一人ひとりが自分のめあてをもって取り組める。振り返りも明確になるのではないか」と伊藤氏は話す。

「ICT利活用は、最初は授業の導入や資料提示からスタートし、知識の習得や理解にもだいぶ活用されるようになってきました。次はいかに子どもたちの思考を深める使い方をしていくか、先生方と共に考えていきたいですね」(伊藤氏)


変化する小学校の授業風景。

「答えを求める」授業から「答えを基に考える」授業へ

伊藤氏には今、楽しみにしていることがあるという。同市には中学2学年が社会科の一環で取り組む独自プログラム「ふるさと新発見学習」があり、その発表会が来る12月に開催されるのだ。この学習は、生徒が生まれ育った地域を題材に自ら設定したテーマについて調査活動を行い、地域の大人を前に提言を行うもので、これまで「ワーク・ライフ・バランスの改善によって稲沢市の魅力化を図り人口減少に歯止めをかける」「子ども農育プログラムの実施」「子育て支援&防災を中心とした暮らしやすさの改善」など、さまざまな提言が行われてきた。1人1台の端末が実現し、授業への利活用が進んできた今、伊藤氏はこれまでにない生徒の姿も見られるのではないかと期待している。

「ICT利活用によって調査活動がより深められるでしょうし、自分の考えを表現する幅も広がるでしょう。発表会でICTを駆使しながら効果的に自分の考えをプレゼンテーションする様子は、私たちの目標を具体化した象徴的な姿の一つといえます。子どもたちには、こうした機会も活かして存分に力を伸ばしていってほしいと考えています」(伊藤氏)

加速し続ける学校現場のデジタル化の渦中で、岩田氏はこう語る。

「おそらく子どもは大人より早く変化に対応していきます。中学生にもなると、先生よりデジタルに詳しい生徒がたくさんいるという状況に、すぐなるのではないでしょうか」

そんな変化のなか、同市では、授業のあり方を根本から見直していく必要性も見据えている。

「これまでは、答えを知っている先生が子どもたちに教えるという、“答え”をゴールとする授業が一般的でした。しかし、インターネットを使って誰もが簡単に答えを手に入れられるようになり、従来どおりの授業では限界が見えています。これからは、“答え”を知ることはスタートにすぎず、その答えを活かして何を考えるか、どんな課題解決をするかが大事です。そのように変えていかないと、子どもたちは授業が楽しくないのではないでしょうか」(伊藤氏)

授業が変われば、教員の役割も変わる。

「人は自分で興味をもって調べたこと、気づいたことは誰かに伝えたくなるものです。教員が一方的に教えるのではなく、子どもたちが主体となって考え、学び合い、発信していく。そんな授業になったとしても、子ども同士をつなぐのは先生方。その役割は非常に重要です。先生方がファシリテーション力をさらに磨いていけるよう、教育委員会として学校現場を精一杯支援していきたいと思います」(伊藤氏)


市内全中学校が取り組む「ふるさと新発見学習」。
その締めくくりとして開催された、昨年度の発表会の様子。

Interview


(写真右から)稲沢市教育委員会事務局 学校教育課 主幹兼指導主事 伊藤 実氏、同課主事 岩田晃宏氏

小学校教諭出身の伊藤氏は教員時代、「笑いと感動」をモットーにクラスづくりに励んできた。
「今、お互いの目を気にして、本心を出さない子も多い。自分の考えを自分の言葉で素直に表現できる人に育つ学校をつくっていきたい」(伊藤氏)
岩田氏は他市の教育委員会事務局を経て、2020年10月より同市に勤務。
「前職と共通して感じるのは、学校現場が忙しすぎること。デジタルの力で可能な限り業務を短縮化・効率化し、先生方も余白の時間をもってほしい。そのなかで稲沢市らしい教育や新しい授業実践が生まれていくのではないか」(岩田氏)


●自治体プロフィール
人口:134,556人(2022年10月1日現在)
公立小学校:23校/児童数7,055人
公立中学校:9校/生徒数3,552人
濃尾平野のほぼ中央に位置し、かつては尾張国の政治・文化の中心地だった歴史ある街。市域の西に接する木曽川によって堆積された肥沃な土壌と温和な気候を活かし、植木や苗木の産地として発展。現在は住宅地や工業団地の開発などが進み、名古屋市からの交通至便な場所として注目される。「国府宮はだか祭」が有名

●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/Lenovo IdeaPad D330
・授業には学習活動端末支援Webシステム 「SKYMENU Cloud」を活用。
・2019年度に策定した「稲沢市学校教育ICT推進計画」を基盤とし、コロナ禍や現場の状況を注視して計画を柔軟に修正しな


発行:2022年11月
取材・文/藤崎雅子 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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