【鹿児島市教育委員会】小中高12年間を通じて同一アカウントを付与し、子どもたちの成長をつなぐ

教育委員会の取組

Kagoshimashi_kyoikuiinkai01_2 鹿児島市立吉田南中学校の国語の授業

GIGAスクール構想に先駆けてICT導入を進めてきた鹿児島市。タブレットやPCのハード面の整備はもちろん鹿児島県との連携で、県内に住む生徒全員に同一アカウントを付与するなど、ICTを教育にどう活かすかを現場の先生たちと共に考え、積極的に進めています。その道のりを鹿児島市教育委員会の方々に伺いました。

先生方にとって有益で、すぐ使えることから徐々にICTに慣れていってもらった

鹿児島市では教育委員会の教育部が運営する学習情報センターを、2021年4月に学校ICT推進センターと改称。教育のICT化を加速させる体制となった。

同市のICT導入は、2009年に国がスクール・ニューディール構想を打ち出した際、いち早く手を挙げたことからスタートした。当時の施策は、市内の全小中学校に、ノートパソコンを各クラス約10台、50インチのデジタルテレビと書画カメラを各クラスに1台、アクセスポイントを全クラス配備というものだった。この時点で児童・生徒の3.6人に1台ノートパソコンがあったということになる。

「2019年12月にGIGAスクール構想が閣議決定されたときには、本市では2人に1台までノートパソコンが整備されていました。コロナ禍のGIGAスクール構想前倒しによって、2022年1月には100%の配備が完了する予定です」(学校ICT推進センター所長 木田 博氏)

現在、小学校はタブレット(iPad)、中学校はノートパソコン(dynabook)を配備し、多くの学校においてICTを活用した授業研究および実践が取り組まれている。

ICT導入について、学校現場には苦い経験があると当時を振り返る。電子黒板が入り始めたころは学校に数台ずつしかなく共用だったことで、先生たちが使いたいときにすぐ使えるわけではなかったため、次第に電子黒板は使われなくなった。その経緯から鹿児島市では、「利活用のためには教室の中に常にあって、いつでもすぐに使える状態にすること」にこだわった。そのキラーコンテンツとして書画カメラとデジタルテレビを各教室に配備したのだ。

「書画カメラの便利さは、使った先生たちからすぐに広まりました。例えばそれまでテストの解答を大きな紙に書いて印刷したり、口頭だけで解説したりしていたのが、書画カメラに映して生徒全員に見せながら解説できるのです。その便利さに、それまでコンピュータが苦手だと言っていた先生たちも、雪崩を打って利用し始めました。先生たちにとって有益で、すぐに使えることがわかれば、現場でICTは確実に広まると思いました」(木田氏)

小中高と県内同一アカウントを使うことで児童・生徒の学習成果を蓄積していく

鹿児島市のICT利活用の大きな特徴は、ハード面の整備だけでなく、県内の小中学校から公立高校まで、児童・生徒たちが12年間同一のアカウントをもてるようにしたことだ。2021年の2月末時点で全員がアカウントをもち、児童・生徒は市町村をまたいだ転校や、中学・高校へと進学した後も、同じアカウントを使い続けることができる。

これは進学ごとにアカウントが変わらずに済むという利便性だけでなく、クラウドに学習成果物を保存していくことで、児童・生徒がいつでもどこでも、自分の学んできたことを仲間や先生に見せることができる、つまりキャリア・パスポートとしての利活用も見込んでいるのだ。

既に鹿児島県内の全公立学校はOffice365とGoogle Workspaceは使えるようになっており、OneDriveやGoogleドライブに学習成果物を保存することが可能だ。

「私が鹿児島県総合教育センターに勤務していたときに、県主導で進めました。既にそれぞれでアカウントをつくろうとしていた市町村もありましたが、既存のIDをやめてでも児童・生徒のためのこれからの学びのあり方について、県内の43市町村に協力いただけるようお願いして回りました」(木田氏)

「子どもたちは連続的にどんどん成長していきます。一方で小中連携、中高連携に努めていても、進学のたびに情報が途切れがちになっている面もあります。子どもたちの教育は連続性が極めて大事だと考え、12年間同一アカウントは有効な施策であることを、校長会などでも説明させていただいています」(教育部長 辻 慎一郎氏)

研修で現場の先生をバックアップ、Teams上で先生たちの教え合いが促進

ICT活用をいかに教育現場に普及させるか。カギとなるのはもちろん現場の先生方の力にかかっている。そのために鹿児島市教育委員会では、定期研修や希望者研修などを計画的に行っている。

