チームでの取組を大事にする深川晴久 校長のもと、教員全体のICTスキルを高めてきた鹿児島市立武小学校。デジタルとアナログでメリハリのある活動がしたいと語る飯迫奨大先生が実施した国語の授業をレポートします。
飯迫奨大 教諭(6年生担任・体育主任)
教員歴4年目。6年間の関わりを通して個人に合わせた指導ができることが小学校教員の魅力。自分が楽しむことで、児童の興味も高まるので、自分が楽しめて納得できる指導を心掛けている。
「日常」「共有」「継続」をキーワードに全教職員でのICT利活用を学校文化に
武小学校では2019~2020年度に「情報や情報技術を適切に活用できる子供の育成~プログラミング的思考を育む授業の創造~」というテーマで、ICT教育の研究を進めてきた。コロナ禍によるGIGAスクール構想の前倒しで、2021年度は年度内中の1人1台の端末配備が見えてきたため、研究テーマを情報技術から一歩進めて「相手意識をもって表現し、対話・交流を通して考えを深めることができる子供の育成」を目指している。同校のICTの利活用のキーワードは「日常」「共有」「継続」。全教職員が日常的に授業や学級活動でICTを活用して児童の学びを深める実践を共有し、教職員が入れ替わっても取り組み続ける学校文化を醸成しようとしている。
飯迫奨大先生は、教員歴4年目。2018年に初任で着任したときから、武小学校では既に校務システムでICTが使われていたが、授業支援アプリは導入されたばかり。タブレットを活用した授業はまだほとんど実践されておらず、やってみるまではうまくいくかは未知数の状態だった。
「授業については日頃から学年部の先生たちからアドバイスをいただきながら設計しています。タブレットを使った授業は先輩方も未経験だったので、フラットな立場でお互いに情報交換しながら進めています」(飯迫先生)
仲間から自分とは異なる意見を聞き
アプリのシンキングツールで考えを整理
この日は飯迫先生が担任を務める6年生の国語の授業。単元名は「いちばん大事なものは」。児童それぞれが自分にとっていちばん大事なものは何かを考え、それを仲間と共有して「いろいろな考え方を聞いて、自分の考えに活かすにはどうしたらよいか」を考えることが授業のめあてだ。そこで、飯迫先生が取り入れたのが、ワールド・カフェ(少人数のグループで席替えを繰り返しながら意見を共有する方法)の話し合い方と、シンキングツールのフィッシュボーン図を使った思考の整理方法だ。シンキングツールはアプリのテンプレートから選んで使用した。
この授業の前の時間に、児童たちは自分にとっての大事なものを考えてフィッシュボーン図に記入し、ワールド・カフェの1回目の話し合いを経験していた。児童たちが挙げた大事なものは、「家族」「命」「友達」「お金」「勇気」「取り組む(こと)」「相手の気持ちを考える(こと)」「人と比べない(こと)」「スケボー」「歴史の参考書」など各人各様だ。
冒頭で簡単にその振り返りをして、2回目以降の話し合いのポイントを確認すると、先生のかけ声とともに、2回目、3回目の席替えによる話し合いがテンポよく進んでいく。話し合いでは、まず自分の大事なものを伝え、その上で、前回の話し合いで他の人からどんな意見が出ていて、それによって自分の考えがどう変わったかを伝え合う。飯迫先生は時折、「人から言われたことばかりではなく、自分の考えも話してね」と報告に終始せず思考を深めることを促す。
新たな話し合いでの気づきはフィッシュボーン図にさきほどとは違う色で追記していき、記入が終わると授業支援アプリの「提出箱」に送信する。
今日の授業のめあてと、ワールド・カフェについてのおさらいからスタート。
前のグループで出た意見を共有し、それによって自分の考えがどう変わったかを話す児童たち。
新しいグループの仲間から受けた気づきを、シンキングツールに記入。
みんなが提出したフィッシュボーン図から、気になる意見を探し出す。
ICTとアナログ、それぞれの長所を授業のなかでメリハリをつけて活かしていく
ワールド・カフェで話し合いが終わるたびに、先生は提出された全員のフィッシュボーン図をモニターに映し出す。児童たちは話し合っていない児童の意見も見ることができ、考えの参考になりそうな人の図を自分のタブレットにダウンロードして、考え方を比較検討し、また自分の図に書き足していた。
