【松阪市教育長】一人ひとりの子どもに寄り添う子どもが主語の学びを地域と共につくっていく

教育長インタビュー

令和4年度~令和7年度の教育ビジョン(教育振興基本計画)の基本理念を「夢を育み 未来を切り拓く 松阪の人づくり」として取組を続ける松阪市。「多様な環境で育ってきたすべての子どもたちは、夢をもてれば一歩踏み出せる」と語る、中田雅喜教育長に、教育ビジョンに込められた想いや、それを教育現場で具現化するためのリーダーとしての取組について語っていただいた。

一人ひとりの子どもが夢をもち夢を自分の言葉で語れるような教育を

私は松阪市教育長として、現在3期目を務めております。1期目の教育ビジョンは「夢ナビゲーション」。子どもたちの夢を道案内していくのが教育の役割として施策を決めていきました。子どもたちは家庭環境など、それぞれが異なる課題を抱えています。教育現場で生徒指導などの経験から実感していたことは、教員がしっかり向き合い、子どもたちが夢を語れるようになれば、さまざまな状況下にある子どもたちも一歩踏み出せるようになることです。だからこそ夢をもつことが大事だと確信してきました。

3期目のビジョン策定中はコロナ禍の真っただなかで、子どもたちが一歩踏み出すことに躊躇したり制限されたりしてしまう環境でした。まさにそうしたなかで大切にしたかったのが一人ひとりの夢だったのです。自分の夢を自分の言葉で語れる、確かな学力を育成する学びの場や、教育方法の提供を目指していきたいと考えています。

そのための取組の一つが夢を応援する事業です。「羽ばたけ子どもたち!チャレンジ応援事業」は、叶えたい夢をもつ小中学生の子どもたちを応援するために個人には10万円、団体には20万円を支援しています。例えば水の研究をしたい子どもの研究資金や、サッカー選手や陸上選手になりたい子どものレッスン費用などです。この取組は、手を挙げて応募してきた個人や団体から選ぶため、市の予算というわけにはいきません。そこで、ZOZOTOWN創業者の前澤友作さんが呼びかけた8億円のふるさと納税から500万円を出資いただき実施しました。支援を受けた子どもたちは成果発表を通じて、自分の夢を地域の人たちが応援してくれているという実感を得られたのではないかと感じています。

夢は手を挙げた子どもたちだけでなく、一人ひとりの子どもがもつべきもので、そのすべてを応援していかねばなりません。特に注力しているのが、不登校児童生徒支援です。本市では2022年度から「いきいき学校プロジェクト」として、すべての子どもたちが笑顔で過ごすための取組を、以下の3本柱を中心に進めています。

①不登校の未然防止
不登校児童生徒を生み出さない居心地のいい学級づくりを目的に、子どもたちの自尊心を育む適切な声かけや見とりなど、教職員の資質向上を目指して、名城大学の曽山和彦教授を招いての研修を実施しました。同教授が提案するソーシャルスキルトレーニングと構成的エンカウンターを合わせた「スリンプル(スリム+シンプル)プログラム」を全学校に導入。子どもたち同士が短くて簡単な質問などをし合うことを定期的に繰り返すことで、より良い人間関係を築く力を育むという取組です。

②居場所づくり・教室復帰支援
教室に入りづらくなった児童生徒や不登校児童生徒のための学校内の居場所として「校内ふれあい教室」を2校の中学校に設置、またすべての学校で「別室登校支援の充実」を図っています。そこには元校長や元養護教諭など経験豊富な不登校児童生徒復帰支援員(コネクトサポーター)を配置。教室に入りづらい子どもたちに対して、教室以外の場所で関わりをもち、心のケアを図るとともに、一人ひとりに応じた支援を行っています。誰かとつながり、夢を語れるようになることが未来を切り拓く第一歩につながると考えています。そうした意味からもコネクトサポーターの方々の力に期待しています。

③ICTを活用した支援
不登校や別室登校の子どもたちに対しオンライン学習を行ったり、チャット機能で担任とつながったりすることで支援しています。リモート授業はコロナ禍で特に増えましたが、不登校の子どもたちは、画面に顔出しせず発言もなかったのが、アバターを使うとしゃべることができました。不登校の子どもたちも授業に参加しやすい空間づくりが大切なのではないかと考えています。


