小学校2校と中学校1校を設置する吉岡町では、GIGAスクール構想の前倒しに迅速に対応し、ICTを活用した先進的な授業実践に取り組んできました。そうした動きを牽引し、現在は群馬県教育イノベーション会議構成員などの重責も務める山口和良教育長に、これまでの取組への思いや、これからの吉岡町の教育の展望について語っていただきました。
「ICT活用をこの町の教育の旗印に」
教育長として意志をもって決断
これからの社会を担う子どもたちのために、今、学校が取り組むべきことは何か?―振り返ると、コロナ禍に振り回された日々は、私たちに教育の本質を問いかけるものだったように思います。
少し遡ってお話ししましょう。私が吉岡町の教育長に着任したのは、コロナ禍前夜ともいえる令和元年6月です。その前年度まで、私は主に前橋市の小学校で教員生活を送っていました。その期間に一度、吉岡町立小学校に校長として勤務したこともあります。吉岡町は当時より教育に関して行政から手厚い支援があり、地域の方も非常に協力的で、私も校長として精一杯取り組むことができたと思っています。そんな吉岡町に再び、教育長として携われるご縁をいただいたことは、大変光栄でした。
教育長になって、従来からの方針を継承する一方で、新たに「吉岡町の学校は〇〇が強い」と誇れるような旗印を作りたいと思いました。何か1つでも胸を張れる強みがあると、取り組む先生方の励みになり、より学校現場が活気づくだろうと考えたからです。そこで最初に私が着目したのは「英語教育」でした。吉岡中学校は県内でもトップクラスの英検取得状況だったこともあり、これをさらに伸ばしていくことで、大きな強みになると考えたのです。
しかし、ほどなく「英語教育」を上回る重要な施策に気づきました。きっかけはGIGAスクール構想をにらんで実施された県の教育長研修会で、ICT教育の先導者として知られる平井聡一郎氏にICT教育の重要性についての講演を聞いたことです。
実は当時、吉岡町のICT端末導入率は県内で最低レベルでした。私はこれまでの学校経験から、現場が必要性を感じていないものをトップダウンで導入しても効果が低いと思っており、導入に関しても様子見の姿勢だったのです。しかし、平井先生の講演を聞いて、その認識は吹き飛びました。現場から必要だという声が出てからでは遅い。トップダウンで号令をかけて、直ちにICT化を進めよう。そう決断したのです。
教育委員会では学校ICT教育推進計画「HiBALI(ひばり/Hill-town Basis toward the Active Learning Innovation)プラン」を立案。町長や町議会にも働きかけて予算を獲得し、町を挙げてICT教育を推進していこうと動き出しました。そんな矢先に発生したのが、コロナ禍です。
学校や町議会が力を合わせて乗り切ったコロナ禍
令和2年2月27日(木)、コロナ感染拡大防止のために国から全国一斉休校の要請が出るや、当夜直ちに3校の校長を招集し、休校開始のタイミングや休校中の学びの保障、子どもたちの心のケアなどについて議論し、対応しました。また、その後も感染拡大への警戒が続く状況下、3校との話し合いのなかで、地区別に少人数に分かれて登校することで密を回避できるのではないかという意見が挙がり、3月第1週目からいわゆる「分散登校」に踏み切りました。その後、同様の対応が多くの学校で行われるようになりましたが、当時は全国でも例のない取組だったと思います。このように素早くオーダーメイド的な対応が生まれたのは、教育委員会と学校の連帯感の強さや風通しの良さがあったからこそだと思っています。
コロナ禍の影響でGIGAスクール構想のスケジュールが前倒しになった際も、吉岡町の動きは素早いものでした。当初の計画を変更して端末購入を早めるためには、町議会の承認が必要です。そこで町議会は、次の定例会を待たずに、本件だけのために臨時議会を開いて承認してくれたのです。そのおかげで他の地域に先駆けて端末の発注が可能になり、スムーズに1人1台体制を実現させることができました。
そこから活躍したのは現場の先生方です。それぞれが積極的にICT活用に挑戦し、次々と成果を挙げていきました。その結果、小さな町であるにもかかわらず、町内の小学校が今年度の群馬県総合教育会議の会場に指定されるなど、今ではICT教育という旗印で広く注目されるようになりました。
町の鳥である「ひばり」の名前を冠したICT教育推進計画「HiBALIプランは令和2年度のVer.1.0より毎年バージョンアップし、令和4年度は2.1に取り組んでいる。https://www.net.yoshioka.ed.jp/file/5317
ICTをツールとして使い倒しこれからの社会で必要な力を育む授業へ
かねてより教育現場では「予測できない社会、正解のない時代を生きる子どもたちに必要な力を育むことが大切」と言われていましたが、コロナ禍では、大人たちがその力を試される機会だったのではないでしょうか。私は、予測できない社会を生きるとは、まさにこういうことなのだと思い知らされました。