ICTを使わない従来のワールド・カフェでも、各人がそれまでに話し合ったグループでの意見を持ち寄ることで、「実際に話した人数×席替えの回数」の人々の意見を知ることができるが、アプリの提出箱を使うと全員の意見をたちどころに知ることができるうえ、人から伝聞で聞いた意見も視覚的に捉えることができるのだ。また、個人での思考の際も、人の意見を取り入れる際も、タブレット上では書き消しが簡単なので、頭の中で行きつ戻りつする考えがまとめやすくなっているように見えた。
3回目の話し合いが終わった後、自分の考えがどう変わったかを書き込み、スタート時の席のグループに戻って気づきを共有。いろいろな考えに触れたことで、自分の考えが変わった児童もいれば、自分の大事なものに対して広い視野で考えるようになった児童、自分が大事と思うものに対しての働きかけまで深く考えるようになった児童など、それぞれに気づきが多方向に発出されていた。
代表者が全員に向けて発表した後、最後に飯迫先生は、単元での学びの振り返りを紙のノートに書くよう指示。学習のまとめを書いて授業は締めくくられた。児童たちは当たり前のように、手書きのまとめをタブレットのカメラで撮影し始め、画像をアプリの提出箱に送信していた。手書きの学習活動も画像にしてデータ化することで、タブレットやクラウドに蓄積できるので、自分の振り返りはもちろん、先生への提出、仲間との共有にも活用できる。
最後のまとめを手書きにした理由について、飯迫先生はこう語る。
「タブレットやシンキングツールは考えの整理や人の意見との比較にはとても有効だと思いますが、使いすぎると自分の考えなのか人の考えなのかの区別がつきにくくなってしまう気がしました。活動のメリハリとして、自分の考えを最後にまとめる際には、自分の字で書いた方が印象に残りやすいと思うのです。普段の授業でも、子どもたち自身がタブレットと紙のノートを自分のやりやすいように使い分けています」(飯迫先生)
この授業で飯迫先生が留意したことは、めあてである「いろいろな考え方を聞いて自分の考えに活かす」ために、「話すこと・聞くこと」を活動の主軸にすることだ。シンキングツールに「書く」ことがメインにならないよう、授業の構成や声かけの仕方に気を配ったという。
シンキングツールに書いて整理することは、あくまで仲間から聞いたことを自分の考えに活かすためです。フィッシュボーン図に書き込むことを子どもたちは楽しんでくれていますが、ともするとそれがメインになってしまいます。どうしたら“話すこと・聞くこと”に子どもたちの気持ちが向くかを授業前に学年部の先生方に相談したんです。『話し合いごとに振り返りを入れると、“人の話を聞いて活かす”ことの大切さを忘れずに進められる』とアドバイスをいただきました」(飯迫先生)
レポートした飯迫先生の国語の授業の指導案はこちらからご覧いただけます。
教職員がチームとなって取り組むことでピンチをチャンスに変えてICT化が加速
飯迫先生も児童たちもICTを活用することで、ワールド・カフェの話し合いを短時間で何度も回していた。それが可能になったのは、教職員がチームとして取り組んできたことにあると研修担当の上籠 翼先生は語る。
「基本的にはそれぞれの先生方が使いやすいように利用していただいていますが、さらに活用を進めるためにICT機器活用事例紹介シートを作成して、学年ごとのチームで意見交換して研究授業を実施しています。その活用事例も授業支援アプリで全教員が共有できるようになっているので、先生たちのICTスキルのベースが日々高まっています。シンキングツールは去年まで知らなかった先生もいましたが、今では多くの先生が活用しています」(上籠先生)
タブレットを活用して今までとは異なる授業ができることで、先生たちが楽しんで取り組んでいるという。
