【八代市立第一中学校】先生たちの創意工夫を引き出す組織風土をつくっていく

授業実践(中学校)

熊本県教育委員会の「熊本の学び」の研究指定事業(令和3年度)における「学力向上プロジェクト研究」の指定を受け授業改革を進めてきた八代市立第一中学校。現在はICTの利活用を進めることでさらなる授業改善を目指している。2022年度に着任した髙嶋宏幸校長の下での同校の組織的な取組をレポートします。

朝自習に「スタディサプリ」を活用し生徒自身が学びたい内容を自ら学ぶ

八代市立第一中学校は1年生が7クラス、2・3年生が6クラスを有し、市内では最も規模が大きい中学校だ。2022年度に着任した髙嶋宏幸校長は同校の課題を、学力向上と不登校支援と捉えている。

「生徒数が多いこともあり、生徒の学力にバラつきが見られ、学びに苦しんでいる子どもが少なくありません。入学時から生徒間に学力差があり、学年が進むにつれてそれが広がってしまっているのです。学力向上は喫緊の課題でした。また、コロナ禍の影響で生徒同士の結びつきが希薄になってしまったこともあり、不登校が増えたと感じています。学校に来られない生徒たちの学力保障もしていかなければなりません」(髙嶋校長)

髙嶋校長は同校に着任するまで八代市の教育委員会でICT教育を推進する部署で勤務していた。当時から、生徒たちが自分のペースで学べるICTツールを探していたところ、「スタディサプリ」を紹介された。単元ごとに講義動画があり、それぞれの動画の時間が適度で要点を伝えていることから、生徒が自分の苦手な単元を復習でき、学校に来ることができない生徒でも取りかかりやすいと考え、市での導入を決めた。個別最適な学びができるため、第一中学校のように生徒間の学力差が課題の学校には、特に適していると考えていた。

しかし、2022年度に同校に現場復帰してみると、ICTの利活用が思っていたほど進んでいなかった。

「先生たちが多忙で新しいことを取り入れにくい状況だったり、クラス数が多いことで足並みを揃えにくかったりするのは理解できます。しかし、八代市全部の学校で同じように生徒一人ひとりがタブレットをもっていて、そこにスタディサプリが用意されているのに、「本校が大規模校だから」「先生がICTが苦手だから」という理由で活用しないのは本校の生徒にとっての不利益です。学校や大人の事情で子どもたちに不利益があってはならないという想いを伝えたところ、先生たちにもご理解いただけました。そこで、まずは朝自習の時間を、スタディサプリを活用して生徒自身が学ぶ時間にしてもらいました」(髙嶋校長)

それまで同校では、朝自習の時間は読書にあてていた。読書も生徒にとっては必要なことだが、目の前の生徒の課題である学力向上のために、朝の時間を有効活用することとした。

全クラスとも、朝はまず黙想から始まる。その後、朝の会の時間まで15分程度の朝自習を行う。生徒はそれぞれ、講義動画を視聴したり、演習問題を解いたりと自分に合わせた内容や進度で学んでいた。黒板のスクリーンには生徒たちのタブレット画面を一覧で表示し、先生はもちろん生徒たちも、誰が何を学んでいるかを把握することができるようにしていた。

「スタディサプリの活用法がわかれば、生徒たち自身が朝自習以外でも自分の学び方で使えるようになると思います。今後は、動画を見るだけでなく授業を受けているようにノートを取って要点をまとめてみるなど、個別に学べるスタディサプリの良さを生徒たちが意識しながら活用できるようになるともっといいですね」(髙嶋校長)


全校一律に朝自習で「スタディサプリ」を活用。各生徒が何を学んでいるかはスクリーンで共有。


講義動画を見たり演習をやったり、生徒それぞれに自分が必要な学びを選択。

「こんな使い方ができるんだ」
活用事例の共有で教員の意識改革を進める

授業においてもICTの利活用が普通の光景となるためには、教員の意識改革を進めなければならないと髙嶋校長は考えている。

「先生たちはこれまでの経験があるため、ICTがなくても授業はできます。しかし、今の社会はICTが普通に使われており、そのための情報活用能力が必須です。ICTを使うことで今までより多くの情報に触れ、そのなかから必要なことを選んだり、仲間と共有したりするなど、これからの時代が求める力をすべての教科で育んでいかねばなりません」(髙嶋校長)