「研修では、具体的な授業の場面でICTがどう有効かということをお伝えしてきました。例えばタブレットは、それまで広く使われてきた『ホワイトボードの代わりに使えます』と。身近で使えるところから始めていただければ、その後にタブレットのいろいろな機能を知って活用できるようになります」(学校ICT推進センター 指導主事 川原省吾氏)

例えば前述のように、書画カメラは既に市内の学校では利活用が進んでいたため、「タブレットを子どもたちが持つと、今までクラスに1台だった書画カメラを、1人1台ずつもつことと同様になる」と説明すると、子どもたちが自分のノートを写して全員で一度に共有できるようになるなど、その有効性を先生たちがイメージしやすくなる。

「研修で先生たちから多い質問は、機器の使い方です。使い方さえ理解いただければ、先生たちにはもともと授業力がありますから、ご自身の授業でどうICTを活用できるかの発想がどんどん出てきます」(川原氏)

また、研修は若手教員が参加することが多いが、研修内容を学校で還元するようお願いしている。学校内で、ICTに強い若手の先生と、授業力に長けるベテランの先生との間で良い化学反応が起こることを期待しているという。

「心がけているのは水平型コミュニケーションです。従来は、例えば文部科学省→県→市町村→学校→先生と垂直型のコミュニケーションが多かったと思います。その過程で伝言ゲームのようにニュアンスが変わってしまうこともありました。でも今の時代、現場の先生たちも文部科学省の通知をネットですぐ見られます。それなら、垂直型コミュニケーションのみではなく、水平型もやっていこうと、Microsoft Teamsを使って『鹿児島市GIGAスクール フォーラム』をつくりました」(木田氏)

鹿児島市GIGAスクールフォーラムには800人以上の先生が参加、テーマ別に14のチャンネルがあり、機器の活用や情報モラルについてなど、さまざまな会話がされている。機器の操作方法などの質問に教育委員会の担当者が対応に追われるという話をよく聞くが、教育委員会メンバーが回答する前に、同じ経験をもつ他の先生たちが即座に回答してくれている。

「知恵袋的に先生方の自主運営のようになっていて、我々はその回答に対し『いいね』を押すだけで済みます。そのことによって、教育委員会がお墨付きを与えた回答と理解してもらえればそれでいいのです」(木田氏)

さらに、主役である児童・生徒たちにもICTをわかりやすく理解してもらうために、GIGAスクールマンガ教材『レッツ!ICT活用!』を作成。ICT機器の基本的な使い方から、ICTを活用した授業イメージや情報モラルなど多様なテーマが、職員による描き下ろしのマンガでわかりやすく解説されている。印刷したものを配布するとともに、学校ICT推進センターのホームページでも公開している(下記の写真キャプション参照)。

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学校ICT推進センターが実施している多数の研修のなかの、「小学校・中学校・高等学校初任校研修(教育の情報化)」の様子。
この日のテーマは「授業支援ソフトを利用した授業づくり」。

Kagoshimashi_kyoikuiinkai04児童・生徒向けのGIGAスクールマンガ教材『レッツ!ICT活用!』。低学年の児童にも理解しやすいようふりがな付きで、タブレットの持ち方など初歩的な段階から、先生方へのヒントにもなる授業イメージなどがわかりやすく解説されている。鹿児島市の学校ICT推進センターのホームページで見ることができる(https://www.keinet.com)。

「鹿児島市GIGAスクールフォーラム」の画面の一部。デバイスやアプリの活用法やトラブル解決法、県域ドメインについてなど、14項目別のチャンネルで先生方同士が活発に情報交換、情報提供をしている。

一人ひとりの子どもが自分の力に気づきその力を最大限発揮できる教育を

ICTの利活用を進めることで、鹿児島市はどのような教育を目指しているのか。

「ICTの普及によって、先生たちの負担軽減がまず必要で、それはできると思っています。では、その余力を何に使うか。私は非認知能力の育成に力を入れるべきだと考えています。なかでも大事なのは、子どもたちの自己肯定感を養うことです。義務教育の段階で自己肯定感を養い、高めることができれば、厳しい社会に出て壁にぶつかったときに、乗り越えられるようになると考えているからです。非認知能力や自己肯定感は、人との関わりがなければ育まれません。学校はそうした役割を担う場所へと変わっていくのではないでしょうか」(管理部長 中 豊司氏)

「鹿児島市が目指しているのは、一人ひとりの子どもが自分の力に気づき、その力を最大限発揮できる人材に育成する教育です。ICTの力を借りることで、その目標が実現しやすくなると思います」(辻氏)