武小学校のICT利活用を加速させたのが、コロナ禍の第5波により、2学期に時差登校を余儀なくされたことだった。それまでタブレットの持ち帰りはしていなかったが、昼前に登校する4年生から6年生については、午前中はオンライン授業などを実施することにしたのだ(1年生から3年生は通常登校)。その推進を任され、正味4日間で保護者との連絡や接続確認など怒濤の準備を進めた情報教育担当の相良駿一郎先生は、「ピンチがチャンスを生んだ経験だった」と当時を振り返る。
まずは上籠先生と相良先生のクラスで、MicrosoftのTeamsを使ったオンライン朝の会を実施。その様子を学年部の先生たちが見学し、操作方法や児童たちの反応を共有。児童たちは昼前に登校するので、接続やタブレットの操作でうまくいかなかったことがあれば、学校で先生と一緒に解決できる。2週目からは早くも全クラスでオンラインによる朝の会や授業、タブレットを活用して家庭からの課題提出などを実施できるようになった。
「厳しい状況だからこそ、先生、児童ともICTスキルが急速に上がり、利活用の方法も多様化していきました。例えば、登校後の授業でグループ活動するときに、その日に欠席した児童が家庭からオンラインで話し合いに参加するということもできました」(相良先生)
「時差登校期間でなくても、多様な子どもたちの学びが遅れずに済むような活用方法もできてきました。授業の板書はすべて写真に撮ってアプリに入れているので、欠席した子や字を書くのが遅い子でも、自分のペースで復習できるようになっています」(上籠先生)
ICTの利活用を通して先生たちが強く感じているのは、児童たちの進化や変化への対応力だ。
「新しいことの吸収は子どもたちの方が圧倒的に速く、子どもたちから教えてもらうことも多いんです。一緒にいろいろな使い方を見つけているので、自分自身が子どもたちの分と2倍成長できている気がしています。小学校の6年間という発達段階に応じて、高学年になったら子どもたち自らが学び方を選択できるような授業を、ICTを使ってやってみたいですね」(飯迫先生)
時差登校が始まってすぐ、上籠先生のオンライン朝の会でTeamsの使い方、進め方を学年部で共有。
上籠 翼先生
研修担当(教員歴9年目)
相良駿一郎先生
情報教育担当(教員歴12年目)
校長の視線
最新の情報にアンテナを張り、教職員が活動しやすい風土づくりが校長の務め
子どもたちには、将来、世界中の人々と協調して課題に取り組み、そのときに自分の考えを自信をもって伝えられる日本人・鹿児島県人になってほしいです。そのために問題解決に必要な情報を適切に選択し、それを活用して相手に対してわかりやすく説得力のある表現ができる力を育みたいと思っています。ICTを活用する力を高めるとともに、図書館の図書に触れる機会や外国語教育を通して、情報活用力やコミュニケーション力の向上を図りたいです。
学校CIOである校長としての役割は、物や予算等の環境整備が第1です。さらに学校の全教育活動のなかで全職員がICTを積極的に活用し、児童と一緒に学び活用力を高めることができる「チーム学校」という風土づくりも心掛けています。例えば、本市ではまだ少ないデジタルドリル教材を経済産業省のEdTech導入補助金で取り入れたり、文部科学省の先行的な研究事業で、学習者用デジタル教科書を導入したりしました。また、民間企業の学校向けの助成金などにも積極的に応募して予算の確保にも努めています。職員の会議もTeamsで行うなど、職員が使いたくなる環境、使わざるを得ない環境づくりがポイントです。
学習者用デジタル教科書や学力テストのCBT化などの学校現場のICT化や、大学入試の変化は、確実に急速に進んでいきます。校長自ら、アンテナを高くして情報をキャッチし、将来を見据えて今できることを全職員・保護者に発信し、実践することが、リーダーとしての役割だと思っています。
鹿児島市立武小学校
深川晴久 校長
鹿児島市立武小学校
1937年創立/児童数550名(男子297名、女子253名)/再開発が進む鹿児島市の中心市街地の核となる、九州新幹線の終着駅・鹿児島中央駅から徒歩圏内に位置する。児童の家庭のWi-Fi導入率が高く、タブレットの家庭での使用が比較的スムーズに進んでいる。
発行:2022年2月
取材・文/長島佳子 写真/木原一大 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)