【吉岡町教育委員会】現場の先生たちが思い切り挑戦できる環境を整え、未来を生きる子どもたちを育てる

教育委員会の取組

吉岡町立明治小学校2年生の図工の授業

小中学校の現場の主体的な挑戦により、ICTを活用した先進的な授業実践に取り組んでいる吉岡町。
その背景には、教育委員会のどのような姿勢や支援があるのでしょうか。
吉岡町教育委員会 学校教育室の関係者の方々のお話から探りました。

「このままではだめだ」
未来への危機感がICT教育推進の原動力に

吉岡町は、群馬県のほぼ中央に位置する小さな町だ。
昔ながらの農村の景色を残しつつ、県庁所在地である前橋市に近い「丘の手タウン」として発展を見せている。そんな吉岡町には小学校2校と中学校1校しかないが、早期にICT環境整備が実現し、積極的に授業改善に活用されている。吉岡町では、なぜそのように活発なICT教育が行われるようになったのだろうか。

実は、2019年度にGIGAスクール構想が打ち出された当初、吉岡町教育委員会は“様子見”の姿勢だったと、当時の吉岡町教育委員会事務局 学校教育室長である山﨑栄寿氏(現・吉岡町立明治小学校校長)は振り返る。そこから方針転換したきっかけは、山口和良教育長が県の町村教育長研修会での講演を聞き、現状に危機感をもったことだという。

「山口教育長は研修会から帰るなり、『このままではだめだ。なんとしてもICTを推進していくべきだ』と言われたんです。そこから私も勉強し、見えてきた現実に大きなショックを受けました。国際競争が激化するなか、日本はこんなに危機的な状況にあるのか。子どもたちの未来はどうなるのか。彼らを救うのは教育しかない、と。もはやICT整備は周辺市町村の様子を見ながら…などと言ってはいられない。やるしかない。と覚悟を決めました」

そしてコロナ禍に突入。国のGIGAスクール構想前倒しの決定は、吉岡町のICT推進においてもアクセルを踏むきっかけにつながった。当初の5か年計画での段階的な整備の軌道修正には町議会にかける必要があったが、次の定例議会まで待っていられない、と臨時開催を働きかけ、早々に予算を獲得した。

町のICT教育推進計画には、町の鳥である「ひばり」の名前を冠し、「HiBAL(ひばり/Hill-town Basis toward the Active Learning Innovation)プラン」と命名。20年度は「HiBALIプラン1.0」として、学校と家庭の通信環境の整備、1人1台のコンピュータ整備、学校での指導体制の充実に取り組んだ。

全国の自治体・教育委員会が一斉に端末調達に入り、台数の不足が予見されるなか、スタートの差が整備進行スピードの大きな差となった。吉岡町では2学期の半ばに早くも1人1台体制が実現。教育委員会のスピード感に呼応するように、学校現場の動きも素早かった。子どもたちへの端末配布までに教員が練習しておけるよう、数台の早期納品を教育委員会に掛け合うなど、積極的に準備にあたったという。

いま必要な新しい教育とは?
これまでの実践を見直す機会に

ただし、環境整備はICT教育のスタート地点に立ったに過ぎない。21年度の「HiBALIプラン2.0」では、それをどう活用していくかがテーマとなった。21年度より学校教育室長を務める大友武見氏はこう語る。

「ICT機器があるというだけで終わらせることなく、それを積極的に活用することによって『新しい学び』を目指すというのが、HiBALIプランの基本的な考え方です」

吉岡町が目指すのは「豊かな創造性を備え持続可能な社会の創り手として、予測不可能な未来社会を自立的に生き抜き、社会の形成に参画するための資質・能力を確実に育てるとともに、資質・能力の三つの柱をバランスよく育成する」ことであり、ICTはその実現のための手段と位置づけられる。

具体策として、ICTによる「個別最適な学び」や「協働的な学び」を目指す授業改善のほか、業務のデジタル化による教員の負担軽減、「教える」から「支える」への教員の意識改革などが挙げられた。ICTを活用した個別学習が進むことで、小学校低学年においては自分の興味関心や得意なことに気づき、高学年では得意を伸ばし苦手を補う学習ができるようにする。そして中学校では自ら必要な学習を選び取って学んでいくといった、主体的に学ぶ力の段階的な育成も期待された。