先生たちが自発的に授業でICTの利活用を進めたいと行動を起こしてもらうには、「こんな使い方ができるんだ」と、活用事例に触れることが何よりのきっかけになる。教育委員会でも市内の学校の活用事例の資料を作成しているが、やはり、身近でリアルな授業を見て、その利点を感じることが必要だと髙嶋校長は考えている。そのために、先生たちがお互いの授業を今まで以上に参観し合って、意見交換する機会を増やすための手立てを検討しているという。現状では授業へのICTの導入は個々の先生に任されているが、お互いがどんな授業をしているかを知ることで、利活用が進み、さらなる授業改善が促進されると期待している。そうした組織の風土づくりが必要という。

取材した日は、ICTを活用した授業を率先して進めている鋤先良浩先生の授業を見学した。

ICTは主体的で対話的で深い学びを押し進め、生徒に気づきを与えるツール

この日の鋤先先生は1年生の社会科を担当。授業のめあては「ヨーロッパ人との出会いによる影響を考えよう」だ。小テストで前回の授業の振り返りをした後に、南蛮貿易、キリスト教と鉄砲の伝来についての動画を視聴。その後、生徒たちのタブレットに動画の内容に関連した資料を配信し、資料からの気づきをまずは個人で考えてプリントに記入してから、班で話し合いをする。資料は、鉄砲が伝わってきた時代に描かれた絵や、当時の城郭の様子、キリシタンの人数の変化を表したグラフ、南蛮貿易で輸出入された品物など、情報は多岐にわたる。

班での話し合いをしているときに、鋤先先生は「鉄砲が入る前と後で何が変わった?」「ポルトガルと貿易をしているのに中国産のものが輸入されたのはなぜだと思う?」など、生徒の思考を深める問いを発していた。そして、「ヨーロッパ人が日本にやってきたことで、」と書かれたデジタルノートを生徒たちのタブレットに送り、その続きを班でまとめて記述するよう指示を出した。生徒たちは、「鉄砲が伝えられて争いが起こりやすくなり、城の造りが大幅に変わった」など、それぞれが資料から読み取った意見を交換、集約してまとめていった。

各班のまとめは黒板のスクリーンに映し出され、代表の班の生徒が発表をした後に、振り返りシートに今日の授業でのまとめと気づきや疑問に思ったことを記入。まとめは自分たちの班の内容と同じでなくても、他の班の意見を聞いて考えが変わった内容でもよしとしている。そして、数名の生徒が振り返りを発表。「鉄砲をたくさん買った信長はどうやって買うためのお金を手に入れたのか疑問に感じた」、「カステラなどの外来語もこのころに入ってきたのかと思った」などの気づきを共有していた。

授業後に鋤先先生に、今日の授業でのICTの活用方法のポイントについて伺ってみた。

「本校では2020〜2021年度に、熊本県の研究指定校として『「学びに向かう力」を備えた子供の育成』を主題として、主体的・対話的で深い学びを深めていくことを目標とした授業改善を進めてきました。ICTはそのためのツールの一つと捉えています。今日の授業では、他の生徒や班との意見共有をするために、タブレットを活用しました。人と意見を共有することで、自分の考えとの違いに気づき、思考が深まっていきます」(鋤先先生)

対話的な授業はICTがなくても可能だ。鋤先先生はICTがない時代には個人の意見は付箋を使い、それを集めて班の意見のまとめはホワイトボードに書かせていたが、たくさんの意見の拡散までで授業時間が終わってしまうこともあった。対話とICTを組み合わせることで、さまざまな意見が出たときに、共通するところ、異なるところなどを全員が一度に瞬時に比較検討しやすく、考えを集約していくことに役立ち、人の意見を見てから生徒たちがさらに考えるところまで進むことができるのだ。

生徒一人ひとりにはそれぞれ得意・不得意があり、「要点をまとめよう」と言われてもどのようにまとめればいいかがわからず、そこで立ち止まってしまう生徒もいる。そのとき、ICTを通じてほかの生徒のまとめ方を見られることで「このようにまとめればいいんだ」と理解することもできる。人の真似をしながら学び方を学ぶ経験にもなる。また、タブレットを使うことでまとめた意見が消えずに蓄積されていき、後で自分の考えの変化などを振り返ることにも役立つ。ICTを利活用することで、思考を深めるだけでなく、さまざまな作用が期待できると鋤先先生は考えている。