かつてない課題に直面し、どう対峙していけばよいのか誰にもわからないなか、一人ひとりが知恵を絞り、さまざまな立場の人と議論を重ねながら手探りで進める…おそらくこれからの社会はそうしたことの連続でしょう。そんな時代を生きていく子どもたちには、知識はもちろんのこと、仲間と協働して課題を解決する力が非常に大切です。学校は、そのような力をしっかり育成できる授業にシフトしていかなくてはならない。そんな強い思いから、今後の吉岡町の教育の重要テーマの1つに、授業改革を挙げています。
個別最適な学び、協働的な学びなど、これからの学びに向けた授業実践においては、ICTが大きな力になると思います。各自の端末から幅広い情報収集が可能で、スタディサプリなどを活用すれば質の高い授業動画がいつでもどこでも繰り返し見ることができるので、教員は別の部分に注力できるようになるからです。ICTを“ツール”として使い倒すことで、他者と意見を戦わせたり、協働で取り組んだりする活動が、一層充実していくのではないでしょうか。
ICT活用の推進において、心に決めていることがあります。「全体で足並みを揃える」という進め方はしないことです。全体で揃えようとすると、どうしても歩みが遅くなってしまいます。できる学校から、できる教員から、挑戦していく。うまくいかないことがあってもそこで立ち止まらず、やったらいいと思うことをまずはどんどんやっていく。そうして存分にやりきったら、ちょっと振り返り修正する。そうしてスピード感をもって先駆することで、学校は一層活気づくのではないでしょうか。
しかしながら、先生方にはこれまで築いてきた指導観や教育哲学があるので、それを手放して授業を変えていくことは簡単ではないと思います。そのなかで改革を推進していくためには、先生方の事例を教員間、学校間で共有していくことも大切です。つい先日、町内3校合同の教員研修会が、2年ぶりに全教員が集合して実施することができました。ICT活用の先進的な授業公開も行われ、先生方にはさまざまな刺激や学びがあったと確信しています。今後も、学校の枠組みを超えた切磋琢磨を働きかけていきたいと考えています。
令和4年5月28日、吉岡町教員研修会を開催。外部講師による講演会のほか、町立小学校6年生の算数の公開授業も行われた。
地域を愛する子どもたちが地域の力になっていく未来に向けて
地域と学校の連携の強化も、今後力を入れていきたいテーマです。現在は地域と学校の接点が少なく、せっかく子どもたちががんばっていても、その姿が地域の方には見えにくくなっています。
そこで令和4年度から、自治会の行事や町の祭りにおいて、中学生のボランティア参加を募集するという取組を始めました。全国各地で災害発生時の中学生の活躍などの例からも、中学生のもつ力の大きさを感じています。その力を発揮して地域に貢献できる機会を、積極的に提供していきたいと考えています。子どもたちにとっても、自身のがんばりをもっと地域の皆さんに認めていただいたり、お褒めの言葉をいただいたりすることは、自己肯定感の向上につながるでしょう。また、小学生についても、地域の方と交流が深められるように、放課後の居場所づくりも始めました。今後、地域を拡大していく計画です。
地域の一員として楽しく過ごしたという子ども時代の経験は、ここでずっと暮らしたい、あるいはいったん町外に出ても再び戻ってきたいという、町への愛着となっていくでしょう。持続可能な社会への対応力を身につけた子どもたちが、将来、この町を担っていってくれたら、どんなに心強いことか。そんな明るい未来に向けて、いま学校教育ができることに、全力で取り組んでいきたいと思います。
Profile
山口 和良 やまぐち かずよし
インドの日本人学校での教員経験などを経て、主に前橋市の小学校教諭として勤務し、教頭、校長を歴任。令和元年6月5日吉岡町教育委員会教育長に就任。令和2年より群馬県教育イノベーション会議構成員。
●自治体プロフィール
・人口:22,199人(2022年6月1日現在)
・公立小学校:2校/児童数1,416人
・公立中学校:1校/生徒数734人
県のほぼ中央に位置し、榛名山の南東の山麓と利根川地域に展開している都市近郊農村。江戸時代に宿場町として栄えた、近隣の農村地区と融合してきた歴史がある。現在、東に隣接する前橋市のベッドタウンとして人口が増加しており、大型ショッピングモールが建設されるなどの発展を見せている。
●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/Chromebook
・小学校1~3年生はキーボードが取り外せるタブレット型パソコン、小学校4年生~中学校3年生はタブレットとしても使えるノートパソコンを導入。
・Wi-Fi環境が整っていない家庭には補助金を支給。就学援助の対象家庭には無線ルーターを無償貸与。
発行:2022年6月
取材・文/藤崎雅子 写真(P1、P2)/水野吾郎 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)