2022年度の「羽ばたけ子どもたち!チャレンジ応援事業」で実現チャレンジに認定された子どもたちの活動報告会。


「BMXレースのオリンピック選手」になる夢をもち、フランスで開催される世界大会に出場するため、さまざまな大会に出場し入賞することにチャレンジした子どもの発表。

学校を開き地域と共に学ぶことで教科の学びが実生活と結びつく

一人ひとりの子どもの夢の実現とともに、私がキーワードと捉えているのが「地域と一緒に」ということです。学校側の課題は、子どもたちが多様化し、変化の速い現代において、学校や教育行政だけでは教育はもはや成り立たないということです。民間や地域の方々の知識や経験を取り入れていかねば、子どもたち一人ひとりの夢を叶える教育は実現しません。

一方、地域側の課題は、急速な過疎化の進行です。少子化による統廃合など学校の再編は教育委員会にとっても大きな課題です。地域に大学がないことで、進学や就職で市外や県外に出た若者は帰ってこない、子どもたちは大学生をイメージできていないという現実があります。学校と地域の課題は表裏一体なのです。

しかし、昔とは教育が大きく変わっていること、不登校の子どもたちが増えていることなど、学校の現状は意外と地域の方々には知られていません。私は教育長に就任したときや、コロナ禍でGIGAスクール構想が前倒しになったときに、全小中学校区を回って保護者会に参加し、教育委員会がやろうとしていることを説明してきました。子どもたちの夢を応援する事業に取り組むときは、ご協力を仰ぐために地元の企業や団体を回りました。

探究学習は地域と子どもたち、教科と実生活をつなげられる授業です。例えば香肌小学校では、地域で収穫した野菜を道の駅に出品する取組をしています。そのときに、仕入れ値や出店料を調べて、原価割れをしない価格設定を計算しなければなりません。その計算方法が知りたくて、タブレットに入っている「スタディサプリ」の算数のドリルを一生懸命やるようになったそうです。「わかりたい!」という気持ち、内発的な動機づけが大切です。探究学習が実生活とつながったことで、自ら算数を学びたくなるという、教科の学習意欲にも結びついています。

子どもたちの学びが地域の役に立ち、評価されることで地元愛にもつながりますが、子どもたちを地域につなぎ留めることが目的であってはなりません。学びの主語は常に「子どもたち」であるべきです。子どもたち自身が何を学びたくて、自分が育った地域をどうしたいのか。一人ひとりが自分の課題として取り組み、自分なりの解をもつ。地域そのものが学ぶ環境です。そのためには学校はもっと開いていかなければいけない。多様な子どもたちがそれぞれの課題に取り組んでいける学びの環境づくりは、地域のおとな全体の責任であり、子どもたちが学ぶだけでなく、おとなも含めて地域全体が将来にわたって学び続けていくことが、教育の本来の姿なのではないでしょうか。


コロナ禍でGIGAスクール構想が前倒しになった際に、教育長自ら地域の全学校を回って、ICT利活用の必要性を説明し、保護者の懸念点にも答えていった。


松阪市のGIGAスクール構想での取組、目指す教育について教育長が語った動画は、松阪市のホームページにも掲載されている。

ICTは自分を表現する大切な武器
コミュニケーション能力育成にもつながる

ICTの利活用については、三雲中学校が2011年度に総務省の「フューチャースクール推進事業」の実証校に指定され、1人1台タブレット端末を利用した授業実践をしてきた知見がありました。そのため、コロナ禍の一斉休業の際も、当時三雲中学校にいた先生方を中心に、オンライン授業などを比較的スムーズに行うことができ、その後の普段の授業での利活用にもつながっているところです。

現場の先生方がよく言うのは「本市のICTの利活用は一周回った」ということです。既存の学習道具のデジタル版としての利活用や、オンラインで時間と空間を超えることは当たり前になっています。そのうえで、教育では人と人がどうつながって、どんな課題をどう解決していくかが大切なことを再認識できたと先生方は考えています。

こうした市でのICTの取組を地域や保護者の方にもご理解いただこうと、「まつさかGIGAフェスタ」を2022年に開催しました。子どもたち向けにはプログラミング体験やタイピングコンテストを、保護者向けにはICTを使った体験授業を開催し、600人以上のご来場をいただきました。