髙嶋校長が先に語ったように、鋤先先生自身もほかの先生の授業に刺激を受けてICTの利活用を進めてきた。

「前任校時代に、技術科の先生がICTを文房具のように普通に取り入れて、自然な流れで授業をしていたことが印象的でした。社会科教員としては、タブレットを使えば教科書にないたくさんの資料を、カラーで細部まで見せてあげられることが有用と考えています。博物館で見るような資料を教室にいながら見られれば、歴史の時代背景などをリアルに感じて読み取りやすくなると思います」(鋤先先生)

鋤先先生の社会科の授業


タブレットに送信された資料を読み込んで、気づいたことをまずは個人で書き出す。


南蛮貿易、キリスト教と鉄砲の伝来とその関係性について、班でお互いの気づきについて話し合う。


先生から送られた「ヨーロッパ人が日本にやってきたことで、」の続きとなる文章を班でまとめていく。


各班でまとめた内容はスクリーンで共有。ほかの班の意見を瞬時に確認できる。


今日の授業のまとめと気づきについて、振り返りシートに記入。


鋤先良浩先生。教員歴12年目。前任校は学校情報化先進校に認定されていた高森町立高森東中学校(現・高森東学園義務教育学校)

先生たちの創意工夫を引き出し真の意味で生徒主体の授業の実現を目指す

教員同士がICTを利活用した授業改善を活発にする組織づくりのために、これからどんなことをしていきたいか髙嶋校長に伺った。

「先生たちはもともと生徒たちと触れあいたくて、子どもたちを成長させたいと願っている人たちの集団です。授業をすることが好きで、それぞれが生徒のためにやってみたいことをもっているはずです。校長からのトップダウンが必要なときもありますが、先生たちがやりたいことをICTと絡めたらどんな授業ができるのか、先生たちからの自発的な創意工夫を引き出すのが校長の役割だと思っています。本校には鋤先先生のほかにもICT利活用に長けている先生などもいますので、そうした先生たちを中心に『情報化社会に巣立っていく生徒のためにどうしたらよいか』に意識を向けていけたらと思います」(髙嶋校長)

先生たちとは「どんな授業を目指したいか」について面談を進めているが、今後は生徒たちにも「どんな授業を受けたいか」を聞いていきたいという。

鋤先先生にも今後どんな授業をしたいか聞いてみた。

「真の意味で“生徒が主体”の授業が目標です。子どもたちが学んだことを『できた!』『わかった!』と実感でき、自信となることを日頃から大事にしていますが、それを生徒たち自身が主体となってつくる授業ができたらと思っています」(鋤先先生)

校長の視線

時代に合った生徒の学び、教員の働き方のために学校は変わらなければならない

現代の学校の先生たちは非常に多忙で、そのなかで国や教育委員会などからさまざまな施策や取組等が出て、なおかつ働き方改革もしなければならない状況におかれています。私自身、2022年度に本校に着任する前は市の教育委員会で施策や取組等を出す側にいました。私も若手時代は、教育委員会から文書の提出を求められたりすると抵抗感をもっていたこともあります。しかし、キャリアのなかで学校現場と教育委員会を4度行き来した経験から、学校を外から客観的に見て、社会と学校で常識とされることが異なっていることを痛感してきました。その経験から、学校は変わらなければならないと確信しています。特にICTの利活用や情報活用能力は、これからの社会では当たり前のように求められ、必ず身につけるべきものです。だからこそ、学校でも日常的に利活用を進めなければ、子どもたちの不利益になるのです。

教員不足も課題となっている時代です。ICTはその解決の一助にもなるツールだと思います。一人が授業をしてクラス横断で配信している学校もあると聞きます。同じ教科の先生同士が協働して単元ごとに分担して配信したり、講義形式だけでなく双方向のやりとりで対話的な授業を実践したりすることも可能なはずです。生徒のためだけでなく、教員自身の働きやすさのためにも、ICTのメリットを現場に広めていきたいです。


八代市立第一中学校
髙嶋宏幸校長


八代市立第一中学校
1947年創立/生徒数715名(男子364名、女子351名)/八代市の中心部に位置し、市内で最多の生徒数を有する。2020・2021年度に熊本県の「熊本の学び・学力向上プロジェクト研究」の指定を受けて以来、授業改革を推進している。


発行:2023年3月
取材・文/長島佳子 写真/木下 将 デザイン/渡部隆徳、熊本卓朗(KuwaDesign)

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