「子どもたちが小中学校での9年間を経て、どんな姿になっていることを目指すかという、少し長い目で見ることを大切にしています。これからの社会で子どもたちが生きていく力を身につけるために、これまでの教育実践を改めて見直し、どのような教育を行っていくのか、現場の先生たちも含めてみんなで考えていきたいと思っています」(大友室長)


2021年度の吉岡町学校ICT教育推進計画「HiBALIプラン2.0」。育てたい資質・能力や、その育成のためにさまざまな場面でICTをどの ように活用していくかが、コンパクトにまとめられている。

教育委員会がブレーキとならないように現場の主体性を尊重、挑戦を促す

吉岡町のICT化の特徴は、学校現場の主導により大きく前進してきたことだ。教育委員会は「HiBALIプラン」を通じて大きな方向性は示すが、日々の授業でどう使うかは、各校や個々の教員の自由な工夫に委ねている。

「ICTに関してはすべての学校・先生が横並びで取り組まなければならない、という考え方は手放しました。どうしても遅いところに合わせざるを得なくなります。とにかくスピード感を重視して可能な先生・学校から突っ走ってもらい、そこに追いつけ追い越せと切磋琢磨していくほうが、全体としての成長が大きいのではないでしょうか」(大友室長)

ただし、教育委員会のスタンスは、「放任」とは異なる。従来から各校には「これまでのやり方を疑う」「当たり前とされていたものも大胆に変える」という柔軟な姿勢が見られ、教育委員会はそれを否定せず尊重してきた。ICT化においてもその方針は変わらない。

ベースには、日常的なコミュニケーションで培ってきた、お互いに対する信頼感がある。林 英一室長補佐が「非常に風通しの良い関係性」と言うように、教育委員会は各校と一日何度も電話でやりとりし、学校訪問も頻繁に行う。ツールやソフトの選定の際には各校にアンケートを取るなど、要所では現場の意見をすくい上げる。学校からは忌憚なく意見や要望が寄せられ、教育委員会側も率直に返す。小さな町だからこそ、機動力をもって教育委員会と学校が協働していくことができる。

「教育委員会がブレーキとなることのないよう、見守り、努力を認めることを大切にしています」(大友室長)

だからこそ各校は、前向きに挑戦できる。教員経験の長さにかかわらず、ICTに強い教員や関心のある教員が率先して授業に導入。それを見て興味をもつ教員が増え、学校全体の授業改善につながっている。

「ICTが得意な若手の先生が、ベテランの先生に機器の使い方を教えたりアドバイスしたりするなど、従来とは逆のベクトルも生まれ、教員同士が一層リスペクトをし合うようになるという効果も生まれています」(大友室長)

進捗状況は学校によって異なるが、その差を埋めるための取組も、現場が起点となっている。各校の情報主任の教員はSNSグループでもつながり、日々、気軽に情報を交換。時には隣の学校に出掛けてサポートするなど、自発的な連携も見られる。さらに、町内3校の校長会での先進的な取組の報告に対し、「本校でもやってみたい」「もっと詳しく知りたい」との声が上がったことがきっかけとなり、自然発生的に学校横断の情報交換会が開かれた。「今後は情報交換会の回数を増やし、先進的な実践の共有を支援していきたい」(林室長補佐)と、教育委員会も後押ししている。

想定以上に活発なICT活用が進むなかで見えてきた子どもたちの多様な面

「HiBALIプラン2.0」に取り組んで1年が経ち、「各校とも年度始めに目指した状況にほぼ到達し、想定を大きく上回って進んだ部分もある」(大友室長)という。例えば、事務業務の面では、家庭からの欠席連絡、学校から家庭への通信類の配布、アンケートの回収と集計など、紙の情報からデジタルデータへ大幅な移行。業務効率が格段に向上し、教員が早く帰宅できるようになったとの報告もある。

授業での活用も進み、日常的にICTを活用する教員が多い。教員の突然の休暇等にも、教室をオンラインでつないで1人の先生が2クラスを同時に見る体制をとって児童・生徒の学びをつなぐといった、教育委員会も「こんな方法もあるのか」と驚く事例が現場で生まれている。