2022年10月に行われたまつさかGIGAフェスタ


誰でも気軽に参加できるプログラミング体験。タブレットから指示を与えることでロボットを操る体験を通じて、プログラミング的思考を学ぶきっかけとなった。


小学生(4~6年生)、中学生の2部門で開催されたプログラミング大会。発表された課題に対して、それぞれのチームが試行錯誤しながらロボットを操るプログラミングに挑戦。


主に保護者を対象とした体験授業。タブレットや大型モニター等、学校で日常使いされている機器を活用した模擬授業を通して、ICTを利活用した新たな学びを体験してもらった。

授業でのICTの利活用が日常的になってきた現在、家庭学習での活用を進めています。コロナ禍で子どもたち全員にタブレットを準備する際にも、家庭学習を念頭に、Wi-Fi環境がなくても使えるようLTEモデルを採用しました。また、持ち帰ってただ宿題のドリルをするのではなく、子どもたち一人ひとりが個別の課題に取り組める効果的な使い方はないかと考えています。例えばある中学校の国語の授業で清少納言がテーマだったときに、家庭学習でICTを使って枕草子を検索して調べて多数の絵を描き、覚えたことを提出してきた生徒がいました。自分で取り組んだことを自分のやり方で表現していたのです。このようにICTは、自分の興味を授業から発展させて探究する自己調整能力の育成にもつながりますし、自分を表現する大きな武器になると考えています。そしてオンライン提出することで、先生だけでなくほかの生徒と自分の考えを共有ができ、違う意見ももらえて協働的な学びになる。ICTはコミュニケーション能力の育成にもつながると思います。

今後は子どもたちが自分で見つけた課題をどう解決していったか、ポートフォリオ的に学びの足跡を記録として残す取組をしていきたいと考えています。ICTの使い方は子どもたちの方が長けている部分もあるので、子ども視点での利活用の方法も出てくると思います。そのときに先生方が反対するのではなく、どうしたらその使い方ができるのか一緒に考えてあげてほしいですね。

若い先生たちには、先生たちが育ってきた時代の価値観や相場観をどんどん出してほしいと思っています。教育長は先生たちの一番の理解者であり協力者です。子どもたちが主語ではない提案のときには注文をつけるときもありますが、先生方が自由に活動できる環境づくりは、私の責任でしっかりやっていくつもりです。先生方が自分たちの学びたいことを学ぶ自主研修である「GIGAラボ研修会」を支援していきます。ここで出たICTに関する課題などは5年後の組織全体の課題となり、次の施策へとつながるからです。先生方の一人ひとりが目的や課題をもち、やりがいをもって取り組めるような教育環境をつくっていきたい。「困ったときに、ちょっと横を見たらニコッと笑って相談に乗る存在が教育委員会」でありたいと思っています。


Profile

中田 雅喜 なかた まさき
1982年、三重県教育委員会に教職員として赴任。18年間、教職員として現場で勤めた後、市教育委員会、中学校校長、県教育委員会事務局などを歴任、2017年より現職。教育長として3期目に入っている。


●自治体プロフィール
・人口:15万6,741人(2022年5月1日)
・公立小学校:36校/児童数8,004名
・公立中学校:11校/生徒数4,051名

三重県のほぼ中央に位置し、東は伊勢湾、西は奈良県に隣接。2005年に旧松阪市・嬉野町・三雲町・飯南町・飯高町の1市4町が合併し新制・松阪市となった。国内最古の土偶が出土した粥見井尻遺跡をはじめ多数の遺跡があり、縄文時代から繁栄していた。松阪牛の産地として知られているほか、農業、漁業、自動車関連の製造業が盛んである。

●GIGAスクール環境
・導入端末 小学校・中学校/iPad
・児童・生徒用はLTEモデルを導入。Wi-Fi環境がなくとも使用できることで、教育格差をなくしている。
・2011年から三雲中学校が総務省「フューチャースクール推進事業」と文科省「学びのイノベーション事業」の実証校として、ICTを活用した授業に取り組んできた知見を基に、その取組が早くから市内全体に拡充されている。


発行:2023年5月
取材・文/長島佳子 写真/阪本尚生 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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