児童・生徒それぞれの学力に応じた個別最適な学びはICTが長けている場合がある。スタディサプリのような動画配信講座では講義型授業のエキスパートたちの授業が、教科ごとの単元別にいつでも見られるからだ。知識習得の学びが学校の役割ではなくなる日が来る可能性も、鹿児島市では視野に入れている。一方で、非認知能力を育成するには、学校のような集団の場での他者との協働的な学びが不可欠だ。学校だけに閉じず、地域も巻き込み社会に開いた学びも求められている。

鹿児島市が目標とする「一人ひとりの子どもが自分の力に気づく」ことには個別最適な学びに秀でるICT活用が有効で、そこで養った力をもとに、学校では仲間や地域と共に協働的な学びをすることで、「自分の力を最大限に発揮できる」術を身につけていく。これが鹿児島市の目指す2030年代の学校像なのだ。ICTの力を借りて、一人ひとりの児童・生徒の人生をつなぎ、学校と地域をつなぐ、つまり子どもたちの成長をつないでいこうとしている。

「鹿児島市には昔から、学校支援ボランティアに100人単位の登録があったり、『あいご会』という親・地域・子どもをつなぐ会が全地域に設置されているなど、地域みんなで子どもを育てようという意識や風土があります。こうした強みを、ICTの普及、協働的な学びの双方に活かせると思います」(中氏)

GIGAスクール構想の本質を理解する仲間を増やし、みんなで広げていく

鹿児島市がICT利活用を進めてきた過程で、課題と感じてきたことは、GIGAスクール構想の重要性や必要性を教育関係者のみならず、保護者やすべての市民に共通認識としてもってもらえるかどうかだという。

「GIGAスクール構想が目指している本質の部分をきちんと理解いただけないと、『教育を機械に頼ろうとしているだけだ』と批判的に捉えられることがあります。地域みんなで子どもを育成してきた本市の強みを活かし、ICTの推進も少しずつ仲間をひろげていけるように、ご理解いただく場を設けています」(辻氏)

そのために、まずは2020年の秋に、教育委員会のすべての課長職を集めてGIGAスクール構想の推進体制をつくった。そして指導主事向けに「今さら聞けないGIGAスクールって何?」というセミナーを開催。2021年に入ってからは、教育委員会で学校籍でない職員向けにも同様のセミナーを実施、PTAや学校とは直接関係がない市民に向けても、機会があれば話をしに出向いており、今後はこうした取組を拡充し、市民全体に地道に理解を広げていきたいという。

GIGAスクール構想の周知とともに今後の展望としているのが、授業自体の変容だ。そのために必要なのが、先生方の授業に対するマインドセットの切り替えだ。

「今の授業の延長線上にICTを導入することは初期段階としてはもちろん有効ですが、授業のあり方を根本的に捉え直すことが本来のICTの利活用です。子どもたちが習得すべき知識はタブレットの中にある。子どもたちがICTを使って調べたことに対し、課題を見つけてわいわい言いながら解決策を見つけていくときに、それをファシリテートしていくのが先生の役割で、そんな授業の割合を増やしていきたいですね」(木田氏)

鹿児島市では既にこうした授業を進めている学校や先生も多いという。ICTの輪が広がるというのは、そんな授業が広がっていくことなのかもしれない。

Interview

(写真上左から)学校ICT推進センター 指導主事 川原省吾氏、同所長 木田博氏、(写真下左から)教育部長 辻 慎一郎氏、管理部長 中 豊司氏

新しい事業の推進には、現場に任せて後押ししてくれるかが重要と皆さんが異口同音に語る。「我々は学校に、『失敗しても教育委員会は怒らないから、どんどんチャレンジしてください』と伝えています。チャレンジしてみて失敗するより、何もしないで変わらないほうがよほど失敗だと思います」(辻氏)


●自治体プロフィール
人口:59万2,995人(2021年4月1日)
公立小学校:79校(休校1校)/児童数3万2,843名
公立中学校:39校/生徒数1万6,115名
離島を多数含み、南北600kmに及ぶ鹿児島県において、県都の鹿児島市。2004年の市町村合併により政治・経済・社会・文化など高次な都市機能が集積した日本の南の拠点都市としてさらなる発展を続けている。

●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校/iPad、中学校/Windows PC
・鹿児島県との連携で、県内の公立小・中・高校の生徒にアカウントを付与し、12年間継続して同一アカウントを使用することができる。
・Microsoft Teamsに市内の教員同士が自由に情報交換できる「鹿児島市GIGAスクールフォーラム」を設置。14項目ものチャンネルが設けられ、ICT以外の教育情報も意見交換されている。


発行:2022年1月
取材・文/長島佳子 写真(冒頭)/木原一大 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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