児童・生徒にも従来と異なる成長の姿も見られる。例えば、コロナ感染予防のためにコミュニケーションが制限されるなかでも、ICTを活用して意見を集約すると、予想以上に集中力を発揮することがわかった。小学校現場での経験が長い大友室長は、「子どもたちが落ち着いてきたのではないか」と感じているという。

また、手を挙げて発言することが苦手な児童・生徒は、端末への入力を通じて自分の意見や感想を上げられるようになった。「『こんな見方ができるんだ』『面白い考え方をするんだな』など、子どもの新たな一面の発見につながる」と大友室長。そうした学習活動の記録が積み重なり、キャリア・パスポートとして将来に役立つことも期待される。

理解度が早く、いわゆる“吹きこぼれ”となっていた児童・生徒は、ICTを活用して応用編に取り組むなど、個別学習を進めやすくなった効果もある。

こうした効果も出始めた今、現場主導のICT化を振り返って、大友室長はこう語る。

「コロナ禍は吉岡町にとってもピンチでしたが、今にして思えばチャンスでもあったと言えます。もたらされたのは、ICT環境の早期構築だけではありません。多くの教員が新しい教育に向けた変革を自分ごとと化し、一人ひとりが挑戦する機会になったのではないでしょうか」

数年後の“教育のスタンダード”を目指し今はそれぞれの教員が思い切って試す時期

吉岡町のICT教育は、数年後の「HiBALIプラン3.0」として結実させることを目指して、きたる22年度の「HiBALIプラン」は「2.1」とし、着実に歩みを進めていく。

「今は完成形を作ることより、どんどん挑戦していく時期。先生たちには、多少行き過ぎてもいいから、一歩踏み込んだ取組をしていってほしいのです」(大友室長)

新たなツールとして、デジタル教科書の活用にも、24年度の本格導入のタイミングを待たずに積極的に取り組む。国が全対象者に配布する英語に加え、小学校では国語や算数においても導入予定だ。

「紙の教科書との使い分けをどうするのか、デジタルドリルをどう組み合わせて生徒個別の力を伸ばしていくか、試行錯誤しながら効果的な方法を探っていきたい」(大友室長)

ICT活用を進めるなかで、子どもたちの心の支援や生身のつながりなどデジタルでは対応できない面も見えてきた。何をデジタル化し、何を残すのか。教員同士で話し合い、見極めようとしている。その先に吉岡町が見据えるのが、「HiBALIプラン3.0」だ。

「目指すのは、デジタルとアナログを融合した“新しい教育のスタンダード”。そのより良い形に向けて、これからも現場のさまざまな挑戦を支援していきたいと思います」(大友室長)


コロナ禍で全員集合が難しいなか、21年度の吉岡町教職員全体研修会も初のオンライン実施となった。
実施にあたっては、ICT活用に慣れている教員から使用方法について助言をもらったという。

Interview


吉岡町教育委員会事務局 学校教育室 室長 大友武見氏
同室長補佐 林 英一氏

学校と教育委員会の距離感の近さが、吉岡町の良さだという。「学校で何かあったら、すぐに連絡をもらえます。お互いに遠慮することなく本音で意見交換をしています」(大友室長)
「授業のことや児童生徒のことなど、学校とは常に情報交換をしています」(林室長補佐)


●自治体プロフィール
人口:22,106人(2022年3月1日現在)
公立小学校:2校/児童数1428人
公立中学校:1校/生徒数681人
県のほぼ中央に位置し、榛名山の南東の山麓と利根川地域に展開している都市近郊農村。江戸時代に宿場町として栄えた、近隣の農村地区と融合してきた歴史がある。現在、東に隣接する前橋市のベッドタウンとして人口が増加しており、大型ショッピングモールが建設されるなどの発展を見せている。

●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/Chromebook
・小学校1~3年生はキーボードが取り外せるタブレット型パソコン、小学校4年生~中学校3年生はタブレットとしても使えるノートパソコンを導入。
・Wi-Fi環境が整っていない家庭には補助金を支給。就学援助の対象家庭には無線ルーターを無償貸与。


発行:2022年3月
取材・文/藤崎雅子 写真(P1 、P3上)/中村かをり デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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